事業のカテゴリー: 中国から見た経済安保

中国研究会/識者の発表に基づく概要とりまとめ(4)中国の「異質な」経済体制と通商ルール-自由貿易体制と権威主義体制の共存のために必要なこと- 学習院大学経済学部 教授 渡邉 真理子 【2023/09/26】

中国研究会/識者の発表に基づく概要とりまとめ(4)
中国の「異質な」経済体制と通商ルール -自由貿易体制と権威主義体制の共存のために必要なこと-

研究会開催日:2023年 7月28日

学習院大学経済学部教授
渡邉真理子

1.中国経済の現在地
 膨大な人口を有す中国が、GDP総額で世界第2位となって久しい。世界の殆どの国は中国と貿易を行っており、中国を一番の貿易相手国とする国も多い。その規模感ゆえに、中国は交渉力を持ち、その力を脅しに使うことを可能にする素地につながっている。
 だが、経済学の見地から着目すべきは1人当たりGDPであり、国力や、質的なレベル感はここに集約されると言ってよい。左図で見る限り、米国と中国の差は依然として大きく、中国はまだ覇権を取る準備ができていないと言うことが出来る。しかし、体力はないにしても、その意思はあるため、そこに米国との緊張関係を生む素地があると解釈できる。
 約20年前、中国がWTOに加盟するにあたり、当時の交渉担当者は市場参入条件の合意が最も難しかった点として、非関税障壁、農産物関税とQuota、ICT関税のゼロ化及びサービス市場参入などを列挙したが、この間、中国はその難問を粛々と実行してきたと言える。一方、補助金と産業政策は既存の協定に規律づけがあるため、それに従って実行しているというのが中国側の認識であり、その後、アメリカから強い非難を受け、ある意味戸惑っているというのが中国の自己認識だろう。
 WTO加盟後、中国は体制改革とグローバリゼーションのための制度改革を実行し、目覚ましい発展を遂げたが、現状、石油や天然ガスなどの資源より集積回路の輸入額が大きいことなどからも、国全体のレベルとして先進国であるとは言い難い。半導体の重要性は中国も十分に認識しているが、それを自国で供給する能力は持っておらず、その意味ではまだ新興国であるとの理解が可能だ。

2. 米中の相互不信
 次に、米中の相互不信の背景を考えてみたい。先ず、大きな枠組みとして、国際秩序は当事者同士の話し合いで執行するものであり、その上に強力な裁判所のような機関があるわけではない。よって、履行が徹底しにくいという根本的な構造が存在する。また、国際間のルールの目的のひとつはNo.1を規律付けるためであることから、現状No.1国家である米国にとっては、ルールがないほうが都合が良いという状況がある。実際、WTOに限らず、米国は伝統的にルールを軽視しがちである。一方、No.2の中国は、No.1の米国に立ち向かうときにはルールに頼らざるを得ず、国際ルールを軽視しがちな米国の状況に疑心暗鬼を募らせ、自国の安全を第一とする状況を加速しているように見える。
 WTO加盟時の中国のコミットメントについて考えてみると、WTOのルールを遵守することは当然として、その他にも国有企業・知的財産権・技術移転に関する追加条項など、加盟議定書という中国だけに課された約束があり、これによりWTOを超えたルールづけが幾つか存在する。また、2001年加盟時に、相殺関税やアンチダンピングに関する非市場経済国待遇について、2016年までにこれを撤廃するとの約束だったが、条件が熟していないという理由で見送られており、ここが米中間の争点にもなっている。
  また、WTOは中国のみならず、他の国に対しても、透明性向上のための定期的な貿易政策レビュー(TPR)を行っており、中国はこのレビューにおいても説明責任を負っている。これらに加えて、米国通商部による独自のWTOルール履行に関するモニタリングや、米国政府による継続的なスペシャル301条違反調査など、中国はWTO並びに米国の両方から監視を受ける状況に置かれている。
 米国の対中規律付けの大きな流れを俯瞰すると、中国に対する厳しい態度は実はオバマ期から始まっている。ただ、当時は「ルールベース」という原則は存在していた。その当時、米国は中国の安価な製品は隠れた補助金によるものであり、貿易を歪めているという主張を組み立てWTOに提訴したが、論理構成が現実に合致しておらず敗訴している。
 ところが、トランプ政権になると、強制技術移転などに対しての301条調査、輸出の安全保障上の懸念から、アルミ・鉄鋼の追加関税を賦課するなど、ルールの外での場外乱闘に移った感があり、それが現在の緊張関係につながっていると言える。その他にも、ファーウェイに対する厳しい輸出管理や、TikTok、WeChatのアメリカ市場からの排除、さらにオバマ期の敗訴を受け、WTOは不要であるとして、上級委員の任命拒否なども行っている。
 バイデン政権では、当初の予測に反して中国に対して厳しい姿勢を継続しており、且つ自由貿易体制に対してもかなり懐疑的な状態が続いている。CPTPPへの復帰はほぼ見込めない状況であり、対中制裁の他にも、明らかに対中排除的な産業政策を実施している。例えば昨年夏のインフレーション抑制法では、中国製原料の比率が高いバッテリーを使用した電気自動車はほぼ輸入できないなど、露骨な対中排除的条項が付されている。
 一方、昨年10月の半導体輸出管理規制の強化あたりから、米国はある意味冷静になったと考えられる。この規制では、スマートフォン、自動運転のような商業用半導体チップは完全に対象外とし、コンピューティング能力を構成する要素、データセンター、高性能演算チップなどに対して、中国がほぼアクセスできないような規制を行った。同時に、アメリカ国籍の市民が中国の先端半導体製造に従事することも禁止した。つまり、軍事技術レベルの輸出管理、特に高性能なコンピューティングを構成する技術に関しては規制強化をするが、コンピューティング技術の中でも、一般的なものに関しては規制の対象外とした。即ち、経済安全保障よりも、むしろ純粋に安全保障上の問題であるとのロジックを組み立て、この論理であれば、通商ルールの中でも許容されるとして整理を進めていると考えられる。
 一方、中国の動きはどうか。中国は、米国が仕切る世界の中では自らの居場所がないという強い不安感を抱えている。中国側の論理では、世界秩序を構成しているのはパックス・アメリカーナ、普遍的価値、国連主義であり、中国としてパックス・アメリカーナという米国の軍事力の傘の中に入る選択肢は当然あり得ず、また習政権では普遍的価値についても否定している。残るは国連主義であり、ゆえに中国は国連を軸とした秩序を国際秩序と呼び、その中で自分たちのポジション、影響力を強化し、自らの生存する空間を広げていこうとしていると考えられる。これが中国の言う制度性話語権である。
 また、中国にとっては米国の恣意的な言動に対する危機意識が非常に強く、2015年の国家安全法制定はその危機意識の表れだと解釈できる。その後も、「国家安全第一」との見地に基づき、いろいろな分野での法制化・制度化が進んでいる。情報やデータの取り扱い、あるいは対香港で起きたことも、同じ論理の中で進んでいると言えるだろう。

3. 安全保障と通商ルールの関係
 ここ数年、安全保障と経済の関係に関して議論が進んでおり、実際に経済を武器化する現象についても見られるようになった。国際連盟時代に遡ると、経済制裁など経済の武器化は、当時の国際ルールに組み込まれており、ドイツのベルサイユ体制からの離脱を防ぐため、実際に経済制裁を用いてその暴走を食い止めようとした経緯がある。しかし、実施された経済制裁は結局機能することはなく、日本を含む枢軸国が形成されるなどブロック化が進むこととなり、結果として第二次世界大戦に突入することになった。
 過去の大きな反省の下にWTOが誕生し、一方的措置の禁止や最恵国待遇の原則(によるブロック化の無効化)という大きなルールが作られた。この枠組みにより、戦後約70年間、世界大戦の抑止につながる経済構造が築かれたと理解している。
 次に、米国の安全保障と通商ルールについて述べる。従来、安全保障上の輸出管理及び通商ルールは、長期間に亘り核技術などに限定され、一般商業的な世界とは殆ど無縁の異なる論理が併存していた。しかし、半導体技術などにみられるように、現在は状況が変化しており、これらに対するルール作りが必要となっている。具体的には、従来なされていなかったWTOの安全保障例外の範囲や、どのような規律づけがあり得るのか等、今後、議論を通じ整理がなされる必要があるだろう。
 現時点で言えるのは、経済制裁は、代替手段、代替取引がないという非常に限定的な時間と範囲の中でしか意味を持たないだろうという点だ。実効性も非常に短期的である。また、もう一つの論点として、半導体のように再生産可能なものと、天然ガスや石油のように現存の技術を用いての再生産が不可能である天然資源とでは、効果が全く異なるという点である。天然資源に対する経済制裁は相応の意味を持つ一方、再生産が可能なものを分断しても、あまり意味を持たないという根本的な問題が存在するだろう。

4. 権威主義体制を有効に規律づけるには
 権威主義体制とされる中国のシステムの特異性についてであるが、先ず、国家が自国の法の制約を究極的には受けていないという点があげられる。中国において憲法を制定できるのは私的集団である中国共産党のみであり、国民全体にはその権利がない。よって、システム上、法自体が非常に不安定であり、また、法の執行において安定性を欠くという問題がある。これは中国の体制が本質的に抱えている問題である。
 次に経済に関しての特異性だが、国有、外資、民営と、企業の形態によって政府の扱いが異なっており、身分差別が存在する点だ。このような差別があると、市場競争においてアンフェアな結果が出がちである。さらに、習政権では明確に国家安全第一を最優先する方向にかじを切っており、その結果、安全保障例外を非常に広く取っていこうとの姿勢が見受けられる。
 中国は現在、少なくとも覇権国になる体力はない。ただ、そこに非常に焦りを感じていることも事実であり、それゆえに自国の安全を確保しなければいけないという強い危機感を持っている。そのためには国際秩序を改変していかなければならないという発想に陥る危険性も存在している。また、自国の安全が最優先されるため、他国の利益もあまり考慮しないという問題点もあるだろう。
 中国が独自の体制を取るのは中国の自由であるとしても、それゆえに他国が一方的に被害などの影響を受けるとなれば、そこには新たな規律づけが必要である。この点を明確にし、具体的な論点整理を行い、どのように折り合っていくかを中国と向き合い、議論していく必要がある。
 米国の恣意的提訴などもあり、昨年はいろいろなところでWTO崩壊の危機が喧伝された。しかし、これを座視すべきでなく、崩壊を防ぐための行動を取るべきである。この意味でも、WTOのルール改革が必要である。先ずは、国家が恣意的な行動をすることをどう規律づけるかの視点から着手すべきだろう。規律づけの中で、ルールの高度化、その結果として経済取引と政治的意図を分離させるために何ができるかを考えるべきである。また、安全保障と経済成長を両立させる手段についても考えていかなければならない。加えて、ロシアのウクライナ侵攻など、実際に武力行使を行った場合、現在のグローバル化された世界から、相応のペナルティを受けるとのメカニズムも作り出す必要があるだろう。
 また、WTOの紛争解決手段の維持は必要であり、それを維持することで、中国が経済を武器化することも予防可能であろうし、また逸脱時のコストも高くなる。
 安全保障例外については、CPTPPとRCEPの間には大きな差が存在する点に着目したい。中国が加盟するRCEPでは、安全保障例外はそれぞれの国が自分たちで定義すれば良いとしているが、CPTPPでは、なぜそれが安全保障例外と言えるのか、この点をメンバー国に説明した上で実行しなければいけないという義務が課されている。中国がCPTPPに加盟申請するというのであれば、この点をクリアしなければならず、中国にとって加盟交渉の中で議論すべき根本的な問題である。今後、EU法がCPTPPとほぼ同様の規制をすることになれば、それをWTOのアップグレードに事実上落とし込んでいくということも方法としてあり得るのではないか。
 権威主義市場体制を取りつつ、現在の自由貿易体制の枠組みに参加する国は、中国のみならず、ベトナムをはじめとしてかなり多い。対中規制や、中国いじめという低い次元からではなく、政府の競争歪曲行為等をどのように規制するかについて規律付けを行っていくことは、2つの体制が共存する上で非常に重要である。
以  上



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