事業のカテゴリー: 中国から見た経済安保

中国研究会/識者の発表に基づく概要とりまとめ(3)米中の戦略的競争にともなう法現象の検討-国際経済法の限界と可能性- 神戸大学大学院法学研究科 教授 川島 富士雄 【2023/06/28】

中国研究会/識者の発表に基づく概要取りまとめ(3)
米中の戦略的競争にともなう法現象の検討 ―国際経済法の限界と可能性―

研究会開催日:2023年5月12日

神戸大学大学院法学研究科 教授
川島富士雄

1.背景と問題意識
 アメリカの国家戦略上、中国は米国にとっての「国際秩序の書き換え意図・能力を有する唯一の競争相手」であるとの位置づけが与えられ、米中間においては戦略的競争が展開されている。ただ、その競争がコンフリクト、衝突にならないよう管理しなければならないというのが相互の共通認識となっており、この間、国際経済法的な観点から従来見られなかった、あるいは元々存在していたが、それが非常に拡大した形、或いは拡張した形で様々な法現象が出現しており、これを国際経済法、国際経済条約の視点から分析するというのが本報告の主旨である。また、この分析を通じ、現在の国際経済条約の限界を明らかにし、今後これがどの方向に発展していくのか、或いは発展する可能性があるのかを予測し、今後進むべき方向を探ることを目的としている。その際、米国のみならず中国の視点からも現象を観察し、それを踏まえて日本の取るべき戦略、果たすべき役割を考えていきたい。

2. 米中の戦略的競争と展望
 先ず、米中の戦略的競争とはどういうものか。米国は「技術的優位の維持・獲得」、「経済的威圧からの自律性確保」の実現のため、米中2国間を超えた形で「価値観の強調と共有」、「同盟国との協力」の2つを実施しようとしている。一対一ではなく、集団的というのがバイデン政権の重要な特徴であり、その背景には自国だけでは立ち行かないとの衰退の自覚があるのかもしれない。一方、中国でも「百年変局」(百年に一度の秩序変化の時期)という言葉がよく用いられている通り、米中ともに「今が大事な時期である」との認識から、現在の秩序を自らに有利に書き換えようと、自国だけでなく他国を巻き込んだ競争を展開していると見られる。但し、米中の競争の実態は、妥協を許さない人権や安全保障の分野では殴り合いながらも、経済、貿易関係ではしっかり手を握る構図が存在すると考えられる。
 では、このような状態がいつまで続くのだろうか。①台湾有事等の軍事的衝突により、短期的に終わる場合、➁戦争には至らず、協力して旧秩序に戻る、もしくは新秩序を構築する、③長期的に軍事的衝突を回避し、選択的デカップリングがダラダラと続くとの3つのシナリオが考えられるが、個人的には上記③の可能性が高いと考えており、その場合、旧秩序は磨耗し続け新秩序は簡単には構築されない時期が、長期間に亘り続くことが予想される。

3. 技術優位の維持・獲得のための法現象
 米中の戦略競争に関する法現象の特徴として、技術優位の維持・獲得のための法現象が挙げられる。一つには「輸出管理」であり、これは昨年10月の米国による対中半導体輸出規制が象徴的事例である。物だけの輸出にとどまらず、技術そのものを流出させないという管理も行われており、同時に対外投資管理や、さらには技術者の流出も管理される状況になってきている。米国では伝統的にCIFUS(対米外国投資委員会)により、安全保障上の観点から対内投資審査、管理を行ってきたが、それに加えて現在は対外投資の審査、制限も活発化している。例えばCHIPS Act(The CHIPS and Science Act)という半導体関連の法律には、ガードレール条項、即ち、米国から補助金を受給している企業は、中国での半導体の新規投資を禁ずるという条項が入っている。また、米国の議会では対外投資、主に対中投資を審査する法案が成立予定であり、政権としてもそれに対応することが求められている。
 WTOがルール化しているのは、物の貿易とサービス貿易、そして技術・情報分野のうちの知的財産保護のみであり、それ以外の対外投資管理、技術者の流失管理の分野は、実は国際経済法的には非常に規律が弱い分野(下図参照)となっている。これはある意味、米国の意のままにできる状況にあると言うことができる。

参考表:国際経済法の対象範囲

 昨年10月の米国による対中半導体の輸出管理について、中国はWTOに提訴しているが、物の貿易という観点からは各種条文に違反するのはほぼ間違いない。しかし、いわゆる安全保障例外が設けられていることから、米国はこれを正当化できると考えていると思われるが、安全保障例外はここ数年、WTOの中で先例が蓄積され、米国が考える以上に濫用規制が進んでいる。技術優位の維持という措置が、果たして安全保障の問題か否かの審議は、今後重要なポイントになると思われる。

4. 経済的威圧からの自律性確保のための法現象
 次に経済的威圧からの自律性確保のための法現象を考えたい。経済的威圧については、ここ1~2年非常に活発に議論されているが、その原因を作ったのは間違いなく中国であろう。2010年尖閣諸島沖の漁船衝突事件後、日本向けレアアースの輸出が突然停止された事例や、直近ではリトアニアが台湾との関係を強化した結果、中国による様々な貿易制限が行われるなど、経済的威圧という認識は中国が経済的な圧力を行使した結果として広まった。
 現在、経済的威圧そのものに対する直接的対応として、米国国内では超党派の法案が議論されており、威圧を行う中国などに対して関税を引き上げることや、また被害を受けているリトアニアのような国に対して資金援助を行うなどの法案が提出されている。EU内でも類似の威圧に対する対抗措置(anti-coercion instrument)案が検討されている。さらに今年4月のG7貿易大臣会議では、威圧に対する報復と資金援助の2つを束ねるような形で、米国の提案による集団的抑止という概念が導入されており、今後この概念が具体化されるかどうかが注目されている。
 また、経済的威圧に対する直接的対応以外にも、予防としての重要物資のサプライチェーンの国内回帰、オフショアリングに対するリショアリング促進(この場合、往々にして国内誘致補助金措置を伴う)などの現象が、日本を含む各国で見られている。その他、リショアリングとセットになったフレンドショアリングも促進されている。例えば、米国はインフレ抑制法により自国でのEV生産に補助金を支給することを決定したが、そのEVに使用されるバッテリー原料の重要鉱物供給に関し、同盟国の日本の場合は補助金支給の対象となり、中国は対象外になるというような考え方である。
 国際経済法上の観点から見ると、上述の一連の動きに対する国際経済法上の規律は非常に弱い。これらを国際経済法上の観点から整理すると、先ず中国が度々行使している経済的威圧は、WTO違反を構成すると考えられる。但し、EUは中国のリトアニア制裁に関しWTOに提訴を行っており、それにも拘らずEU内で威圧に対する対抗措置を並行して検討しているのは、WTOでの勝訴の報告を待つ時間的余裕がないという事情があると考えられ、これは即ちWTOの限界を示していると言える。また、先のG7でアメリカが提起した集団的抑止、つまり中国などがある国に経済的威圧を行使した場合、当該国が外交などの判断を歪められないように、G7などが集団的にそのような報復に対して反報復することは、その行為自体がGATT違反となる可能性もあり、あるいはDSU(紛争解決了解)の中で、一方的にWTO違反を決めてはならないとする23条違反になる可能性もある。また、リショアリングなど自国回帰にあたっての補助金はWTOの禁止対象にはならないものの、イエロー補助金とみなされて一定の規律が及ぶ可能性があり、なお且つ安全保障例外が適用されないと考えられるため、もし補助金により他国に悪影響が及ぶ場合は、何らかの対応を求められる可能性がある。
 一方、中国側による現状認識は、米国による半導体輸出管理こそ中国が行っている以上の経済的威圧であるとの認識である。この点では、米中双方とも経済的威圧をめぐって規律を強化したいとの共通のニーズが存在するとも言え、例えば経済的威圧に関してのファストトラック手続きの導入など、WTOの紛争解決をむしろ活性化する方向に動く可能性があることも指摘しておきたい。但し、貿易という手段ではなく、中国側が用いる旅行代理店を通じて訪問国を制限するなどの指導により、事実上旅行客が減少したような場合、このような事象に対する規律は現在殆ど存在せず、この威圧に対してもし米国、EUが関税引き上げ措置で対抗した場合はWTO違反となってしまう。よって、部分的には既存の秩序を利用しての対応が可能な場合もあるが、これらの動きに関して全体的に対応する余地は限定的であると考えられる。

5. 価値観の強調・共有と同盟国との協力
 既述の通り、技術優位の確保・維持、あるいは経済的威圧への対応については、米中間のみで起きているのではなく、米国はむしろ価値観の共有を全面に押し出し、同盟国を巻き込んだ形で展開している。EVのフレンドショアリングのみならず、量子技術の供給網も、閉じられたフレンド間で構築していく動きが見られる。また、顕著な例として、対中半導体輸出管理についても米国単独ではなく、Chip4を通じ日本、オランダ、韓国、台湾を巻き込み、共同で展開している。その他にも、先日、日本で開催されたG7財務相会議でイエレン財務長官が提起した対中投資制限の共有が示すように、同盟国との協力が、技術管理、モノの動きにとどまらず対外投資へ拡大しつつある点も着目される。
 実効性確保の観点から、米国単独よりも同盟国と共同で行うことが求められることは当然としても、それ以外に、米国国内において、輸出におけるレベルプレイングフィールド(共通の土俵論)が求められている側面があるからだと個人的には考えている。つまり、米国だけ中国に輸出できないのは不公平であり、公平性の観点から、日本やオランダも巻き込んだ形で実施すべきという米国国内の企業の不満を緩和するためであり、対中投資の共同制限の動きも同様の背景によるものと考えている。従来、国際経済法秩序の形成原理は、WTOの場を通じ、お互いに市場を開放し、市場に委ね差別をしないという原則であったのが、現在はお互いに輸出を禁止し、抜け駆けは許さないという原理、さらには国家安全を重視し、国が管理する、クローズドなサークルで完結させるなどの考え方へと、大きな変質を迫られていることが特筆される。この他にも、ココムの後継であるワッセナー・アレンジメントのように、従来、軍事物資に関して各国がそれぞれ確認しながら実施してきた輸出管理体制を、現在、米国主導により、中国、ロシアを外した形で実施することが考えられており、その背景には所謂「皆で渡れば怖くない」的な要素が含まれていることも否めない。
 これら共同展開の部分に対しては、国際経済法上の規律は大変及ぼしにくく、強いてこの問題を考えるなら、共同実施の観点からではなく、それぞれの国に分解し、例えば日本がやっていること、またはオランダがやっていることが正当化できるのか、という個々の視点で判断されることになるだろう。

6. 中国の視点から見た問題状況:「立場の逆転可能性」の成否
 では、これら一連の動きを中国の視点で見た場合、どうなるだろうか。米国が活発に使ってきた輸出管理、輸出規制については、中国は当初この手段を使用していたわけではない。しかし、米国の技術を用いて生産した物品を日本から中国に輸出することを禁止するなど、米国の域外適用が強化されている現状を踏まえ、中国は米国に対抗する形で、輸出技術管理を強化し、また、再輸出禁止についても米国に倣った形で導入しつつある。一例として、中国の法律では外国と共同出願した特許を中国の特許と見做しており、中国も米国への対抗措置として、共同特許などの技術を使った製品の中国外での開発・生産を禁止していく懸念が指摘されている。逆に、中国が積極的に行ってきた技術開発・獲得補助金については、米国内でも導入するなど、従来の米国の産業政策が大きく変わってきている状況もある。
 下表はいくつかの項目ごとに、米中の対応をまとめたものだが、矢印の方向は、相互の影響により変化している事象を指す。下表から、ある面で米国の中国化と、中国の米国化が同時に進行していることがお判りいただけるだろう。

表2

7. 選択的デカップリングによる機会費用型シナリオにおける国際経済法の可能性
 既述の通り、米中の戦略的競争が展開している現在の選択的デカップリング状態は、今後も長期的に続くと予想した。このシナリオに基づいた場合、全面的にデカップリングには至らず、慢性的に機会費用が発生することが避けられない状態になることを意味する。では、機会費用を最小限に抑えるために、国際経済法の視点から何が必要となるだろうか。先ず、既存秩序の再活性化は機会費用を抑えるための一つの選択肢であろう。現在、WTOの上級委員会は機能停止に陥っているが、EU、中国を中心に、その代替となるMPIA(多国間暫定上訴仲裁アレンジメント)を構築しており、日本も参加する動きが見られるが、このシステムを強化する、あるいは最終的には上級委員会を復活させることや、または、経済的威圧という特定の問題に対して例えばファストトラック手続きを導入するなどの形でWTOを再活性化が進むという方向性が選択肢の一つとして考えられる。補助金に関しても、中国のみならず、現在、米国、EU、日本など各国が積極的に支給する方向に舵を切っており、世界中で補助金競争が起きている現状が長期に亘って続いた場合、将来的にはこれを見直し、補助金規律を強化する動きにつながっていく可能性もあるだろう。
 既述の通り、現在、投資、人、情報技術の対外的移動に対してほとんど規律が及んでおらず、既存秩序の再活性化だけでは対応できない部分も多々存在するため、今後、新秩序を構築することも一つの選択肢となり得るだろう。現状が続くことで大きな機会費用を生んでいるとすれば、今後、これが契機となり、新しい国際秩序や、国際経済条約を生み出す基盤になっていく可能性がある。短期的に新しい規律が生まれるとは言えないまでも、長期的にはこの可能性を視野に入れて物事を検討する必要がある。
 最後に、国際的規律が及ばない面が多々存在する状況下で、日本国内では何が必要かを考えてみたい。一つの事例としては、現在、民生・軍用のデュアル・ユース、即ちどちらにも使用可能で判別不能であるという問題が拡大している。このような問題に対し、従来は安全保障例外が適用する領域が拡大する傾向にあり、米国の解釈では自己判断規定とする考え方であったものが、WTOの最近の傾向として、安全保障例外の乱用を防止することに重点を置いた考え方、解釈が展開されている。そのような経緯もあり、米国は現在、WTOの紛争解決から距離を置いており、米国をその規律の下に置くことは難しい状況ではあるが、少なくとも同盟国である日本などは、米国に自制を促すことが可能だと考える。また、日本は米国から輸出管理の共同実施を求められている状況にあり、自らもWTO被提訴のリスクを負うことから、最低限、米国に対して自制の要求をできる立場にあると考える。
 また、今般の半導体製造装置の輸出規制を一例とした場合、この措置が米国の産業政策に基づくものではなく、日本自身の安全保障に寄与する措置であることが前提であろう。仮に日本が自らの措置として対中輸出規制を行うのであれば、政府は自国の安全保障にとっての必要性を説明し、その上で米国が共同実施を求めるのであれば、しっかりと説明した安全保障の範囲内に収めるよう米国に求めていくことが必要であり、且つその権利をしっかりと活用していくことが重要だと考える。そうした同盟国からの自制を求める「外圧」は、米国内から自制を求める「内圧」と連動する余地もあろう。同時に国際的規律の弱い領域で国家介入に歯止めがかからないこと(国際経済法の限界)を十分認識して、むしろ国内法で「自制を効かせる」ような規律を発展させることが強く求められているのではないだろうか。



事業のカテゴリー: 中国から見た経済安保