「東南アジア研究会」研究会だより (1)
(政策研究大学院大学教授)
1.東南アジア研究会の狙い
東アジア地域において、トランプ関税にみられる保護主義の高まり、中国による過剰供給・経済的威圧、グローバル・サウスの取り込み競争、デジタル・グリーン経済の深化・拡大など通商秩序や経済・産業構造に大きな変化が起きており、グローバリゼーションを土台とした貿易・投資の拡大及び経済成長に影を投げかけている。
本研究会では、米国のリーダーシップが低下し、中国のプレゼンスが拡大する東アジアで、日本とASEANが自由で開かれた通商秩序を再構築し、現地に進出したデジタル産業、次世代自動車などの戦略産業の競争力を高めていくために、どのような通商戦略と具体的取組を展開していくべきか今後の展望を明らかにすることを目指す予定。
2.主要な検討項目
(1) ASEANを中心とする新興市場のポテンシャルの拡大
アジアは、①Global Value Chainを形成する生産拠点、②世界の成長センター(市場)、③社会・経済課題に直面する途上国、④米国・中国等の国際競争の主戦場、⑤南西アジア、中近東・アフリカなど新興市場への輸出拠点など様々な顔を持つ。我が国から見た東南アジアの位置づけを明らかにするとともに、東南アジアの対日認識、日本の対東南アジア認識(大国間関係での立ち位置、主要な政策イニシアティブ(AZEC等)、今後有望な産業等)等に関する分析を行う。
(2) アジアにおける通商秩序と経済・産業構造の変化
アジアでは、①第二次トランプ政権の高関税政策にみられる保護貿易主義、②中国の過剰供給能力によるデフレ輸出や重要鉱物等の相互依存関係の武器化、③グローバル・サウスの市場を巡る競争激化や結束強化(例-拡大BRICS)、④デジタル経済・社会の深化(DX)や化石燃料依存からの脱却(GX)など、通商秩序と経済・産業構造に様々な変化が起きており、それが我が国のアジア向け通商・産業・エネルギー政策にどのような課題を投げかけているのか概観する。
(3) 主要な戦略産業に与える影響と政策インプリケーション
東南アジアでDX、GXの動きを主導するデジタル産業(半導体、データセンター、情報通信等)、次世代自動車(電気自動車、燃料電池車、蓄電池等)に焦点を当て、各産業の将来展望、域内外でのサプライチェーン強靭化、欧米・中国企業との連携・対峙戦略等について分析を行う。また、サプライチェーンの多元化・高度化や消費構造高度化に伴う事業者・消費者向けサービスの発展可能性や日本のインバウンド政策への含意について掘り下げる。
(4) 通商秩序の再構築や経済・産業構造のアップグレードに向けた日本とASEANの戦略と具体的取組
アジアの通商秩序に急激な変化がみられる中、自由で公正な国際貿易秩序の維持・強化のため、CPTPP、RCEP、AJCEPなどのメガFTAをどうアップグレードするか、また、進化した「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の下で、ASEANに加え、南西アジア等のグローバル・サウスの新興市場をどう取り込むか指針を示す。また、中東危機等を背景とするエネルギー危機、GX・DXの進展等の経済・産業構造上の政策課題に対応するため、パワー・アジア、AZEC、DFFTなどの多国間協力や二国間産業対話・協力をどう進めるべきか検討を行う。
3.これまでの研究会の結果概要
2025年
11月下旬 第1回研究会
▶「第2期トランプ政権の通商政策とASEAN」
第2期トランプ政権の「米国第一」通商政策とASEANへの影響を分析。トランプ政権は、貿易赤字削減、製造業回帰、対中競争、歳入確保を目的に、IEEPAや通商拡大法232条等を活用した大規模な追加関税を実施。ASEAN諸国は、中国との関税差を活用した輸出拡大、輸出先多角化、対米直接投資、貿易救済措置などで対応。日本企業にも大きな影響が及んでおり、CPTPPやRCEPを活用した経済連携強化やサプライチェーン再構築が重要。
2026年
2月上旬 第2回研究
▶「ASEAN諸国の加速する多方向戦略」
国際秩序が揺らぐ中でASEAN諸国が進める「多方向戦略(ヘッジング)」を分析。トランプ政権の不透明な対アジア政策や相互関税、中国との競争激化を背景に、ASEAN各国は米中双方や日本、ロシア、GCC、BRICS、OECD、CPTPPなど多様な枠組みとの連携を拡大。フィリピンやミャンマーは「弱いヘッジング」、その他の国々は「強いヘッジング」を展開し、ASEANを維持しつつもBeyond ASEANの動きが加速。
▶「タイ自動車市場の変容-台頭する中国EV-」
タイ自動車市場における中国EVの急拡大と、それが日系メーカーやASEAN産業構造に与える影響を分析。中国EVはタイ政府のEV振興策やASEAN中国FTA(ACFTA)を活用し、輸入から現地生産・輸出拠点化へ移行。価格競争力と迅速な開発力を武器にシェアを急拡大させる一方、日系メーカーは生産再編や撤退を進めている。他方、米国はASEAN経由の中国製品の迂回輸出を警戒しており、タイ製中国EVの現地調達率やサプライチェーンの実態が課題。
2月中旬 ASEAN現地調査(タイ、インドネシア)
2月中旬にタイ・バンコクとインドネシア・ジャカルタを訪問し、政府・政府関係機関、大学・研究機関、産業界等の関係者と面談を行い、アジアにおける通商秩序と経済・産業構造の変化、主要な戦略産業(デジタル産業、次世代自動車等)に与える影響、日本とASEANがとるべき戦略や具体的な取組に焦点を当ててヒアリングを実施。
3月上旬 第3回研究会
▶「事業展開先としての中国・東南アジア・インドを捉えなおす-中国企業の進出を切り口に-」
中国企業の東南アジア進出を踏まえ、アジアの事業環境変化と日本企業への示唆を分析。中国企業はEV、デジタル、再エネ分野を中心にASEAN投資を急拡大し、サプライチェーンやDX分野で存在感を高めている。一方、タイでは「ゼロバーツ工場」問題など中国企業への警戒感も強まっている。インドでは対中警戒を維持しつつ関係改善が進展。日本企業には、中国企業との競争だけでなく協業や第三国市場連携も視野に入れた戦略転換が必要。
▶「日本の自動車産業の現状と課題」
中国EVメーカーの急成長とASEAN自動車産業への影響や、日系自動車メーカーの課題と戦略を分析。中国企業はEV、車載電池、ギガキャスト、自動化工場などで技術優位を強め、タイを中心にASEAN進出を加速。一方、日系メーカーは中国企業との価格競争やサプライチェーン再編に直面し、中国技術や現地調達を取り入れたEV戦略への転換を迫られている。特にタイでは、中国系EV企業の投資拡大により、日本企業の競争力維持と産業基盤強化が重要課題である。
5月中旬 第4回研究会
▶「ASEAN現地調査報告」
2026年2月~3月に行った東南アジア・インド調査やRCEP/AOIP関連会合を踏まえ、アジアの通商秩序と産業構造の変化を分析して報告。中国EVのASEAN進出、米中対立、経済安全保障、DX・GX、グローバル・サウス外交の拡大を背景に、日本とASEANが連携してRCEPやAJCEPのアップグレード、サプライチェーン強靭化、半導体・EV協力、AI・エネルギー協力を進める必要性を提言。
▶「アジアの半導体産業の動向」
中国・ASEANを中心としたアジア半導体産業の動向と、日本の協力戦略を分析。米中対立や経済安全保障を背景に、中国はレガシー半導体やEV向け半導体を強化し、ASEAN各国も半導体産業育成と人材確保を加速。特にベトナム、タイ、インドネシア、マレーシアでは、設計・後工程・AI分野への投資や人材育成が進展。日本は、大学・企業・JICA等を通じた半導体人材育成、研究協力、サプライチェーン強靱化、ASEANとの産業連携強化を進めるべき。
▶「中小企業の海外展開支援事業にみる中小企業のアセアン等事業展開の考察」
中小企業の海外展開・販路開拓支援の仕組みやその実施状況について包括的に分析。ビジネス支援のニーズは、従来の自動車、電機等の加工組立産業から先端製造業や卸売・小売、情報通信、医療・ヘルスケア等のサービス産業向けにシフト。日本企業は、輸出・海外展開で重視する国として、米国、東南アジア、インドを挙げ、課題として社内人員体制の整備、海外市場調査の充実、信頼できる現地パートナーとの提携を指摘。
