新たな通商ルール戦略研究会 研究会だより (1)
文責:矢野 博巳
(元WTO事務局参事官、現・上智大学非常勤講師)
研究会の狙い
トランプ米国大統領は、第一期政権以来「安全保障」名の下に、従来の貿易秩序に挑戦するかのように関税賦課措置等を打ち出してきた。トランプ大統領の個人的な意図がどうであれ、従来から多角的貿易体制を推進してきた米国の近年の貿易政策、特に諸関税の賦課は、従来の国際通商秩序を大きく揺るがせており、国際通商ルールの大転換を予感させるものがある。
WTOを中心とする従来の貿易秩序は、第二次世界大戦の教訓を踏まえて米国などが主導して構築されたものだが、最近の貿易政策の動向からは、米国が方向・考え方の基本を転じつつあるように見える。かつ、このような方向転換は、グローバル化の進展がもたらした米国内の格差や分配の不公正を問題視し、貿易政策を通じてこれに対処しようという発想である。したがって、トランプ政権の貿易政策は第二次トランプ政権以降も維持される可能性が高い。
本研究会では、トランプ政権の一連の貿易政策が世界の貿易秩序を中長期的どう変化させるのかを大きな枠組みにフォーカスして議論・検討する。議論・検討に当たっては、「現行ルールを守るべし」等の「あるべき」論には依らず、また、「トランプ政権の貿易政策でWTOルールは死んだ」等の論も取らない。貿易の現場で現に起こっていることを所与としつつ、今後の展開を予想し、大きな制度論について議論することとする。
主な検討事項
以下のようなリサーチクエスチョンズを念頭に置きつつ検討する
(1) 現行の国際通商法体系(WTO法、FTA/EPA)の主要な構成要素(MFN〔最恵国待遇〕原則、関税譲許、相互主義)について、その起源と意義を探る。
(2) 国際通商法体系の変革に向けて日本の内外で(通商法専門家・シンクタンク・経済界・マスメディア)どのような論議・提案が行われているかを調査し、整理する。
(3) トランプ政権の一連の貿易政策(いわゆるトランプ関税、(経済)安全保障論、WTO改革提案)が現行の国際通商法体系に対してどのような変更を求めているかを探る。
(4) 主要なアクター(EU、日本、中国)にとって国際通商法体系のそのような変更がもたらすインパクト(pros and cons)を探る。
(5) 国際通商法体系の中長期的な変更が実現する筋道を探る。
これまでの研究会の結果概要
〇第1回(2026年6月12日)
・WTOの閣僚会議(2026年3月)に向けて米、EUから出された主な提案などを分析。新型のプルリ(複数国)合意となった電子商取引協定やUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)は今後の貿易ルールの一つのモデルになりうるとの紹介があった。さらに、トランプ大統領がIEEPA(国際緊急経済権限法)に基づいて課した関税が違法であると米国最高裁が判断したことを受けて、米国がどう対応しようとしているかについて、トランプ個人の思い と政策関係者の思い(トランプの力を使って貿易秩序を変える)は同じではないことに留意すべきとの意見が出された。
〇第2回(2026年7月17日)
・(1)MFN原則見直しに関する米、EUの提案及びその背景及び(2)EUが別途推進しているGATT第28条交渉のルールに与える意義を分析。
・経団連のWTO改革提案である「WTO2.0」について議論。結果を出せる体制への改革、現状に合った体制への改革、決めたことが遵守される体制への改革の3つの方向性と、WTO改革に関する我が国経済界の提案(2026年7月10日)を分析。
