「インド研究会」研究会だより (3)
文責:山田 剛
(研究会委員、日本経済研究センター 主任研究員)
〇第3回研究会(9月下旬開催)の結果概要
▶「インドは中国を超えるか ~インドへの期待と実像を概観する~」
インドの高成長を支える原動力となるセクターについて分析した。インドは世界の中でも高い成長率を維持しているが、それが内需主導であり、サービス業とりわけ個人消費の割合が高い。だが、雇用統計はかなり雑で、農業人口が含まれていてインフォーマルセクターの従事者や非正規も多いので、これら部門が本当に消費を牽引できているのかという点は非常に疑わしい。
その一方で「ローンを組んで車を買う」といった家計債務の割合は近年急拡大していて、国民には借金しても何かを消費しようという意欲があることがわかる。世界の平均では家計債務のGDP比は70%ぐらいだが、インドの場合は50%前後。つまりまだ拡大の余地があるということだ。
インド経済の外需依存度は低く、外需を取り込めない体質になっているとは言われるが、財輸出の額自体は伸びている。ただ、サービス輸出の一つである外国人来訪者数はまだコロナ前の水準に戻っていない。ここが伸びてこないと一段の高成長は望めない。
インド経済を見ていく中でもう一つ重要なのはイラン情勢の影響。中東・湾岸向け輸出はGDPの1.4%前後を占めるが、各国の経済活動が弱まればこれに下押し圧力がかかる。
インドで気になるのは物価。卸売物価指数は足元、3か月連続で10%前後となっていて、川上段階では間違いなくインフレだ。川下、つまり消費者物価上昇率も3か月連続でインド中銀の目標値である4%を上回っている。また金融市場も大きく混乱しており、通貨ルピーは原油価格と関係なく下落し最安値圏で推移し、株価も低迷している。
実体経済で見ると、インド独自の事情も考えなければならない。モンスーン期の降雨量で農業生産が大きく変わるので、少雨となった今年は食料インフレの懸念も高まっている。
インドの成長を期待した投資の流入は旺盛だが、対内直接投資(FDI)ストックのGDP比は東南アジアに比べるとまだ低い。政府は製造業を振興しているが、最近では非製造業向けの直接投資が増えている。
インド経済への期待が高い一方で課題もある。製造業のGDP比は20%を目標にしていたが、新統計基準では15%前後で、農林水産業を下回っている。貿易面でもアジアとの連結性は高くない。そして対外収支のぜい弱さは外的ショックへの耐性の低さにつながる。まずは製造業の足場をしっかり築くべきだろう。財政赤字のGDP比も、「財政規律法」で定めたぎりぎりの数値。財政改革が進まなければインフレ恒常化の恐れもある。
インドが中国を超えるのか、という点になると、実購買力ベースでみてもやはり中国に代わる国というのは現状見当たらない。
▶「インド型経済発展とは何か」
インドの経済発展について、物的資本の蓄積に貢献する投資率をはじめ教育水準に代表される人的資本、そして健康資本という視点から分析した。投資率と1人当たりGDPの成長率にはプラスの相関関係があり、中国もインドも投資の改善で成長率が高くなっていることがわかる。そして、中等教育以上の修了比率も大事だ。中印両国もこの数値が高くなるとGDP成長率に反映される。もう一つ大事なのが健康資本(ヘルスキャピタル)。平均余命などから見た健康資本が充実すればやはりGDP成長率の高さにつながる。
元インド中銀総裁のラグラム・ラジャン・シカゴ大教授はその著書「Breaking the Mould(型を壊せ)」(2023年)の中で「製造業では中国にかなわない。インドはITなどサービス部門主導の成長を模索すべきだ」と主張、半導体政策についても批判している。また、産業人材教育があれば労働集約的な産業を育てられるのかという点についてもラジャン氏は非常に悲観的だ。ラジャン氏はさらに、政府の大学関連予算が約53億ドルなのに、米マイクロン・テクノロジーの半導体工場へ20億ドルもの補助金を支給することにも疑問を呈している。これらは非常に興味ある論評だと言える。
▶「失業とインフレ インド経済の二大弱点」
多くの世論調査で「失政」の上位にランクされる失業とインフレについて、その構造と対応策について論じた。インドでは特に若年失業率の高さが深刻で、足元は15~16%程度で推移しているが、25歳以下の大卒者に限れば4割近い。主な要因は企業と学生のスキルを巡るミスマッチ。私立大学の新設ラッシュで学生数が増加したことも背景の一つ。
インドには15歳から29歳の若年層が約3.7億人いるが、このうち9200万人がいわゆる「ニート」という統計もある。世論調査でも、失業は「Employability(雇用されるための能力)」に問題があるという受け止め方が多い。
インフレは再びじわじわと忍び寄ってきていて、8月の消費者物価指数(CPI)上昇率は4.8%に達した。ただ、中銀は「(食料品や燃料を除く)コアインフレは安定している」と慎重な立場。食料品価格の高騰は産地のインフラの問題という側面が大きい。倉庫や農道の不備で農産物が流通途中で損傷してしまい、多くが消費地に届かないためで、これは農産物買い上げ制度の弊害と言える。今年はモンスーン期の雨量が平年を下回り、不作懸念が出ている。エル・ニーニョの発生もあり、インフレにつながる恐れがある。
失業とインフレに関する懸念は多くの人が共有していて、処方箋もあるのになかなか実効性のある対策が取れていないのが実情だ。
