事業紹介

AIが加速させるデジタル完結型経済



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掲載日:2026年9月9日

東京大学大学院情報理工学系研究科
江崎 浩 教授


1.物理完結からデジタル完結へ

 人類は、農業革命、工業革命を経て、デジタル(情報)革命の段階を迎えている。蒸気機関は、化石燃料の燃焼から排出される高熱源を用いて水を蒸気化(相転移)し、蒸気の移動エネルギーをタービンで回転エネルギーに変換するシステムである。ところが、蒸気機関が生成する回転エネルギーを電気エネルギーに”相互”変換する技術(=発電とモーター)が発明されると、ベルトや変則機を用いずに、銅線を用いて工場内に存在する工作機械のモータに供給され、工場内の工作機械が「ベルトや変則機から解放」され、起動・停止さらに”移動”することが容易になった。これが、本当の第2次産業革命のようである。
 近年人類は、デジタルビットの伝送と処理技術を発明し、電気エネルギーの発見とその利用法を発明した時に匹敵する、エネルギーインフラに関する大革命を経験しているようである。 電気の伝送と処理技術による同期型の集中クライアントサーバーシステムは、大量の電気エネルギーの長距離の配送信網を必要としない非同期型の分散ピアツーピアシステムに進化しようとしている。デジタル網の構築管理コストは、電力網のそれとは二桁以上に小さいことが、広く認識され、大きなインフラの革命を起こしつつある。
 物理完結の20世紀以前の世界は、ビットの力で物理システムのデジタル空間での物理空間のエミュレーションによる最適化/効率化、さらに設計の段階を経て、サイバー空間が主役であり、物理的なシステムはサイバー空間から物理空間にプリントアウトされたある意味“特殊でマイナーな”システムであるという世界に変化・進化しつつあると捉えることができる。つまり、サイバー/デジタル空間で完結しているシステム(あるいは、最低限の物理空間とのインターフェースを持つサイバー空間上のシステム)へと進化しつつある。例えば、その典型例である新聞は、紙媒体のみの物理完結から起動されたが、デジタル化を経て、物理的な紙を卒業、ほぼ「デジタル完結」の業務形態に進化した。物理的な空間には、物理法則という”有限な”拘束条件が存在し、これから逃れることができない。しかし、サイバー空間には、”上限”や“制限”が存在しないので、ほぼ無限に空間を拡張可能で自由なルールが適用可能な多様な活動空間が存在していると捉えることができる。大航海時代とそれに続く植民地経済の時代は、地球には無限の陸地と海洋が存在しており、その結果、無限に経済規模を拡大可能との考え方に基づいたビジネス投資が行われていた。 しかし、地球は球体であり、陸地と海洋には上限が存在することが明らかとなり、列強国間での物理的資源の奪い合いが始まることになり、人類は、2度の世界大戦を経験することとなった。
 ムーアの法則に従って指数関数状にその能力と密度が向上する/したデジタル産業は、無限に膨張が可能(=上限が存在しない)なデジタル/サイバー空間を創成することになったのである。 ほぼ、“上限が存在しないデジタル経済”であり多くの経済が“デジタル完結型”へと向かっているようである。デジタル経済の上限をもたらすものとして、➀地球温暖化と➁電力エネルギーが認識されるようになってきたのが、21世紀の第2四半期の最初の年である2026年ではないだろうか。
しかしながら、
(1) 電子機器で構成されているデジタルインフラは、「電力の存在」が前提であり、「サイバーインフラに関する電力経 済安全保障」を実現する必要がある。
(2) データの管理や利用法に関する「データ統治(Data Governance)」の議論が、世界中の政府および企業で活性化して いる。
 これが、2024年3月から政府での議論が本格化した「ワット・ビット連携官民懇談会」が起動された理由である。21世紀第2四半期に本格展開されるデジタル経済を支え、実現させているのが、デジタル/サイバーインフラであり、その中でも最重要なインフラ基盤が、データセンター(+エネルギー+情報通信インフラ)なのである




図1. 物流・電流・情流のインフラのコスト比較


2.デジタル経済安全保障

 第2次産業革命の重要要素は「化石燃料」、「鉄やコンクリート(=陽子と中性子)」および「電気(=強電)」である。一方、第3次産業革命では電子(=弱電)と光子(=電磁波)が重要要素である。これは、物理空間が前提・主導であったシステムが、デジタル空間が前提・主導のシステムへと変革・進化したことを意味するとともに、データの正確性・正当性というデータの統治力、すなわち、Data Sovereigntyを実現する基盤の確立・構築が必須となったと捉えなければならない。Block Chainは、データの正当性の担保・確保に対して民主主義的手法による意思決定手段をデジタルシステムで実現した事例と捉えることができる。投票者がマルチステークホルダであり相互監視しながら、投票による決定を行っている。
 もう一つ、重要な変革・進化は、➀国家は、「物理空間での社会・経済活動を形成する単位」であり、地球という有限な3次元の物理空間という制限を前提条件としなければならないので、物理資源(特に化石燃料)の争奪戦が発生してしまう。 一方、➁「デジタル空間での活動」には、活動空間の制限(上限)は事実上存在せず、制限なく活動空間を拡大可能であり、その結果、物理資源の争奪戦は大きく緩和されることになる。しかし、デジタル空間を形成する物理インフラとこれを稼働させるエネルギーは、物理空間に存在し、「国家」の影響を強く受けることになる。ただし、これは、地球の表面上での環境であり、高度な空間や宇宙には、今のところ「国家」の概念が存在しない、地球の表面上に存在する「公”海”」のような「公”空”」の空間であり、国家による(あるいは企業などによる)覇権・利権の争奪戦が発生する可能性を秘めている。新しい空間の争奪戦を回避・解決するために、人類の過去の経験に基づいた叡智を集結し、その解決法を実現させなければ、再び、我々は、国家間(あるいは企業間)での戦争を経験することになりかねない。


3.デジタルインフラの整備

データセンターに代表されるコンピューティングインフラと高速無線インフラの電力消費量、すなわちデジタルインフラにおける電力消費量の激増が問題視されている。人工知能、深層学習などの莫大な量のデジタルデータを用いたコンピューティングによって、さまざまの新しい価値が産み出され、大規模なDXが起動されようとしている。これらの通信・コンピューティングインフラは、大量の電力を必要としており、今後のインフラ整備においては、この2つのインフラは、これまでの独立したインフラではなく、連携・協調が前提の統合インフラへと進化しなければならないのではないだろうか。
 データセンターと半導体産業の電力使用量の増加は、我が国のエネルギー政策の大転換をもたらそうとしている。減少傾向にあった総電力量は、この2つの産業によって、増加傾向に転じるということになり、「第7次エネルギー基本計画」では、この2つの産業をはじめとする先端産業と再生可能エネルギーの戦略的な連携が重要な方向性と示されるに至った。 注意すべきは、データセンターインフラを構成するこの2つの産業が消費する電力総量は、全体の数%以下であり、今後の大きな増加は必然ではあるが、まだ大きな割合ではない。 しかしながら、この2つの産業は、デジタルイノベーション(DX)を推進する重要なコア産業であり、GXの推進にも、すべての産業のデータ駆動型の生産性の向上と構造変革によって大きな貢献を行うことが期待されており、このような観点からも重要な産業なのである。 アンドリュー・マカフィー氏の「資本主義は脱物質化する」でも議論されている「少ない資源から大きなアウトプットを生成・創成する」=“More from Less by Bits over Watt”が、デジタルによってもたらされるのである。データセンターと半導体産業は、生成AIの登場で、その注目度が劇的に大きくなった。デジタル化による既存の物理完結に近い産業のAIを用いたAS IS と TO BEの両方によるエネルギーの大削減によって、デジタルインフラの総エネルギー消費量は、人体と同じ 20%-25%となってもおかしくないのかもしれない。
 遠くにあるデータセンター内にAIサーバが存在することを、遅延要求の観点から許容できない。 特に、大量の電力を必要とする学習過程には遅延要求がなく大規模なデータセンターでの稼働が可能であるが、推論機能は短い遅延を要求するため遠隔地のデータセンターでの稼働が許容できない場合が出てきている。 データセンターにおける集中(クライアント・サーバ型)から分散(ピア・ツー・ピア型)への動きである。 中国における「西算・東数」という国家施策は、これに従った次の段階の構成を示している。


図2.2021年 第13期 中国全人代 「東数西算」(=西で学習、東で推論)


4.デジタル経済安全保障

 もはやほとんどすべての産業がデジタルシステムに依存していることと、その活動がインターネットに依存していることを我々は認識しなければならない。すべての産業と経済は、電子機器を動作させるための「電力」と、「インターネット」の存在と利用を前提としているのである。その結果、データの管理や利用法に関する「デジタル経済安全保障」の議論が活性化している。そこでは、「自立」というキーワードとともに、「分断」という選択肢がしばしば出てくる。「自立と分断」を可能にするのが、安全保障とされつつある。「自立と分断」の象徴であった米ソ冷戦構造は、「ウオッカ・コーラ」に象徴される実質経済の相互関係の拡大・進展によって崩壊した。相互関係を増加させたことで、喧嘩をできなくしたのである。さらに、分断・喧嘩するより、手を結んで連携・協力することが賢い方向性であるとの共通認識が形成された結果、ベルリンの壁の崩壊へと向かったのである。連携・協力は、相互の信頼関係と敬意が必要である。非対称な関係では、協力関係を構築・維持することはできない。これは、多様性の尊重と包摂性の重要性も意味する。デジタル経済安全保障の確立には、「自立・分断」ではなく、「相互連携・依存」に舵を取る必要があるのではないだろうか。


5.生成AIが変える投資の額と力学

 生成AI(人工知能)への急劇な投資の額と力学の変化は、「投資力」(大きさ)と「統合力」(構造)が、事業の生死を分ける状況をもたらしているように思える。AI時代のインフラ整備には、①桁違いの大きな投資と、②新しい地政学に基づいた投資の2つが必要で、資本構造と事業構造を再設計しなければ生き残れないように思える。
 生成AIの登場によって、急加速するデジタル経済を牽引するデータセンター産業の分野では、従来のこれらの産業を構成していた企業では到底賄えない巨額投資が求められている。製薬業界、生物化学業界、あるいは半導体業界などにおいては、巨額の投資能力が可能な集中力と体力、さらにリスクテイク能力のある企業しか残れない構造に変化した結果、日本の企業は世界市場での競争力を急激に失うことになった。 データセンター産業も同じ状況に入ろうとしているのはないだろうか。 NTTグループは、いちはやく、NTTデータの海外展開とともに、NTTデータの事業を支えるデータセンター事業の国際展開を加速させた。その際には、日本の投資構造・投資規則/規制よりもシンガポールREIT(不動産投資信託)が有利であることから会社をシンガポールに新設してグローバルな事業展開を行った。日本におけるデータセンター投資も、従来の通信会社やシステムインテグレータ会社、あるいはサービス会社ではなく、より多額(1桁から2桁大きな)の投資が可能なファンド会社や不動産会社などの参画が急加速・急拡大しており、我が国おいては、データセンターに関して、J-REITの特例が設けられ、データセンターへの投資の規制緩和が実現された。


6.サイバーセキュリティー

 ユーザーに”安心”を与えることを、「トラスト(trust)」と呼ぶ。ビジネスなどの活動・関係を持つことに対して、十分信用に足りている状況と考えることができる。トラストは相対的なものであり、絶対的な基準ではない。許容可能なレベルでのリスクを考慮した上で、想定外のインシデント(事故や事件)の発生リスクは織り込んだものでなければならない。基本はエンドユーザーの責任としなければならない(=自助)。しかしながら、次の段階として、関係するステークホルダが連携・協力する「共助」、そして、最後に、国家等による「公助」という構造を構築することで、全体としてのデジタル空間のトラストを実現しなければならない。「最初に自助、次に共助、最後に公助」である。 この順番の維持・堅持が必要であることは、人類の過去の歴史(特に 第2次世界大戦に向かった国家による情報統制)が示している。
 法律は国ごとに異なっており、国境を越えグローバルにデジタル情報の交換を行うデジタルネットワークでは、異なる規則を持つ国にまたがったセキュリティ対策とシステムの最適化が行われなければならない。
 2017年12 月、経済産業省は「産業サイバーセキュリティ」の活動を起動し、自律性を持った多様なデータ空間が形成するサプライ/デマンドネットワークに対する、データ連携を可能にするサイバーセキュリティ基盤の設計・構築・運用の方向性をCPSF (Cyber/Physical Security Framework)として示した。これは、2026年時点での各国および世界での重要課題と認識されるに至っている。
 さらに、2025年7月に創設された国家サイバー統括室からは、「重要インフラのサイバーセキュリティ対策のための統一基準」が示されるが、その中では、以下の重要な方向性が示される。
 (1)Resiliency能力の重視と向上
 (2)セキュリティリスクのアセスメント(評価)に基づいた注力優先度を意識した対策
 (3)ゼロトラスを前提とするが、
   (ア)ゲートウェイ・ファイアウォールでは 護れない (自助が必須)
   (イ)独自OS/プロトコルでは 護れない (AIが攻撃する)
   (ウ)しかし、セグメンテーションは 被害の拡大に対する防御として重要である

 このような環境・状況に対応するために、4レベルでのサイバーセキュリティ対策が推進されている。➀プロダクト、➁生産現場(工場など)、➂組織(会社等)、そして、➃サプライチェーン・ネットワークの4レベルである。これまで我々は➀のプロダクトに関するサイバーセキュリティ対策の脆弱性を議論してきた。しかし、社会・産業活動の持続性・継続性を考えると、さらに上記の3つのレベルのサイバーセキュリティ対策が実現されなければならない。これは、データレイク(Data Lake)あるいはデータ空間(Data Space)と呼ばれる多数の仮想的サプライチェーン空間がサイバー空間上に共存する形態である。我々は、Data Space内、および Data Space間での、Secureな、Trustableなデジタルデータの流通と連携を実現しなければならない。


7.むすび

 われわれは2050年までにカーボン・ニュートラルを実現しなければならないとされている。環境汚染問題の解決は公益である。しかし、当初は、環境汚染対策はコストであるし、生産性・生産量、さらに利益率を押し下げるとして、産業界は消極的である。しかし、環境汚染問題の解決は、結果的には無駄の削減と新技術の発明・導入で実現され、私益の追求・向上が、公益である環境問題の解決になるという Win-Winの関係にしなければならない。
 「GAFAM」(Google、Apple、Facebook<現Meta>、Amazon、Microsoft)と呼ばれるビッグテック企業は、巨額の資金調達を株式市場から可能となり、しかも、株主の意見に束縛されない経営・投資が可能な企業統治を実現して、エネルギー基盤からコンピューティング基盤、さらにアプリケーション基盤を一気通貫で所有・運用可能な体制を整えている。デジタルインフラの産業構造が変わったのである。日本の企業は、株主と利益偏重によるリストラと短期的事業安定を企業統治の方向性に据えたことで、結果的に投資/挑戦の意欲と機会を失ったように思える。AIを理由に/契機に、失われた30年とは異なる、我が国産業界の再興への挑戦を期待している。


文献

(1)山本強、江崎浩、村井純 他 : “デジタルインフラと北海道-DXで耕す北の未来”,
ISBN 978-4867211762, 北海道新聞社(2025年)

(2)経済産業省「第7次エネルギー基本計画」、2025年2月.

https://www.enecho.meti.go.jp/category/others/basic_plan/

(3)アンドリュー・マカフィー : “More from Less”,
ISBN 978453217688, 日本経済新聞出版 (2020年).

(4)C.レビンソン: “ウォッカ+コーラ”,
ISBN 978481910785, 日本工業新聞社(1980年).

執筆者プロフィール

江崎 浩(えさき ひろし)
東京大学大学院情報理工学系研究科 教授

1987年 九州大学 工学部電子工学科 修士課程 了。(株)東芝 入社。
1990年より2年間 米国ニュージャージ州 ベルコア社、1994年より2年間
米国ニューヨーク市 コロンビア大学にて客員研究員。
1998年東京大学 大型計算機センター助教授、2001年東京大学 情報理工学系研究科 助教授。
2005年より現職(東京大学 情報理工学系研究科 教授)。
WIDEプロジェクト代表。MPLS-JAPAN代表、JPNIC(日本ネットワークインフォメーションセンター)理事長、
東大グリーンICTプロジェクト代表、日本データセンター協会 副理事長/運営委員会委員長、
IPTVフォーラム理事長、JNSA(日本ネットワークセキュリティー協会)理事長、
CSAJ(日本クラウドセキュリティー協会)会長。工学博士(東京大学)。