「中国研究会」研究会だより (1)
(東京大学社会科学研究所准教授)
本研究会の問題意識
2020年代に我々は、技術水準において中国が先進国へのキャッチアップ段階から抜け出し、先端技術大国化する過程を目撃しているのかもしれない。その追い抜きの過程は、人工知能技術(AI)とその関連領域で集中的に現れる可能性がある。中国政府の次期五か年計画(2026-2030年)を見ても、中国は2010年代に作り上げてきた製造大国とデジタル化社会を基礎に、AIを活用した大国への変貌が目指されている。世界最高水準のAIの開発に加えて、政策の射程は政府部門、民間ビジネス、科学技術、学術研究、国家統治、軍事を含む各分野が含まれている。
中国のAIを巡っては、いくつもの問いを立てることができる。第一段階の問いは、実態把握に関わるものである。例えば「中国のAI分野の技術開発は、国際的にみて、どの水準まで達しているのか?」、「AIの社会実装は各分野で、どの程度進んでいるのか?」、「中国政府は、どのようなAIに関わる政策フレームワークを整備しているのか?」、そして「日本を含む海外市場に、中国製人工知能および関連サービスはどの程度浸透しているのか?」といった問いである。これらの実態把握を踏まえた上で、第二段階として、AIが中国の経済・政治・社会に与える影響や、そして日本の産業や社会にもたらす影響を検討することができるだろう。
本研究会は以上のような問いに取り組むものとして立ち上げられた。本研究会のカバーすべき範囲は広く、また技術変化も著しい。本研究会において全領域の最新動向をカバーすることは現実的ではない。しかしこれらの重要な現状把握と展望を得る上での視点や論点、注目すべき事例を見定めていくことは可能であろう。
「中国=AI大国」論
中国のAIに関わる様々な問いに取り組むうえで、たたき台となる重要な視点がいくつかある。その第一は、「中国=AI大国」論である。象徴的な見方は、李開復(Kai-Fu Lee)の議論である。技術者であり、ベンチャー投資家である李は、AI時代の競争力を左右する要素として、「豊富なデータ」、「起業家精神」、「AI研究者」、「AIに好意的な政策」の四点を挙げ、中国はこれらを兼ね備えていると論じている(李, 2020)。彼は、社会実装の面では、少数のエリート研究者ではなく、多数の実装型エンジニアと起業家集団の存在こそが重要であると指摘し、中国がそれらの人材を大量に育成している点を強調していた。
実際にその後、中国は大規模言語モデル(以下、LLM)の開発競争において急速に存在感を高めている。スタンフォード大学のAI Index Reportによれば、2023~2024年における主要AIモデルの開発数では米国が依然首位であるものの、中国は二位であり、他国を大きく引き離している(Maslej et al., 2025)。また中国系LLMの性能は米国モデルとの差を急速に縮めており、李自身も、2025年3年時点では「以前は6~9か月遅れていたが、現在では一部中核技術で3か月程度に縮まった」と評価している。
国家主導のハードなAIガバナンス
第二の視点は、国家主導の政策体系である。中国政府は2017年の「新一代人工知能発展規劃」によってAIを国家戦略に位置づけ、その後も「人工知能+行動」政策(2025年)を通じて産業横断的なAI導入を推進している。さらにAIガバナンスにおいては、民法を基礎法とし、データセキュリティ法・サイバーセキュリティ法・個人情報保護法を三つの基本法とし、その上にアルゴリズム管理や生成AI規制を積み上げる政策フレームワークを構築している。AIに関するルール作りの面では、罰則規定も含むハードローを急ピッチに整備するアプローチを進めており、これはソフトローを中心として民間の利活用を活性化させようとする日本のアプローチとは異なる。
AI推進のジレンマ
第三の重要な視点は、AIの普及がある種のリスクも作り出すというジレンマの存在である。AIの普及は生産性や利便性の向上に寄与することは明らかである。このため第15次五か年計画(2026-2030年)の綱要において、人工知能(AI)は30回登場しており、これは前期計画文書の6回よりも大幅に多かった。明らかに中国政府はAIの開発と社会実装に力を入れている。その一方で、AIによる自動化が進むことで、労働市場に与えるインパクトが懸念されている。営業職や単純労働、設備操作などの分野に加えて、生成AIによって大卒者がこれまで担ってきたホワイトカラー層にも大きな影響が出る可能性が高い。五か年計画においても「対外環境の変化や人工知能など新技術の発展が雇用に与える影響に、総合的に対応する」と述べ、「高品質かつ十分な雇用に関する評価体系を構築する」と記載している(伊藤, 2026)。この意味で、AIを推進することに内在するある種のジレンマをどのように乗り越えていくかは興味深い論点である。
中国製AIの国際的インパクト
第四の視点は、中国製のAIの国際的な影響力の高まりが、いかなるインパクトをもたらすのか、という点である。中国系大規模言語モデルは、オープンソースモデルが数多く、国外にも急速に浸透している。アリババのQwenシリーズは、2025年にはMetaのLlamaを超えるダウンロード数を記録し、2026年初頭には累計7億ダウンロードに達したとされる。東南アジアでは、既存のQwenやLlamaをベースとした派生モデル開発が進んでおり、その一部には中国政府的な政治反応が残存しているとの分析もある(伊藤・高口, 2026)。このように、中国AIは単なる技術競争にとどまらず、国際秩序やAIガバナンスをめぐる地政学的競争とも深く結びついている。中国政府は「AIガバナンスに関するグローバル・イニシアティブ」などを通じて国際ルール形成への関与を強めており、米国からは中国製AIモデルが世界標準化することへの懸念も表明されている。
本研究会での議論
以上にように、中国は国内に擁する多数の技術者を足掛かりとして、AI大国化しつつあるが、技術の普及そのものが労働市場を脆弱なものとするリスクもある。同時に、国外でも中国製AIの普及を通じて、先端的技術領域での中国企業の存在感を高める可能性もあるだろう。すでに本研究会では中国のAI関連領域での科学技術開発の動向、そして国内のマクロ経済に与えるインパクト、経済安全保障への示唆、フィジカルAIや認知戦も含めた軍事応用への影響等、各方面でのAI応用の事例を検討している。本研究会では、冒頭に述べた問いと論点を中心に、今後も調査に取り組んでいきたい。
参考文献
伊藤亜聖(2026)「中国・第15次五か年計画(2026-2030年)の含意:AI、県域、そして経済安保」DCER Insight, 2026年3月26日記事。
伊藤亜聖、高口康太(2026)「Qwen派生系大規模言語モデルの政治特性:東南アジアの事例」人工知能学会第40回全国大会投稿中論文.
李開復(2020)『AI世界秩序 米中が支配する「雇用なき未来」』日本経済新聞社(原著AI Superpowersは2018年刊行)
Maslej, Nestor et al. “The AI Index 2025 Annual Report,” AI Index Steering Committee, Institute for Human-Centered AI, Stanford University, Stanford, CA, April 2025, p.97. https://doi.org/10.48550/arXiv.2504.07139
