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コロナショック下の世界と日本:グレート・リセットの時代 (23) イノベーションの心理:永遠の若さの追求 デジタル・ヨーロッパ 政策ディレクター パトリス シャゼラン【2022/1/26】

コロナショック下の世界と日本:グレート・リセットの時代

(23) イノベーションの心理:永遠の若さの追求

掲載日:2022年1月26日

デジタル・ヨーロッパ 政策ディレクター
パトリス シャゼラン

 MITのマイケル・シュレーグが述べた有名な言葉「イノベーションとは、イノベーターが行うものではなく、顧客が適用するものである。 (※1)」この定義は、世界中の政界、産業界及び学界のいずれにおいても、かつてないほど真実味がある。

1. ブリュッセルの時代精神から判断すると、デジタル技術は政府や公的機関の「エンジン」がフル稼動するために必要な燃料である。この点において、欧州委員会はグローバルなデータ駆動型社会におけるヨーロッパの法律を改善しようという熱意のもと、このところ一連の圧倒的な創造性を発揮してきた。2020年11月のデータガバナンス法 (※2) から2020年12月のデジタル市場法 (※3) およびデジタルサービス法 (※4) 、2021年4月のAI戦略パッケージ (※5) 、そして策定中のデータ法 (※6) に至るまで、「ブリュッセルバブル」はDGA、DMA、DSA、AIA、DA等の略語の殺到で押しつぶされた。ヨーロッパをデジタル時代に適合させるとなる時、ヨーロッパの首都は決して眠らない。

 英国の我々の友人たちは、ケーキを食べつつ残しておくという一挙両得狙いに精を出しているが、2020年12月のEU離脱完了はすなわち、英国がEUファミリーの一員である限り私たちが警戒していたもうひとつの英国の諺「プディングがうまくできたかどうかは、食べてみなければ分からない(論より証拠)(※7)」の原動力を失うことを意味した。実際、この強いインパクトを与える法案の一斉射撃の行程はまだ始まったばかりだ。ブリュッセルは、世界の規制の首都という怪しげな称号を獲得するほど個人データ保護では業績をあげたが、AI分野でもこれを繰り返すことができるかどうかについては、まだ結論は出ていない。

 一部の専門家は、この相次ぐ法案を一顧だにしない。空騒ぎだと主張し、次のバズワードを乗せた列車が駅を出るまで待ったらどうかと呆れる。欧州委員会内の、あるいは結果的に見て加盟国間の断裂状況に照らせば、この見方も一理あるかも知れない。デジタルの先頭集団 対 脱落組、変革推進派 対 変革反対派等々である。しかし反対する意見もある。ヨーロッパの主権や戦略的自治への定着はしっかり根付いていると(※8)

 欧州委員会の創造性がデジタル分野を遥かに超えて急成長している事実を考えると、後者の意見が正しいのかもしれない。例えば、原子炉を予定耐用年数が終われば送電網から切り離し、そのエネルギーを専ら電解槽を動かしクリーンな水素の生産に利用するという考えをもてあそんでいる者もいる(※9)

 米国政府も同等に効果的なゲームチェンジャーを用意しているかもしれない。最も信頼する同盟国に対して4年にわたり真意を測りかねるような政策を示してきた過去を何とか洗い流したいかのように、ワシントンはデジタル・ディスラプションの掌握でEUを凌ぐことにしたようだ。最近の要職指名者の顔ぶれに、ある傾向を指摘する意見もある。≪新ブランダイス派のムーブメント≫が、猛烈な勢いでアメリカの独占禁止の伝統復活に弾みをつけているというのだ。(※10)

 日本も忘れてはならない。日本は安倍元首相の「信頼性のある自由なデータ流通」(Data Free Flow with Trust :DFFT)によるグローバルな恩恵を受けている。あるいは、国際的な支持を取り戻するために、「ガバナンス・イノベーション」のための大胆なプロジェクトを粘り強く微調整している。

 中国の場合、丁寧に国民の意向を調べることに時間を無駄にしたりせず、政府は最先端技術の養成に先導的な役割を担い、なおかつ君臨することができる。それは以下に報告されている。(https://merics.org/en/short-analysis/xis-worrying-tech-curriculum)

 「中国のサイバー主権の拡大は加速化している。中国の国家安全保障上の関心は2017年にサイバー空間にまで及び、中国大手テクノロジー企業の独自のイノベーション能力は、軍事産業と民需産業とのさらなる接近に加え、検索エンジン、インスタントメッセージング・サービス、ウェブサイト、オンライン決済、eコマース、ソフトウェアプロバイダに関する国家への説明責任の増大に苦しめられている。」

 デジタル主権がその方向に向かっているかどうか、あるいはイノベーションが官僚機構で成功するのかマルチステークホルダーの環境で成功するのかを問わず、最先端技術は政府と公的機関の独自性をますます高め、ほとんど手に負えないくらいのものにしているようだ。「国民国家―連邦国家であれ中央集権国家であれ―が死んだという報道は、ひどく誇張されてきた」と、マーク・トゥエインなら言ったであろう。


2. しかし間違ってはいけない。ビジネスは依然としてイノベーション・レースをリードしている。Facebookは、≪インターネット上の仮想世界≫の遠く離れた派生物としての「コンピューターの作り出した宇宙での生活」に静かに道を開いているのかもしれない。
(https://www.theverge.com/22588022/mark-zuckerberg-facebook-ceo-metaverse-interview )

 大まじめな大学における研究活動においてだけでなく、想像力豊かなビデオゲーム発表者も、ずっと以前から私たちの新しい領域としてコンピューター化した宇宙を描いてきた。ユク・ホイは論文「On the Limit of Artificial Intelligence(※11)」の中で、≪AIの力強さは、世界のコンピューターモデルへの還元に基づいている≫と断定している。
 他の見方をすると、私たちはシリコンベースのプラットフォームに自分の考え方(マインド)をどうしてもアップロードし、その過程で何らかの形の不死を手に入れなければという衝動に駆られるかもしれない。
(https://au.rollingstone.com/culture/culture-features/mind-uploading-immortality-shams-not-27742/ )
 くらくらしてくる前に一休みして、政・産・学界の複合的なイノベーションの浮かれ騒ぎが私たちをどこに連れて行くのかを現況を点検してみよう。


3. 学界やシンクタンクがそれぞれ独自のイノベーションを繰り出してきたことはよく知られている。重要なこととして、こうしたイノベーションはAIと私たちの知能との不利な疑似競争を解消し、それによって人間と機械の対話に力を与えて新たな高みに引き上げられるかもしれない。

 いわゆる「共感する知能(Sympathetic Intelligence)」に一生懸命に取り組んでいる人たちは、そのほとんどが知らず知らずのうちに、ベルクソンのビジョンに新たな命を吹き込むかもしれない。「その原初の目的から獲得した知能とは、人工物―特に、他の道具を成形できる道具―を量産する能力であり、かつ、その量産過程が境界なく豊富な品ぞろえの製品を確保できる能力である」。AIが私たちの知能を凌ぎ始めるよりずっと前に、その兆しはあった。

 ベルクソンは、私たちの意識の奥深くに隠れているもうひとつの要素、些細な理由で脚光を浴びていなかった一種のヒーローを明らかにした。私たちが囲まれている奇跡のようなあらゆる技術の背後には、自然であれ人工であれ知能があるが、直観―他の動物でいえば本能―は、こうした華やかさからは遠ざかっている。市場価格には関係しないが、直観が私たちの「ホメオスタシス(動的平衡)」に貢献していることは確かである―持続的な放置状態故に―貢献の程度は不明だが。ベルクソンは「知能に対する直観の関係は、ものを触るときの視覚の関係と同じ」とまで言っている。すなわち、より優れた到達範囲に恵まれているということだ。これは単にベルクソンの勘に留まらない。アントニオ・ダマシオのような一流の神経学者もその正当性を裏付けている。

 ベルクソンは、機械も直観と同じようにひどい扱いを受けていることを、むしろ興味深いものと感じていた。可能な改善策として、ベルクソンは「メカニズムに打ち勝つ機械を作る」ことであろうと提案した。「人工物は、まさにそれが巧妙に作りあげられたものであるという性格によって、人に強い影響を与える。人工物によってその作り手は新しい機能に挑むことが可能になる、いわば、生まれつきの臓器を強化する人工臓器によってアップグレードした身体機構を与えられることになる」。ベルクソンの次のビジョンは、≪メカニズムによって同等と見なされたり、決定されたりするのではなく、メカニズムを位置づける≫ことのできる≪より大きな魂≫(彼の言葉によれば「supplement d’ame」(魂の補完))を、機械に吹き込むことだった。ベルクソンは叙情的に次のように書き記している。「いまだに地面に向かって深く頭を垂れる人類が、機械を管理し、それに感謝できて、真っ直ぐ立ち上がって天を見上げることができるならば、機械は再び真の使命を見つけ、その力にふさわしいサービスを提供するだろう」

 ユク・ホイの仕事は、線形機械推論から再帰的デジタル動作への機械知能の転換に焦点を当てている。≪AIの力強さは、世界をコンピューターモデルに還元することに基づいている。(中略)機械知能は、人間の想像力を超えるところまで人間を変容させるだろう≫

 言い換えれば、ベルクソンのAI前のビジョンに忠実であるためには、私たちは機械の力を封じ込めるべきではなく、AIが「人の知能よりも速く膨大な変異」を生み出すのを手助けするべきである。テクノロジーの現実は私たちの現実を変容させることから、「デジタル生気論(digital vitalism)」―ベルクソンの「生命の飛躍(vital impetus)」を参照―は、計算主義(computationalism)の後継となるものとなるだろう。

 ≪世界は計算可能であり、計算を通じて使い尽くされるかもしれない≫(ユク・ホイ)という幻想が消え去れば、日本の人間中心型「Society 5.0」は大成功を収め、世界に根を張り始めるかもしれない。運が良ければ、世界中の政界、産業界及び学界の協力がAIと人間の間の有害無益な緊張を打ち消し、エドガール・モランが百歳の誕生日に心の底からの思いあふれるメモに示唆した「増幅した人間(augmented man)」に対して、「より良い人間(better man)」の先駆けとなるのかもしれない。

*英文の原稿をCFIECが仮訳したものです。

※1 Michael Schrage, MIT, https://ubiquity.acm.org/article.cfm?id=1040565
※2 The Data Governance Act of November 2020, https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A52020PC0767
※3 The Data Governance Act of November 2020, https://digital-strategy.ec.europa.eu/en/policies/digital-services-act-package
※4 The Digital Services Act of December 2020, https://ec.europa.eu/info/sites/default/files/proposal-regulation-single-market-digital-services-digital-services-act_en.pdf
※5 The AI strategy package of April 2021, https://digital-strategy.ec.europa.eu/en/policies/european-approach-artificial-intelligence
※6 Data Act in the making, https://www.europarl.europa.eu/legislative-train/theme-a-europe-fit-for-the-digital-age/file-data-act
※7 原文 “The proof of the pudding is in the eating”
※8 Debunking Strategic Autonomy ≫ directions blog https://directionsblog.eu/debunking-strategic-autonomy/ 参照。
※9 https://www.linkedin.com/pulse/geopolitics-technology-thierry-breton/
※10 https://prospect.org/justice/new-brandeis-movement-has-its-moment-justice-department-antitrust-jonathan-kanter/
※11 Yuk Hui, “On the Limit of Artificial Intelligence” (Philosophy Today, Volume 65 Issue 2, P.339-357. Spring 2021)


執筆者プロフィール
パトリス・シャゼラン (Patrice Chazerand)

EUのIT業界団体であるデジタル・ヨーロッパ(DIGITAL EUROPE)の政策ディレクターをつとめる。Global Digital FoundationのディレクターおよびAI4People科学委員会のメンバーでもある。2002年から2009年までInteractive Software Federation of Europeの事務局長として、欧州におけるビデオゲーム業界を代表し、唯一のデジタルコンテンツレーティングの全欧州システムPEGIを設立。1999年から2002年までViacomの欧州担当Vice President。1989年から1999年までAT&TフランスにおいてPublic Affairs担当Director後にManaging Director。もともと外交官として出発し、在ワシントンのフランス大使館に7年間勤務 (1982-1989)。




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