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コロナショック下の世界と日本:グレート・リセットの時代 (22) 中国外交と「制度性話語権」 慶應義塾大学 総合政策学部 教授 加茂 具樹【2021/11/1】

コロナショック下の世界と日本:グレート・リセットの時代

(22) 中国外交と「制度性話語権」※1

掲載日:2021年11月1日

慶應義塾大学 総合政策学部 教授
加茂 具樹

大国外交を展開する

 急速な経済成長にともない国力を増大させた中国は、地域の力の分布に影響をあたえ、地域秩序の流動を牽引する存在となっている。この趨勢は、新型コロナウイルスのパンデミックを経て、不可逆なものとなっている。日本の対中外交はどうあるべきなのか。中国指導部が選択する対外行動の動機を把握し、中国外交を理解する必要がある。

 中国外交の目的は、中国の経済成長に貢献する良好な国際環境の構築である。この目的を達成するために習近平指導部は、「中国的特色のある大国外交」(以下、大国外交)と呼ぶ外交を展開している。

 この中国外交を理解する鍵は「大国」という概念にある。現指導部は「大国」をどの様に定義しているのか。王毅外交部長の発言や中国共産党中央宣伝部(以下、中央宣伝部)が編集した幹部向けの読本によれば、『大国』とは「世界の平和をめぐる問題に決定的な影響力を与えるパワー」をもつ国家である (※2)。指導部は「大国」のかたちを「世界の平和の問題に決定的な影響を与える」ことができるパワーの大小で測っている。すなわち「大国」外交とは、中国の経済成長に貢献する良好な国際環境を構築するために、「世界の平和をめぐる問題に決定的な影響力を与えるパワー」の強化を追求する外交といってよい。


中国が求める「パワー」とは何か

 では、強化しようとしている「パワー」とはどの様なものなのか。軍事力なのか、経済力なのか。それとも別の力なのか。指導部の「パワー」についての考え方を理解するための有力な手掛かりは、2015年11月に公表された「国民経済と国民社会発展第13次五カ年計画の建議」(2016年3月に全国人民代表大会で承認された第13次五カ年計画の草案)にある。

 この建議のなかで「制度に埋め込まれたディスコースパワー(中国語:制度性話語権)」という概念が提起された。中央宣伝部が主管するChina Daily紙は、これを Institutional Discourse Powerと英訳している (※3) 。同紙によれば、共産党の公式文書のなかではじめて提起された「新しい言葉」である。そして、これを「国際経済分野における発展の方向や政策の決定と実施を主導するなど、国際経済ガバナンスに影響をあたえる中国がもつ総合的な能力のこと」と定義していた。

 「制度性話語権」という中国語の「話語権」はdiscourse powerと英訳されるように、「権」は権力(power)であって権利(right)ではない。したがって「話語権」を、発言する権利を指す発言権と理解しないほうがよい。「話語権」とは「自国の議論や言説に含まれる概念や論理、価値観、イデオロギーによって生み出される他国に対する影響力」であり、自らの発言の内容を相手に受け入れさせる力(power)である。「話語権」を「自国の議論、言説に含まれる概念や論理、価値観、イデオロギーによって生み出される影響力」と定義するのであれば、自らの発言の内容を相手に受け入れさせるパワーとも説明できる (※4)

 中国の国際政治学者は、中国の「制度に埋め込まれたディスコースパワー(中国語:制度性話語権)」を強化するための具体的取り組みとして、次のような考えを示していた (※5) 。例えば、(1)世界銀行や国際通貨基金(IMF)といった既存の国際経済秩序の根幹を担っている国際制度における、中国の議題設定権や議決権を拡大すること、(2)アジアインフラ投資銀行(AIIB)やシルクロード基金等の金融プラットフォームの活用をつうじて、新しい国際的な経済協力の枠組みといった中国が主導して設けた新しい国際制度の影響力を強化すること、G20やBRICSのような国際的な枠組みの積極的な活用をつうじて新しい国際的な経済制度をつくりあげて、発展途上国と新興市場経済がグローバル経済ガバナンスに対等なかたちで関与してゆくことを支持すること、である。そして(3)深海底やサイバー、極地、宇宙等のいま正に新たに国際的な制度を形成する途上にある新しい領域における、議題の設定や意思決定に中国が関与する能力を高めることを目的として、国際制度の構築を先導すること、である。


「制度性話語権」を強化する

 「制度に埋め込まれたディスコースパワー(中国語:制度性話語権)」の強化について、もう少し考えてみよう。このパワーを強化する、すなわち国際的な制度における議題の設定や政策過程における影響力を強化するという考え方は、いわゆる「ある問題領域において、国家が従うべき、原理、ルールのセットとしての国際レジームを作るに際して持つ力」である「構造的パワー(structural power)」を強化することに通じる。構造的パワーは、スーザン・ストレンジ(Susan Strange)が提起したパワーの概念である。

 ストレンジは、「政治経済において行使されるパワー」を関係的パワーと構造的パワーに整理した (※6) 。関係的パワーとは「AがはたらきかけてBに何かをさせるような力――Bはこのはたらきかけがなければこうした行動をとらない―パワーを指している」。一方で、構造的パワーは、関係的パワーとは違い、このパワーの所有者は「他者に対して、ある特定の決定または選択を行うべく直接的に圧力をかけることなく、他人が持っている選択の範囲を変えることができる」と定義されている。「どの様に物事が行われるべきかを決めるパワー、すなわち国家、国家相互、または国家と人民、国家と企業等の関係を決める枠組みを形作るパワー、をあたえるもの」である。これは「経済力、政治力、軍事力だけではなく、広く多くの国に受け入れられる文化や価値体系をもった国によって保持される」ものであって、「(構造的パワーを持つ国は)一方で自国の利益や価値体系に沿ったシステムを作り、他方そのシステムを自国の利益に沿って利用する力をもつ」といわれる。 (※7)

 こうした理解を踏まえれば、「制度に埋め込まれたディスコースパワー(中国語:制度性話語権)」を強化しようとする中国の試みは「構造的パワー」を強化しようとする試み、と言い換えることができるのである。


なぜ「制度性話語権」を強化するのか

 では、中国指導部は、なぜ「制度に埋め込まれたディスコースパワー(中国語:制度性話語権)」の強化が必要だと考えたのか。

 『人民日報』紙に「制度に埋め込まれたディスコースパワー(中国語:制度性話語権)」という概念の説明が掲載されたのとほぼ同じ時期に、中国の外交政策決定サークルに近いとされる元外交官の傅瑩が『人民日報』紙上で語っていたことが、既存の国際秩序に対する不安全感である (※8)

 傅は、第13次五カ年計画が全国人民代表大会において採択された2016年3月前後に、「既存の『世界秩序』は中国を完全に受け入れてはいない」という問題意識を提起した (※9) 。傅によれば、「世界秩序」とはパクス・アメリカーナである。そして、この「世界秩序」は(1)米国あるいは西側の価値観、(2)米国が主導する軍事同盟、(3)国連および関連する機構によって形作られていると整理したうえで、この「世界秩序」に対する見方を次のように説明していた (※10)

 傅は、中国の政治体制と西側諸国の政治体制とは全く異なるように、中国は価値観をめぐって異質なものと位置付けられている。そして傅は、米国が主導する軍事同盟は中国の安全利益にはまったく関心がなく、かえって中国はアジア太平洋地域において安全上の圧力を受けていると論じていた。そして傅は、既存の「世界秩序」は、今日、様々な問題に直面しているが、いずれの問題についても中国はその根源ではないばかりか、既存の「世界秩序」は新しい問題に対してなんら有効な解決策を示すことができていない、と評していた。そして傅は、したがって中国は(「世界秩序」ではなく)(3)に相当する国連が主導する「国際秩序」に対して強い帰属意識を持つと述べ、中国は国連の創立者であり、現在は受益者であり、貢献者であり、改革者であると説明していた。

 傅は「世界秩序」と「国際秩序」という概念を明確に使い分けた。パクス・アメリカーナを「世界秩序」といい、これとは別に中国が帰属意識を持つ秩序を「国際秩序」と表現していた。この使い分けには、パクス・アメリカーナという「世界秩序」に対する傅の不安全感が埋め込められていると考えてよい。

 例えば、2015年5月にオバマ大統領がWall Street Journal紙のインタビューに対して「もし私たちが世界貿易のルールを定めないのであれば、中国人がこれを定めるだろう」と発言したことへの傅の反応は、その典型といえよう。2009年11月にAPEC首脳がFTAAPの達成に向け合意したあと、2016年11月に「リマ宣言」としてFTAAPの最終的な実現に向けてプロセスを進展させることへのコミットメントを再確認するまでの過程で、APEC諸国間ではTPP12やRCEPについての議論が進んでいた。同紙は、こうした背景の下で行われたインタビューでのオバマ大統領への発言について、国内に向けたメッセージであったと分析していた。

 しかし傅の受け止めは違った。傅は「興味深いことは、この(オバマ大統領の)発言は中国人の問題意識を喚起した。この『ルール』とは何か。中国に対してどのような影響を持つのか、またいかにこの言葉に向き合ったらよいのか。中国の学者もまた積極的に未来の秩序に関する理論的基礎を検討している」と述べ、オバマ大統領の発言を中国に向けた批判的なメッセージだと受け止めていた (※11)

 傅が指摘したように、この時期の中国国内の国際政治研究サークル、さらに指導部は「世界秩序」に対する不安全感を吐露していた。2015年10月に開催された中国共産党中央政治局の第27回集団学習会は、中国外交学院の秦亜青教授を招聘してグローバルガバナンスの枠組みに関する問題を議論していた (※12) 。会議で習近平は、国連憲章の主旨と原則を核心とする「国際秩序」と国際システムを擁護する必要性を確認し、明言はしないものの「世界秩序」と「国際秩序」の違いを意識したうえで、「グローバルガバナンスの不公正で不合理な設計の改変を推し進め、IMFや世界銀行などの国際経済金融組織において国際的なパワーバランスの変化を反映させ」、とくに新興市場国家と発展途上国の代表性と発言権を強化する必要性を訴えていた。


CPTPP加入申請の目的

 以上の整理を踏まえれば、傅が示した「世界秩序」に対する不安全感は、指導部の問題関心を体現したものといってよいだろう。指導部が拡大しようとする「世界の平和をめぐる問題に決定的な影響力を与えるパワー」、そしてその具体的な手段としての「制度に埋め込まれたディスコースパワー(中国語:制度性話語権)」を強化しようとする動機は、既存の「世界秩序」、すなわちパクス・アメリカーナに対する不安全感にあるといってよい。

 こうして指導部が「大国」外交を推進する動機は明らかである。指導部が、既存の国際秩序である「世界秩序」に対して抱く不安全感を克服するためである。この不安全感を克服するために、米国が作った「世界秩序」を「国際秩序」に書き換える必要があること、そのために既存の国際秩序をかたちづくる国際制度の議題設定や議決に対する自国の影響力を強化する、つまり、「制度に埋め込まれたディスコースパワー(制度性話語権)」の強化を目指しているのである (※13)

 2021年9月16日に、中国が環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)加入を申請した。2020年11月に開催されたAPEC首脳会議において習近平国家主席は、CPTPP参加の意思表明を公言した。これが実行に移されたのである。高水準の自由化が求められる通商協定に中国が現在の経済体制のままで加入することは現実的ではない、という指摘があるが、本稿が繰り返し指摘しておきたいことは、中国指導部がCPTPPへの加入申請をした動機を理解しておく必要がある、ということである。

 中国のCPTPP加入申請をめぐる議論は、とかく、その加入実現の有無に焦点があつまる。しかし、中国外交にとってCPTPP加入申請の意義は、中国の経済成長にとって良好な国際環境を構築するための戦略(「制度に埋め込まれたディスコースパワー」(制度性話語権)の強化)の一環として捉えるのであれば、中国によるCPTPP加入申請への日本の対応も、そうした中国の戦略に呼応するものでなければならないだろう。いま中国は「大国」として地域の秩序、さらにはグローバルな秩序構想を主体的に描く意思を示し、その実現のための能力の強化を目指している。日本の対中外交もまた、中国の「大国」化に単に反応するのではなく、これと同じ規模感を示しながら、主体的に地域秩序を構想するものでなければならない。


※1 本稿執筆にあたって、以下の拙稿を利用した。「経済教室 国際秩序巡る不安全感背景 強硬中国にどう向き合うか」『日本経済新聞』2020年9月10日。「経済教室 対外強硬、背後に「国内不安定」 中国共産党100年」『日本経済新聞』2021年6月28日。渡邉真理子・加茂具樹・川島富士雄・川瀬剛「中国のCPTPP参加意思表明の背景に関する考察」『RIETI Policy Discussion Paper Series 21-P-016』(2021年9月11日)< https://www.rieti.go.jp/jp/publications/summary/21090002.html>
※2 「堅定不移走和平発展道路 為実現中華民族偉大復興営造良好国際環境」『人民日報』2013年11月22日。中共中央宣伝部『習近平総書記系列重要講話読本』学習出版社、人民出版社、2014年、149頁。
※3 “制度性話語権 (zhiduxing huayuquan): Greater Say in Global Governance,” China Daily, Nov. 23, 2015 <http://www.chinadaily.com.cn/opinion/2015-11/23/content_22510054.htm>
※4 関連する先行研究として高木誠一郎(2011)「中国外交の新局面―国際『話語権』の追求」『青山国際政経論集』第85号3-19頁。冨田圭一郎(2011)「『軍事の透明性』問題の深層―中国の議論の背景にあるもの」国立国家図書館調査及び立法考査局(編)『世界の中の中国(総合調査報告書)』調査資料2010-2(国立国会図書館)65-77頁 <DOI: 10.11501/3050689>。鎌田文彦(2013)「中国からみた日米関係―『話語権』概念による一視角―」国立国会図書館調査および立法考査局『総合調査報告書 日米関係をめぐる動向と展望』(国立国会図書館)113-121頁 < DOI: 10.11501/8278214> 。Aoyama, Rumi (2018), “China’s Foreign Policy as a Rising Power.” In Tse-Kang Leng and Rumi Aoyama (eds.) Decoding the Rise of China Taiwanese and Japanese Perspectives. The Palgrave Macmillan, pp.11-38.
※5 高奇琦「提高我国制度性話語権(新知新覚) 深度参与全球経済治理的保障」『人民日報』2016年2月3日。
※6 スーザン・ストレンジ『国家と市場 国際政治経済学入門』ちくま学芸文庫、2020年。
※7 猪口孝・大澤真幸・岡沢憲芙・山本吉宣・スティーブン・R・リード『政治学事典』弘文堂、2000年、323頁。猪口孝・田中明彦・恒川恵市・薬師寺泰蔵・山内昌之『国際政治事典』弘文堂、2005年。307、655頁。
※8 傅瑩氏は元外交部副部長。英国大使、豪州大使、フィリピン大使を歴任し、その後に全国人民代表大会外事委員会主任委員、中国社会科学院国家全球戦略智庫首席専門家を経て、清華大学戦略與全球研究中心主任。傅氏は2020年11月24日にNew York Times紙に“Cooperative Competition is Possible Between China and the U.S.”というタイトルの論説を寄稿し、米国に対して「競合関係」形成の必要性を訴えている。中国の外交部副部長まで務めた元外交官が、退官後であっても外国メディアに自分自身の意思で投稿するとは考えにくい。傅氏は指導部と緊密な関係をもち、傅氏の言説には指導部の声が反映していると考えてよいだろう。
※9 傅瑩「国際秩序與中国作為(名家筆談)」『人民日報』2016年2月15日、傅瑩「在失序與重建秩序之間(名家筆談)」『人民日報』2016年7月8日、「傅瑩:探討失序抑或秩序再構築問題――在英国皇家国際問題研究所的演講」国际网(2016年7月8日)<http://comment.cfisnet.com/2016/0708/1305259.html>。
※10 2021年3月のアラスカで開催された米中外交当局間会議で楊潔篪中央政治局委員・中央外事工作委員会弁公室主任は、「中国と国際社会が従い、支持しているのは、国連を中心とする国際システムと国際法に裏付けられた国際秩序であり、一部の国が提唱するいわゆる『ルールに基づく』国際秩序ではない」と発言していた。楊が述べた「国際秩序」とは傅の「国際秩序」と同意である。
※11 「傅瑩:在共同的屋頂下-中国的全球秩序観」『観察者』2015年11月13日 <https://m.guancha.cn/fuying/2015_11_13_341121.shtml>。オバマ大統領の発言は次のインタビューのことを指すと思われる。“Obama Presses Case for Asian Trade Deal, Warns Failure Would Benefit China,” The Wall Street Journal, Apr. 27, 2015, <https://www.wsj.com/articles/obama-presses-case-for-asia-trade-deal-warns-failure-would-benefit-china-1430160415>.
※12 『人民日報』に掲載された同会の開催を報じた記事題名は「グローバルガバナンス体制の公正化と合理化の推進と中国の発展と世界平和のために有利な条件の創造」であった。「推動全球治理体制更加構成更合理 為我国和世界平和創造有利条件」『人民日報』2015年10月14日。
※13 例えば、中国共産党中央党校の趙柯(2016)は、グローバル経済ガバナンスにおいて制度性話語にかかる権力闘争を仕掛けてきたのは、むしろ欧米諸国であると指摘していた。趙は、2008年の金融危機以降、欧米諸国は発展途上国の急速な経済成長に対抗するために新しいゲームのルールを制定してきたこと、TPP12やTTIPでの国有企業ルール提案や競争中立性の強調が、まさにその具体例であるととらえている。こうした論点は、第13次五カ年計画を幹部向けに解説した書籍でも言及されている。『《中共中央関与制定国民経済和社会発展第十三個五カ年規劃建議》補導読本』人民出版社、2015年、210-217頁。


執筆者プロフィール
加茂具樹(かも・ともき)
慶應義塾大学 総合政策学部 教授

専攻は現代中国政治外交研究。慶應義塾大学総合政策学部卒業。慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科博士課程単位取得退学。博士(政策・メディア)。1995年~96年、復旦大学国際文化交流学院留学、2001~03年、在香港日本国総領事館専門調査員。2011~12年、カリフォルニア大学バークレイ校東アジア研究所現代中国研究センター客員研究員。2013年、國立政治大學國際事務學院客員准教授。2016~18年、外務事務官(在香港日本国総領事館領事)。




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