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コロナショック下の世界と日本:グレート・リセットの時代 (14) 東アジア情勢の変化とリスク管理 公益社団法人 日本経済研究センター 首席研究員 伊集院 敦【2021/7/30】

コロナショック下の世界と日本:グレート・リセットの時代

(14) 東アジア情勢の変化とリスク管理

掲載日:2021年7月30日

公益社団法人 日本経済研究センター 首席研究員
伊集院 敦

 日本を取り巻く東アジアの国際関係はこの1、2年で大きく変化した。米中対立の影響が地域に及び、新型コロナ禍で高まった各国のナショナリズムが事態をより複雑にしている。新たな地域秩序が定着するまでは相当な時間を要すると考えられる。無用な対立や不測の事態を回避するため、様々なレベルでのリスクコミュニケーションの強化こそが喫緊の課題ではないか。

東アジアの「地合い」を映した東京五輪外交

 菅義偉首相は7月23日の東京五輪開幕式と前後して、訪日した各国要人らと相次いで会談した。短時間の会談を次々にこなす「マラソン会談」だが、「首脳級」は次回開催国フランスのマクロン大統領や、米国のジル・バイデン大統領夫人のような代理、国際機関の首脳を含め12カ国・機関にとどまった。

 日本政府内には当初、開会式に100以上の国・地域の首脳級が訪れると期待する声もあっただけに、目算が狂った格好だ。新型コロナの緊急事態宣言下で当然の帰結と言えるが、東アジアに関しては外交関係の「地合い」が影響した面も否定できない。

 東京五輪は近隣諸国にとっても意味の大きなイベントで、韓国のように朝鮮半島をめぐる首脳外交の舞台にする構想を描く国もあった。しかし、北朝鮮は4月に、1988年のソウル五輪以来となる夏の五輪不参加を表明。中韓両国は大型の選手団を派遣しながら、首脳級の訪日を見送った。

 国によって事情は異なるが、中国は国家体育総局の苟仲文局長を派遣した。最高指導部の政治局常務委員や天皇陛下の即位の礼に参列した王岐山国家副主席の出席を期待する声があったものの、日中関係が悪化に向かう情勢などを踏まえ、中国側が閣僚級の派遣にとどめたとの見方が報じられた。韓国の文在寅政権は日韓首脳会談の成果が見込めないことを訪日見送りの理由に挙げた。東アジアの国際関係の現実を反映した格好だ。

米中競争の最前線となった東アジア

 最近の東アジアの国際関係の地合いを決定づけたのは米中の競争激化だ。バイデン米大統領は2月4日に行った新政権発足後初の外交演説で中国を「最も重大な競争相手」と位置づけ、「中国の経済的虐待に立ち向かい、攻撃的かつ威圧的な行動に対抗し、人権や知的財産、グローバル・ガバナンスへの中国の攻撃を押し返す」と強調した。

 対中国を外交課題のトップに据え、2月24日には(1)半導体(2)電気自動車などに使う高容量電池(3)医薬品(4)レアアース(希土類)――などの重要品目のサプライチェーンを見直す大統領令に署名した。対中競争の戦線を安全保障から科学技術、経済などに広げ、北大西洋条約機構(NATO)や日韓豪などの同盟国も巻き込み、「対中包囲網」の構築に動き出したのである。

 対中包囲網の最前線に位置付けられたのが東アジアだ。3月の日米豪印クアッド首脳会議に続き、日米、米韓の外務、防衛閣僚による2プラス2を相次ぎ開催。対面での首脳会談も世界に先駆けて日米、米韓の順に開き、台湾海峡の平和と安定の重要性を強調する共同声明を発表した。中国対策を念頭に、サプライチェーンやハイテク分野の研究開発、輸出管理など経済安全保障の協力も打ち出した。

 対する中国の習近平国家主席は7月1日の中国共産党創立100年の記念式典で「台湾の完全統一は党の歴史的任務だ」と表明。「外部勢力が私たちをいじめ、圧迫することも決して許さない」と述べ、香港や台湾、新疆ウイグル自治区をめぐって対立を深める米国に対抗する姿勢を鮮明にした。「偉そうな説教を絶対に受け入れない」という訴えは中国人民のナショナリズムを刺激し、西側で想像する以上の支持を集めているようだ。

 習近平政権は経済面では「双循環(2つの循環)」と呼ぶ内需に軸足を置いた新たな成長モデルの構築に着手し、米国の政策に影響されない独自のサプライチェーンづくりに拍車をかける。安保を理由に戦略物資などの輸出制限を強化する輸出管理法を施行するなど米国に対抗するための態勢固めを急ピッチで進め、反外国制裁法も制定した。米中双方と密接な経済関係を築いている日本や韓国などの企業は、米中のエンティティリスト(貿易制限リスト)指定や制裁の回避に神経を使わざるを得なくなった。

 米中の戦略的な競争は地政学的な競争と、人工知能(AI)などの技術覇権競争が同時進行しているのが特徴だ。かくして、ここ数十年、産業ハイテク化の波に乗って世界経済の成長センターとなってきた東アジアは安保、経済の両面で米中競争激化のリスクを背負い込むことになったのである。

米中競争の特徴と東西冷戦との違い

 米中の戦略的な競争が、東西冷戦下の米国と旧ソ連のような対立関係であれば、同盟国の対応はある意味で簡単だ。軍事でも経済でも事実上、陣営のシステムや掟(おきて)に従う以外に方法がないからだ。

 しかし、米中関係ははるかに複雑で、最近よく使われる経済のデカップリング(分断)という言葉も独り歩きしているところがある。かつての冷戦時代と違って、いまの米中は経済面で相互依存が進んでおり、切り離そうにも簡単に断ち切れない関係が二重、三重にできあがっている。新型コロナ禍で中国の「マスク外交」や高圧的な「戦狼外交」への批判が高まり、医療品や戦略物資の中国依存への警鐘が鳴らされた2020年ですら中国の対米輸出は前年比7.9%の増加(中国側統計)となり、直近の2021年4-6月も前年同期比23%増を記録したのが実態だ。

 対抗色が強い安保の面でも米中関係は簡単に割り切れない。最大の焦点である台湾をめぐって、米国では中国による武力侵攻の可能性が高まっているとの見方が強まり、米中は激しくけん制し合っている。台湾海峡の平和と安定の重要性を強調する日米首脳の共同声明を受け、日本も共同計画や作戦面を含め、日米同盟をどう深化させるかという問題に正面から向き合わざるを得なくなった。米中が台湾をめぐってレッドラインを探る神経戦を繰り広げる中、日本は周辺で不測の事態が起きる可能性も視野に入れた備えが必要だ。

 とはいえ、日米の支援に台湾側の期待が高まるや、政府高官が「(台湾の)独立は支持しない」(米国家安全保障会議のキャンベル・インド太平洋調整官)とあっさり表明することもあるのが米国だ。戦略的競争といっても、気候対策はじめ地球規模の視点で米中の協力が期待される分野もある。米中の戦略的な競争は長期化するとの見方が支配的だが、起伏に富んだ動きをしてきたのがこれまでの米中関係の歴史であり、両国関係は常に流動的な要素をはらんでいる。米国と同盟を結び、中国とも安定的な関係を求められる日本としては思い込みを排し、米中の様々な動きに備える必要があるだろう。

国際システムの変動とナショナリズムの変数

 新型コロナが加速させた米中の戦略的競争による国際関係の「グレート・リセット」で、同盟国や友好国の結束が求められる時代を迎えた。しかし、それがそのまま米中を中心とする新たな国際システムの完成を意味するものではない。

 陣営の“旗頭”と目される米中両国は、かつての米ソのような絶対的な指導力を持つ存在ではない。その米中の関係自体が流動的な要素があるうえ、結束を求められる同盟国や友好国のナショナリズムの高まりが、グループ内の結束を困難にさせるケースも増えているためだ。

 典型的な例が朝鮮半島だ。中国寄りとの見方もあった韓国の文在寅政権は5月の米韓首脳会談で「鉄壁の同盟」への再コミットを謳い、共同声明で台湾海峡の平和と安定とともに、対中配慮でこれまで距離を置いていた構想「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」との連携にも言及した。韓国ハイテク企業の対米大型投資やサプライチェーンの協力も発表し、安保、経済の両面で米側にぐっと近づいたように見える。共同声明では日本を含めた3カ国協力の重要性も強調された。

 日米韓の3カ国協力は同盟重視のバイデン政権たっての要求であり、政権発足直後から安保補佐官会議、参謀長会談、外相会談といった具合に、3カ国の当局者が対面する機会を分野・レベルごとにお膳立てし、次は首脳会談という段階までこぎつけた。しかし、首脳会談は文在寅大統領をゲストで招いた英国での主要7カ国(G7)サミットでも、東京五輪外交の舞台でも実現できなかったのは周知の通りだ。

 日韓関係の障害となっている歴史摩擦は両国の合意解釈や司法制度の違いに加え、それぞれの歴史認識に基づくアイデンティティの衝突という側面がある。国家・国民の尊厳やナショナリズムがからむ問題だけに、たとえ同盟国・米国からの要請があっても、歩み寄りは容易ではない。

 一方の北朝鮮は、米朝会談の挫折と米中競争の激化を受け、中国側に身を寄せる姿勢を強めている。制裁と新型コロナ、自然災害の「三重苦」で経済難が深まっており、頼れるのは当面、中国だけだという事情もあるのだろう。

 北朝鮮は中国共産党創立100年に際して金正恩総書記が中国の取り組みを礼賛するメッセージを送った。7月11日の中朝友好協力相互援助条約締結60周年を記念するイベントでは「社会主義の道で真の革命戦友」「頼もしい同盟者」(記念宴会での崔龍海・国務委員会第一副委員長の発言)といった言葉が使われた。かつて北朝鮮は経済の改革開放を進める中国を「修正主義」と批判したとされ、数年前には核実験をめぐって公然と非難合戦を演じたのがウソのようなやり取りだ。

 しかし、中朝の関係も一枚岩ではない。北朝鮮は国内では国の尊厳と自主的な発展利益を基本に「自力更生」のキャンペーンを展開し、自主性の確保に必死だ。6月17日の朝鮮労働党中央委員会総会で金正恩総書記が「対話にも対決にも準備しなければならない」と語ったように、対米関係の打開をあきらめたわけではなく、過度な中国依存から脱却する機会を静かにうかがっていると見るのが自然だ。韓国と北朝鮮は首脳同士が親書を交換し、7月27日に断絶していた南北間の通信回線が復活したと発表した。小国の動きが大国の動きに影響を及ぼす事態も常に想定に入れておくべきだろう。

政治の季節と過渡期のリスクコミュニケーション

 グレート・リセット後の新たな国際システムが未完成の段階で、ナショナリズムは時としてやっかいな存在となる。大国の狭間でアイデンティティの確立にもがく国々だけではない。今後1-2年は米中両大国もナショナリズムへの向き合い方が問われる時期だ。

 来年秋の中国共産党大会で3期目の続投を狙う習近平総書記は、国内統治のため自ら煽ってきたナショナリズムに手足を縛られかねない状態になりつつある。米国社会の分断修復を掲げるバイデン政権は来年秋に中間選挙のハードルが控えるが、中国政策こそが野党・共和党を取り込み、国内の統合を進める唯一のアジェンダになりつつある。米中ともに必要以上に強硬にならざるを得なくなる可能性があるのだ。

 東京五輪に続いて来年2月には北京冬季五輪も予定されるが、欧米では中国の人権問題を理由に政府代表を派遣しない「外交的ボイコット」の呼びかけが始まり、今後、ボイコット論争が拡大する可能性も否定できない。人権問題は国民世論の影響を受け、内政化しやすいテーマだ。企業は対応を間違えると、先進民主主義国家と中国の双方の市場から退場を宣告されるリスクを抱える。人権問題をどのように扱うか。日本を含む関係国は、台湾問題よりも先に、難しい選択を迫られるようになるかもしれない。

 政治の季節を迎えるのは日本や韓国も同じだ。日本は今年秋までに衆院総選挙があり、来年夏には参院選を迎える。韓国は来年3月9日にポスト文在寅を決める大統領選があり、5月に新政権が発足する。その過程では、米中競争への対応に加え、近隣外交が争点になる可能性もある。ナショナリズムに訴えるなど、国民世論受けしやすい言説が広がりやすい時期に入り、事態が一段と複雑になる可能性も否定できない。

 米中競争の趨勢が決し、新たな地域秩序が定着するまではどれだけの時間がかかるか分からない。国際秩序の過渡期や変動期には、あるべきシステム構築を目指す取り組みとともに、正確なリスク分析に基づく危機管理が不可欠だ。同盟国との緊密な連携は言うまでもない。誤解や誤算による不測の事態や衝突を回避するため、利害が対立する国との間でも外交や防衛当局間の連絡メカニズムなどのリスクコミュニケーションが重要になる。

 いまや国際関係のリスク管理は政府だけの仕事ではない。今日の国際関係リスクは軍事や国際政治のほか、金融・マクロ経済、技術・サプライチェーン、環境・エネルギー、デジタル化・デ―タ安全、感染症など多岐にわたる。多様なリスクの存在を前提に、官民が課題ごとに効果的なリスクコミュニケーションと危機管理の在り方を検討し、できるだけ早く必要な態勢を整えておくべきだろう。


執筆者プロフィール
伊集院 敦(いじゅういん・あつし)
日本経済研究センター首席研究員

日本経済新聞社に入社、ソウル支局長、政治部次長、中国総局長、編集委員などを経て現職。専門は中国・朝鮮半島の政治・経済、東アジアの国際関係、経済安全保障。近著に「米中分断の虚実」(共編著、日経BP日本経済新聞出版本部、2021年)、「技術覇権 米中激突の深層」(同、日本経済新聞出版社、2020年)、『金正恩時代の北朝鮮経済』(同、文眞堂、2021年)などがある。



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