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コロナショック下の世界と日本:グレート・リセットの時代 (10) 「コロナ」の前と後のアメリカ:変化はあったのか 上智大学 教授 前嶋 和弘【2021/7/1】

コロナショック下の世界と日本:グレート・リセットの時代

(10) 「コロナ」の前と後のアメリカ:変化はあったのか

掲載日:2021年7月1日

上智大学 教授
前嶋 和弘

新型コロナウイルスの爆発的な感染拡大から既に1年以上たつ中、アメリカは世界最悪のコロナ感染からの目覚ましい収束を経験しつつある。コロナ禍を経て、アメリカでは一体、何か変わったのか。


「コロナ後」が現実となるアメリカ

 アメリカの場合、世界最悪のコロナ禍(2021年6月24日現在、感染者3356万、死者60万人 (※1) )となり、その深刻さから経済や安全保障に与える影響も一時は大きく危惧された。

 ただ、昨年末のワクチンの完成で状況は大きく変わる。製造国でもあるため、アメリカのワクチン接種のペースは早く、2021年6月24日現在、人口の45%が接種終了となっている。「7月7日の独立記念日までに成人人口の7割が最低1度は接種」というバイデン政権が掲げた目標はおそらく達成は難しいが、現段階で既に達成している州も16ある (※2) 。ワクチン接種の普及ですでに「コロナ後」が現実になっている感が強い。


コロナ禍で「目立った」分断

 それではコロナ禍の前と後のアメリカは何が変わり、何が変わらなかったのだろうか。変化でやはり目立ったのは、感染拡大で不平等がより顕在化した点だろう。感染が広がっても休むことができないエッセンシャルワーカーはコロナの被害に巻き込まれた。エッセンシャルワーカーの多くは人種マイノリティでもある。

 アメリカの疾病対策センター(CDC)によると、新型コロナウイルスの死亡者は、ヒスパニック系、黒人、アメリカインディアンまたはアラスカ先住民の場合、米国の総人口に占めるそれぞれの割合よりも高いことが明らかになっている。特に人種・民族間の年齢分布の違いを調整するとさらにその差は大きくなっている。例えばこの調査ではヒスパニック系の場合には人口は19.4%だが、死者全体の36%、黒人の場合には12.7%の人口に対して、死者全体の22.7%を占めている (※3)

 コロナの被害は党派性と無関係ではなかった。コロナの感染は人口的に密で、多様な人々が集まる都市部から始まった。都市部はリベラル色が強く、民主党の牙城である。一方で保守色が強く、共和党が強い田舎の部分ではそもそも密でないため、感染の広がりは抑えられていた。

 政権発足以来、バイデン大統領の最初の重点政策がコロナ対策だったのも、やや語弊のある表現かもしれないが、支持者への還元の側面があるのも否めない事実だろう。上述のワクチン接種率が高いのはリベラル色が強い州、遅い州のほとんどは保守色が強い州である。ただ、コロナ対策は、アメリカ全体の景気刺激策であるため、共和党支持者にとっても大きなプラスになる。後述するアメリカの分断を乗り越えるためにも、バイデン政権はコロナ対策を急いだ。

 バイデン政権が打ち出した象徴的なコロナ対策が、2021年3月11日に成立した「アメリカ救済計画法(American Rescue Plan)」に象徴されている。1兆9000億ドル規模のこの新型コロナウイルス追加経済対策法には、高額所得者を除くほとんどの国民に1人あたり最大1400ドル、週300ドルの失業保険の追加給付を9月6日まで延長する点など、公的支援の徹底した充実がうたわれている。その中には低所得者への税額控除や、コロナの被害が大きかった州政府や自治体への支援も含まれている。

 所得再配分的な政策を望むのは、民主党支持者が多く、さらに、上述のようにコロナの被害が大きかったのは民主党支持者が多い地域である。国内的な分断はコロナの感染で一層目立ったようにもみえるのは当然かもしれない。例えば米ピュー・リサーチ・センターが行った調査では、「社会が分断している」とした回答は2020年には77%だったが、21年には88%にまで急伸している。この調査によると、コロナ前よりも「社会が分断した」と感じる傾向はほとんどの国で強まっているという。この現象については、大変興味深いが、今回の論考の趣旨から外れるため、別の機会に論じたい (※4)

コロナ前からの継続性

 ただ、国内的な分断をコロナ禍がどれだけ深刻にさせたのかは意見が分かれるところだ。というのも、国内的な分断状況である政治的分極化(political polarization)は、基本的にはコロナ前からのベクトル上にあるためだ。コロナ感染がそれをわずかだが顕在化させたというのがより正しい見方であろう。

 政治的分極化現象は明らかにコロナの前から起こっていた。この現象は、保守層とリベラル層の立ち位置が離れていくだけでなく、それぞれの層内での結束(イデオロギー的な凝集性)が次第に強くなっている現象を意味している。政治的分極化現象のために、政党支持でいえば保守層はますます共和党支持になり、リベラル層はますます民主党支持で結束していく状況となっている。ここ数年は、ちょうど左右の力で大きく二層に対称的に分かれた均衡状態に至っており、分極化が極まった状態でコロナ禍を迎えた。

 米ギャラップ社が大統領選直前の2020年10月に実施した世論調査がその分断を如実に物語っている。トランプ大統領の支持率は46%だったが支持を党派別にみてみると、共和党支持者に限れば支持率95%、民主党支持者に限れば同3%だった。その差は92ポイントもあった (※5) 。前者は政権発足後、過去最高、後者は過去最低だった。

 今年1月20日にスタートしたバイデン政権も政治的分極化現象を明らかに引き継いでしまっている。バイデン政権の支持率のギャラップの最初の調査(1月21日から2月2日)は全体の支持率は57%であり、民主党支持者からは98%と驚異的な支持率だったが、共和党支持者からは11%の支持にとどまっている (※6) 。両者の差は87ポイントあり、選挙直前の上述の92ポイント差とはやや改善しているようにも見える。

 ただ、大統領に対する批判が比較的少ない政権発足時から約100日間の「ハネムーン(蜜月)期間」に限ってみると、少し異なってみえる。ハネムーン期間が終わる政権発足後100日時点(4月30日)直後のギャラップの数字を比較してみると、バイデン政権(2021年5月3日から18日に調査)の場合、全体の支持率は54%だが、民主党支持者からは92%、共和党支持者からは8%と82ポイントの差だった (※7) 。これに対し、トランプ政権(2017年5月8日から14日に調査)の方は全体の支持率は38%とバイデン政権の同時期よりも16ポイントも低いが、共和党支持者からは84%、民主党支持者からは8%とその差は76ポイントであった (※8) 。もちろん誤差を考慮しないといけないものの、単純に数字だけを比較すると、バイデン政権の方が党派別支持の開きが大きくなっている。

さらに長期的な傾向

 大統領の党派別支持の差が広がる現象は、長期的な傾向である。ギャラップによると、トランプ政権の4年間を平均した数字は共和党支持者が88%、民主党支持者が7%とその差は81ポイントだった (※9) 。その前のオバマ政権の時は70ポイント(8年間の平均は民主党支持者が83%、共和党支持者が13%)、G・W・ブッシュ政権の時は61ポイント(8年間の平均は共和党支持者が83%、民主党支持者が13%)、クリントン政権の時が55ポイント(8年間の平均は民主党支持者が82%、共和党支持者が27%)、G・H・W・ブッシュ政権の時は38ポイント(4年間の平均は共和党支持者が82%、民主党支持者が44%)だった。それ以前の政権の多くが(レーガン政権の52ポイント差という例外はあったが)、政党支持者別の大統領支持率の差は20ポイントから30ポイントだった (※10)

 分極化の原因は、過去50年間のいわゆる文化戦争がその一因にあり、公民権運動、女性解放運動、同性婚など、多文化主義的な考え方について受容するリベラル層と、反作用のように強く反発する保守層の対立など根深い。さらに、政治マーケティングの強化や、下院選挙区の見直しの際の(選挙において特定の政党や候補者に有利なように選挙区を区割りする)ゲリマンダリングなども影響しており、分断には長い潮流がある。


コロナ前からのアメリカ主導の国際秩序の弱体化

 一方、アメリカの国際的な立ち位置にコロナ禍がどう影響したのだろうか。

 トランプ政権のコロナ対策が遅れるとともに、危機対応が容易な権威主義体制が台頭し、民主主義が後退するようにも映った。習近平(中国)やプーチン(ロシア)、ドゥテルテ(フィリピン)、エルドアン(トルコ)のような強権的でリーダーにとっては、願ってもいない世界がやってくるのかもしれないようにもみえた。1970年代からの常套句「アメリカの凋落」という言葉が「コロナ後」の世界では一気に進んでいくという雰囲気すらあった。

 ただ、このアメリカの覇権国としての地位の低下という国際秩序の変化は、国内の政治的分極化と同じように、長年の傾向である。

 コロナ対応を進めたトランプ政権の最後の1年時には移民やグローバル化、多様性などに対してそれまでの3年間以上に否定的な政策運営が目立ち、権威主義的な方向性が顕著だった。ただ、これはコロナというよりもトランプ政権の特徴ともいえる。2017年1月のトランプ政権発足以降、まるでコロナ禍の世界を先取りしたような権威主義的な方向性のある政策が一気に目立っていく。自由貿易から「公正で相互的な」という名前の「保護主義」あるいは「管理貿易」への動き。移民制限、市民的自由の抑制など、政権は次々に保守層の意見を組んだ政策を展開してきた。

 バイデン政権は国際協調や外交重視というトランプ政権の4年間のアンチテーゼといえるような政策を掲げている。「トランプ以前」に戻るようなバイデン政権の外交戦略はアメリカの国際秩序形成の動きが活発化しているようにもみえる。バイデン政権は「トランプ外交が米国の孤立を招いた」とし、欧州を含めた同盟国も重視し、関係改善にも力を注ぐ姿勢を見せている。さらに、外交上のコロナ対策でいえば、トランプ政権時に脱退宣言していたWHO(世界保健機関)に復帰した。さらにCOVAXに加入し、国際協調で世界的な感染対策に舵を切ったことは、アメリカがコロナ対策で世界的なリーダーシップをみせる姿勢を強く打ち出した意味で重要な変化である。

 ただ、これでアメリカが作ってきた「自由主義的国際秩序(international liberal order)」の綻びが直っていくかどうかは何とも言えない。「同盟国重視」といっても、「世界の警察官」であるアメリカの防衛的な責任を同盟国に負担させようという流れにもみえる。アフガニスタンからの撤退は「米軍はテロとの戦いに焦点を絞る」というベクトル上にある。「もはや世界の警察官ではない」というのは、トランプ大統領の言葉だけではなく、オバマ前大統領も何度も強調していた。2011年からのティーパーティ運動はその典型的な例だが、国際機関の不信、増え続ける非合法移民に対する強烈な反発は1990年代からすでに顕著だった。


結びに変えて

 アメリカの場合、新型コロナウイルスの感染被害が大きかったため、国内の分断も国際的地位の低下もより目立っているようには見える。ただいずれも長期的な傾向であり、コロナ禍が変えたとは決していえない。逆に言えば「コロナ後」のアメリカの「リセット」はまだ顕著でないといえる。

※1 https://www.arcgis.com/apps/opsdashboard/index.html#/bda7594740fd40299423467b48e9ecf6 (2021年6月24日にアクセス)
※2 https://www.nytimes.com/interactive/2020/us/covid-19-vaccine-doses.html (2021年6月24日にアクセス)
※3 https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/community/health-equity/racial-ethnic-disparities/disparities-deaths.html
※4 https://www.pewresearch.org/global/2021/06/23/people-in-advanced-economies-say-their-society-is-more-divided-than-before-pandemic/pg_2021-06-23_global-covid_0-01/
※5 https://news.gallup.com/poll/203198/presidential-approval-ratings-donald-trump.aspx
※6 https://news.gallup.com/poll/329348/biden-begins-term-job-approval.aspx
※7 https://news.gallup.com/poll/329384/presidential-approval-ratings-joe-biden.aspx
※8 https://news.gallup.com/poll/203198/presidential-approval-ratings-donald-trump.aspx
※9 https://news.gallup.com/poll/328637/last-trump-job-approval-average-record-low.aspx
※10 https://news.gallup.com/poll/328637/last-trump-job-approval-average-record-low.aspx


執筆者プロフィール
前嶋 和弘(まえしま・かずひろ)
上智大学 総合グローバル学部教授、学部長

上智大学外国語学部英語学科卒業後、ジョージタウン大学大学院政治修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学博士課程修了(Ph.D.)。専門:現代アメリカ政治外交
主な著作は『アメリカ政治とメディア』(北樹出版、2011年)、
『危機のアメリカ「選挙デモクラシー」』(共編著、東信堂、2020年)、
『現代アメリカ政治とメディア』(共編著、東洋経済新報社、2019年)、
Internet Election Campaigns in the United States, Japan, South Korea, and Taiwan (co-edited, Palgrave, 2017)など。



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