事業のカテゴリー: 情報発信事業

コロナショック下の世界と日本:グレート・リセットの時代 (9) 「グローバル・ブリテン」とインド太平洋 ~新・日英同盟の誕生~ 英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)日本特別代表 大阪大学大学院招聘教授 秋元 千明【2021/6/23】

コロナショック下の世界と日本:グレート・リセットの時代

(9) 「グローバル・ブリテン」とインド太平洋 ~新・日英同盟の誕生~

掲載日:2021年6月25日

英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)日本特別代表
大阪大学大学院招聘教授
秋元 千明

空母「クイーン・エリザベス」艦隊 インド太平洋に展開

 英国の最新鋭空母「クイーン・エリザベス」の部隊は5月22日、母港のポーツマスを出航した。部隊は初の実戦任務のためインド太平洋に展開する予定で、来年以降も定期的にインド太平洋で活動する計画である。

空母「クイーン・エリザベス」攻撃群

 クイーン・エリザベスはポーツマスを出航したあと、NATOの同盟国との共同演習を繰り返しながら、地中海に入り、黒海でのNATO海軍の作戦を支援する。そして、スエズ運河を通って紅海を経由、オマーンの英国海軍基地に立ち寄り、インドに寄港した後、シンガポールに寄港、南シナ海を北上して8月30日頃、韓国の釜山に寄港する。そして、最後に日本海で活動したあと、日本の横須賀に寄港することが検討されている。

 クイーン・エリザベスの展開は合わせて10隻の艦艇と32機の航空機、3700人の水兵や航空兵、海兵隊員が4万8000キロの距離を移動する大航海であり、英国海軍にとっては1982年のフォークランド紛争以来の大遠征となる。航海の期間はおよそ7か月間、この間、40カ国以上を訪問し、70回以上の作戦活動を行う予定である。

空母「クイーン・エリザベス」航海ルート

 出航に先だって、エリザベス女王が空母の飛行甲板に降り立ち、乗組員を激励したほか、ジョンソン首相が空母の艦上で「明確にすることの一つは、中国の友人たちにわれわれが国際海洋法を信じていることを示すことであり、自信に満ちながらも対立的ではない方法で、われわれは正しさを示す」と述べ、目的の一つが中国に向けたメッセージを発信することにあることを強調した。

 空母「クイーン・エリザベス」艦隊の派遣には大きく分けて二つの活動目的があり、それによって実現しようとする長期的ビジョンがある。

 目的の一つはジョンソン首相が指摘したように、インド太平洋地域には、海でつながり、海の交易によって繁栄している海洋国家が多く、国際法が定めた航行の自由の原則を英国は守り抜くという確固たる意思を空母の展開によって示すことである。逆に言えば、特定の国家による海の覇権は認めないという姿勢を示すことにある。

 もう一つの目的は、英国がEUからの離脱後の新たな外交戦略として示したグローバル・ブリテンを実現するため、英国は日本とインド太平洋地域に散在する英連邦加盟国との同盟の再構築をめざしており、まずはこれらの国と軍事的な協力関係を深めることにある。

 そして、そうした活動を通じて、英国はインド太平洋地域が近い将来、世界の政治、経済の中心になることを見すえ、この地域に新たな世界秩序を形成することをめざしている。具体的には英国が同盟国の米国や日本、英連邦国家と協力して、欧州のNATOや太平洋の日米同盟など既存の同盟の枠組みをインド太平洋で接続、融合させ、新しい時代の新しい同盟の枠組みを構築することを長期的ビジョンとして描いており、その主導的役割を演じることこそグローバル・ブリテンの真の目的だと考えている。

 簡単に言えば、英国はこの長期的ビジョンの実現のための第1段階として、空母「クイーン・エリザベス」の艦隊を派遣したのである。

 クイーン・エリザベスの日本寄港について、日本の岸信夫防衛相は「長い歴史と伝統を有する日英関係が『新たな段階』に入ったことを示す象徴となるものだ」と述べ、「新たな段階」という間接的な表現を用いながらも日英が同盟関係に進むことの意義を強調した。


新戦略「グローバル・ブリテン」と新・日英同盟

 英国政府は今年3月、EU離脱後の国家戦略「グローバル・ブリテン」に関する初めての戦略報告「Integrated Review(統合レビュー)」を発表した。この報告は英国が過去50年にわたってEUのリーダー国として欧州の安全保障に専念しながらも、いつか伝統的な世界国家に回帰するために練り続けてきた英国独自の戦略理念の集大成である。英国が今後、インド太平洋に関与し、地域の友好国と同盟を構築することによって、新しい世界秩序形成に関わる方向性を示した野心的な内容になっている。

 つまり、英国は1968年以来続けてきた「スエズ以東からの撤退」という方針を大転換し、スエズ以東へ戻ることを決断したのである。そして、その実現のための具体的な行動としてまず取り組むことにしたのが、空母「クイーン・エリザベス」艦隊のインド太平洋への展開であった。

 この方針を最初に明確にしたのは、テリーザ・メイ首相(当時)だった。彼女は2017年8月16日、完成したばかりの新型空母「クイーン・エリザベス」に乗艦し、飛行甲板の上で、乗組員を前に次のような演説をした。

 「この艦は、英国が今後数年間、世界を舞台に新しく前向きな任務を自信を持って遂行することを明確なシグナルとして発信する。私たちは、完全なグローバルパワーとしてあり続けることを決断した。英国は規範に基づく国際秩序を維持し、それを支える自由主義の価値を守る責任を負っている。」

 そして、グローバル・ブリテン実現のために英国が最も重視したのは、アジアの最大の友好国、日本との関係を同盟関係に引き上げることだった。

 この演説からおよそ二週間後の8月31日、メイ首相は日本を訪問し、安倍晋三首相(当時)と会談した。アジア諸国歴訪の一環でもなく、国際会議参加のためでもなく、ただ、日本の安倍晋三首相(当時)と会談するためにわざわざ日本まで出向いたのである。

 そして、日本と英国は東京で日英安全保障共同宣言を発表した。宣言では、日英がグローバルな戦略的パートナーシップを構築し、それをさらに次の段階に引き上げることなど17の項目で合意した。

 このうち、「日英のパートナーの関係を次の段階に引き上げる」という表現は日本政府が日英関係を表すときに今でもしばしば使う表現だが、おそらく『日本の唯一の同盟国は米国』という従来の大方針との矛盾を回避し、整合性を維持するための表現のようにも思われる。この表現の意味について、日本の河野太郎外相(当時)は日英首脳会談後、記者団に対して次のように説明した。

 「日英は、今までのパートナー国から同盟国へという形で関係を強化していこうということになりました」

 それ以来、日本との新たな同盟の構築は英国の戦略の一部となり、英国政府は外交文書や公式ツイッターなどでは、日本をパートナーではなく、一貫して「allies(同盟国)」と呼ぶようになった。


問われる「同盟」の意味

 そこでまず考えるべき事は「『同盟』とはいったいなにか」ということである。

 実は、同盟の確定した定義は存在していない。研究者の間でも未開拓の分野とさえ呼ばれている。専門家の間では自国の領域を守るため侵略に共同で武力行使する関係として狭く解釈する古い考え方と、安全保障のあらゆる分野で平和時から協力し合う関係として広く解釈する新しい考え方が併存している。

 日本政府の立場は古い解釈をとるものであり、英国のことを準同盟国などと曖昧な呼び方をして、同盟国とは呼んでいない。これに対して、英国政府は新しい解釈に傾斜している。英国の戦略コミュニティーは日本との関係を「New Type of Alliance(新しいタイプの同盟)」と呼び、日本を明確に同盟国と位置付けている。だから、英国政府が日本のことを同盟国と呼ぶのに対して、日本政府は英国のことを「パートナー以上の関係」などと反応し、両国関係の呼び方をめぐるちぐはぐな印象は否めない。

 しかし、呼称がどうであろうと、日英関係は事実上、同盟の段階に入っていることは疑いがない。クイーン・エリザベスの部隊がわざわざ日本まで遠征をして来るのはその証しである。クイーン・エリザベスの航海にとって、日本はインド、シンガポールや韓国のような経由地ではなく、「目的地」として位置付けられている点に注目すべきだろう。

 また、日英間ではすでに防衛装備の共同開発が進んでいる。このうち、航空機に搭載する空対空ミサイルの開発ではまもなく実用試験の段階を迎える。さらに、日本の次期戦闘機の開発をめぐっても英国の協力が期待されている。同盟関係にない国家同士が兵器を共同開発することなどありえない。

 ただ、同盟のあり方を考えるとき、重要なことは現代は平和でもなければ戦争でもないグレーな時代であり、現代の同盟はこのグレーな時代に有効に機能しなくてはならないということである。

 実際に武力衝突の段階に至らなくても、サイバー空間を利用したサイバー戦や、軍事と民間が結束して外国への浸透工作を行うハイブリッド戦は日々、見えないこところで熾烈に繰り広げられている。現代の同盟はこのような事態に対応する必要があり、侵略への共同対処を同盟の必須条件とする古い発想は現実的ではない。

 また、20世紀後半以降の軍事行動をみても、1990年代の湾岸戦争、21世紀のアフガニスタン、イラクでの戦争など、すべての戦争は有志国家連合によって行われたものであり、同盟条約に基づく侵略対処の戦争は行われたことがない。

 つまり、現代の同盟の役割はかつてのような軍事同盟のそれとは大きく異なっている。例えば、NATOはかつて古典的な軍事同盟としてスタートしたが、現代では主な活動はサイバー戦争、ハイブリッド戦、テロ対策、宇宙作戦など包括的な安全保障協力であり、伝統的な領域防衛は役割の一部でしかない。

 だから、新しく誕生しようとしている新・日英同盟も侵略に備えることを目的とした古典的な軍事同盟である必要はなく、むしろ現代のNATOのように安全保障のあらゆる分野で協力し合う包括的な安全保障協力同盟でなくてはならない。


新しい世界秩序と「クイーン・エリザベス」来航

 英国がEUを離脱し、グローバル・ブリテンの戦略のもと、インド太平洋への関与を始めた背景には、米国の国際的影響力の低下とそれに乗じた中国・ロシアによるユーラシア権力の台頭がある。世界は今や、中ロが主導する全体主義的なユーラシア権力と、日本や欧米の自由主義陣営が対峙する厳しい時代に入りつつある。就任してまもない米国のバイデン大統領は「世界は専制主義と民主主義が対峙する時代に入った」と述べ、西側の同盟国同士が結束することを呼びかけている。この時代の中で、英国はEU離脱後、米国や日本などと連携して主導的な役割を果たそうとしているのである。

 そして、そのための居場所を英国に提供したのが、同盟国の日本が提唱した「インド太平洋」という概念だった。今や、インド太平洋への関与は英国だけではなく、欧州各国から注目されるようになった。フランスやドイツ、オランダはすでにこの地域への関与を明らかにし、海軍の艦艇を派遣、もしくは派遣する計画を持っている。

 また、NATOは昨年、将来の活動を展望した報告書「NATO2030」を公表した。その中で、NATOは中国を脅威として断定して、その後の国防相会議などではオーストラリアや日本と連携を深めることを決めた。EUも4月、インド太平洋への関与を今後の課題として決定した。欧州のインド太平洋への傾斜は急速に進んでいる。

 その背景には、インド太平洋地域が将来、世界の政治・経済の中心になるという事実がある。この地域は将来、世界GDPの60パーセント、世界人口の65パーセントが集中すると試算されている。このことは、インド太平洋地域の安定はもはやアジアだけの問題ではなく、欧州にとっても死活的に重要になりつつあることを示している。

 日本が主導している「自由で開かれたインド太平洋」という構想はそのためのものであり、英国の「グローバル・ブリテン」もこの点で考え方が共通している。

 英国はまず手始めとして、TPP環太平洋パートナーシップ協定への参加の手続きを進めている。TPPは単なる経済協定ではなく、同じ価値を共有する同盟としての体裁を合わせ持っているからだ。参加国11カ国のうち過半数の6カ国が英連邦加盟国であり、もし、そこに英国が参加すればTPPは日本と英国、英連邦国家群を中心とした世界的な枠組みに発展する。米国が復帰してくればなおさらだ。
 また、英国は近い将来、日本、米国、オーストラリア、インドが加盟する4カ国の枠組み、通称「クアッド(Quad)」への参加も検討している。

 英国はこうした新しい枠組みに参加し、そこで日本など同盟国と連携することによって枠組みを活性化させ、それによって将来、インド太平洋地域に新しい秩序を構築することを狙っている。おそらく、その過程では、大西洋の米英同盟と太平洋の日米同盟を接続・融合させることが必要になるだろう。日本も英国も共に米国とは特別な関係にあるのだから当然の帰結である。つまり、日英が同盟の段階に入ることは、結果として、インド太平洋を舞台とした実質的な日英米の三国同盟の構築に発展していく可能性が高い。そうなれば、クアッドなどは日英米と豪印、つまり日英米プラス英連邦国家という構成となり、まさに英国がグローバル・ブリテンとしてめざしている新しい世界秩序の枠組みの基礎となるだろう。

 NATOにしても日米同盟にしてもしょせんは20世紀後半の東西冷戦時代の産物であり、脅威が複雑化した現代ではすでに機能的に限界に達している。新しい時代の新しい脅威に対応した新しい同盟が必要な時代を迎えている。

 空母「クイーン・エリザベス」艦隊の来航はそんなメッセージを日本に届けることになるだろう。


執筆者プロフィール
秋元 千明(あきもと・ちあき)
英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)日本特別代表

早稲田大学卒業後、NHK 入局。30 年以上にわたり、軍事・安全保障専門の国際記者、解説委員を務める。東西軍備管理問題、湾岸戦争、ユーゴスラビア紛争、北朝鮮核問題、同時多発テロ、イラク戦争など豊富な取材経験を持つ。一方、RUSI では1992 年から客員研究員として在籍した後、2009 年、日本人として初めてアソシエイト・フェローに指名された。2012 年、RUSI Japan の設立に伴いNHKを退職、所長に就任。2019年、RUSI日本特別代表に就任。大阪大学大学院招聘教授、拓殖大学大学院非常勤講師を兼任。著書に「復活!日英同盟」(CCCメディアハウス・2021)「戦略の地政学」(ウェッジ・2017)等




事業のカテゴリー: 情報発信事業