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コロナショック下の世界と日本:グレート・リセットの時代 (2) わが国のコロナ対策と安全保障政策 青山学院大学・新潟県立大学名誉教授 袴田茂樹 【2021/5/25】

コロナショック下の世界と日本:グレート・リセットの時代

(2) わが国のコロナ対策と安全保障政策

掲載日:2021年5月25日

青山学院大学・新潟県立大学名誉教授
袴田 茂樹

はじめに

 コロナ問題は第4波のフェーズに入っている。本稿は、『コロナの先の世界』(産経新聞社 令和2年10月刊行)に掲載されたCFIECのウェブ連載 第1回 拙稿「コロナが炙り出した『国家と社会』」の結びの問題提起を、新フェーズ状況下で敷衍したものである。

 私は前稿の問題提起で、およそ次のように述べた。米国のある論者は、日本のコロナ対策は戦略も一貫性もないのに、感染拡大には何とか成功している。国の政策と現実のギャップがこれほど大きい例はない。おそらく成功をもたらしたのは、政府(政策)ではなく、国民(社会)ではないか。

 たしかにわが国の対コロナ禍に対する政策は右往左往しているのに、コロナ問題や国民の経済・社会生活は、国際的に比較してみると何とか良好な部類に位置している。それは以下のような事柄と結びつく。

 阪神大震災や東日本大震災などの時でも住民は略奪などに走らず、日本人の国民性=社会力に世界が驚嘆した。

 同時に、私は次の疑問や危惧の念を述べた。わが国は今後も伝統の社会力だけに頼っておれるのか。コロナの新たな波が生じた場合に対応し切れるのか。コロナ禍は単なる医療問題ではなく、戦争にも匹敵する国家・国民の安全保障の次元の問題だ。「平和ボケ」のわが国の政府やわれわれ国民は、果たしてこの危機にまともな対処が出来るのか。このような懸念と問題提起を拙論の最後に提示した。

 わが国の第4波の現状を見ると、残念ながらこの懸念が現実となった。私はわが国民の社会力を大きな美点として誇りに思う。コロナ禍が強まっている現在でも、近所を散歩していると、人影のほとんどない道でも皆マスク姿で、また公園では小学生もマスクを着けて遊んでおり、幼稚園児でさえもかなりマスクをしている。欧米では見られない光景だ。この日本の長所は、たしかにこれまでのコロナ禍ではプラスに作用した。

 しかし今日のわが国のコロナ対策は、2つの点で世界に醜態を晒したと言える。第1は、医療先進国であったにも拘わらず、ワクチンも開発できず国外に懇願する事態になった。第2は、国民のワクチン接種自体が大混乱していることだ。これらの原因は医療・保険制度の問題も多々ある。しかしその前の根本問題として、コロナ禍問題を国難ととらえ、ワクチンの接種や製造を国家の安全保障とか戦略物質ととらえる意識を、国民も当局も専門家たちも欠いているからではないか。やはりこれは「平和ボケ」の結果でもある。今日のコロナ禍が、わが国の国民意識や政治、安全保障などを今一度考え直す機会になればと思い、ささやかな問題提起をしたい。

当事者意識の欠如

 最近(5月24日)の報道では、世界のコロナの感染者数と死者数は、主要国家を比較すると(四捨五入)、米国3,310万/59万、インド2,653万/30万、フランス598万/18万、英国448万/13万、ドイツ365万/9万、日本72万/1万である。

 また、ワクチンの接種回数は安全保障意識の高いイスラエルが飛び抜けて多いが、主要国の国民100人当たり、英国88.1、米国84.9、ドイツ53.0、イタリア50.4、フランス47.7、日本6.3人である(NHK 5.24)。深刻な問題は、1980年頃までは電子技術だけでなく医療技術面でも世界の最先端にあると見られていた日本だが、現在はオリンピック開催国にも拘わらず、ワクチンの開発・接種も混乱状況で、ベトナムなど東南アジア諸国連合ASEANの後塵を拝する結果になっていることだ。

 再び強調するが、私は、対コロナ政策の基本に何か深刻な問題があると感じている。多くの国が、今のコロナ禍を戦争に匹敵する国難、非常事態と認識しているのに、わが国のコロナ対策責任者が「経済再生担当相」というのも到底納得ができない。

 国外との比較で、わが国関係組織の当事者意識(責任か)の欠如について具体例を挙げたい。以下、私事で恐縮だが、私の家族の経験を述べさせて頂く。娘は保育園児と小学2年生の二人の子を連れて英国で研究生活をしている。そのオックスフォード市では今年3月の時点で、娘が自分と子どものコロナ感染検査を申し込むと、即座にドライブ・スルー方式の検査場所を教えてくれた。そこに車で行くと、すぐに乗車したまま車の窓を少し開けさせて親子3人の検査は終り、その日の内にメールで結果を知らせてきた。ワクチン接種も、かかりつけの医者の方から、「今日接種に来られるか」「来られないなら今週〇曜日に来られるか」と連絡があり、娘は30歳台だがとっくに接種を済ませている。

 これは他の感染対策面にも表れている。英国の娘の上の子は現地の保育園と小学校に通っているが、3月に小学校はコロナで閉鎖となった。ただ、医療関係者の子だけ例外として学校は受け入れて授業を続けた。そのような時、娘に小学校長からメールが届き、娘の子の小学生を学校が受け入れるという。娘は何かの間違いだろうと訝り、校長に問いただすと、幼い2児を抱えての研究生活は無理だろうから、特別に医療関係者の子と同じ扱いにする、との返事だった。これは単なる同情心からだけではなく、娘が非合法な形で保育者などを外部から雇うと(ロックダウン下では、外部の者を家に入れるのを禁じられている)、学校がクラスターなどの危険に晒されるという危機意識からでもあろう。また校長がそのような裁量権を持つことを、行政当局も認めていると思われる。さらに他の生徒の親も、「一部の生徒を特別扱いしている。コネではないか」と騒いだりしない。つまり学校も行政当局もコロナ対策に、真剣な当事者意識を持って対応し、生徒の親たちもそれを理解しているのだ。

 これをわが国の場合と比べてみたい。また私事で恐縮だが、私の妻が事実上ベビーシッターとして昨年8月から半年の予定で英国の娘宅に滞在していた。しかし昨年英国で感染力の強い変異株のコロナが発生したので、12月に娘が独断で急遽羽田への航空便を予約して妻を帰国させた。英国帰りの妻を迎えるには、公共交通機関を使えないため自家用車の私が羽田で迎える必要がある。帰国後2週間の自宅隔離の必要性は知っていたが、羽田で感染検査をした後、陰性でも数日は特定施設に隔離されるのか、すぐ自宅に連れ戻せるのかが分からない。

 空港に電話で問い合わせると厚労省のコロナ対策室に尋ねてくれと言う。厚労省に尋ねると、国外からの受け入れ問題なので外務省の領事局に尋ねて欲しいと言う。領事局に電話をすると、コロナ問題なのでまた厚労省のコロナ対策室に尋ねろと言う。つまり、何処にも当事者意識、責任感がなく、たらい回しなのである。現在の喫緊のコロナ問題に関しても、わが国では関係諸組織間の横の連携がなく、このようなたらい回しの無責任状態なのだ。これ以外にも、同様のたらい回しには幾度も遭い多大の労力と時間を費やしたが省く。

 私と妻は後期高齢者になったので、ワクチン接種は医療関係者に続く優先部類に入る。政府は4月末に、全高齢者が今年7月末までに接種を終える方策を地方自治体に通知したという。私たちは5月6日に、住んでいる横浜市の当局からワクチン接種実施と予約受付の連絡を郵便で受け取った。結果的に私たちは6月から8月にかけて2回の接種の予約を苦労の末やっと済ませた。しかし、その間、インターネットとか電話でのコンタクトや、区役所、かかりつけ医などに出向いたりして莫大な労力と時間を浪費した。この、英国とは対照的な混乱と国民の消耗はメディアでも報じられているので省略する。ただ、一部のコロナ対策に実際に関わっている関係者が、制度・政策の不備のしわ寄せで、非人道的とも言える困難と努力を強いられていることに対しては、強く心を痛めていると同時に、最大限の敬意を表したい。

むすび

 英国や他の国では、ワクチン接種の普及も与り感染者数が急速に減少に向かい、通常の生活がもどりつつあるのに、わが国ではワクチン接種は大幅に遅れ、感染者は地域により再び増大傾向を示している。現在懸念されるのは、ワクチン開発・接種の遅れであり、今後コロナ禍から抜け出すにあたり、日本が他国より大きく遅れる可能性があることだ。それに関連して、本来述べたかった事は幾つかあり、むしろそれを本稿の本論にしたかったのだが、紙面の都合で、今回は今後考察すべき問題として取りあえず箇条書きにして指摘したい。

1. コロナ禍の危機は戦争と同次元の国難、国家の危機に対する危機管理と安全保障の問題だ。日本の政治家もわれわれ国民やメディアも、安全保障の問題にあまりにも無頓着に、あるいは反発しながら、過ごしてきたのではないか。わが国の憲法に、なぜ多くの国の憲法にある非常事態条項がないのか。コロナに対しても、なぜ強制力を有する非常事態法ではなく、「要請」を基礎とする責任のありかも明確でない「緊急事態法」で胡麻化しているのか。その結果として国と地方自治体の対処を混乱させているのではないか。

2. かつてわが国の電子技術や医療技術は世界の最先端にあった。しかし、コロナ禍に面して、わが国は自前のワクチン開発もできないで国外に頼り、またワクチン接種の普及度も多くの発展途上国以下になった根本原因は何か。これらの面で進んでいる国は例外なく、それを国難と見て国家安全保障と密接に関連させながら推進している。それは細菌戦、化学戦への対応という国防と不可分の問題でもあるからだ。わが国では、日本学術会議のように、学術研究は軍事や安全保障と関係してはならないという、国際的に見ると浮世離れした性善説の発想が支配的だからではないか。

3. 本稿では関係組織の危機意識の欠如について述べてきた。ただ、コロナ関係以外の省庁も、例えばサイバー攻撃などに対する対処では、全くお粗末な水準ではないのか。新潟県の柏崎刈羽原発のテロ対策に対する無防備が問題になったが、これは単に電力会社の問題ではなく、その監督官庁、他の企業や組織、メディアやわが国民全体の「安全保障への無関心」と関係があるのではないのか。厚労省や文科省もそうだが、安全保障に関しては、とくに経済界やそれと結びついた省庁においても、エネルギー安全保障などを真剣に考えている人たちもいるが、全体的には無関心や当面の経済利益優先の傾向の方が強いのではないか。

4. DX(デジタル・トランスフォーメーション)の時代と言われる。たしかに各省庁や企業、組織の内部ではデジタル化はある程度進んでいるが、省庁間、企業間、組織間の横の連携が全く進んでいないのが問題だ。例えば、モスクワ市では多くのタクシー会社は民営だが数年以上前から、どこに居てもスマホで数分内にタクシーを呼べる。また、乗車する時に、道路の混み具合による走行路の選択、目的地までの時間と料金、不満があった時のクレーム先などが知らされる。東京など日本の都市でこれが普及しない理由は、単にデジタル技術の問題ではなく、企業間、組織間の連携という組織問題である。

5. 今後のコロナ対策の問題だが、人口当たりの病床数は国際的に見て日本は多い方なのに、重症コロナ患者用の病床は今や各地で逼迫している。これに関連してメディアで論じられていない問題もある。コロナ発生以前から、わが国の病院での平均入院日数は先進国や他の国々と比べて2、3倍以上多い。入院患者の平均入院日数は、日本が19.2日に対して、ドイツ7.9日、英国7.5日、イタリア6.7日、米国5.6日、フランス5.4日だ(2006年、注)。先進各国との差は近年多少縮まっているとはいえ、筆者の個人体験から見ても入院に関するわが国の入院日数の長さは異常だ。これがまた、医療逼迫だけでなく国民の健康保険料の負担を重くもしているのではないか。このような事柄を日本医師会などは問題にしない。過大な入院日数に割かれている医療関連の人材や設備、費用をコロナ対策に向けたら、今日の重症コロナ関連をめぐるわが国の大混乱はかなり防げたのではないか。わが国には零細な個人病院、私立病院が多く、大規模な公立病院が少ないことがネックになっていることは承知しているが、コロナ対策と日本の医療の問題は、もっと総合的観点からメスを入れる必要がある。
(注:https://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/11/dl/s1111-5d-02.pdf 2021年5月12日閲覧)

 これら諸問題については、私の専門外のことも多いので、別の機会に諸専門家の見解も参考にして、述べたいと思う。(5月24日)


執筆者プロフィール
袴田 茂樹(はかまだ・しげき)
青山学院大学・新潟県立大学名誉教授、国際経済連携推進センター(CFIEC)評議員

1967年東京大学文学部哲学科卒、モスクワ大学大学院修了、東京大学大学院国際関係論博士課程単位取得退学。専門は国際政治。プリンストン大学客員研究員、東京大学大学院客員教授を歴任。ロシア東欧学会元代表理事、安全保障問題研究会会長。サントリー学芸賞元選考委員。主な著書に『深層の社会主義』(サントリー学芸賞受賞)ほか。





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