新たな通商ルール戦略研究会 安全保障分野のスコープ

新たな通商ルール戦略研究会 安全保障分野のスコープ


問題意識
1.WTOは全体としては自由貿易を志向するものの、自由貿易に対する例外をも認めている。自由貿易は参加国全体の経済的厚生を増加させ世界経済の発展を図るものであるが、自由貿易は競争の世界であり、この原則を無制限に貫くと弱肉強食の世界となる。そこで、ある限定された場合にはこの自由貿易原則に対する例外を許容し、自由貿易=競争によって惹起される政治的、経済的、社会的摩擦を緩和して、自由貿易原則の維持と円滑化を図ることが必要となる。このためにWTOはセーフガード、アンチダンピング、補助金相殺措置からなる貿易救済措置を認めている。また、事柄の性質によっては、自由貿易を貫くのが適切ではないものもある。例えば、文化保護、宗教の保護、環境保護等必ずしも自由貿易を100%貫くことが適切でない分野もある。これらを総称して「非貿易的関心事項」(non-trade concerns)と呼ぶ。

2.安全保障は、自由貿易を貫くことが適切でない非貿易的関心事項の最たるものであり、後述の通り国家に与えられる裁量も広い。ただし、従来、国家又は社会の存立の危機など経済原理を貫徹できない事態を回避するに際して、安全保障を理由とした貿易・投資制限は、1947年に制定されたGATTの第21条の安全保障例外の規定の下、戦争状態や軍需品などに限って極めて例外的に認められるものと位置付けられてきた。また、その安易な利用は濫用につながるとして、各国は安全保障例外で与えられた裁量を謙抑的に行使してきた。

3.しかし、現実の国際経済社会は大きく動いている。近年は、上記のような事態や産品に止まらず、所謂“平時に於ける経済安全保障上の必要性”や“自然災害等の緊急事態対応への必要性”からの貿易投資に係る制限的措置が導入・発動される事案が国際的な潮流として見られ、これらを巡る紛争も増加している。
 その背景としては、近時の軍事技術に容易に転換し得る民生技術の発展や国家資本主義的な政策をとる中国の台頭、更にはウクライナ戦争やパンデミック発生による危機発生時の資源や医療品などの自国確保の必要性などがあるものと考えられる。因みに、我が国に於いても「国家安全保障戦略」を昨年12月に閣議決定し、その中で“有事と平時の境目はますます曖昧となってきている”、“国家安全保障の対象は、経済、技術等これまで非軍事とされてきた分野まで拡大し、軍事と非軍事の境目も曖昧になっている”との認識を示している。
 つまり、世界的な国家安全保障概念の拡大の中で、GATT第21条及び第20条の例外規定は極めて許容範囲が狭く、現行の通商ルールや投資システムが現下の国際経済社会のニーズに適切に対応できているとは言えず、寧ろ、こうした現実の国際社会の実態やニーズを反映できない通商ルールの枠組み自体が、ある意味でルールを軽視した一方的な貿易投資規制措置の導入を助長するような状況ともなっている。更に、政府調達や対内直接投資審査など、共通の国際ルールが事実上存在しない分野にも同様の動きが見られている。
これらが更に相手国の対抗措置の導入を招き、また、米国主導の「自由だが安全な貿易」を実現しようとする枠組みであるIPEFの下での友好国内でのサプライチェーン強靭化や、昨年10月の先端半導体に関する米国の中国向け規制措置の導入などの動きを含め、国際展開する本邦企業は複雑で不透明要素の残る各国制度等への対応に追われ、具体的なビジネス展開の在り方に不安を募らせている。

4.国際社会のニーズに的確に対応した明確な規律やルールを欠いたまま、“安全保障措置”が安易に発動され、相手国による対抗措置や報復が繰り返される事態となれば、国際貿易における予測可能性や透明性も失われ、そしてWTOを中心とした通商ルールへの信頼は崩れ、結果、自由貿易体制の基本的枠組の崩壊につながる恐れがある。
このため、恣意的な保護主義の動きに歯止めをかけつつも、如何に安全保障を巡る現下の国際社会のニーズを取り込み、通商ルールを現代化させていけるかが問われている。本研究会はこのような認識の下、政府調達、直接投資の審査基準などGATT以外の枠組みを含め、安全保障に係る通商ルールに関し、現状の整理と今後のルールのあり方、その課題や方向性の検討を行った。

新たな通商ルール戦略研究会 -非経済的関心事に基づく制限措置について-
安全保障分野とりまとめ(全文)
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