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平成28年度国際教育者招聘事業(IEJ)に参加して ラバ小学校(米国、テキサス州サンアントニオ) 校長 ビクター・M・ラガ【配信日:2016/09/30 No.0259-1022】

配信日:2016年9月30日

平成28年度国際教育者招聘事業(IEJ)に参加して

ラバ小学校(米国、テキサス州サンアントニオ) 校長
ビクター・M・ラガ


 IISTは2016年6月19日~6月30日に日本人子女教育に携わる欧米の先生方・教育関係者を招聘する「IEJプログラム」を実施しました。このプログラムは、海外の教育者日本の教育環境、歴史・文化に触れて頂き、その経験を教育現場で活かしていただくことを目的としています。
 今年参加された29名のうちのお一人、ラバ小学校(米国テキサス州サンアントニオ)のビクター・M・ラガ校長のプログラム所感をご紹介します。


1202-11 サンアントニオの空港に到着して間もなく、フライトがキャンセルになったために日本へは大回りのルートになってしまったことを知った。それでもなお、25時間後にはやさしい国日本に到着することができた。

 東京に向かう機上で、妻のアイリスと私はたっぷり時間があったため、いつもなら一緒に見ることもないような映画を見て、日本での行程について話をした。訪れるのは夢でしかないように思っていた地球の裏側の国を目指して旅をしている。この実感が湧いてくると、未知なるものへの怖れは薄らいでいった。日本に到着するとすぐに、思いやりとおもてなしの体験が始まった。このことは一緒にいた皆が共通して感じていた。日本でのマナーや注意事項について色々ビデオで見ていたが、だれもが快く助けてくれるので、そうした下調べはまったく無用だった。品川プリンスホテルで服部さん(訳注:IIST国際交流部長)の出迎えを受ける頃には、横になって休みたいという気持ちしかなかった。

 今回の経験を文章に表すのは、とても難しい。最初から最後まであらゆる方面で感動を覚えた。日本での初日、私たちは教育という共通点を持つ、生涯の友となるであろう人々に出会った。私たちのグループは上手く協力し、互いが旧知のように感じられた。オリエンテーション・セミナーでIEJプログラムが現実に動き出し、私たちの経験――日本に行かなければ想像するしかない経験――が始まった。本物のきものを着たことがある人が一体どれだけいるだろうか。私たちは着たのである。身につける一枚一枚の衣の美しさは、とにかく息を呑むばかりだった。きものを着るのに女性は15分ほどかかったが、男性はずっと早く済ませられた。まもなく全員の着付けが終わり、着せてくださったご婦人たちには全員感謝の思いだった。きものを着ると、高尚な気分になるものだ。

 きものの着付け体験に浸りつつ、小学校でのデモンストレーション授業の準備をした。小学校では校長、教職員、そしてもちろん生徒たちから心からの歓迎を受けた。まことに楽しい訪問であり、実際に授業を行った参加者たちは、かけがえのない貴重な経験になったと述べていた。また、教室では生徒たちと一緒に給食を食べた。給食は生徒が配膳し、食後の片付けも生徒が行った。この方式は、私たちの習慣とは異なる。4年生から6年生で構成されたブラスバンドの演奏が披露されたが、高校生並のサウンドで、生徒たちの才能に心底驚いた。

 東京に圧倒されつつ、次は広島と京都への移動となった。超特急列車の「新幹線」に乗る時、ドアが閉まるまでに乗車が間に合わないのではないかという考えが頭をよぎった。言うまでもなく、私たちは全員無事に乗車し、広島までの4時間の旅に備えることができたが、この機会(訳注:心配しながら新幹線に乗り込んだこと)は、私にとって最も自分が小さく思えた経験の一つだった。遠くに見えた原爆ドームが、近づくにつれ間近に迫ってくるのは、現実離れしているようだった。平和公園を歩き、平和の鐘を鳴らし、世界中の子供たちが作った折り鶴で一杯の原爆の子の像を見たことは、根源的な経験となった。過去を振り返り、現在をどのように導いて未来を確立するのかと考えたとき、平和が私たち全員の心に共鳴すれば、歴史を繰り返させないことを確証できるということがはっきりわかった。世界と調和して生きることは共通のメッセージだった。

 宮島(厳島神社)への訪問では、美しい眺めと平和と静寂に満たされた。伝統的な結婚式を体験し(訳注:見かけた)、仏塔に登った。絶景と穏やかな静寂の中で、めまぐるしく変わる日常から離れることができた。

 これまで見た中で最も美しい場所は京都である。宮島の時点でほぼ全てを見尽くしたと思っていたが、実はまだほんの序の口だった。観光で訪れた金閣寺は、現実とは思えないほどの美しさだった。公園で舞子さんに遭遇し、市場では本物の日本の品を購入したり、飲み物や食べものを買ったりする機会もあった。食べものについては後で詳しく報告する。

 奈良でのホームステイは実に楽しかった。正直に言うと、事前には次の2日間どこでだれと過ごすのかわからないことが不安で、かなり緊張していた。だがホストファミリーは私たちを温かく迎えてくれ、くつろいだ気持ちにさせてくれた。滞在した小松純一さんと三岐子さんのお宅は伝統的な日本家屋だった。家は美しく、家族はとても親切だった。純一さんと三岐子さんに連れられて近所を散策し、2カ所ほど御陵を訪れた。最後の晩には食事をしてお酒を飲んだ。折り鶴を折り、手作りの独楽で遊んだ。なによりも、一生の絆ができた。別れは辛かった。他の参加者もみな、ホストファミリーとの別れでは涙を流すか、声を詰まらせたことだろう。

 もと来たルートを折り返し、東京に戻った。最後(訳注:総括会議)のグループ別プレゼンテーションの準備をするとともに、フィールドワークのための日が一日設けられていた。ここで、学校、食事、交通手段について触れたいと思う。欧米社会の慣習に親しんでいる私たちにとって、日本の学校のシステムを理解することはなかなか大変だった。教員の採用から教室内外での日常活動まで、私たちとは違うところもあれば、似ているところもある。似ているのは、すべての大人が教育と1人1人の生徒に根ざした情熱を持っているところ。異なるのは、生徒が食事の配膳や後片付けを担当しているところである。私は校長として、学校管理者に対する質問は、経営管理の観点から浮かんだものが中心だったと言えよう。また、採用プロセスや財務についていくつか違いに気付いた。公立・私立ともに、学校で生徒が勉強している様子を私たちは全員楽しく参観させてもらった。

 日本の食べものは飾りつけが凝っていて実に美しい。手間暇をかけて細部まで配慮の行き届いた食事の用意は、間違いなく誇るべきことである。アレルギーや個人的な好みの問題ですべてを味わうことはできなかったが、どのレストランも温かいもてなしはすばらしかった。同行した参加者たちもみな、寿司などの日本食を味わいすばらしい経験をしていた。

 交通手段については、最初はやや圧倒されたが、敢えて冒険して探索したことで、鉄道システムが理解できた。日本でラッシュアワーといえば、電車と歩行者の往来のことを指す。目を引いたのは、日本にいれば見ると思うが、(路上の)こぶや線の突起のついた黄色いタイルである。これは点字ブロックで、目の不自由な人が街を歩くときの助けになる。東京にはものすごく多くの人が住んでいるが、互いを尊重して仲良く暮らす知恵を習得している。常に秩序が保たれ、人々は辛抱づよく、助け合っている。人々は環境を意識し、両者のバランスによって調和のとれた日本がある。

 こうして日本への旅は終わったが、土産品よりも重要なもの――これから先ずっと影響を与える、人生を変えるような経験――を持ち帰ってきた。この旅行を思い出に残るものにしてくれた全ての方々に感謝し、お礼を申し上げたい。このIEJプログラムは多くの時間と労力をかけて計画されている。IISTの皆さま、とりわけIEJ事務局の服部隆一さん、脇田絹子さん、川西亜紀さん、平山友美さん、播磨秀一さん、豊山朗子さん、ありがとうございました (Arigato Gozaimashita)。美しい日本を紹介し、堪能させてくださったことに、私たちのこころの底からの感謝を申し上げる。

(原文:英語)

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