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生産性に追いつかない日本の賃金 (独)経済産業研究所 研究顧問 根津 利三郎【配信日:2016/03/31 No.0253-1002】

配信日:2016年3月31日

生産性に追いつかない日本の賃金

(独)経済産業研究所 研究顧問
根津 利三郎

<安倍内閣の下で三度目の春闘>
 また春闘の季節になった。1960年代以降、日本の賃金は毎年春季に行われる経営側と労働者の代表で行われる交渉で決定されてきた。ここでは賃金の水準だけではなく、正規と非正規労働者の賃金格差、長時間労働などの問題も議論される。来る4月から始まる2016年度は政府の経済見通しでは実質1.7%の成長を見込んでいる。しかし年明けとともに、原油価格の下落、中国の経済の更なる低迷がさらに深刻になる、という暗い見通しが強まり、多くのエコノミストは先行きに対してさらに悲観的になっている。労働者の代表である連合はベースアップを中心に2%以上の賃上げを求める方針だ。企業側は賃上げには反対ではないものの、ベースアップには慎重だ。賃金ベースをあげてしまうと、不況になっても下げられない、というのが理由だ。そのような中で安倍政権は賃上げするよう経済界に圧力をかけている。かかる要請は彼が総理大臣になってから一貫して続けており、これで三年目になる。エコノミストや経済界には政府が賃金交渉に介入するべきではない、という反対も強いが、彼はそのような批判は意に介していないようだ。

<際立つ日本の単位労働コストの長期低下>
 賃金上昇のテンポは生産性の上昇と見合ったものであるべきである。これは経営、労働の両サイドとも納得している話だ。生産性を大きく上回る賃上げは国際競争力を殺いだり、インフレを引き起こして、最終的には国民生活の負担となる。逆に賃金が生産性を大きく下回るようでは購買力が減退し、需要サイドから経済の足を引っ張る。賃金と生産性は適切なバランスが必要だ。そこで生産性と賃金の動きを主要先進国との間で比較したものが図1だ。ここでは単位労働コスト(Unit Labor Cost、 ULCと略す)という指標を用いるが、これは分子が名目賃金、分母が一人当たりの付加価値生産額だ。もし賃金が生産性よりも早く上昇すれば指数は上昇し、インフレや競争力の減少が懸念される。その反対なら、デフレや国内経済が低迷する恐れが大である。

図1 単位労働コスト  図1は日本の状況が他の先進国とは際立って異っていることを示している。2000年以降日本だけがULCの継続的な下落を示している。つまり賃金の上昇率が生産性に追いついていないのだ。先進国の中でも日本だけが長期のデフレに悩まされてきた原因はここにある。ほかの国はULCが緩やかに上昇しているのでデフレになることはない。その中でもオーストラリアのようにULCの上昇が顕著な国ではインフレ率もほかの国より高い。ヨーロッパの中ではドイツのULCの上昇率が低い。この結果ドイツの競争力は相対的に高まり、ドイツに貿易黒字が集まり周辺国から苦情が高まっている。賃上げに慎重だったドイツが最近賃上げに前向きになっているのはこのような事情があるからだ。このようにULCはインフレ、デフレの原因を探るうえで有力な分析手法だ。

<為替も国際競争力を応援>
 国際競争力という点でみるならば、為替レートを無視するわけにはいかない。そこで為替レートの変動も考慮に入れ、図2を作成した。円は2006,7年およびアベノミックスが始まった2013年以降大幅に安くなっている。すなわちほかの国の通貨は円に対して高くなっているので、これらの国のULCもその時期には高くなっている。特に米国と韓国は苦しそうだ。我が国の場合、賃金は上らないか、上がってもわずかで、生産性がそれ以上に上がり、さらに為替が円安に動けば国際競争力の面で有利な状況にあるのは当然だ。安倍内閣が産業界には賃上げの余力があると判断したのは、ULCから見て極めて妥当と考えられる。にもかかわらずこのところ我が国の輸出が振るわないのは中国などの貿易相手国の需要が低迷しているからだ。

図2 為替レートの変動による単位労働コスト <視界不良の来年度日本経済>
 安倍政権の働きかけもあり、2014年度の日本の名目賃金は+0.4%と、四年振りの上昇になった。2015年度に入っても前年比でプラスを維持しているが、その幅は+1%以下でわずかな上昇になっている。IMFのWorld Economic Outlook Octoberによれば2015年1~3月期では日本のULCは-4.5%と大幅下落だ。政府としては引き続き賃金アップの呼びかけをしていかざるを得ないであろう。特に問題なのは2014年4月に消費税を5%から8%にひき上げたため、一般物価が上昇し、実質賃金は2%以上も大幅に下落していることだ。このままでは内需の6割を占める個人消費は低迷するであろうし、アベノミックスの成功はおぼつかない。連合が要求している2%の賃上げがフルに実現しても、実質所得は横ばいでしかない。1月22日に公表された政府の公式経済見通しでは個人消費は実質2%の拡大を見込んでいるにも拘わらず、である。このままでは来年度政府が思い描くような経済成長は無理だ。株価はすでにこのことを織り込んで年初めから大幅下落を続けている。7月には参議院選挙がある。かくて今年も政府からの賃上げ圧力は高まるであろう。今年も日本経済の鍵は賃金がどうなるか、である。
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