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AEC発足 経済回廊と生産・物流ネットワークの拡大 日本貿易振興機構アジア経済研究所 新領域研究センター経済統合研究グループ 研究グループ長 梅﨑 創【配信日:2016/02/29 No.0252-1001】

配信日:2016年2月29日

AEC発足
経済回廊と生産・物流ネットワークの拡大

日本貿易振興機構アジア経済研究所
新領域研究センター経済統合研究グループ
研究グループ長
梅﨑 創


 2015年末、ASEAN経済共同体(AEC)が正式に発足した。AECブループリントに沿って進められた制度上の経済統合は、域内の貿易・投資をさらに活発化させ、生産・流通ネットワークを拡大させるという好循環を生んできている。2025年版AECに向けてASEANはさらに経済統合を深化させていくが、今後は統合利益の分配などの難しい問題も顕在化していくものとみられる。


 先進ASEAN諸国は、1980年代半ば以降、日本などからの直接投資を積極的に受け入れ、地域的な生産・物流ネットワークを形成しながら、急速な工業化と経済発展を遂げてきた。しかし1990年代に入ると、中国の台頭、アジア通貨・経済危機などにより、ASEAN諸国首脳の先行きへの危機感が高まっていった。そのような状況への対応として構想されたのが「ASEAN共同体」構想であり、その中核に位置づけられたのがASEAN経済共同体(AEC)である。
 「経済回廊」構想が普及し始めたのも同じ時期である。1998年に開催された大メコン圏(GMS)経済協力プログラムの第8回閣僚会議において、深刻化するアジア通貨・経済危機から脱するための起爆剤として、アジア開発銀行(ADB)が提案したのである(石田[2007:25])。経済回廊構想は、複数国にまたがる地域を対象として、道路、鉄道、港湾などの輸送インフラを中核に据え、物品、サービス、資金、人などの越境移動を円滑化することにより、経済活動の活性化を目指すというものである。
 2007年に採択されたAECブループリントでは、AECは、(1)単一市場・生産拠点、(2)競争力のある経済圏、(3)均整のとれた経済発展、(4)世界経済への統合、という4つの特徴を持つものと定義され、設立年限である2015年までの工程表も示されている。1992年以降ASEAN自由貿易地域(AFTA)構築を目指して取り組まれてきた物品貿易の自由化に加え、サービス、投資の自由化・円滑化、様々な経済制度の調和化、広域インフラ整備、域内の経済・技術協力の強化などを含む、より「深い」経済統合が目指されることになったのである。その内容は、上述の経済回廊構想と高い整合性を持っており、対象とする政策や地理的な領域を大幅に拡大するものである。
 2015年末、AECを含むASEAN共同体が正式に設立された。AECブループリントで計画された措置の全てが実施されたわけではないが、物品貿易の自由など、大きな進展を遂げた分野もある。先進ASEAN諸国の貿易自由化率(ゼロ関税項目の比率)は2000年時点で40.1%であったが、2010年には99%を超えている。CLMV諸国では、2000年時点で9.6%にとどまっていたが、2013年には72.6%、2016年には90.9%にまで達しており、後発加盟国に与えられた猶予期間を経た2018年1月には97.8%に引き上げられる予定である。これまでに日本が締結した経済連携協定の貿易自由化率が軒並み80%台、「聖域なき関税撤廃」を目指した環太平洋経済連携協定(TPP)においても95%にとどまっていることからも、ASEANが例外の少ない「クリーンな」貿易自由化を実現してきたことが分かる。また、ASEANは域内の貿易自由化に加えて、中国(2005年)、韓国(2007年)、日本(2008年)、インド、オーストラリア、ニュージーランド(2010年)などの周辺諸国と自由貿易協定(Free Trade Agreement: FTA)を締結し、アジア地域におけるFTAネットワークのハブともなっている。他方、貿易円滑化のためのASEANシングル・ウィンドウ構築、非関税障壁の撤廃、サービス貿易や投資の自由化・円滑化など、より「深い」経済統合を実現するための措置については、AECブループリントで合意された計画よりも遅れがちであり、ようやく枠組みが構築された段階という分野もある。このようにASEANの経済統合はまだ道半ばにあるため、AEC2015、すなわち「2015年版のAEC」という表現が広く用いられるようになっている。
 1980年代以降、直接投資を媒介として構築されてきた生産・物流ネットワークは、ASEANおよび周辺国の目覚ましい経済発展、工業化の基盤となっている。このように東アジア地域では、事実上の(de facto)経済統合が先行してきたが、AEC構築により制度上の(de jure)経済統合も着実に進展し、それがさらに事実上の経済統合を深化させるという好循環が生まれつつある。
 2008年から2014年の6年間で、世界全体の貿易額は11.6%増加したが、ASEANの域内貿易は24.9%、さらにASEAN+3(日中韓)の域内貿易は33.1%という大幅な増加を記録している。また、ASEANへの直接投資は2007年の850億ドル(世界シェア5%)から2014年には1,360億ドル(同11%)に増加した。また、2014年にASEAN諸国に流入した直接投資の17.9%はASEAN域内からのものであった。このような貿易、投資の増加は、ASEANおよび周辺地域での生産・流通ネットワークが拡大、深化していることを示唆している。
 近年活発化している「タイ+1」投資は、その一例である。バンコク首都圏は、自動車、電機・電子、繊維・衣類などを中心とした大規模な産業集積を形成し、ASEAN地域の生産・流通ネットワークの中核となってきたが、近年では経済発展にともなう賃金などの生産コストの上昇や、世界市場における競争の激化などを背景に、とくに労働集約的な生産工程をカンボジア、ラオス、ミャンマーなどに移転させる「第2のアンバンドリング」が観察されるようになっている。その促進要因の一つとして、AEC構築にともなう制度上の経済統合の深化により、分散立地される生産工程をつなぐ諸費用(サービス・リンク・コスト)が低下したことが挙げられる。運賃や関税といった金銭的コストにだけでなく、運送時間やその予見可能性といった時間的コストも低減することにより、例えば、タイのマザー工場で一括調達した原材料をラオスの工場に送り、そこで裁断・縫製などの労働集約的な工程を行ったうえでタイに返送し、次の生産工程に移す、といった国境をまたぐ生産活動がより行いやすくなったのである。また、2011年3月のミャンマーの民政移管を受けて、タイとミャンマーを結ぶASEANハイウェイの一部、ミャワディ=コーカレイ間のバイパス路がタイの支援で建設された。これはGMS経済協力の東西経済回廊の一部でもある。このような物理的なインフラの改善も、生産・物流ネットワークのさらなる拡大、経済回廊の発展につながるものと期待される。
 2015年11月にクアラルンプールで開催された第27回ASEAN首脳会議では、今後10年間を見据えた2025年版のAECブループリントが採択された。そこでは、これまでのAECブループリントの方向性を踏襲しながらも、実施方法については新しい工夫がみられる。第1は、具体的措置と実施期限を明記した戦略的計画が添付されていないことである。この点については、交通、情報通信、エネルギーなどの分野ごとに策定される行動計画において別途策定されることになっている。第2は、ASEAN事務局を含むASEAN制度の機能強化と分野別協力の強化が強調されていることである。すなわち、分野別協力に関しては担当の大臣会合が詳細な行動計画の策定および実施の責任を負う一方で、ASEAN事務局やAEC理事会などを機能強化することで分野「間」の調整を円滑化しようしているものとみられる。第3は、インフラ整備のための資金源や投資環境改善のための情報源としての民間部門の役割がより重視されていることである。第4は、非関税障壁やサービス自由化などに関して、自由化の障壁となりうる各国の国内制度にも一定の規律付け(discipline)を検討するという点である。多様性に富むASEANは、その求心力を維持するためにも内政不干渉を重視してきたことを考慮すると、AECが目指すより「深い」経済統合を実現するために一歩踏み込んだ、という印象を受ける。これらの工夫は、2025年版AECブループリントおよび2016年内には出揃うとみられる分野別行動計画の実現可能性を高めるための現実的な対応とみることもできよう。
 経済統合は比較優位に基づく生産分業を促進することにより、生産要素の効率的な利用を可能にし、経済統合に参加する各国の経済厚生を増大させると期待される。ただしその過程では、各国内で産業構造変化が必要であり、何らかの形で所得の再分配がなされることが社会的に要請される。経済発展にともない、民主化も進展するASEAN諸国では、国内企業・産業保護を求める世論も高まってくることになろう。AECが生み出す新しい経済環境のなかでASEAN諸国は、過度に保護主義的にならず、適切な再分配政策を採りつつ、ASEAN加盟国としてのコミットメントを着実に実行していくという難しい舵取りが求められている。

参考文献:
石田正美[2007]. 「大メコン圏経済協力と3つの経済回廊」、石田正美・工藤年博編『大メコン圏経済協力-実現する3つの経済回廊』、アジア経済研究所。
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