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TPP大筋合意、協定発効に不確実性 | 共同通信社 編集委員兼論説委員 石井 勇人【配信日:2015/10/30 No.0248-0990】

配信日:2015年10月30日

TPP大筋合意、協定発効に不確実性

共同通信社 編集委員兼論説委員
石井 勇人

 日本や米国など12カ国が参加している環太平洋連携協定(TPP)交渉は、2015年9月末から10月にかけて米ジョージア州アトランタで開いた閣僚会合で大筋合意した。前稿(9月)でプルリ(複数国間)交渉の難しさを指摘した筆者としては、見通しの甘さを恥じ入るばかりだ。しかし、まだ頭をそる気になれないのは、協定が実際に発効するまでかなりの不確実性があり、さらに長い歴史観に立つならば、アジアとの関係改善を急ぐ必要があると考えるからだ。
 前稿で、交渉が難航する第一の理由として挙げた「身動きできないオバマ政権」という基本的な構造は変わっていない。むしろ悪化しているように見える。すなわち、米連邦議会では野党共和党が上下両院を制し、与党民主党を支持する労働組合は、TPPに対する批判を一段と強めている。
 大筋合意を受けて、TPPを審議する上院財政委員会のハッチ委員長(共和党)は直ちに「議会が求めていた通商協定の高い水準に届いていないようだ」と不満を表明した。来年の米大統領選挙で共和党の候補者指名争いのトップを走るトランプ氏は「現政権の能力のなさは理解を超えている。TPPはひどい協定だ」とこき下ろす。民主党最有力候補と目されるクリントン前国務長官も「賛成できない」と、不支持を鮮明にした。
 米国は既に大統領選モードに入っており、候補者は有権者に迎合して極端な主張をする傾向がある。しかしその点を割り引いたとしても、米国には、第一次世界大戦後発足した国際連盟への不参加や、国連気候変動枠組み条約に関する京都議定書の批准を拒んできた「実績」がある。TPPは「大筋合意」という薄いカプセルに包まれ、不確実性が極めて高い米議会に放り込まれた状態だ。TPPの審議は大統領選挙の後、すなわち2年後に先送りされる可能性もあるだろう。米国の批准がもたつくと、その間に、他国で政権交代が起きてTPPから脱落する可能性も高まる。大筋合意の直後の10月19日に総選挙があったカナダでは、TPPを推進してきたハーパー現政権が敗北した。同国の批准に強く影響するだろう。
 前稿で2番目の課題として挙げた「交渉技術」には、予想を上回る改善があった。筆者としては、眉毛ぐらいはそろうかと思うほどだ。オバマ大統領は交渉の真最中にオーストラリアのタンブル首相らに電話を掛けて大筋合意に向けて説得するなど指導力を発揮した。交渉参加国の閣僚が不信感を募らせていた米国のフロマン通商代表の性格が一変したとは思えないが、オーストラリアのロブ貿易・投資相や甘利明TPP担当相が会議をサポートしたと伝えられている。その結果、TPP交渉は「漂流」を免れた。
 ただし、大筋合意の内容をみると、最も難しい課題がいずれも、立場によって都合よく解釈できる「玉虫色決着」になっている。カナダ、メキシコ、日本、米国の間で紛糾した自動車の域内調達率は、部品を仕分けして45%~55%で決着。新薬開発データの保護期間は「8年」とされているが、解釈次第ではオーストラリアが主張した5年と読める内容だ。マレーシアやペルーには当面は現行の国内法を変更しなくて良いという除外規定まで付いているようだ。
 対立点をあいまいにして「以和為貴(和をもって貴しとなす)」は、日本では伝統的に容認される手法だが、最終的な協定文を作成する段階、その全容が公開された段階、あるいはその後の各国の批准の段階で、問題が蒸し返される可能性を否定できない。特に米国の製薬業界は、新薬開発データの保護期間を「12年」と主張しており、失望感が強い。
 合意を優先したため、ある意味では現実的となり、その結果妥協が重なった。例外無き関税撤廃や、高水準の域内調達ルールなどの「高い野心」は弱められ、「21世紀型の通商・投資協定」という当初の看板は、既に輝きを失った。韓国やタイなどでTPP参加を検討する動きが出ているが、中国を引きずり込むほどの起爆力があるのかどうかは、協定発効を見極める必要がある。
 TPP大筋合意では、協定発効の条件として6カ国以上が批准し、それらの国内総生産(GDP)の合計がTPP域内GDPの85%以上を占めることを規定した。これは米国(GDP比で約60%)と日本(約17%)の両方が批准しない限り発効しないことを意味している。安倍政権はTPP協定と関連法案の国会審議を急ぐ構えだが、現段階で必要なことは、徹底した情報の開示と、それを前提とした影響評価だ。
 日本が先に批准して自ら退路を断っても、米国の批准を待たされるだけだ。米国が先に批准すれば、協定の「生殺与奪の権」は日本が握ることになる。その段階で深い議論に入っても遅すぎることはない。
 今は米国の批准をじっくりと見守り、その時間をTPP合意の精密な影響評価、中国や韓国との自由貿易協定交渉に使うべきだ。アジアとの関係を重視し、最終目標を内外無差別・最恵国待遇を大原則とする世界貿易機関(WTO)への回帰に置くべきだとする筆者の信念は今のところ、揺らいでいない。
 (本稿は2015年10月23日時点で執筆、筆者個人の見解であり、所属組織とは一切関係がありません)
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