| トップページ |この記事のカテゴリー: オピニオン・論説 |
e-Magazineのバックナンバー:| カテゴリー検索 | キーワード検索 | 記事一覧 |
2010年度以前 (IIST ワールドフォーラムメールマガジン) のバックナンバー:| キーワード検索 | 記事一覧 |

  • このエントリーをはてなブックマークに追加


(本記事の英語版はこちら)

TPP交渉難航の背景を考える 米国からアジアに軸足移せ | 共同通信社 編集委員兼論説委員 石井 勇人【配信日:2015/09/30 No.0247-0984】

配信日:2015年9月30日

TPP交渉難航の背景を考える 米国からアジアに軸足移せ

共同通信社 編集委員兼論説委員
石井 勇人


 TPP交渉は既に漂流している。仮に年内に「大筋合意」できても、最終合意は容易でない。日米でTPPを主導する戦略を見直し、中国や韓国などアジアに軸足を移すべきだ。


 日本や米国など12カ国が参加している環太平洋連携協定(TPP)交渉は、2015年7月末に米ハワイ州マウイ島で開いた閣僚会合で大筋合意に失敗し、プルリ(複数国間)交渉の難しさを改めて印象づけた。
 大筋合意を目指したTPP閣僚会合は既に4回も不調に終わり、その度に協定の目標は散漫の度合いを深めている。交渉は「漂流の瀬戸際」(全国紙各紙)と言うよりも、既に漂流しているとみるべきだ。
 仮に2015年中に「大筋合意」が実現しても、その先の「最終合意」に向けた課題は膨大であり、交渉参加国の批准手続きも順調に進むかどうか不透明だ。
 安倍政権の通商戦略は、日米が主導してTPPを早期に決着させ、これを起爆剤にして欧州連合(EU)や東アジア地域包括的経済連携(RCEP)などメガFTA(巨大自由貿易圏)を連鎖的に締結するという「ドミノ理論」に基づいている。しかしこの戦略は練り直す段階に来ている。その前提として、TPP交渉がなぜ難航しているのかを分析する必要があるだろう。

▽身動きできないオバマ政権
 TPP交渉参加国はいずれも「親米政権」であり、世界貿易機関(WTO)のドーハラウンド(新多角的貿易交渉)で、米国と対立を続けてきたインドやブラジルなどの新興国やアフリカなどの途上国は参加していない。アジア太平洋経済協力会議(APEC)の加盟国である中国やロシアも含まれていない。いわば「お友達グループ」の交渉であり、2011年11月には、9カ国の首脳がホノルル宣言を採択して「早期決着」を目指すことを確認した。
 しかしその後、オバマ政権の基盤は想定以上に弱体化した。2013年秋には財政問題をめぐって議会と対立し、連邦政府機関が一時閉鎖に追い込まれてしまう。オバマ大統領は同年10月のAPEC・TPP両首脳会合に出席できず、TPP交渉の迷走が始まった。
 翌2014年11月の中間選挙では野党共和党が上下両院で過半数を制し「ねじれ」は決定的になる。オバマ大統領は与党の民主党を支持する労働組合の抵抗を押さえ切れず、一方でビジネス界に近い共和党が議会を支配する。左右双方から羽交い締めにされたオバマ政権にはTPP交渉上の柔軟性は無く、この構造が変わらない限り、内実を伴う「最終決着」は難しい。

▽定まらない自由化水準
 さらに、カナダ、メキシコ、日本の参加によって、交渉の主題は激変した。これら3カ国はいずれも自動車の輸出国だ。特にメキシコは、北米自由貿易協定(NAFTA)の締結以降、海外からの工場誘致に積極的に取り組み、今や世界4位の自動車輸出国だ。9カ国の交渉ではほとんど話題にもならなかった「自動車」は、3カ国の交渉参加によって、最重要課題に浮上した。
 2015年7月末のマウイ閣僚会合では自動車の域内調達率をめぐって、40%台を主張する日本と、60%台を主張するメキシコが対立し、折り合えなかったと伝えられている。この問題の難しさは「足して2で割る」という形で決着できないことだ。NAFTAの調達率が62・5%であることを考えると、メキシコは米国の調停案とされる50%では到底飲めない。タイや中国産の安い自動車部品との競争を強いられ、TPPに参加する意味が無くなるからだ。
 域内調達比率は、貿易・投資の自由化の「純度」をどこまで高めるのかという根源的なテーマだ。マウイ会合でニュージーランドが、関税撤廃の原点回帰を訴えたのも、本質的には同じ課題だ。9カ国で交渉していた時は「関税撤廃の品目数はタリフラインで95%以上」などの原則論が議論されていた。しかし日本の参加以降は、牛肉や砂糖など個別品目の市場開放に焦点が移り、「哲学も原則もない商談」(交渉筋)が繰り返されている。TPPの自由化水準は、裏返せば域内と域外の壁をどのくらい高くするかという排他性の水準であり、本来、交渉の入り口で確定しておくべきだった。大筋合意を急ぐあまり、最終目標の確定を先送りしたツケが回っている。

▽交渉技術にも課題
 TPPにはWTOの事務局に相当する常設機関が無く事務局長もいない。米国のフロマン通商代表が実質的な議長役を続け、米国が他国との二国間協議を重ねてきた。交渉参加者の間では「米国はわれわれが合意していないことを合意したように他国に説明している」、「フロマン代表は2枚舌で米国が切ったカードは見せ掛けだけ」などの不満と不信が渦巻いている。要するに全体像を理解しているのはフロマン代表だけで、しかもそのフロマン代表は信用されていない。
 ウルグアイ・ラウンドの時のようにサザランド事務局長らが、交渉参加国から極秘に事情を聴取して「調停案」を提示するプロセスもない。行司役が不在なため、中立的な妥協点が見えてこない。

▽日本政府にも責任
 安倍政権はTPPの狙いを、海洋進出を進める中国の封じ込めと絡めて説明してきた。しかし中国と密接な関係があるオーストラリア、ニュージーランド、シンガポールなどは、少なくとも経済面で「中国敵視策」を採ったことは一度もない。
 「ルールはわれわれがつくる」(オバマ大統領)と強調する米国でさえ、中国をTPPから排除するような発信はない。むしろ将来は中国も組み込んでいくという構えだ。TPPを安全保障政策と直結する日本の姿勢は12カ国の中では例外であり、交渉を複雑化させている。

▽今後の展望
 このような状況下で、TPP交渉の空中分解を回避するためには、いくつかの国の交渉離脱を容認するか、医薬品のように難航する課題を別枠交渉として切り離すことだ。要するに「欲張りすぎない」ということだ。しかしこの段階で、TPPは当初目指した「21世紀型の通商・投資協定」という輝きを失い、「ドミノ理論」の起爆剤の役割を果たせないだろう。
 日米を軸とするTPP至上主義を見直し、中国や韓国との自由貿易協定交渉やRCEP交渉などアジアへ軸足を移し、最終目標を内外無差別・最恵国待遇を大原則とするWTOへの回帰に置くことを真剣に検討するべきだ。
(本稿は2015年9月18日段階で執筆し、個人的な見解であり所属機関とは一切関係ありません)
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

(本記事の英語版はこちら)


| トップページ |この記事のカテゴリー: オピニオン・論説 |
IIST e-Magazineのバックナンバー:| カテゴリー検索 | キーワード検索 | 記事一覧 |
2010年度以前 (IIST ワールドフォーラムメールマガジン) のバックナンバー:| キーワード検索 | 記事一覧 |