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根深い鉄鋼の過剰設備問題 (独)経済産業研究所 シニアリサーチアドバイザー 根津 利三郎【配信日:2015/06/30 No.0244-0976】

配信日:2015年6月30日

根深い鉄鋼の過剰設備問題

(独)経済産業研究所 シニアリサーチアドバイザー
根津 利三郎

<拡大する過剰設備>
 筆者は2006年にOECD鉄鋼委員会の議長に就任した。今日までの間、世界の鉄鋼産業は過剰設備とそれに起因する低収益性、そして貿易摩擦に悩まされてきた。図は今世紀に入ってからの世界の鉄鋼生産能力と鉄鋼需要をグラフにしたものである。これから明らかなように、両者のギャップ、すなわち過剰設備は2009年の世界金融危機以降急速に拡大し、現在6億トンになっているが、これからも続きそうな模様である。
世界粗鋼生産能力(額面)と需要  日本、欧州、米国などの先進国にとって鉄鋼産業はもはや成長産業ではなく、収益性も低いことから今世紀に入ってから新たな設備増強は唯一の例外である韓国を除けば無いといってよい。設備拡大の大半は中国、インド、東南アジア諸国など非OECD諸国 である。これらの国の多くはOECDには加盟していないものの、鉄鋼委員会には代表を送り、議論に参加している。

<鍵は中国>
 世界鉄鋼産業の将来の鍵を握るのは中国である。鉄鋼委員会の参加各国は中国の鉄鋼産業がこれからどうなるのか強い関心を持っている。多くの場面で中国対その他世界という感じで議論が進む。現在世界全体では鉄鋼生産能力は23億トンあるが、うち11.6億トンは中国にある。実際の中国の生産量は8億トン程度だから、稼働率は70%、過剰設備は4億トン、すなわち日本の全生産能力の4倍の過剰設備があることになる。もちろんこれらの企業は雇用を維持し、少しでも収入を得ようと、赤字覚悟の操業を続け、国の内外に低価格輸出を行っている。アメリカやヨーロッパ諸国は長いこと中国からのダンピング輸出を非難し、対抗措置をとってきたが、最近では中南米やトルコ、アジアの国々も中国非難を強めている。これに対して中国は「中国の鉄鋼輸出は全生産の4%に過ぎない。日本の輸出比率は40%を超える。輸出がけしからんというならほかにももっと悪い奴らはいる。」と反論する。

<激変する中国市場>
 去る2015年5月パリで開催された最新の鉄鋼委員会で中国の代表が行ったプレゼンは率直かつ驚くべき内容であった。本年第一四半期の中国国内の消費量は前年から6%を超える減少(生産量は-1.7%)になった、というのである。経済全体が7%の成長を目指している、というのに鉄鋼生産、消費はマイナスだ。そして次のように述べている。"With massive overcapacity, steel making became one of the lowest profitability industries in China(大規模な過剰設備によって、鉄鋼業は中国で最も低い収益性をもつ産業の一つとなってしまった)" 実際のところ、昨年の中国鉄鋼業は全体として利益率はマイナスとなったようである。

 数年前まで、中国には黒を白と言い張るような強引なところがあったが、最近は自国の問題をより率直に認めるようになっている。2013年秋に国家計画委員会が過剰設備の存在を認めその削減のための方針を公表している。新規投資を抑制し、既存の設備についても環境規制の強化や、効率の悪い小規模高炉の建設禁止などをうたっていた。ただ細かく聞いていくと実際の権限は地方政府が握っており、地域社会への影響は雇用問題も深刻なので、中央政府の方針をそのまま実施することは難しいようなことは言っていた。5月の会合では今後2~3年のうちにさらに5千万トンの設備を削減すると語っていたが、これだけでは4億トンある過剰設備のほとんどはそれ以降も残ることになり、中国の過剰設備問題はかなり長期にわたり続くと言わざるを得ない。

<日本の70年代に似ている現在の中国鉄鋼業>
 筆者は今日の中国の鉄鋼業がおかれた状況は1973~5年の日本鉄鋼業のそれに共通点が多いように思う。ともに二ケタの経済成長からその半分程度の成長率に移行している。その時鉄鋼需要の伸びも半減するのかといえば、そうではない。10%成長経済と5%成長経済は経済構造が全く変わってしまい、鉄鋼需要の伸びはゼロになるのだ。日本がこのことに気が付いたのは成長屈折が起きてから10年以上たった時点であった。1.6億トンの生産設備を抱えていた日本の鉄鋼企業が9000万トンの需要でも生きていけるよう構造改革に取り組み始めたのは1980年代に入ってからである。

 筆者は中国における鉄鋼需要の低迷は決して循環的なものとみていない。これから10年、20年と中国国内の鉄鋼需要は増えないであろう。すでに世界鉄鋼協会の見通しによれば2014年に続き15、16年と三年連続でマイナス成長だ。いずれ需要も盛り返す、と甘い期待のもとに設備削減や構造改善を遅らせれば、それだけ苦しみの期間が長引く、というのは日本の経験から中国が学べることだ。

<問題を複雑にする国有企業>
 中国の鉄鋼産業の構造改革が遅れるかもしれない、と考えるもう一つの理由は、中国の鉄鋼企業のほとんどは国有企業だからである。国家(政府および共産党)は資金や人事など様々な面から国有企業経営に介入している。政府の関係者は企業の運営は民間企業と同等だと主張するが、資金は国有銀行から借りているし、国内で調達される原材料の購買価格ははっきりしない。配当もどの程度支払われているのか、よくわからない。様々な形での補助金が投入されている可能性は大きい。市場経済ならば倒産するであろう企業が生きながらえて市場をかく乱している可能性は否定できない。ただし国有鉄鋼企業は中国だけでなく、インドや東アジアの国々やその他の新興国で広範にみられている。これらの新興国は現在のところ日本や韓国、中国などから鋼材を輸入しているが、工業化を進め自国の鉄鋼企業を持ちたいとの希望は強い。国家支援のもので更なる設備増強が続く可能性は大きい。
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