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(本記事の英語版はこちら)

トマ・ピケティ「21世紀の資本」が問うこと -私たちは何処にいるのだろうか- 日中管理学院アジア交流塾塾長 地球産業文化研究所理事 井出 亜夫【配信日:2015/03/31 No.0241-0965】

配信日:2015年3月31日

トマ・ピケティ「21世紀の資本」が問うこと
-私たちは何処にいるのだろうか-

日中管理学院アジア交流塾塾長 地球産業文化研究所理事
井出 亜夫

(冷戦後の世界の現状)
 ベルリンの壁崩壊、冷戦終結後の世界では、グローバル社会の進展、市場経済の一般化を展望して楽観的認識が支配した。「歴史の終焉‐フランシス・フクヤマ」、「フラット化する世界‐トーマス・フリードマン」はその認識を示した代表作ともいえよう。しかし、現実に進展した世界の現実は、貧富の格差拡大とそれに起因する政治・社会問題を生み出し、混沌たる事態も出現している。
 これに対し、「The Price of Inequality‐世界の99%を貧困にする経済‐ジョセフ・シュティグリッツ」、「不平等の再検討-アマルティア・セン」等の著作が深い考察に基づき出版された。一方、市場経済の経済主体たる企業活動に対しその社会的責任を強く求める新潮流が出現し、また、より広い観点からは、共通善(「自由至上主義=リバラタリアン」から「共同体主義=コミュニタリアン」への転換)を求めるマイケル・サンデルの問題提起も注目を集めた。
 しかし、市場経済至上主義、利益至上主義、株主利益最優先とする世界は、依然優勢である。その中でトマ・ピケティ著「Capital in the 21st Century」が世界的ベストセラーとなり、改めて市場経済・資本主義の持続性とその対応が問われている。それは、かつてわが国言論・実務会で議論された現代資本主義の再検討(都留重人教授監修による内外の政治経済学者の寄稿)を想起させるものである。

(近代資本主義の革新性は何だったのか-自己利益と社会利益、経済活動と倫理の調和)
 西欧近代社会に現れた経済・経営思想は、自己利益の追求が社会利益を実現するという前提(アダム・スミス「道徳感情論」「諸国民の富」)に立ち、また、儒教道徳をベースとする東アジアの経済・経営思想も経済と倫理(利と義)の一致を掲げてきた。
 こうした経営思想・経営理念は、現実に進展する資本の営み、資本主義社会の運動の中でトマ・ピケティが分析・指摘するように変質を遂げて今日に至っている。しかし、市場経済は、その中核に人間が倫理的であることを要求する社会体制であり、それなしに相互依存関係が深化・拡大するグローバル社会の支持を得るものにはなりえない。
 世界の経済学の主流は、シカゴ学派に代表される市場経済至上主義を修正することなく、政治経済学(Political Economy)から経済学(Economics)に変質し、ピケティが指摘し、問題提起する事項に鈍感であるが、米国経営学、経営者の中に、以下に示すような危機感も読み取れ、また、社会的共通資本の考えも根強い支持を失っていない。株価や成長率の上下に一喜一憂しない、こうした流れの拡大、深化に期待したいものである。

(1)ビル・ゲイツは、今日の資本主義について次のように観察し、社会利益の実現を図る財団を立ち上げた。
1. 今日の市場経済システムは、需要にのみ対応し、ニーズに対応していない。市場経済システムには不備がある。
2. この不備を改善するためには、さらなる技術革新よりもシステムの改革が必要である。
3. 世界はよくなりつつあるが、その進歩の速度には満足できない。純粋な資本主義システムは貧しい人のために働こうとするインセンティブが低い。
4. 自分の利益を追い求めるのは、人間に備わった二つの本質的力の一つに過ぎず、もう一つの力、他人を思いやる力が忘れられてはならない。
5. 創造的資本主義とは、その両者を同時に刺激するシステムである。

(2)フィリップ・コトラー(米国を代表するマーケッティング学者)は次のように自戒の念を述べている。
1. 企業の社会的責任-物質主義、自己主義の戒め-
 マーケティングに携わる人間は自らの活動が世界の資源等社会に及ぼす影響についても責任感を持つべきだ。これは、道義的責任だ。米国は余りにも物質主義と自己中心主義に偏りすぎた。企業には倫理が必要だ。他人の役に立つというのはそれだけで行動を起こす立派な理由である。効果を金銭的に図る必要はない。

2. 富と貧困-貧しい50億人にもっと目を-
 ニューヨークで起きた「ウォール街を占拠せよ」のデモが象徴しているように富と貧困の問題は軽視できない。この問題を放置したならば、社会変革を目指すもっと過激な運動に発展するかもしれない。マーケティングの世界では、世界人口の70億人の顧客のうち注視してきたのは、わずかの大富豪、富裕層、中産階級など約20億人であった。

3. 平和:資本主義をさらに磨く-「普遍的人権支援」の一翼を担う-
 今米国に必要なのは、すべての世界でより良き社会を実現する推進力となることである。米国では、「コンシャス・キャピタリズム(意識の高い資本主義)」という言葉を学者や経営者が口にするようになっている。利益追求だけでなく飢餓、貧困、栄養失調の解消などあらゆるステークホルダーの心を動かす高邁な目標を掲げる社会のことだ。過去の売らんかなの時代の反省をも含めて、マーケティングの世界でも新たに「2つのP(ピープル=人、プラネット=惑星)」を意識し、社会をよい方向に変革させるためにソーシャル・マーケティング、NPOマーケケティングを提唱している。資本主義は、正しい選択であるが、私たちは資本主義をさらに優れたものにしていく必要がある。
 第3代米国大統領トーマス・ジェファーソンの思い描いた米国は「軍事力でなく倫理力を通じて諸外国の普遍的人権を支援するモデル国家」だったはずだ。そこには、マーケティングが世界の平和と繁栄を実現する役割を担う余地が十分にある。

(3)マイケル・ポーター(競争優位の戦略を説く経営学者)も企業の社会的責任について次のように述べている。
1. 企業の社会的責任とは、社会が直面する課題に対し、企業が事業を通じてこれを実現すること、すなわち、社会の課題と事業活動を統合することである。

2. その一体化を進めている代表的事例をネスレの「共通価値の創造」に見ることができる。世界の企業は、このネスレの事業活動に学ぶべきだ。

(4)宇沢弘文「社会的共通資本」
 過日亡くなったわが国を代表するオピニオン・リーダー宇沢弘文教授は、地球環境、地域社会、都市計画、交通・通信、教育、医療・福祉、金融等は、社会的共通資本であり、この概念を組入れた市場経済の構築が、市場経済を持続可能にするものであり、その担い手は職業的倫理観を備えた専門人とともに自立した市民の参加が不可欠としている。

(おわりに)最後に、より良いグローバル社会、市場経済の建設に当って、アジアの二人の先達のメッセージを掲げ、トマ・ピケティの問を考える指針としたいものである。

1. ガンジー「現代社会における7つの大罪」
○ 原則なき政治 (Politics Without Principles)
○ 道徳なき商業・ビジネス(Commerce without Morality)
○ 労働なき富 (Wealth without Work)
○ 人格なき学識(教育) (Knowledge without Character)
○ 人間性なき科学 (Science without Humanity)
○ 良心なき快楽 (Pleasure without Conscience)
○ 献身なき信仰 (Worship without Sacrifice)

2. 宮沢賢治 「農民芸術概論要綱序論」
我らは一緒にこれから何を論ずるか・・・
世界全体が幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない
自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する
この方向は古い聖者の踏みまた教えた道ではないか
新たな時代は世界が一の意識となり生物となる方向にある
正しく強く生きることは銀河系を自らの中に意識してこれに応じていくことである
我らは世界の真の幸福を訪ねよう・・・
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