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日本の対外収支の悪化の意味すること | 株式会社 富士通総研 エグゼクティブ・フェロー 根津 利三郎【配信日:2014/05/30 No.0231-0929】

配信日:2014年5月30日

日本の対外収支の悪化の意味すること

株式会社 富士通総研 エグゼクティブ・フェロー
根津 利三郎

 5月12日、日本の財務省は2013年度の経常収支が0.8兆円と、前年度の4.2兆円から大幅に減少した、と発表した。三年連続の黒字の減少である。このような急速な黒字の減少は、経常収支の重要な構成要素である貿易収支の黒字が2011 年度から赤字になっており、しかもその赤字が急速に拡大していることによる。貿易収支は輸出から輸入を差し引いた額であるが、この額が赤字ということは輸入額が輸出より大きいということであり、日本経済の屋台骨であった輸出産業は急速に力を失っているということを意味する。しかもこの赤字額が急速に拡大して止まる気配がみられない。エコノミストや経済政策の関係者は今後日本経済に様々の悪影響が及んで来るのではないかと懸念している。

日本の国際収支 <近い将来日本は経常収支赤字に転落?>
 しかし貿易収支だけで判断するのは誤りだ。外国から金を稼ぐ方法は輸出だけではない。海運や金融、観光などのサービスの輸出や、外国に投資をして金利や配当を稼ぐやり方もあるが、これらをすべて合計したものを経常収支と呼ぶ。経済全体のパフォーマンスを見る上では貿易収支よりも経常収支を見るべきである。日本の経常収支の動きを見たものがチャートである。経常収支が黒字であるということは、日本全体としては外国から稼いだ額が支払った額よりも大きいということであり、差額は外国にたいする資産、債券が増えることを意味する。仮に今までの減少傾向が続いて、今年度の経常収支が赤字に転落するとすれば、それは1980年度以来初めてのことであり、為替市場をはじめ、株価や金利といった経済全体に影響が及ぶであろう。エコノミストの間では「国際収支の発展段階説」というものがよく知られている。工業化が進展するとともに、貿易収支の黒字が拡大するが、その国の企業は、やがて賃金が安く、成長可能性の高い国に海外移転するようになり、貿易収支は赤字に転化する。しかし、しばらくの間は海外からの投資収益は貿易収支の赤字を上回るほどに大きいため、経常収支の黒字を維持できる。しかし製造業の空洞化が進行するにつれていずれかの時点で、経常収支は赤字になり、雇用の喪失や通貨の下落などの問題に直面する。イギリスやアメリカなど多くの先進国はこのような過程をたどってきた。日本が同様な状況になったとしても驚くべきではない。

<原発停止だけではない貿易収支の悪化の理由>
 2011年3月11日の大地震と津波は日本の貿易収支に直接的な影響を与えた。日本の電力生産の29%を占めていた原子力発電は現在すべて停止し、火力発電に転換したため、天然ガスや燃料油の輸入が急増した。さらに懸念すべきは日本が圧倒的競争力を有していた薄型テレビやスマートフォンなどコンシューマー・エレクトロニクスなどの工業製品の輸入が急増していることである。これらは主として中国や韓国、その他のアジア各国からの輸入で、日本企業がアジア諸国で生産したものが逆流しているものも少なくない。2008年から2012年まで続いた円高で日本企業はアジアに生産基地を移した。いちど工場を移してしまえば、円安になっても容易には国内に戻ってこない。

<期待外れの円安効果>
 エコノミストが驚いているのは、今までのところ円安が輸出を増やす効果がみられていないことだ。2012年の秋に1米ドル80円だったものが現在102円、つまり30%近い円安だ。その結果輸出企業の収益性は大いに改善した。だが数量でみれば1年前よりも減っている。数量が増えなければ雇用も投資も増えず、経済成長もない。これは輸出者が価格を下げて量を増やすよりも利益を拡大することを選んだからだ。
 輸出品の構成も変わった。輸出の中心は乗用車や家庭電気製品のような消費者向けの最終商品から、海外に展開した日本企業の組み立て工場に向けての基幹部品や原材料となった。これらは企業内貿易であり、価格ではなく最終商品に対する需要、つまり相手国の景気動向に左右される。経済が堅調な米国むけ輸出は伸びる一方、アジアや欧州向けの輸出が振るわないのはそのためだ。

<来年も賃上げ要請続く>
 他方日本の輸入品の8割は資源やエネルギー、穀物などで、価格はドル建てである。3割円安になれば円で表示した輸入額は3割増える。2013年度の輸入が17%も増えたのは円安の効果が大きい。輸入品の値上がりはもろもろの財貨、サービスに波及していき、最終的には消費者物価指数の上昇となる。これはデフレからの脱却を目指す日本銀行にとっては好都合かもしれないが、国民にとっては困った話だ。去る3月、大企業の多くは4月以降の給料について労働組合と交渉した。その結果ベースアップを含め17年ぶりに給料の引き上げが合意されたが、その上昇幅は1~2%だ。中小企業の場合、賃金が上がるかどうかさえもはっきりしない。他方物価のほうは消費税の増税の効果もあり4月時点で2.7%上昇している。これでは国民の賃金は実質的には下落である。アベノミックスで生活がよくなったような気がしている国民も今年の後半になると実はそうではないことに気付くであろう。安倍総理は来年も今年と同じように企業に対して賃上げを要求することになろう。

<南欧の二の舞か?>
 安倍首相は年末には消費税をさらに引き上げて10%にするかどうかの難しい決断にもう一度直面する。そのころには日本の経常収支が恒常的に赤字になっている可能性もある。つまり財政赤字を国内の貯蓄でカバーすることができず、外国から借金せざるを得なくなることを意味する。日本国債の信任が失われて金利が急上昇するかもしれない。円安が一層進み輸入品はますます値上がりして国民生活は苦しくなる。政治的には不人気な増税と歳出削減が不可避となる。ギリシャやイタリア、スペインのようなことになりかねない。
 そのような事態を避けるためには国際的に競争力のある新規産業を育てるとともに、医療や介護サービスの供給体制を効率化して財政赤字の拡大を抑えることである。電力、農業、医療・介護分野における規制改革や新規参入の促進はこのような目的に直接的に貢献する。彼の言う「第三の矢」はまさしくこれを実現しようというものだが、改革への抵抗は頑強で、現時点ではこの矢はあまり遠くまでは飛ばないように見える。低迷する日本の株価はそれを予感しているのではないか。アベノミックスは今年後半、困難な転換点を迎えるであろう。
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