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連載 中央アジアと日本 第2回 ウズベキスタン 地政学的重要性と独自の移行戦略 | 有限会社ユーラシア・コンサルタント 代表取締役 帝京大学 非常勤講師 清水 学【配信日:2013/05/31 No.0219-0892】

配信日:2013年5月31日

連載 中央アジアと日本 第2回
ウズベキスタン 地政学的重要性と独自の移行戦略

有限会社ユーラシア・コンサルタント 代表取締役
帝京大学 非常勤講師
清水 学

中央アジア最大の民族であるウズベク人
 ウズベキスタンは1991年8月31日に独立した、旧ソ連中央アジアにおいて人口の約半分を占める有力国である。2012年現在、その人口は約2900万人と推測される。面積は日本の約1.5倍に相当する44万7400平方キロメートルであるが、可耕地は9%に過ぎず、広大な砂漠地帯を抱えている。大陸性乾燥地帯で年間の寒暖の差は激しい。なお面積の約4割は西部地域のカラカルパクスタン自治共和国が占めている。中央アジア5カ国はいずれも海に繋がらない内陸国であるが、ウズベキスタンは国境を接している周辺国いずれも内陸国という二重の意味の内陸国となっており、対外貿易を推進する上で地政学的制約を考慮に入れざるを得ない。旧ソ連領中央アジアのすべての国と国境を接しているが、南部はアム・ダリアを国境としてアフガニスタンと接している。その意味でも安全保障上の見地からアフガン情勢の動向には特に神経質にならざるを得ない。
 首都タシュケントは旧ソ連の第4番目の人口規模を誇り、発展途上国向けのソ連の顔として重視された近代的都市であった。第2次大戦中にはソ連欧州地域から移転された生産施設が工業化を促進させ、航空機組立も行われるようになった。また国内にサマルカンド、ブハラのような有力な観光資源を有している。国内には朝鮮族を含む100以上の民族を抱えているが、国家の名称となっているウズベク人が約8割を占めている。なおウズベク人は隣接の中央アジア諸国でも有力少数民族となっており、アフガニスタン北部でのウズベク人の存在も無視できず、旧ソ連領中央アジアの最大の民族集団となっている。ウズベク人はチュルク系民族のひとつとして独自の誇るべき文化的伝統を有しウズベク語文学も発展させている。14世紀後半から16世紀初頭にかけてサマルカンドを首都としたティムール帝国はイラン・新疆を含む広大な領域を支配し、当時のイスラーム世界の最先端地域として、天文学・医学・建築・イスラーム神学で輝かしい歴史を残している。王朝の創設者であるティムールは独立ウズベキスタンのシンボルとなっている。

綿花モノカルチュアからの脱却と独自路線
 ウズベキスタンは資源的には中央アジア諸国のなかでも条件に恵まれている。それはエネルギー資源(特に天然ガス)とならんで農業生産にも恵まれ、ある程度の自給自足体系を構築しうるからであり、その独自の経済発展戦略や外交政策の自立性を支えている。綿花は主としてフェルガナ盆地で栽培され、生産では世界第7位、輸出では第5位の地位を誇っている。天然ガスは近隣諸国向けへの輸出余力もある。金生産では世界第5位、その他、ウラン、銅なども輸出可能である。しかし同時にロシア・ソ連時代に構築された綿花輸出に依存するモノカルチュア構造のため、今日においても綿花の国際市況の動向に経済全体が大きく影響を受けている。独立後は、その条件のなかでも食糧穀物生産の自給化、工業化への取り組みに努力してきた。
 独立に前後して他の中央アジア諸国と同様、市場経済化は不可避の選択枝となったが、そのなかでウズベキスタンはイスラム・カリモフ大統領の強力な指導の下で、慎重な漸進主義による輸入代替的開発戦略という独自のウズベク的モデルを追求してきた。漸進主義とは個々の市場化政策の及ぼす結果を見極めながら次のステップに進めるやりかたであり、比較的短期間に各種規制を撤廃し、民営化を進めたキルギスやカザフスタンの路線とは異なっている。

最近の経済状況
 ウズベキスタンも1990年代半ば以降、経済回復に向かうが1998年のアジア通貨危機・ロシア財政金融危機で打撃を受けた。しかし1998年以降の成長は政府統計によると順調で1998年から2003年までは年平均成長率は4%、その後7-8%の成長率でリーマン・ショックの影響はほとんど受けていない。
 2008年のGDPは1995年の2倍になったと伝えられる。これは資本移動について統制が強く、国際通貨金融の混乱が直接強い影響を及ぼすのをチェックする機能を果たしているためでもある。為替に対する規制が原則的に撤廃されているが、ウズベク通貨ソムの供給不足などで一時的にブラックマーケットが発生することがある。また最近の注目すべき経済現象としては、ウズベキスタンからのロシア、カザフスタンなどへの出稼ぎ労働の増加であり、その本国送金も国際収支上無視できなくなっている。
 工業化の柱としては、自動車、ガス化学、電機、石油ガス、医薬品、繊維、家具などに重点を置いている。地理的に中央に位置するナヴォイでは「自由経済特区」を創設し、進出外資企業に対する法人税、関税などで優遇することで工業化の牽引力にしようとしており、その成否が注目されている。また政府系ファンドとして復興開発基金を設立している。外資の進出は石油ガスなど資源関連が多いが、日本の累積直接投資額は23億ドル強となっている。レアメタル・レアアースなどに対する日本の関心もある。カリモフ大統領は3回訪日している。他方、独立以降、海外留学などを通じ優秀な若い人材も育っており、徐々に工業化・近代化のプロセスが進められている。海外の大学の分校なども積極的に誘致し、現在その数は60を超えている。

今後の課題
 現大統領のイスラム・カリモフは1938年生まれで、1989年にウズベキスタン共産党第1書記に就任、独立以降は大統領として今日に至る。体制転換と独立という歴史的な大激動期において決定的な役割を果たした。政治的民主化においても、体制転換あるいは市場経済への移行においても、漸進主義的政策をとってきた。体制側はウズベキスタン・イスラム運動などの反体制勢力に警戒心を強めてきたが、2005年5月のアンディジャンでの官憲と群衆の衝突で死者が出た事件に対して、米国などは権威主義体制あるいは不十分な民主化として批判し、また為替政策などではIMFと摩擦を生じた時期もあった。しかし同時に西側はアフガン問題へのウズベキスタンの地政学的重要性も無視できない状況にある。
 綿花栽培の重要性もあって農業用水の確保は死活的であり、アム・ダリアなどの水管理を巡って上流国であるタジキスタン、キルギスとの摩擦があり、中央アジアの域内の国際関係を規定する最重要問題の一つとなっている。特にタジキスタンとの間の利害調整は複雑な状況が続いてきた。
 国際関係で注目されるのは2014年末までのアフガニスタンからのNATO戦闘部隊の撤退に伴う安全保障問題であり、さらに中央アジアを巡る米ロ関係のなかで国益に沿った独自の路線を模索することである。
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