| トップページ |この記事のカテゴリー: オピニオン・論説 |
e-Magazineのバックナンバー:| カテゴリー検索 | キーワード検索 | 記事一覧 |
2010年度以前 (IIST ワールドフォーラムメールマガジン) のバックナンバー:| キーワード検索 | 記事一覧 |

  • このエントリーをはてなブックマークに追加


(本記事の英語版はこちら)

尖閣諸島問題に対する日中双方の対応に望む | 日本大学大学院 グローバル・ビジネス研究科 教授 国際東アジア共同体学会所属 井出 亜夫【配信日:2012/12/27 No.0214-0872】

配信日:2012年12月27日

尖閣諸島問題に対する日中双方の対応に望む

日本大学大学院 グローバル・ビジネス研究科 教授
国際東アジア共同体学会所属
井出 亜夫


 「尖閣諸島問題」が日中間のホットイッシューとなり、日中関係は、国交回復40年にわたる先人の努力と実績が危ぶまれる状態にある。本件の友好的解決を如何に図るか、そして、東アジアの平和と共存、相互依存確認の道を築くことが出来るか日中現代人の英知が試されている。今日、欧州はEUの形成よって人類史に新しいページを開いており、一方、「論語」為政の段(政治の在り方)には、徳治を求めた東洋哲学がある。かつて悲惨な沖縄戦を強いられた沖縄(守礼の那)県民は、尖閣諸島における平和裏の漁業操業、資源開発、自由な通行を望み、平和と安定を保障する枠組みの建設を強く求めている。


 「尖閣諸島問題」が突如として日中間のホットイッシューとして登場した。

(実行支配に基づき、固有の領土・領有権を主張する日本の主張とこれに異を唱える中国及び台湾の主張)
 日本政府は、明治政府による沖縄領有、日清戦争後1895年の領有、サンフランシスコ講和条約、沖縄返還協定、日中国交正常化、日中平和友好条約等過去の歴史的経緯と実行支配を踏まえ、尖閣諸島は、固有の領土であり、領土権問題は存在しないと主張している。これに対し中国及び台湾は、清朝末期における琉球諸島の日本への編入、日清戦争、カイロ宣言・ポツダム宣言等「歴史問題」に遡り日本の領有に異を唱えている。また、日中国交回復と友好平和条約の締結時に本件に係る明示的な議論はなかったが、鄧小平氏は、日本の実効支配に対し、これを巡って争うことは避け、次世代の英知に委ねる「棚上げ論」を唱えてきた。これに対し、日中双方の今日における「次世代指導者」は鄧小平氏が期待した英知に沿わない対応の中におり、日中関係は、国交回復40年にわたる先人の努力と実績が危ぶまれる状態にある。
 事を急速に悪化・紛糾させたのは、石原慎太郎氏による東京都の尖閣諸島購入計画という挑発行為と石原氏のイニシャチブに委ねる危険を危惧し、国が管理した方が対応しやすいと考えた民主党政権の国有化決定に至る経緯、外交的未熟さである。
 この結果、中国国内では、共産党政権下の様々な不満(政権を巡る権力闘争、権力者の腐敗、経済格差問題等)とも結びついた日清戦争以降の日中近代史に遡る反日運動が盛上り、これがまた、日本における対中国嫌悪感の増大へと事態の悪循環を生んでいる。しからば、本件の友好的解決を如何に図るか、そして、東アジアの平和と共存、相互依存確認の道を築くことが出来るか日中現代人の英知が試されている。

(永遠平和のために何が求められるか)
 カントは、世界の「永遠平和」は如何にもたらされるべきかにおいて、将来の戦争の種を保留して締結された平和条約は平和条約とみなされないこと、常備軍の撤廃、諸国家の共和的市民体制の確立、国際法は平和の法に徹すべきであり、それは自由な諸国家の連合制度に基礎をおくべきことを提言している。1795年に著された「永遠平和のために」から2世紀余を経た今日、人類は、この方向に進みつつもこの課題は、未だ遥か発展の途上にある。国連と国際司法裁判所は不完全であり、国際法は平和の法として徹底されていない。一方、近代に誕生し、現在我々が依拠する主権国家(これは、あくまでも歴史的存在であり、未来永劫の普遍的存在ではない)は、グローバル社会へ進む過程にあり、人類の相互依存関係が益々進展している21世紀に住む我々は、主権国家の主張、エゴを超えて、この時代に相応しい人類の共生を図る仕組みを一歩でも構築していかなければならない。
 さて、過去の条約や歴史的経緯を踏まえ、尖閣諸島に領有権問題は存在しないとする日本政府の言い分は、国際世論の支持を完全に得るものであろうか、中国及び台湾が領有権問題の存在を主張している以上、そうした相手の主張の存在を否定することは出来ない。この点、日本経団連会会長米倉氏が、問題の存在自体を否定することは、世界の市場を舞台とするビジネスの世界ではありえないと批判しているのは正鵠を得た発言といえよう。また、この問題に対する国際世論の対応もデモや破壊行為に対する日本国民の冷静な対応を評価しつつも、両国政府の真摯な対話と平和的解決を求めている。

(欧州の英知と東洋の徳治)
 尖閣諸島問題の核心に漁業資源、海底資源の問題が存在することは周知の事実である。かつて独仏両国の国境にある石炭・鉄鋼資源を巡って二度の大戦争を引起した反省から欧州は欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)条約を締結し、また、独仏両国はエリゼ条約において両国民の友好促進を図る様々なプログラムを実施する一方、今日、欧州は欧州連合(EU)の形成よって人類史に新しいぺージを開いている。日中両国、東アジア諸国は、このEUの輝かしい歴史を教訓とすべきではなかろうか。今年のEUに対するノーベル平和賞の授与は、尖閣諸島を含むアジアの領有権問題に関し、その当事者に対し、平和的解決、グローバルな視野に立った共生と相互依存確認への取組みを促すメッセージではないだろうか。
 欧州の英知ばかりではない、我々は次の東洋の徳治を強く認識しなければならない。論語為政の段には「法律制度だけで政治を導き、刑罰だけで秩序を維持しようとすると、人々は法網をくぐることだけに心を用い、幸いにして免れさえすれば、それで少しも恥じるところがない。これに反して、徳をもって政治を導き、礼によって秩序を保つようにすれば、人々は道徳的恥を知り、自ら進んで善をおこなうようになるものである」とある。
 これは法治の限界を認識し、徳治を求めた政治の在り方を示す東洋哲学である。尖閣諸島問題は、主権と主権の対決、一方に不満を残した法的決着によって解決するのではなく、こうした東洋の徳治による解決が必要である。日中両国首脳・関係者、ジャーナリズム及び両国国民に強く求められるところである。

(沖縄の人々に対する理解)
 最後に本件に対する沖縄県及び県民の心情を考えてみよう。第二次大戦による悲惨極まりない沖縄戦、米軍による占領、日米安保条約の下米軍基地の負担を一身に引受けている沖縄県民は、尖閣諸島における平和裏の漁業操業、資源開発、自由な通行を望み、日本本土が主導する主権国家のメンツをかけた国家紛争に巻き込まれることを最も嫌っている。

 沖縄戦最後に大田海軍司令官が海軍次官に寄せた電報「沖縄県民かく戦えり、県民に対し後世特別のご高配を賜らんことを」のメッセージは、尖閣諸島問題の文脈で考えたとき、明治維新による廃藩置県以前、非武装・平和の地域だったこの「守礼の那‐沖縄」に対し、我々の世代が、平和と安定を保障する枠組みを建設することを強く求めているのではないだろうか。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

(本記事の英語版はこちら)


| トップページ |この記事のカテゴリー: オピニオン・論説 |
IIST e-Magazineのバックナンバー:| カテゴリー検索 | キーワード検索 | 記事一覧 |
2010年度以前 (IIST ワールドフォーラムメールマガジン) のバックナンバー:| キーワード検索 | 記事一覧 |