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ポスト産業資本主義社会における企業の社会的責任 | 日本大学大学院グローバル・ビジネス研究科 教授 井出 亜夫【配信日:2012/05/31 No.0207-0842】

配信日:2012年5月31日

ポスト産業資本主義社会における企業の社会的責任

日本大学大学院グローバル・ビジネス研究科
教授
井出 亜夫


 米国発サブプライム問題の根底には、現代の通貨、金融システムの在り方、利益・成長を至上とする経済観念があり、世界経済の持続的発展を確かなものとするためには、この問題を直視しなければならない。また、成長経済社会から成熟社会に入ったわが国は新しいパラダイムシフトを展望した将来像を描くに至っていない。ここでは、市場経済システムは、元来、私的利益の追求が社会利益をもたらすことを前提に出発したものであること、法人格をえた企業は、ポスト産業資本主義社会における企業の社会的責任とその新しい潮流を探る。


(はじめに)
 米国発サブプライム問題を契機に発生した世界経済危機は、グローバル社会の協力によって一応反転のプロセスにあるが、この過程において欧州通貨危機の発生を呼び、通貨、金融システムと利益・成長を至上とする経済観念の温存は、世界経済の持続的発展に不安要因を新たにしている。一方、成長経済社会から成熟社会に入ったわが国は新しいパラダイムシフトを展望した将来像を描くに至っていない。今日における内外の経済社会問題は、20世紀を律した市場経済システムとわが国が拠ってもってきた経済社会の枠組みに、パラダイム・シフト(思考と枠組みの変化)を求めているのではないだろうか。

(近代資本主義発生の革新性)
 そこで、近代をもたらした市場経済の意義・その革新性について振返ってみたい。
1. 欧州近代における新興市民階級の登場を背景に、アダム・スミスは、利己心が勤勉、節約、慎慮等の新しい徳目を生み出し、私益を公益に連ねることのできることを論じ、また、マックス・ウェーバーは、近代資本主義の発展を内面から推し進めた思想的要素、倫理的雰囲気は、勤労、倹約、誠実、正義等を統一した行動のシステム、プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神であるとした。
2. 日本においても近世江戸期、封建体制下ではあったが石田梅岩は、商人の利益は武士の禄と同じ、商人の道を知れば、私欲を離れ、正直から出た倹約が実行されるとし、商人の経済的行為の社会的意義を立論(都鄙問答)した。また、明治の経済建設・殖産興業にあたって渋沢栄一は、論語は万人共通の実践的教訓であるとして、儒教倫理と殖産興業における経済活動の合一(論語と算盤)を唱えた。
3. ここに、東西共通の経済活動と倫理の調和‐自己利益と社会利益の一致を見出すことが出来る。こうした経営思想・経営理念は、現実に進展する資本の営み、資本主義社会の運動の中で変質を遂げたが、市場経済は、その中核に人間が倫理的であること、経済と倫理は二分されたものでないことを要求する社会体制であり、それなしに相互依存関係が深化したグローバル化社会の支持を得るものにはなりえないだろう。
4. 翻って今日の経済活動の主体たる会社・企業体という存在を考えたとき、そこにはヒトとモノの二重性が存在する(岩井克人東京大学名誉教授)。モノとしての企業が法人(ヒト)という権利主体として承認されるとき、個人が求められる素養・倫理と同様のものが求められる。夏目漱石は「私の個人主義」において社会的影響力を有するエリートに対し、自己の個性の発展と他人の個性の尊重、自己の権力の使用とそれに付随する義務、自己の金力の使用に伴う責任を求めているが、社会的公器として人格を得た法人の在り方、市場経済システムの前提として留意しておく必要があろう。

(企業の社会的責任(CSR)を求めた行動基準)
 「社会主義経済社会」という理念の挫折・堕落、中国の市場経済化、東西冷戦の終結等のプロセスを経て、新自由主義、市場経済原理主義が横行したが、これとともに、利益・効率優先主義の横行、企業不祥事が多発化する中で、企業の社会的責任を問う内外の新しい動きが始まった。すなわち、
1. 企業は、単に法規を最低限守るだけでなく、顧客、従業員、株主を超えた様々なステーク・ホルダーとの関係において社会的責任を問われることがより顕著となった。
2. 企業の社会的責任は、企業の評価、業績を左右する重要な要素になりつつある。これは、情報化社会の進展、地球環境問題の発生、グローバルな取引の発生、社会的不公正、企業統治等に関する関心の高まりの結果でもある。企業は、顧客、従業員等の構成員、投資家・貸手、サプライヤー、競争者、地域社会、NPO等様々なステーク・ホルダーの高まる期待を受けるとともに企業の社会的責任に対する認識と取組は、組織の社会的評価全般、雇用者・構成員の組織的一体性、顧客吸引力、投資家・金融界、政府、マスコミ等を左右する。

 こうした中で、従来見られた個別企業の社訓の類とは異なり、企業者グループ、企業団体さらには国連など主権国家を超えた公的機関においてもCSRの行動基準を設定し、取組みを促す動きが顕著である。これは、市場経済におけるヴァリュー・シフトともいうべき新しい現実であるが、以下に内外2つの事例に触れておこう。

(日本経団連企業行動憲章)
 利益優先に走ったバブル経済に伴う経済不祥事に対応して、経団連は「社会の信頼と共感を得るために」と題した企業行動憲章10原則と広範かつ具体的な実行の手引きを示した(1991年、その後幾度か改訂)。本憲章がわが国企業経営の確たる指針となれば、閉塞感が漂う日本経済社会を将来を大きく開拓することになろう。大王製紙、オリンパス、資産運用会社AIJに見られるような企業不祥事は根絶され、その発信を通じて世界の共感を得ることが出来よう。日本経団連がこうして自ら定めた企業行動憲章を基本的戦略としてパラダイムシフトのイニチャチブを発揮することを願って止まない。

(経済人コー円卓会議 による企業行動指針)
 コー円卓会議の提案(1994年)は、日米欧の経済人が来るべき21世紀の市場経済のあり方を道義的資本主義として提唱し、世界の企業関係者が経済社会状況の改善のため重要な役割を果たさなければならないとしたものである。新自由主義、シカゴ学派的市場経済原理主義(シェア、株主重視、利益追求第一義的経営)の隆盛に危機感を持ったこの行動指針は、市場経済に対し、法と市場の拘束力を超えた企業の社会的責任(CSR)の必要性を強く訴えた。「共生」と「人間の尊厳」という理念に立脚した7項目の原則を掲げており、国連グローバル・コンパクト、EUにおけるCSRコミュニケーション、ISO26000(企業及び組織の社会的責任規範)等マルチの議論を促進する契機を作った意義が大きい。

(アカデミズムの動向)
 企業の社会的責任とは、社会が直面する課題に対し、事業を通じてこれを実現すること(社会課題と事業活動の統合・一体化 共通価値の実現)とマイケル・ポーター(ハーバード・ビジネススクール教授)は述べており、また、リン・シャープパイン(同)は、企業行動において、企業倫理が大きな位置を占め始めた新しい現実を「ヴァリュー・シフト」と位置づけている。一方、坂本光司教授(法政大学)は、企業の社会的責任の優先順位に、1. 社員とその家族を大切に2. 外注先・下請企業を大切に3. 顧客を幸せに4. 地域社会を幸せに5. 自然に生まれる株主の幸せをあげ、中小企業の実例を紹介(「日本でいちばん大切にしたい会社)し、大きな反響を呼んでいる。

(新しいパラダイム形成にあたっての歴史意識の必要性)
 科学技術万能主義、大量生産、大量消費の現代社会において、人間の相対性、相互依存性あるいは全体と部分を理解・認識するうえで、歴史意識の必要性は一層高まっている。明治以降今日にいたる日本の教育は、近代化、殖産興業、戦後復興に貢献するテクノクラート養成に主眼が置かれ、結果として歴史意識を埋没させることになってしまった。学問の領域では、歴史、哲学等は文学部の片隅に追いやられ、全体的にリベラル・アーツ軽視の流れが進んできた。例えば法学教育では、歴史意識を涵養する法哲学、法社会学、法制史は中心科目となっていない。経済学は、出発点において歴史意識を伴った学問であったが、人間を純粋経済人(アマルティア・センはこれを合理的愚か者像といっている)として純化し、効用・効率と成長を旨とする近代経済学の体系は、歴史意識をまったく欠いた学問に堕してしまった。さらに、学問の細分化は、一方においてインターディシプルナリー(学際的)な発想、手法の必要性を強調するが、現実は掛け声に終わって全体均衡の視野に欠けた部分均衡に陥っている。
 こうした学校教育、大学教育の影響、学問の専門化は、実社会にも反映され、その象徴的現象として、日本企業・組織においては、オペレーションの効率性においては優れていてもこれを超えた戦略的発想を欠いた組織運営の不得手さに現れ、時代の大きなパラダイムシフトを開くことを困難にしている。21世紀の市場経済システム、これを構成する企業の社会的責任を論ずるに当って克服すべき留意点であろう。

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