| トップページ |この記事のカテゴリー: オピニオン・論説 |
e-Magazineのバックナンバー:| カテゴリー検索 | キーワード検索 | 記事一覧 |
2010年度以前 (IIST ワールドフォーラムメールマガジン) のバックナンバー:| キーワード検索 | 記事一覧 |

  • このエントリーをはてなブックマークに追加


(本記事の英語版はこちら)

なぜTPP交渉は日本に有利なのか | 株式会社富士通総研 経済研究所 エグゼクティブ・フェロー 根津 利三郎【配信日:2012/02/29 No.0204-0830】

配信日:2012年2月29日

なぜTPP交渉は日本に有利なのか

株式会社富士通総研 経済研究所
エグゼクティブ・フェロー
根津 利三郎


 野田総理は日本政府として正式にTPP交渉に参加するのか、決断すべき時期に来ている。なぜTPPは我が国にとり意味のある交渉になりうるのか、筆者の考えを述べてみたい。


 野田総理は日本政府として正式にTPP交渉に参加するのか、決断すべき時期に来ている。昨年11月、彼は党内の多くの反対論を押し切って関係国と事前協議に入る、という決定をした。それに基づいて現在米国、豪州、マレーシアなどとの二国間協議が進行中だ。事前協議の結果を受けて、やはりTPP交渉には参加しない、という結論が出るとは考えられない。関係国もいろいろ注文は付けてくるかもしれないが、日本の交渉参加に反対する理由はない。その間にも、TPP交渉は進んでおり、決断が遅れるほど、日本としての主張を交渉に反映させる余地は減っていく。急ぐ必要があるのだが、逆に交渉は現時点では未解決の問題を多く残しており、米国が希望するような本年秋の大統領選挙前の合意にはなりそうにもない。今年の夏ころまでに参加の決断をすれば、日本にはまだ交渉の余地は十分残されていると考えてよかろう。なぜTPPは我が国にとり意味のある交渉になりうるのか、筆者の考えを述べてみたい。

<守るより攻めろ>
 第一は交渉に臨む基本的態度である。昔から日本は通商交渉にあたって相手国からどのような要求が出されるのか、それに対して応じられるのかどうか、という視点でしか考えてこなかった。相手をどう攻めるか、という議論はほとんどない。その典型が「コメは守れるのか」ということだ。最近ではコメだけでは反対理由としては不十分だということで、「国民皆保険は守れるのか」、とかいったことにも広がり、それが事前に確約されなければ交渉に入るべきではない、との議論が聞かれる。だが本当にコメを守りたいのであれば、まずやるべきは米国が砂糖や乳製品は自由化する覚悟かどうか、調べることだ。米国は豪州との自由貿易協定(FTA)でこれらの農産品を自由化の対象から外している。筆者は米国の農業ロビーは強く、TPPでも米国はこれら品目の自由化には応じない、つまり米国も例外品目を認めざるを得ない、と見ている。最近になってTPP交渉に参加表明したカナダも鶏肉や乳製品は国内の理由でどうしても自由化できない。ベトナムやマレーシアが例外なき自由化に応じるかも疑問だ。このような相手国の弱みを攻めていくことこそが最大の防御なのだが、日本はこの相手国を攻める、ということをしない。その結果すべて防戦一方の交渉となり、世界中に日本が最も閉鎖的であるかのような印象を自ら作り上げてしまった。筆者は通商産業省で通商交渉にかかわっていたとき、もっと攻めの交渉をすべきだと、関係省庁と議論をしたことがあるが、各省は自分の分野を守ることのみに専念しており、攻めの交渉ができなかった。攻めるとその数倍の勢いでこちらの弱点を突かれるのが怖い、というのだ。政府調達の開放もTPP交渉の重要な項目だが、米国にはバイ・アメリカンやジョーンズ・アクト(米国の内航海運には米国で造船された船を使う義務)など、自由化していない分野がたくさんある。米国の公務員は海外出張の際には米国のエアラインを使うことを義務付けられている。国際会議などで米国の交渉関係者と会うとよくこの点を批判したが、これなども米国の弱みで、本格的に攻めたら面白いことになるのではないか。

<ISDSは日本にとってありがたいもの>
 第二に、最近TPP反対派がよく指摘するのはISDS(Investor State Dispute Settlement)だ。外国企業が進出先国で政府の政策により不利益を受けたと考える場合に、企業が外国政府を相手取って第三国の仲裁機関や国際機関に提訴できるというものだ。日本政府が外国企業から訴えられ、どこか第三国の裁判所や仲裁機関が日本に不利な判決を出すかもしれない、ということなのだが、これがいつの間にかTPPをやれば国家主権が脅かされるという、大げさな話になった。民間企業間の契約では問題が起きた場合には中立の第三者に仲裁を頼むとの約束が含まれるのが一般的であり、また日本政府は現在25か国と二国間投資条約を締結しているが、すべてこのような条項が入っている。だがこの条項により日本政府が訴えられたことは今日までなく、逆に日本企業が進出先政府からISDS条項に基づき補償金を勝ち取ったことがある。したがって今までの経験からすれば何ら問題はないはずだ。

 だが、昨年豪州政府がたばこの包装や広告の規制を強化したところ、フィリップ・モリスという米国のタバコ企業が豪州政府を訴えた、という事例が起こった。TPP反対派はこのようなことが日本でも頻発するのではないか、と宣伝している。一般的に言えば、ISDS条項は海外投資をする企業を守るためのものだから、対外直接投資の多い国にとって有利であり、逆に対内投資の多い国にとってのメリットは少ない。日本は対外投資が対内投資の5倍も大きく圧倒的な投資立国だ。最近の円高を受けてさらにこの傾向はさらに強まっている。したがって、ISDSは日本にとっては有難いものなのだ。それに対して外国からの直接投資のほうが大きい国、たとえば豪州やカナダ、新興国などがこのような条項に警戒感を持つのは理解しうる。したがって豪州で問題があった、と言って日本も同じような懸念があるということにはならない。日本の国益から見てISDSは有難い制度だ。

<アジア地域での自由化交渉はほとんど進まない>
 第三の問題点として、TPPよりもアジア地域の自由化交渉を進めるべきではないか、という主張がある。日本にとってこれから最大の貿易相手は中国やアジア諸国であり、これらとの交渉が優先されるべきだ、というものだ。だがこれはアジア地域における自由化交渉の現状がわかっていない人々の意見だ。アジア地域には日韓、日中、日中韓などの自由貿易協定構想はかなり以前からあり、民間も含めた様々のレベルで議論がなされたが、交渉はほとんど進んでいない。韓国とのFTA交渉は5年も中断したままだ。韓国には日本の工業力に韓国産業が圧倒されてしまう、という不安感が強く、日本との大幅な貿易収支赤字が是正される見込みがなければ交渉できない、ということだが、それでは当面交渉は出来ないということである。中国とのFTAも実現可能性は小さい。すでに日本の自由化はこれらの国と比べて相当進んでおり、FTAが実現しても彼らにとって得るところは大きくない。加えて中国にも韓国にも日本との関係では歴史や領土問題など、妥協的になれない理由が多くある。日本の農業団体がアジア諸国との自由化交渉を優先すべき、と主張しているのは実はアジアでの自由化交渉が進まないことを見通したうえでのことであろう。あるいはアジア相手のFTAであれば厳しい自由化は要求されないという計算も働いているのではないか。仮にアジア地域で交渉が進んだとしても、モノの関税撤廃くらいがせいぜいで、日本が関心を持つ知的所有権の保護、政府調達の開放、投資制限の撤廃などはほとんど進まない。日本には米国のように中国や韓国の抵抗を排して交渉を進める力はない。

 ASEANと日本、中国、韓国を加えたASEAN+3、さらに豪州、ニュージーランド、インドを加えたASEAN+6という構想もある。筆者は2008,9年ころ、ASEAN+6の専門家会合に議長を務め、東アジアにおける貿易自由化の可能性について各国の専門家と話し合う機会があったが、率直なところ、アジア諸国には速やかに自由化交渉を進めようという意欲は全くなかった。ASEANをハブにして日本や中国、インドなどとの二国間FTA網が2010年までに完成しており、自由化交渉は一段落で、当面その実施に専念するとともに、その効果を見極めたい、というのが彼らのスタンスである。事実、インドネシアやフィリピンでは中国とのFTA成立のあと、中国からの輸入が急増し、国内産業への影響が深刻になってFTAに対する批判も出ている。政府調達や知的所有権の保護などは国内の法整備すらできていない、というのが実情である。筆者にとってはベトナムやマレーシアがTPP交渉に参加しているのは大いなる驚きであり、ベトナムにおける国有企業の扱い、マレーシアのマレー人優遇政策など国家の根本に関る問題をどう処理するのであろうか。TPPを梃子に国内経済を大胆に改革しようというのであれば尊敬に値する。察するにこれらの国には中国への過度な依存を改めるため、米国や豪州との関係を深めておこうという戦略的意図があるのではないか。要するに、東アジアをめぐるFTA構想はいろいろあるが、いずれも実現の可能性は乏しいものばかりであった。

 日本がTPP交渉に参加するという動きを見せたことで、中国や韓国がFTA交渉に急に前向きに変わった。日本としては久しぶりに国際社会にインパクトを与えるような政治決断ができた、ということであろう。これから複数の自由化交渉を並行して進めることになるが、TPPは自由化レベルが最も高いので、TPPがまとまれば日本としてはそれ以外の自由化交渉は比較的楽であろう。

<忘れてはならない消費者の利益>
 第四の問題は、日本が自由化交渉の利害得失を考慮するに際して、政治家も関係省庁も、農業や医師会など業界の利害しか考えられていないことである。農業自由化を議論するのであれば、日本の食料品価格は世界一高い、ということをもっと真剣に考えるべきだ。「コメの価格が暴落して、農家はやっていけなくなる」と声高に叫んでいる農業議員がいるが、消費者から見れば結構な話ではないか。日本の勤労者の所得は過去10年以上減り続けている。食料品価格が下がることは国民生活を守る観点からも重要だ。

 医療も同様だ。患者の立場から見れば、3分の診療を受けるために3時間待たされる現状は是正してもらいたい。外国では広く使われている薬や医療機器が日本では禁止されたり、保険対象から外れて事実上使えない。このため外国に行って最先端の治療を受ける金持患者は増えている。TPPの結果、外国の医療機関が参入し、サービスの内容が改善するなら患者にとっては結構なことだ。もちろんその結果日本の医療制度の優れた面が失われることがあってはならないが、「国民皆保険制度が崩壊する。」というのは根拠がないデマゴーグに過ぎない。

 保険事業は厄介なことになるかもしれない。日本ではすでに外資系の保険会社が多く参入し、がん保険などで一定の市場シェアを獲得している。消費者にとっては保険商品の選択肢の数が広がることはよいことだ。消費者を騙したり、あこぎな商売をされては困るが、インターネットによる情報が自由に飛び交う今日、そのような企業は顧客から見放され、市場から退出させられるだろう。現在のところ外国の保険会社が問題を起こしているということは聞かれない。今問題となっているのは郵政事業の一つである簡易保険が民間の保険会社に比べて優遇されている(たとえば法人税率が22%、一般保険会社は30%)など競争条件の違いだ。現時点では簡易保険も含め郵政事業全体の民営化計画が民主党政権下で見直されることになったものの、その方針は確立しておらず、これからどうなるのかきわめて不透明だ。そのような状況の下では日本政府として簡易保険の将来に影響を与えるような妥協は出来ないと思われるので、TPP交渉では難しい問題となるであろう。

<米国にとり日本のTPP参加は重要ではない>
 第五に、TPPは米国が日本を交渉の場に引き出すために仕組んだ陰謀だ、と唱えている人がいるが、これは米国の通商利益を理解していない人の誤った見方である。米国は長い間の対日交渉の経験から、洗練された日本の市場に米国商品が参入することは難しく、可能なものはすでに参入を果たしていることを熟知している。また縮小続ける市場にいまさら苦労して参入するだけの価値はないと見ている。それよりも政治力を使って米国産品を一定量無理やりに買わせるほうが、販売努力もいらず、楽だと考えている。その典型がコメだ。日本が高い関税で事実上輸入を禁止しているのを認める代償として、ミニマムアクセスと称して毎年77万トンのコメを日本政府に輸入させている。しかもその半分は米国米だ。もし日本が完全にコメを完全自由化したら、はるかに安いアジア米に独占されてしまい、米国産のコメは日本では全く売れなくなる。同様に牛肉や酪農品も豪州やニュージーランドからの輸入が増えるだけで、米国産は日本市場を失うことになろう。そんなことになるよりも、日本に市場を閉ざさせたまま、一定量を高値で売り付けられる今の制度のほうがはるかに都合よい。すでに日本企業は米国で工場を建設して雇用を増やし、対日貿易赤字も傾向的に減り、今や米国全体の赤字の十分の一以下である。いまさらジャパン・バッシングしても政治的なポイントにはならない。今や米国の関心は成長著しいアジア諸国だ。もちろん日本がTPP交渉に参加するのであれば反対する理由は無く、様々の要求を出してくるに違いない。しかし、今出ている話はすでに過去の日米交渉でさんざん議論されたものばかりで、再度交渉しても大した成果は見込めないものばかりだ。米国にとって日本のTPP参加はたいしたメリットは無い。

<多国間(マルチ)交渉の優位性を生かせ>
 第六にTPPは多国間(マルチ)交渉である、ということだ。日本が入れば10か国、最大では14か国にもなる可能性がある。日本政府にはマルチ交渉は言葉の問題もあって苦手意識が強く、二国間交渉を望む向きがある。しかし米国との交渉では安全保障上の負い目から輸出規制や輸入数値目標など理不尽な要求も飲まざるを得ないことがあった。中国、韓国とは歴史問題など経済以外の考慮が働かざるを得ない。しかし多国間交渉ならこのような雑音は無く、純粋に経済交渉が貫けるし、利害をともにする他国と連携を組むことも可能だ。逆にどこの国でも日本のコメのように自由化の難しい品目を1,2は抱えているので、品目数を限って例外品目を認めるというコンセンサスつくりも可能性はある。米国の自動車企業はTPP交渉で日本に輸入数量を約束させろ、というような要求を考えているらしいが、自由化交渉の趣旨に反するような主張をほかの国が認めるとは思えない。マルチの交渉では論理的な議論が求められるので正々堂々の交渉ができる。日本はもっと多国間交渉の持つメリットを生かすような交渉戦術を学ぶべきだ。

<TPPを構造変革の梃子に利用>
 最後に最も重要なことだが、TPPを日本経済、特に農業の構造改革の梃子として使うことだ。菅前総理はTPPへの参加を「平成の開国」と称した。政治的なレトリックとして使った言葉であるが、TPPの影響はとても「開国か鎖国か」というほど大げさなものではない。ほとんどの国民にとって大きな影響はないだろう。TPP賛成の経済産業省はそのプラスの効果を、反対の農林水産省はマイナスの効果を極端なまでに誇張している。日本の輸入関税率は全体としては4%と決して高いものではなく、これがなくなることで輸入が急増するとは考えにくい。コメや乳製品、砂糖などで一部100%を超える高関税が賦課されているが、高関税で保護されているのは農業生産額全体で8兆円のうち、半分の4兆円を超えないであろう。これらについては個々の産品ごとに影響をよく検討し、悪影響を緩和する対策が必要だが、そのために必要な財政支援額は1兆円を超えないのではないか。砂糖のように生産地が特定地域に限られているところでは、コストのかかる砂糖の生産を続けるより、地域振興対策を考えたほうが良い。

 日本の農業はTPP以前に事実上崩壊しており、このままでは存続不可能になっている。高齢化が進み平均年齢は66歳、サラリーマンならとうに引退年齢を超えている。高価格のため食糧の消費量は年々減少し、耕作放棄地が増え農地は荒れている。TPP反対者の中には「美しい農村を守れ」というキャンペーンもあるが、筆者の見たところ日本の農地は細切れで雑然としており、整然と整備された欧米の農地に比べると決して美しくない。このままでは手入れもままならず、ますます荒れて汚くなるだろう。

 改革の方向はだいぶ前から明らかになっている。大規模化して生産性を上げることと、専業農家を育成していくことだ。今までもそのための予算も組まれ対策もとられたが、ほとんどは農村における土木事業に消えていき、効果はほとんどなかった。昨年8月、農協の代表も入って「わが国の食と農林漁業の再生のための中間提言」がまとめられ、公表されたが、この中で農地を20ヘクタール以上の規模に集約して生産性を上げる、という方針が示されている。これに忠実に従って農業の構造改革を進めれば、おそらく日本の農業はかなり競争力を上げることができよう。それでも輸入品との競争ができなければ、不足分を所得補償にすれば仮にTPPで自由化に合意しても、農民の生活は保障することは可能だ。大規模化することにより救済すべき農家の数は大幅に減るので、必要な財源はかなり少なくて済むであろう。通常自由化は実施までには10年、場合によってはそれ以上の準備期間が与えられるので、実は今いる農民はほとんどTPPの影響を受けない。10年でも足りなければさらに長い調整期間も十分交渉可能だ。

 ドイツやフランスなどのヨーロッパ先進国でもかつては零細で不効率な農家を多数抱え苦労していたが、戦後政府が積極的に、時には強制的に農地の集約化を進め、生産性を上げてきた。ヨーロッパ共通農業政策やウルグアイラウンドなどの国際的な動きが構造改革を進める原動力になったのである。現在ヨーロッパの平均的農地面積は50ヘクタールと言われている。それでも新大陸の農業には及ばないが、80年代以降、輸入関税による保護から徐々に所得補償に転換を図った。その結果、ヨーロッパの食料品価格は米国と大差ないところまで下がり、消費者の生活の向上に大いに貢献した。我が国は関税で国内農業を保護してきたため、食料品価格は高止まりし、生産性は上がらず農業生産も下落した。農業改革は今や待ったなしの緊急課題だ。TPPはそのような改革の後押しをするであろう。反対するのは農民票を失う政治家だが、野田総理の決断が揺らがないことを切望する。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

(本記事の英語版はこちら)


| トップページ |この記事のカテゴリー: オピニオン・論説 |
IIST e-Magazineのバックナンバー:| カテゴリー検索 | キーワード検索 | 記事一覧 |
2010年度以前 (IIST ワールドフォーラムメールマガジン) のバックナンバー:| キーワード検索 | 記事一覧 |