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(本記事の英語版はこちら)

懸念すべきアジア各国の交易条件悪化 | 株式会社富士通総研 経済研究所 エグゼクティブ・フェロー 根津 利三郎【配信日:2011/8/31 No.0198-0806】

配信日:2011年8月31日

懸念すべきアジア各国の交易条件悪化

株式会社富士通総研 経済研究所
エグゼクティブ・フェロー
根津 利三郎


 アジアの国では交易条件が長期にわたり下落し続け、国際貿易からの利益を損なっている。原因はこれらの国の間で工業製品をめぐる過剰な価格競争があるが、その実態を明らかにする。


 交易条件とは国際経済学でははじめに習う概念で、一定の輸出を通じてどれだけ輸入できるかを測るために使われる。普通は輸出価格を輸入価格で割ったもので、特定年を基準とした指数で表されることが多い。この指数が高いということは、自国の商品を高く売り、外国からの商品を安く買うことが出来るということで、国民生活はそれだけ豊かになっていることを意味する。これをデータとしてとることは簡単だが、一般の関心は少なく、新聞などでも論評されることは珍しい。だが最近の交易条件の動きを見ると、アジア経済の知られざる側面が浮かびあがってくる。

<急速に悪化する韓国、台湾、日本の交易条件>
 【図1】はアジア主要国の交易条件の動きを表したものである。ほとんどの国で悪化しているが、交易条件は相対概念だから全体としては横ばいになるはずで、いずれかの国が良くなれば他の国は悪くなっているはずだ。この図では豪州が著しい改善を見せているが、豪州は資源や食料の輸出国で、21世紀に入ってそれらの価格が急上昇したことが大きな原因だ。

アジア諸国の交易条件
 それ以外のアジアの国々はどうか。特に韓国の悪化が目立つ。韓国は1997年にアジア金融危機を被り、IMFの支援を仰いで国内でさまざまの構造改革を大胆に実行し、急速に回復した。だが交易条件はそれ以前から継続的にかなりの勢いで悪化している。すなわち輸入価格の上昇に対して輸出品の価格が下落し、同じだけの輸入をするために20年前の3倍もの輸出をしなくてはならない。韓国は日本と同様に資源の無い国だ。原油や鉱物資源、食料など大半を輸入しているが、そのような資源の価格は傾向的に上昇している。それに対して輸出品は電気製品や自動車、鉄鋼など、価格競争が激しく、値段が上げられない商品だ。もちろんこれらの製造品は生産性の上昇も速いから価格が下がるのも理由がないわけではない。だが、この図には入れていないが、ドイツやスイスやスウェーデンのような資源を持たない製造業立国では交易条件の悪化は見られていない。

<特に電気機械と鉄鋼で交易条件の悪化が酷い>
 このように同じ製造業中心の経済でも交易条件を維持できている国と継続的に悪化している国との差はどこから来るのか。それを解く鍵が【図2】である。これはわが国の交易条件を主要産業について見たものだが、ここでは交易条件は産出価格を投入価格で除した指数である。この指数が下落しているということは原材料や中間品などのコストアップに対して販売価格がついていけず、賃金や企業利益などの付加価値が圧縮されていることを意味する。この図から明らかなことは交易条件の悪化はすべての輸出産業で起こっているのではなく、電気機械と鉄鋼に顕著に現れており、それ以外の産業ではそれほどではない、ということだ。韓国の場合、輸出に占める電気機械と鉄鋼の割合が高いので交易条件の悪化も顕著になったのではないか。

日本主要製造業の交易条件
 鉄鋼の交易条件悪化は理解しやすい。2004年くらいから顕著になっているが、それは鉄鉱石や原料炭などの原料の急激な値上がりによるものだ。中国を始め東南アジア、中東、南米など世界中の発展途上国が成長を加速させ、その結果鉄鋼原料への需要が急増したが、供給元は豪州とブラジルしかなく、原料価格が急騰したが、国際的な競争の中で製品の値上げは難しく、賃金や利益を犠牲にする以外に対処の術が無かったのだろう。韓国も同様の事情ではないかと思われる。

<特に交易条件の悪化が著しい電気機械>
 電気機械産業はもっと根本的な問題に直面した。繊維や雑貨からはじまって、労働集約的な組み立て産業は賃金の安いアジア諸国に次々に移転した。電気機械産業もその例外では無かったが、かかるアジアへの生産拠点の移転を積極的に進めたのは欧米の多国籍大企業である。設計やデザイン、研究開発や基幹部品は自国で生産しつつ、組立工程はアジアの低賃金国に移転することで価格競争力を高めたが、アジア諸国も自国の経済発展のため先進国からの直接投資を積極的に受け入れた。すべてを自社で国内生産する日本企業はこのような流れに遅れ、価格競争力を失っていくことになった。このような傾向はデジタル技術が主流になった90年代後半以降とくに顕著となった。いわゆるモジュール化と水平分業が世界規模で進み、IT機器の急速な値下がりが始まったのである。韓国と日本、台湾の交易条件の悪化が特に顕著なのはこれら三カ国が半導体、薄型テレビ、パソコンなどで猛烈な価格競争を行った結果である。このような傾向はすり合わせ技術を中心とする自動車や精密機械、一般機械ではそれほど見られていない。

<価格競争を避ける欧米企業>
 ドイツや米国などの先進国では自社製品のコモデティ化や新興国企業との価格競争は避けるという戦略を守っている。その結果鉄鋼では特殊鋼など高機能の鋼材に特化し、電気産業では家電やIT機器事業からはほとんど撤退してしまい、エネルギーや医療、環境などシステムやインフラ事業に経営資源を集中させている。日本企業はモノづくりへのこだわりが強く、結果的には韓国や中国などとの果てしない価格競争から脱することが出来ず、賃金カットや利益の圧縮によりかろうじて生きながらえてきたが、それも限界に近づきつつある。薄型テレビや携帯電話、パソコンなどはほとんど海外に移転し、国内で残っているものは僅かだ。パワーショベルなどの建設機械ではGPS機能を搭載させ、販売後も稼働状況をリアルタイムで把握し、保守などのサービスで利益を確保するビジネスモデルを構築している。韓国はかつて日本が得意とした規格大量生産を、日本を上回る効率で実現したが、その結果は交易条件の悪化という犠牲をもたらした。

<為替政策でさらに交易条件が悪化>
 交易条件を決めるもうひとつの要因は為替レートだ。例えば今円高になったとすると、輸入品は円に換算すれば値下がりするので、輸出品の円建て価格が変わらなければ交易条件は改善する。つまり輸入品の価格が下がった分だけ国民生活は豊かになる。しかしデータを見ると各国とも交易条件は為替レートほど振幅は大きくは無く、むしろ安定している。これは円高になると日本の輸出品は外国通貨建てでは高くなり売れなくなるので、企業は円建ての価格を下げて海外市場での競争力を維持しようとする。このように輸入品も輸出品もともに値下がることになるので交易条件はあまり変化しない。逆に円安になれば輸入品の円建て価格は上がるが、他方で輸出品についても値上げする余裕が生じるため、交易条件はそれほど変わらない。こうして為替レートは変動しても交易条件はそれほど変わらない、ということになるのだ。

 しかしながら輸出企業にとっては自国通貨が安いほうが商売は楽だ。競合する外国からの輸入品は値が上がるし、輸出品は自国通貨建ての価格を据え置けば、外貨建てに換算すれば値下がりして外国市場では価格競争力が高まることになる。こうして輸出依存度の高い産業では自国通貨を安くしたい願望に駆られる。日本の経団連が円高になると騒ぎ始めるのも同じ理由だが、韓国の場合、ウォンの対ドル為替レートは1997年のアジア通貨危機の際に大幅に下落したが、それ以降も低い水準が続き、最近時点でも危機以前と比べると20%くらい安い水準にとどまっている。韓国政府はウォンを安くするため為替介入をしているようであるが、自国商品の価格下落とウォン安が重なって韓国の交易条件の長期的な悪化が続いている。

<拡大する交易損失>
 交易条件の変化による国民所得の変動分を交易利得/損失と呼ぶ。交易条件が改善すれば国民生活は良くなるはずだが、この関係は次の式で表すことが出来るが、その金額は内閣府の国民所得統計の中に表示されている。
 実質国内総所得(GDI)=実質国内総生産(GDP)+交易利得 

 この式からも明らかだが、輸出は増えGDPは成長しても、交易条件が悪化すれば実質所得は向上せず国民生活もよくならない。エコノミストが為替操作や低価格で無理やり輸出を増やす政策を「飢餓輸出」と呼ぶのは、国民生活の向上に繋がらないからだ。韓国や台湾などの交易条件の継続的な悪化はこのようなマイナスの効果を持っているが、日本も注意しなくてはならない。日本の交易条件は長い期間安定していたが2000年くらいから急に悪化している。その結果2007,8年には20兆円を超える交易損失が発生していた。企業は賃金や利潤をカットし、政府も巨額の円安介入をすることで成長率を上げたが、その結果かかる巨額の所得が海外に流出したのである。同様の事情はほかのアジア諸国においても起こっているはずだ。日本、韓国、台湾の三カ国(地域)を合わせればほとんどのIT機器の全世界生産を担っている。にもかかわらず相互に価格と為替引下げ競争を繰り返し、巨額の交易利益を喪失している。企業経営者も通商政策担当者もこの事態をいかにして改善すべきか、真剣に考えるべきだ。

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