ニューノーマルと社会~拡大するフロンティア (5) ニューノーマルを我々日本国民は作り出せるのか? 早稲田大学大学院 経営管理研究科 准教授 樋原伸彦 【2020/11/27】
掲載日:2020年11月27日
早稲田大学大学院 経営管理研究科 准教授
樋原 伸彦
ニューノーマルという語が最近よく口にされるが、ノーマル(Normal)はNorm (規範)からの派生語であり、ニューノーマルというからには、何らかの新しい「規範」が現れてきているのかどうかが鍵となる。実際のところは、マスクをする、Social Distanceを保つなどの「マナー」は目に見えて浸透しているが、「規範」とまで成熟しているかどうかは疑わしい。恐らく、 COVID-19のワクチンや治療薬さえ出来て社会的に通用するようになり、受け入れられたとしたら、マスクをする、Social Distanceをとる、などは必要がなくなるだろう。その時点(来年2021 年中にはそうなるのではないかと筆者は予想するが)以降、上記のようなマナーは必要がなくなるとすれば、それらのマナーは新しい「規範」とは言えないだろう。
その意味では、今使用すべき単語は、ニューノーマルではなく、ニュー「リアリティー」であるべき気がする。しかしながら、このニューリアリティーという言葉も問題含みではある。なぜなら、現在ニューリアリティーと論じられている事象も、コロナ禍がはじまって初めて現出したリアリティーとは言えないものがほとんどだからだ。New Realities というよりも、Underlying Realities という方がおそらくより正しいであろう。
いくつか例を挙げれば、
わずか4つの例だが、これらの事象を見ただけでも、必ずしもNewではないことはお分かり頂けると思う。恐らくは、Underlying(Hiddenとも言える) Realitiesが現出してきた、という方が真実に近い。
上記のような状況から、筆者はコロナ禍を不幸な出来事と考える必要は全くないと考える。我が国で遅れていたデジタリゼーション(DX)を推進せざるを得なくなった僥倖とさえ考えていいのではないかと思う。
もちろん、飲食あるいはインバウンドに多くを依存するビジネス・セクターは辛い状況にあることは確かだ。しかしながら、それらのビジネス・モデルがどれだけHidden Realitiesを認識していたのかを問う必要が、まさにこのタイミングであると思う。
上記の4つよりもより本質的なHidden Realitiesも今回明らかになってきていると筆者は感じている。いくつか論じてみたい。
毎月のベイシック・インカムの妥当な水準が5万円なのか、7万円なのか、10万円なのかは、議論にならざるを得ないが、コロナ禍はもとより、自然災害も頻発している昨今、個別の申請ベースでの所得保障のやり方の限界、高い事務コスト、そこに付随する不公平感、は無視出来ないレベルに既に至っている。Go Toキャンペーンのように政府補助による消費の活発化で供給サイドを救済しようとする政策に対して、ベイシック・インカムは対抗案の一つとして考えられる。
一方の極として、オンラインでの会議システムなどの浸透により、地球人のほぼ全ての活動に関して、自分の今の居所から動かなくても、その活動が目指す目的は達成されるようになるのではないかという予測も高まってきていた。コロナ禍が発生したことによって、後者の極が現実化したのが今の状況である。
Zoomを筆頭として、少なくともビジネスに関しては、これまでのように時間をかけて地球上を移動する必要が全てとは言わないまでも必要なかった、という共通認識は得られつつある。この認識の変化は、どこに住むべきかという各自の判断にも影響を与えつつあり、都市への人口集中が緩和する方向に変化するのではないかという期待も生まれてきている。地方再生の合理的な可能性も提供しつつあると言えよう。
その問題は既に大組織でも現出してきていて、Zoomでの会議が頻繁になってくると、意思決定がフラット化してきていて、これまでのヒエラルキーに基づいた意思決定プロセスは必要ないだろうと誰もが感じ始めている。となれば、雇用という関わり方ではなく、事業に関わる全ての人が個人事業主というステータスでいいのではないかという議論も出てくるであろう。
終身雇用の本質的な意義が消え、いまだに根強い、組織の論理に従っていれば長期的には救済されるはずという信仰(パターナリズム)も力を失いつつある。正規vs. 非正規の対立もこれによって発展的に解消していくだろう。また、これまでのパターナリズムが日本企業のイノベーションを色々な角度から阻害してきた可能性は高い。イノベーションの国際的な競争に立ち向かえるようになるかもしれない。
以上の議論から、とりあえず今我々が言えることは、Underlying Realitiesが認識されてしまった以上、この状況を果として、国民全体の経済厚生を高める方向に舵を切れるチャンスを与えられたと認識すべきである。そして、その方向への変化を促し、それが国民全体にとって良いことであるという共通認識が高まっていくことで、我々の行動及び判断が一定のコンセンサスに収斂して行く時、新たな真の「規範」を得ることができるようになるのではないだろうか。その時にはじめて、我々は高らかに、ニューノーマルの時代にようやく入ったのだ、と言えるようになると筆者は考える。また、この収斂まで、どのくらいの時間が我々の間で必要なのかも大きな関心事である。
執筆者プロフィール
樋原伸彦(ひばら・のぶひこ)
早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授
東大教養(国際関係論)卒、東京銀行(現・三菱UFJ銀行)入行。世界銀行コンサルタント、通商産業省通商産業研究所(現・経済産業省経済産業研究所)客員研究員、米コロンビア大学ビジネススクール日本経済経営研究所助手、カナダ・サスカチュワン大学ビジネススクール助教授、立命館大学経営学部准教授を経て、2011年から現職。米コロンビア大学大学院でPh.D.(経済学)を取得。専門はイノベーションのためのファイナンス。早稲田大学イノベーション・ファイナンス国際研究所 (https://cfi-wbs.com/) 所長。