「国家安全と中国」
-その背景と対応のあり方を探る-
本報告書について
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(1)米中摩擦の激化は、両国と密接な関係を有する我が国に対し大きな影響を及ぼしている。日本の発展のために中国との経済関係の強化は必要であるとの認識はあるものの、我が国を含む西側諸国による中国に対する貿易投資などに関する規制強化は、企業にとって中国ビジネスの構築・維持・発展のためのハードルをかつてないほど高くし、今後のビジネス展開の大きな不安要素となっている。
将来的な対中ビジネス環境を展望するうえでは、欧米諸国の動向分析に止まらず、中国自身がどのように国際情勢を認識し、自国の経済安全保障政策として対外戦略や産業政策に反映させているのか、その方向性と背景の検討は重要である。
こうした認識の下、CFIEC(一般財団法人国際経済連携推進センター)では2022 年11 月から2024 年5 月に至るまで、日本側と中国側のスピーカーが交互に発表を行う方式で、延べ15 回に亘り「中国研究会」(座長=大橋英夫専修大学教授)を開催し、今般、報告書を取り纏めるに至った。
(2)現在、世界経済の構造的課題として、自由主義経済を前提としたグローバル化の時代が終焉し、欧米の自由主義先進諸国ブロックと、中国に代表される中央集権的な国家のブロックとの分断が進みつつあるのではないか、と危惧する向きは多い。
欧米から見れば、中国はWTO 加盟を契機として期待されていた政治改革、市場化改革などを十分に行わず、寧ろ不公正な方法で世界市場の制覇を狙い、国際経済秩序を崩すような政策を国家主導で推進している。
ルールを無視した補助金や恣意的な政府調達、更には強制技術移転、国有企業優遇の一方での外資系企業への差別的措置など、党主導の権威主義体制の下で、自国の法の制約を受けない中国の特異性が多国間の貿易投資システムに多大な混乱を生じせしめている。これが中国はWTO の枠組には本来的に馴染まない異質な存在であり、別の特別な枠組みを考えるべきではないか、という議論にもつながっている。
更に、中国による欧米の先端技術やハイテク製品を国民の統制や管理、また軍事応用するような行動は安全保障面でも脅威とされ、米国を中心とした西側友好国は、IPEF(インド太平洋経済枠組み)など中国の囲い込み戦略や、中国への先端技術供与の禁止など様々な貿易投資制限措置を講じている。
特に習近平政権は「総体的国家安全確保」を政策の第一に掲げ、中国当局による「国家安全」の定義や解釈次第で、如何なる貿易投資に係る規制や制裁措置も講じ得るような制度整備を行った。実際、複数の貿易相手国に対して経済的威圧行為を実施しており、これが中国脅威論、中国異質論に拍車をかけている。
(3)では何故、中国は「国家安全の確保」を政策目標の第一に掲げることになったのか。急速な少子高齢化の中で高度成長時代が終焉を迎え、これまでの成長モデルが過剰投資、合理的バブルを招き、これが不動産不況に至るバブル崩壊につながり、この立て直しには労働市場改革、社会保障制度改革など国内の経済社会制度の基本的な見直しの必要性が叫ばれるなど、国内経済は大きな課題を抱えた状態となっている。また、供給力に見合った需要確保のために、経済的政策手段を総動員して海外市場を国家主導で開拓せざるを得ず、これが対外経済摩擦の激化につながった側面もあるとの分析もあり、総じてこれまでの成長モデルは限界を来していると見られている。研究会では、こうした国内経済環境や経済政策と、“国家安全確保最優先”の方針との関係を探った。(第Ⅰ部)
(4)国内的に困難な課題を抱え、新たな発展モデルを模索する中、中国が世界第二位の経済規模にまで発展し、国家主導の不公正な競争優位性の下で国際経済システムを混乱させ、また安全保障分野の脅威とも相俟って、先端分野まで産業競争力を有する状況に至ったことも、西側諸国が中国包囲網の圧力を強めた一つの背景とされる。中国はこれに対抗する形で、国家主導で産業構造の高度化、自主創新、双循環を追求し、外部に依存することなく経済を立て直し、共同富裕を実現するとの新たな国家戦略を形成していく。
他方、経済大国に成長したとはいえ、その発展レベルは未だ途上国段階にある中国は、今後ともWTO、即ち自由貿易体制の枠組みの最大の受益者であることに変わりはない。このため、現在進めているBRICSなどとの連携強化ばかりではなく、西側諸国との良好な関係維持が、中国の今後の更なる発展を図っていくうえでの大前提となるとの指摘もある。
こうした中国の対外政策が抱えるある意味での矛盾を、どのように受け止め、どのように評価したらよいのか。この点も研究会は探ることとなった。(第Ⅱ部)
(5)そして研究会は最後に、今後、米中関係を含め健全な国際経済秩序を取り戻すことは可能なのか、そのためには何が必要なのか。中国自身が取り組むべきこと、国際社会として取り組まなければならないことを探った。(第Ⅲ部)
先ず中国自身については、既に述べた通り、今後とも自由貿易の最大の受益者であることに変わりはなく、自らの国益として、段階的であっても改革開放(自由化)はしっかりと進めていく必要がある。ただ近時、もともと強い主権意識の下、改革開放への姿勢が見えにくくなっていることが危惧される。
他方、「長い目で見て民主主義国家と権威主義的国家との共存は可能なのか」といった論点も念頭に置きつつ、「権威主義的国家は中国だけではない」との認識の下、国際社会として「多極化する世界経済のガバナンスをどうするか」、「民主主義国家と権威主義国家が共存するためにはどのようなルールが必要なのか」、「そもそもルール化は可能なのか」といった諸点を巡り、活発な議論が行われた。
(6)現状、西側先進国・途上国の政府は、混然一体となって補助金などによる積極的な産業政策を導入し、世界的な“米国の中国化、中国の米国化”が進んでいる側面がある。政府による市場介入はどこまでなら許され、どのような規制であれば認められるのか。従来のルールでは仕切りきれないような事態の下、これまで維持してきた国際経済法秩序は揺れ動いている。問題の発火点は中国かも知れないが、多様な価値観の下での国家の市場介入や規制のあり方が問われている。時代は大きな転換点にあることを改めて訴えたい。
2025年3月
CFIEC 中国研究会 事務局