第二期トランプ政権と朝鮮半島情勢
平岩 俊司
トランプ政権と東アジア
第二期トランプ政権発足以降、世界中が混迷を極めている。国際社会は、多くの経済学者が首をかしげる関税政策に振り回され、安全保障についてもウクライナ情勢、中東情勢への対応を見る限り必ずしも順調に推移しているとは言えず、台湾海峡、北朝鮮核ミサイル問題などをかかえる東アジアでもトランプ政権との向き合い方如何で情勢は大きく変わるものと予想される。このような状況下、本来であれば日本は韓国とさまざまな分野でいかに協力すべきかを協議、調整しなければならなかったし、そうした動きはすでに始まっていたが、昨年12月、尹錫悦大統領が非常戒厳を宣布したことで事態は一変してしまった。
尹錫悦大統領の弾劾と韓国大統領選挙
韓国国会は非常戒厳を即座に否定、尹錫悦大統領を弾劾し、その是非について、本年4月4日、韓国の憲法裁判所は弾劾妥当との判断を下し、尹錫悦大統領の職務は停止され、60日以内に大統領選挙が実施されることとなったのである。
大統領選挙は予断を許さない状況が続いている。保守派と進歩派の支持が拮抗する韓国では、双方中道をいかに取り込むかが課題とされるが、保守派は候補の一本化が最大の課題だ。そのため、与党「国民の力」は大統領選候補者としてすでに選出していた金文洙の公認を取り消し、国務総理として大統領代行を務めていた韓悳洙を新たな候補としようとした。これにたいして金文洙は「正当に選出された候補資格を剝奪した政治クーデターだ」と公認取り消しの効力停止を求める仮処分を裁判所に申請、同日、「国民の力」は党員投票を実施し、公認取り消しが反対多数で否決され、金文洙が候補に復活し、一方、韓悳洙は出馬の取りやめを表明した。
保守候補の一本化は、「中道保守」を標榜し、金文洙との一本化を否定している「国民の力」元代表の李俊錫を含めて大統領選挙ギリギリまで模索されるだろうが、一本化できなければ進歩派の李在明候補当選の可能性が高くなる。その李在明候補も先に高裁で無罪判決が出たものの最高裁差し戻しとなった公職選挙法違反をはじめ、嫌疑をかけられている全ての審議が大統領選挙の後に判決が確定する見通しで、かりに当選した後に有罪が確定した場合、選挙に出る資格そのものへの疑義、法解釈の問題が出そうだ。
韓国の大統領選挙が東アジアの国際関係に大きな影響を及ぼすのは、保守と進歩で北朝鮮に対する向き合い方が全く異なるからだ。かりに進歩派政権が誕生すれば、北朝鮮政策をはじめ対外政策は尹錫悦政権とは大きく変わるものと予想される。あえて単純化を畏れずに言えば、韓国保守の対北政策の基本は対北抑止政策(米韓同盟を軸に日本の協力を得て北朝鮮が韓国に対して攻撃できないようにする)であり、一方の進歩派は関与政策(南北関係、とくに南北経済関係を構築することによって北朝鮮が韓国を攻撃した場合自らの経済的損失に繋がる構造を作る)である。昨年8月に公表された尹錫悦政権の北朝鮮政策は、北朝鮮の国内的な変化に注目し、人権問題を前面に押し出して北朝鮮国内の最も変化の激しい若年層に働きかけ、内部から変革をもたらし、自由民主主義による統一を目指す、というものだった。もとより、北朝鮮の内部変化についての評価については関係国間で検討が必要ではあったものの、北朝鮮に対する抑止政策を前提に日米韓は協力体制を維持できていた。韓国での政権交代は韓国の北朝鮮政策が大幅に変更されることを意味し、そのため関係国としては北朝鮮政策の調整がこれまでのものとは異なる形態の協力を模索することになる。
トランプ政権と北朝鮮、そして韓国
トランプ大統領は就任早々、金正恩総書記との関係を強調した。状況が整えばふたたび米朝首脳会談がおこなわれる可能性が高い。本来、米朝が安易な合意に至らないように日韓でアメリカに働きかける必要があったが、既述の通り韓国の大統領選挙の行方次第で日韓協力の在り方は大きく変わらざるを得ない。さらにその大前提がトランプ政権の北朝鮮政策だ。
トランプ政権にとっての優先順位を考えれば、朝鮮半島問題は、ウクライナ、ガザの次だろう。トランプ大統領は第2期政権をスタートした後、北朝鮮を核保有国とした。もちろんそれはNPT体制下で認められる核保有ではなく、事実上の核保有を前提として交渉しなければならない、との思いからだろうが、こうした発言からもトランプ大統領は北朝鮮の非核化が難しいとの認識のもと、非核化交渉ではなく軍備管理交渉を行うのではないか、との見方が一般的だ。もとより、すでにIAEAのグロッシ事務局長が北朝鮮の核保有を前提として管理されていないことの方が問題だ、と発言し、日韓から警戒の声が上がったが、こうした考え方が現実的だ、とする意見も多い。
北朝鮮からすれば、アメリカとの交渉は望むところだろうが、そのためには現在進行中の国防5カ年計画の完了を宣言する必要があるはずだ。2021年から開始された国防5カ年計画は今年で最終年となるが、計画された各種ミサイル技術の向上、偵察衛星の打ち上げなど、一定程度成果を上げている分野があるものの、偵察衛星の複数台体制は実現していないし、戦術核、核の多弾頭化などは7回目の核実験が必要では、との見方もある。後に詳述するように現在北朝鮮はロシアとの関係を強化しており、これらの課題にロシアがどの程度協力しているかはわからないが、いずれにせよ北朝鮮は国防5カ年計画の完了を宣言して自ら核保有国としての立場を前提としてアメリカとの交渉に臨もうとするだろう。それが非核化交渉ではなく北朝鮮の核保有を前提とした軍備管理交渉であることは間違いない。
韓国新政権の北朝鮮姿勢
実は、第1期トランプ政権のときと同じ構図が朝鮮半島では起きていた。2017年、第1期トランプ政権は発足当初から北朝鮮に厳しく臨み、北朝鮮も一歩も引くことなく、トランプ大統領はミサイル発射実験を繰り返す金正恩委員長を「ロケットマン」と揶揄し、一方の金正恩委員長はトランプ大統領を「おいぼれ」と罵るなど、朝鮮半島情勢は緊張状態にあった。そうした状況下、韓国では保守派の朴槿恵大統領が弾劾され、進歩派の文在寅政権が誕生した。既述の通り進歩派の文在寅政権の北朝鮮政策は基本的に関与政策であったが、当時の状況はトランプ政権に加えて日本の安倍政権も北朝鮮に「最大限の圧力」で臨んでいた。文在寅政権はこうした状況に抗うことなく、むしろ日米に協力する、との立場で、潮目が変わるのを、いやむしろ潮目を変えるタイミングを待っていた。そしてそのタイミングは、2018年の平昌オリンピックで訪れた。前年の2017年9月、北朝鮮は6回目の核実験を強行して核兵器の小型化に成功したと宣言し、11月には火星15の発射実験をおこない、アメリカ全土にとどく核打撃力を手に入れたと宣言したが、2018年になるとそれまでの対決姿勢をあらためて一気に対話へと姿勢を転じ、平昌オリンピックへの参加の意図を示したのだ。文在寅政権はこれを好機と捉え、南北関係を進めて南北首脳会談をおこない、その過程でアメリカに働きかけ、ついに史上初の米朝首脳会談へと繋げたのである。
文在寅政権が政策の違いにもかかわらず日米との協調を選択したのは、おそらく盧武鉉政権期の反省があったからだろう。米国の姿勢に抗えば韓国が却って難しい立場に立たされるし、関与政策もとれない、と。今回は、やはりアメリカの北朝鮮政策を見ながら自らの姿勢を決める、ということになるだろうが、第1期と違い、アメリカは「最大限の圧力」ではなく対話を開始する可能性が高い。だとすると関与政策を旨とする進歩派政権はやりやすいはずで、米朝の動きを見ながら自らの求める関与政策を目指すことになるだろう。
ロ朝接近と新冷戦
このような状況下、注意しなければならないのがロシアと北朝鮮の関係強化だ。本年4月28日、北朝鮮はロシアへの派兵をはじめて認めた。北朝鮮の国営放送は、ウクライナ軍が越境攻撃していたロシア西部のクルスク州で北朝鮮軍が参戦していたと発表したのである。そもそも、ロシアのウクライナ侵攻当初から北朝鮮はロシア支持の立場を取り、たとえばウクライナ侵攻直後の2022年3月、国連総会でのロシア批判決議について、ロシア、ベラルーシ、シリア、エリトリアとともに反対票を投じた。中国が棄権したのに比べ旗幟を鮮明にした形だ。北朝鮮のロシア接近については、国防5カ年計画についての軍事技術協力を求めて、という見方が一般的だが、その後、ロシアへの武器弾薬供与やクルスク州での参戦でロ朝接近は急速に進んだ。当初、その品質の悪さが指摘された武器、弾薬についても、実戦から得られるデータによる精度向上が指摘されるようになった。さらに北朝鮮兵の実戦参加によって、近代戦の経験を得ることに成功し、北朝鮮の軍事力は大きく向上することになったと言ってよい。
もっとも北朝鮮のロシア接近は、ウクライナ情勢に便乗した短期的なものではなく、むしろ中長期的な狙いが見て取れる。ウクライナ侵攻の前年、金正恩は「新冷戦」に言及する。2021年9月、最高人民会議第14期第5回会議で金正恩は「米国とその追従勢力の強権と専横」と「米国の一方的で不公正な組分け式対外政策」によって「国際関係の構図が『新冷戦』の構図へと変化してさらに複雑多端になった」としていた。この翌年、ロシアのウクライナ侵攻を契機に北朝鮮のロシア支持の立場が明確になるが、金正恩はなぜ「新冷戦」という言葉をつかったのだろうか?あらためて指摘するまでもなく、冷戦期朝鮮半島の対立構造は、日米韓vsソ中北だ。北朝鮮の立場からすれば、ソ連、中国の二枚看板を後ろ盾にしてアメリカを中心とする日米韓に向き合う、ということと言ってよい。ところが、1990年、ロシアが韓国と国交正常化し、その後1996年にはソ朝友好協力相互援助条約をロシア側が破棄し、朝鮮半島の対立構造からロシアが徐々に退場していく。92年に中国も韓国と国交正常化する。ソ韓国交正常化について北朝鮮は「ソ連は社会主義大国としての尊厳と体面、同盟国の利益と信義を23億ドルで売り払った」と強く非難したが、北朝鮮は中韓国交正常化について強く非難することはなかった。北朝鮮に大きな不満があったことは間違いないが、中国を非難すれば自らの後ろ盾を失う危険性があったからと言ってよい。これ以降、北朝鮮は中国を唯一の後ろ立てとして日米韓と向き合うこととなり、そうした状況がすでに30年以上続いていることになる。これは、北朝鮮にとって必ずしも快適な状況ではないはずだ。改めて指摘するまでもなく、ソ連、中国という社会主義大国の狭間にあって、北朝鮮は、両者の対立を利用しながら、自らの活動空間を維持してきた。「新冷戦」との言葉には、ロシアに接近することで冷戦期のような対立構造を復活させたい、との金正恩の思いが込められていたのではないだろうか。
中国との微妙な関係
このようにロ朝関係の緊密化が進む一方、それまで北朝鮮の唯一の後ろ盾であった中国と北朝鮮の関係はむしろ冷却化を印象づけることとなった。象徴的だったのは、2023年7月27日の朝鮮戦争休戦70年記念式典での北朝鮮の姿勢である。本来、北朝鮮にとってこの日は朝鮮戦争に参戦した中国との友好を強調する日だったはずだ。ところが、このとき、ロシアからショイグ国防相(当時)が訪問し、北朝鮮に大歓迎を受けるのである。もとより、中国からの代表団も訪問するが、ショイグ国防相を厚遇していることは誰の目にも明らかだった。
北朝鮮の立場からすれば、中国が唯一の後ろ盾であったため中国の影響力が大きくなりすぎた、との思いがあっただろう。しかも中国が大きくなればなるほど、中国にとっての北朝鮮の意味は、対米交渉のカードということになる。バイデン政権発足直後の2021年3月にアンカレッジで開催された外交、防衛分野の米中2+2では、報道陣のカメラの前で双方非難を繰り返す様子が報じられた。米中関係の難しさを印象づけたこの会議の結論として、北朝鮮問題は、環境問題、イラン問題、アフガニスタン問題と共に米中で協力できる分野とされたのである。北朝鮮にとって中国との関係を考え直さざるを得ない事態だったと言ってよい。これを前提として北朝鮮はバイデン政権との交渉を拒否し、国防5カ年計画に邁進し、自らの交渉力向上を目指すこととなる。
もちろん北朝鮮はバイデン政権の出方についても様子見していたと言ってよい。そもそも21年1月の党大会で国防力強化の方針は明らかにされたが、そこで決定された国防5カ年計画の存在については9月まで明らかにされなかった。バイデン政権の出方によっては、対話に応じる可能性を残していたのだろう。しかし、バイデン政権にとって北朝鮮問題の優先順位は必ずしも高くなく、北朝鮮の核保有を前提とする交渉に応じる気配もなかった。それゆえ第1期バイデン政権との対話を拒否し、自らの核ミサイル能力を高めることで交渉力を上げ、次の政権との交渉に備えようとの決意だったと言ってよい。
その一方で、朝鮮半島をめぐる国際環境を自らに有利に変えようと働きかけたのは既述の通りだ。ロシアとの新しい条約は、破棄された条約の復活として考えられるし、北朝鮮としては、これで真の意味でのロシア、中国という二枚看板を後ろ盾としてアメリカに向き合う、ということだろう。金正恩は冷戦期と同じ対立構造を再現しようとしたのである。
とはいえ中国と北朝鮮の関係は微妙だ。そもそも中国は「新冷戦」という言葉は使うべきではない、として、否定的だ。中国にとっては既述のアンカレッジでの2+2のようにアメリカとの関係をいかに構築するかが最重要課題であり、だからこそロシア非難決議についても棄権との立場を取ったし、北朝鮮の考える「新冷戦」的対立構造に巻き込まれることも避けようとしている。それを象徴するように中朝関係は低調で、昨年は国交正常化75周年にもかかわらず首脳間の訪問もなく、経済についても依然として低調なままである。金正恩が真の意味で「新冷戦」的対立構造を考えるのであれば、中国との関係を再構築する必要があるだろう。
日本の対応
このような状況下、日本は東アジア情勢にどのように向き合うべきだろうか。日本にとって北朝鮮の核保有は絶対に容認できない事態だ。だからこそトランプ政権が北朝鮮の核保有を前提に軍備管理交渉に入るのであれば、最終目標が「完全かつ検証可能で後戻りのできない非核化」(CVID)であることをアメリカに確認させなければならないだろう。トランプ大統領の認識ではCVIDはそれほど重要ではないかも知れない。実際、2019年6月に大坂で開催されたG20サミットの際におこなわれた日米首脳会談後の記者会見で、北朝鮮の短距離、中距離弾道ミサイルについて意見を求められたトランプ大統領は「私には関係ない、それは晋三の問題だから晋三に聞いてくれ」と言った。北朝鮮の核戦略についていかに関心がないかを示す事例と言ってよい。北朝鮮の短距離弾道ミサイルが狙うのは在韓米軍、在日米軍であり、中距離弾道ミサイルのターゲットはグアムの米軍基地なのだ。
トランプ大統領の認識はともかくとしても、アメリカの安全保障担当者は間違いなく北朝鮮のめざすところを理解しているだろう。日本としてはトランプ大統領との関係維持に最大限神経を使いつつ、同時に安全保障担当者に対して働きかける必要があるだろう。同時に韓国の新政権に対する働きかけも必要だろう。かりに韓国で進歩派政権が誕生したとすれば、関与政策の目指すところがCVIDでなければならないということを、繰り返し念を押す必要があるだろう。その際、北朝鮮がめざす新冷戦体制の綻びの可能性-すなわち、ロシア、北朝鮮の目指すところと一線を画そうとする中国への働きかけが不可欠であろう。この点、米中関係がどう展開するかが重要になるが、かりに韓国新政権が対北朝鮮関与政策をとるとすれば、中国への働きかけで日韓は協力できるはずだ。いずれにせよ、現在の北東アジア情勢は日本にとって厳しい状況であることは間違いない。だからこそ、北朝鮮の目指すところ、中国とロシアの温度差、韓国の思惑、さらにはトランプ政権の目指すところを理解し、日本にとって少しでも好ましい状況に繋げていく必要があるのだ。
執筆者プロフィール
平岩 俊司(ひらいわ しゅんじ)
南山大学 総合政策学部 教授
1960年生まれ。東京外国語大学外国語学部朝鮮語学科卒、慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程単位取得退学、慶應義塾大学より博士(法学)。この間韓国延世大学本大学院政治学科博士課程に留学。松阪大学政治経済学部助教授、日本国駐中華人民共和国大使館専門調査員、静岡県立大学大学院国際関係学研究科教授、関西学院大学国際学部教授を経て南山大学総合政策学部教授。専門は現代韓国朝鮮論。主な著書に『朝鮮民主主義人民共和国と中華人民共和国』(世織書房)、『北朝鮮-変貌を続ける独裁国家-』(中公新書)、『独裁国家・北朝鮮の実像―核・ミサイル・金正恩体制』(朝日新聞出版)(坂井隆との共著)、『北朝鮮はいま、何を考えているのか』(NHK出版新書)など。