新連載韓国の画家たち  

キム・ファンギ( 金 煥 基 )
黒田 雷児(福岡アジア美術館)

 今号からのシリーズでは、韓国の画家たちを紹介する。最近の国際美術展では抽象絵画はほとんど見られなくなったが、韓国の絵画は早くも1970年代から日本で知られているように、この国はとりわけ抽象絵画が盛んな国であり、伝統的な感性と現代的な方法の高度な融合において、全アジアでも特異な展開を示していることに改めて注目してみたいからである。

 その中でも、このキム・ファンギ(1913-1974)ほどの芸術的な高みに到達した作家は多くはない。幸いその作品はソウルにある「ワンギ(ファンギ)美術館」でまとめて見ることができる。(足の便が悪いので仁寺洞から出る「美術館循環バス」を利用されるといいです。)
 キム・ファンギは1930年代に日本大学に留学し、藤田嗣治や東郷青児のアヴァンギャルド洋画研究所に参加、ヨーロッパのピュリスム的抽象傾向の影響を見せる作品を制作し、早くもそのすぐれた造形感覚を発揮する。太平洋戦争の勃発、日本の植民地支配からの「解放」、そして朝鮮戦争という激動の時代を生きながらも、難民をのせた貨物列車を描いた作品にさえ、いささかの苦悩も悲哀も激発させることなく、常に造形と色彩の均衡が見事に保たれていることが感動的である。「解放」後の作品では、山、鳥、月、壷など朝鮮の伝統美術のモチーフや郷愁に満ちた素材を画面に配しながらも感傷や異国趣味に陥ることなく、その引き締まった造形はビロードのような質感とともに爛熟していく。そして1956-9年のパリ時代にはますますモチーフは記号化し構成は平面化し、ほとんど装飾的なまでに造形の単純化がおしすすめられる。すでに大家となった彼はさらなる自己変革を求めて1963年からニューヨークに渡り、そこで生涯を終える。
 この作品を含む晩年の作品に当時のアメリカの色面抽象からの影響を見て取る人もいるかもしれないが、凝縮というよりは拡散した空間は以前の作品にも見られるものであるし、天性の構成力を自ら放擲してシミのような点の反復が生み出す豊かな空間は、ある美術評論家がいう「抽象的汎自然主義」の帰結ともいえる。細部に無限のざわめきをはらみながら人為を越えた自然へ、そして天空の星星へと無限に広がっていくような、手法と空間が一体化した美学には、近代的な自己の投棄と、自然の生成力への全面的な信頼があり、それは韓国独自の抽象絵画の原泉でもあるのだ。
『作品 20-V-74』1974年 / 油彩・画布264.5×167.8cm /(下)作品拡大部分(福岡アジア美術館蔵)

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