中国のエコノミック・ステイトクラフト:
経済と国防の一体化戦略
経済と国防の一体化戦略
掲載日:2024年3月12日
京都先端科学大学 准教授
土屋 貴裕
1.はじめに:中国の経済と国防の一体化戦略
中国の経済と国防の一体化戦略は、中国の経済的、軍事的な発展における重要な要素の一つとして位置づけられている。これは、中国が自らを世界的な経済大国として発展させると同時に軍事的な力を強化して国際的な影響力を拡大しようとする戦略的アプローチであるⅰ。
中国は国防と産業を緊密に統合することで、軍事技術や軍事能力の向上を図ってきている。これは、軍事技術の民間転用(軍転民)や民生技術の軍事利用、軍事産業と民間企業の協力や参加(民参軍)などの「軍民融合」を通じて実現される。たとえば、中国の航空宇宙産業や通信技術産業は、軍事目的にも活用されており、国有企業および非国有企業との協力を通じて技術の革新や競争力の向上が図られている。
2000年代後半から進められてきた「軍民融合」に関する発展戦略は2015年3月に国家戦略に引き上げられ、さらに2017年10月に開催された中国共産党第19期全国代表大会(19大)において、習近平総書記が、経済発展と軍事強国化を同時に実現していく方法として「軍民融合」を基にした「軍民の一体化した国家戦略システムと能力」の構築に言及した。
しかし、2018年末以降、米中対立などを背景に「軍民融合」が表立って語られなくなり、2022年10月の20大でも直接的な言及がなされなかった。ただし、党規約では「軍民融合発展戦略」がなお国家戦略の一つとして明記されており、「軍民融合」が中国の経済成長戦略と国防戦略を説明する上で重要な概念であることは変わっていない。
現在、中国では、このような経済と国防の一体化戦略である「軍民融合発展戦略」の下でさまざまな取り組みが進められている。特に習近平政権下の中国における「軍民融合発展戦略」で特徴的なのは、地方における経済と国防を一体化した政策である。
たとえば、2023年5月10日には、内モンゴル自治区包頭市で、一体化した能力建設および先進技術成果の転化の促進を加速するためのビジネスマッチング会が「新技術の統合と新産業の活性化」をテーマに開催されている。このビジネスマッチング会は、国防科学技術産業と地域経済の質の高い発展を支援することを目的としている。
地方での「軍民融合」を意識したイベントが開催される背景には、軍事ガバナンスを強化し、経済建設と国防建設とを同時に発展させるためには、軍と地方との「融合」が重要であると習近平指導部が認識していることがある。実際、習近平は、以前から「経済建設を中心として堅持することは、国防建設のプロセスを遅らせることができるという意味ではない」、「強力な国防がなければ、平和な国際環境と安定した国内環境がなければ、経済建設を順調に進めることはできない」と述べてきたⅱ。
そのため、中国は、「軍民融合発展戦略」の一つとして、地方におけるさまざまな先進技術の成果を軍事転用(スピンオン)して軍の質の高い発展を促進し、軍事技術を民生用途に利用(スピンオフ)することで地方の経済発展につなげていくことを模索している。
このように、習近平政権下の中国では、経済と国防を一体化し、国家の資源を軍事目的に動員する「軍国主義的国際秩序」の構築や、国防教育を強化することによる「危機の社会化」を進め、ハロルド・ラズウェル(Harold D. Lasswell)が定義するところの「兵営国家」化を行うことで、国防・安全保障への増分を正当化している。
しかし、中国が経済と国防の一体化戦略を推進するには、軍民の情報の非対称性をはじめ、さまざまな障壁が存在する。中国は、そうした障壁を克服するために「軍民融合発展戦略」に改良を加え続けている。こうした取り組みが経済と国防の建設にどのように結びつき、どの程度成功しているかを把握し、評価していく必要がある。
2.中国のエコノミック・ステイトクラフト
一方、中国はエコノミック・ステイトクラフト(ES)の手法を通じて、経済的手段を用いた国家の戦略的目標の達成を試みている。ESとは、政府が産業政策や貿易政策、通貨政策などの手段を使って経済を誘導することを意味する。中国政府は、国内の産業の育成や技術の獲得を通じて経済成長を促進し、国際的な競争力を高めることに焦点を当てている。
中国は、経済的手段を用いることで他国への影響力を行使しようとしている。中国が他国に行使するESは、友好的なものと敵対的なものがあるⅲ。特に近年、米国をはじめとする諸外国によって対中規制や制裁が加えられるようになると、中国はそれに対抗するESを行うために、自らのナラティブを変更し、国内法の整備を進め、既存の国際法秩序の変更をも試みている。習近平指導部は、こうしたナラティブの変更と法制度を用いた対抗を「渉外法律闘争」として位置づけている。
中国はESを遂行するための国内法整備の一つとして、2020年10月17日に「輸出管理法」を制定している。「輸出管理法」は、中国の輸出管理の分野で最初の特別法であり、管理政策、管理リストと管理措置、監督管理、法的責任、および附則の全5章49条からなっている。また、同法は、規制品リストの整備や特定品目の輸出禁止に係るエンティティ・リストの導入、みなし輸出、再輸出規制導入、域外適用の原則、報復措置などを規定している。
中国は、こうした「輸出管理法」によって国内法の域外適用を模索する一方で、2021年1月9日には商務部が「外国と法律および措置の不当な域外適用を阻止する弁法」を公表、同日に施行し、中国政府が「不当な域外適用」と見なした場合、その当事者に対して損害賠償を請求できると規定している。また、2021年4月26日には、国家安全部が「反間諜(スパイ)安全防範工作規定」を制定し、技術や情報、知的財産権の保護を強化している。さらに、2021年6月10日には、「中華人民共和国反外国制裁法」が成立、同日施行され、中国の主張する権益を擁護・保護することを名目に、国内法に基づき他国に対して報復・対抗措置を講じることを可能にした。
このように、中国は、自国の国内法制度を整備し、「渉外法律闘争」という位置づけでESを遂行しようとしているが、加えて諸外国経済の対中依存度を高めることで中国への脆弱性を高めるというかたちでのESも展開している。たとえば、中国は、アジアインフラ投資銀行をはじめとする新たな金融機関を設立し、また外国直接投資(FDI)を積極的に展開しており、国際金融における存在感を高めている。そのため、中国マネーの主な受け手となっている新興国・発展途上国は中国経済に大きく依存するようになっており、国際場裏における中国の行動に対して同調的な態度を示さざるを得なくなっている。
このように中国は、諸外国の対中依存度を高める戦略を採用することでESを遂行する能力を高めようとしているが、一方で他国から中国に仕掛けられるESの被害を最小限に止めるため、経済の「自力更生」をかかげて他国への経済依存度を抑える戦略を描いている。たとえば、中国は、自国の企業に対する減税や融資、補助金などを拡大し、産業チェーンを強化することなどを目的とした経済政策を矢継ぎ早に打ち出し、経済の国内循環を主体とする経済発展戦略である「双循環」をかかげている。また、第1節で論じたように、経済と国防の一体化戦略を中国の経済・国防建設の最重要概念の一つとして位置づけ、補助金や税制優遇政策で民間企業や地方政府を支援することで生み出されたイノベーションを主体とした経済成長モデルを実現することによって、国防上重要な技術を諸外国から中国へのESの材料にさせないようにし、また軍民融合技術で中国が国際的な優位を保ち続けることで中国から諸外国へのESの材料の一つにしようとしている。
3.ESと「一帯一路」構想
中国の経済と国防の一体化戦略は「一帯一路」構想(BRI:The Belt and Road Initiative)とも結びついているⅳ。「一帯一路」構想は、インフラ整備や貿易の促進を通じて中国の影響力を拡大し、戦略的な利益を確保することを目指している。その意味では、「一帯一路」構想は他国に対する友好的なESであり、それを通じて国際社会での影響力を拡大し、地域および国際的な経済的結びつきを促進するための戦略的なアプローチであるⅴ。
また、中国はこの構想を通じて国防と産業を統合し、海洋進出や軍事基地の拡充などの戦略的目標を実現しようとしている。ダニエル・R・ラッセルとブレイク・バーガーは、「『兵器化』する一帯一路」と題する論考の中で、中国は「一帯一路」構想が経済開発を主眼とした平和的で他国を傷つける意図のない「ウィンウィン」の構想であると主張しているものの、周到に準備された軍事戦略面での機能性が深く埋め込まれているのは明らかであり、BRIプラットフォームを中心に据えたネットワークの強化を図ることで人民解放軍の戦力投射を直接支援する意図があると指摘しているⅵ。
特に近年、中国は、東シナ海や南シナ海といった領土的野心のある地域だけでなく、中国商船が使用するシーレーンの要衝や中国経済を支えるエネルギー・資源の補給地など、より広範な海外権益を有するようになっており、それらの海外権益を保護するために人民解放軍の活動範囲が急拡大している。そして、この海外権益と人民解放軍に求められる役割は、「一帯一路」構想によってさらに拡大している。たとえば、「一帯一路」構想の一部である中国=パキスタン経済回廊(CPEC)では、「一帯一路」構想関連の施設に対するテロ攻撃が頻発しており、現地に駐在する中国人が危険にさらされている。また、欧州と中国を往復する貨物や中東で購入した石油などの資源を運ぶタンカーがソマリア沖の海賊の脅威にさらされている。
さらには、兵站・後方支援(logistics)の側面でも、効率的かつ安定的な輸送システムとネットワークを構築することも企図されている。このように、人民解放軍の役割は、BRIで中国企業や中国人の活動範囲が広がるにつれて、それを保護する役割が拡大しており、BRIが軍事面と密接に関わるようになっている。そのため、一部のプロジェクトは、軍事的な側面も持っている。BRIのなかで中国マネーが用いられて整備された民生用途の港湾設備などのインフラが「軍民融合」のかたちで人民解放軍の遠方への戦力投射基地や戦略的な拠点としての性格を有するようになっている。
中国はBRIを純粋に経済的な目的で進めていると主張しており、軍事的な側面を強調することは避けているが、実際にはパキスタンやタイ、UAEなどのBRI沿線国に対して経済協力のみならず、軍事協力や武器輸出をも進めていることも、中国の経済と国防の一体化戦略に基づくものと見ることができよう。
また、シュエ・ゴン(Xue Gong)は、中国の「一帯一路」構想のみならず日米などによる「自由で開かれた太平洋」構想を東南アジア地域におけるESとして捉えているⅶ。ここでは、「一帯一路」構想と「自由で開かれた太平洋」構想が「包摂性」を標榜しつつ、ライバル関係にあり、まさに「トゥキュディデスの罠」状況に陥りつつあることが指摘されている。一方、中国は敵対的なESとして、経済的な圧力をかけて他国に政治的な妥協をさせたり、経済的な報復を行って他国の行動を変えたりすることを試みている。ただし、その成功は中国に対する経済的な依存度をはじめとする状況に依存するとみられているⅷ。
こうした中国の経済と国防の一体化戦略は、中国の国際的な経済的・軍事的な地位を強化し、国家の安全保障や戦略的利益を確保するための重要な手段として位置づけられている。習近平が2020年4月10日に中央財経委員会第7回会議で「設備などの分野で産業の質を高め、国際的な産業チェーンを我が国(中国)に依存させることは、人為的に供給を遮断することへの強力な対策と抑止力を形成する」と述べたように、中国は「一体化した国家戦略システムと能力」の構築を進めながら、今後もESの手法を用いるとともに、武力をも用いて自らの主権主張や「権益擁護」のために強制力を行使しようとするだろうⅸ。
執筆者プロフィール
土屋 貴裕 (つちや たかひろ)
京都先端技術大学経済経営学部経済学科准教授 安全保障学博士
慶應義塾大学環境情報学部環境情報学科卒業。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。防衛大学校総合安全保障研究科後期課程卒業。在香港日本国総領事館専門調査員などを経て現職。専門分野は、公共経済学、国際政治経済学、安全保障論、計量経済学、中国における新興産業の経営実践など。著書に、『現代中国の軍事制度:国防費・軍事費をめぐる党・政・軍関係』(単著、勁草書房、2015年)、『「技術」が変える戦争と平和』(共著、芙蓉書房出版、2018年)、『米中の経済安全保障戦略:新興技術をめぐる新たな競争』(共著、芙蓉書房出版、2021年)、『習近平の軍事戦略:「強軍の夢」は実現するか』(共著、芙蓉書房出版、2023年)ほか多数。所属学会は、International Studies Association (ISA)、日本国際政治学会、アジア政経学会、日本現代中国学会、国際安全保障学会、日本防衛法学会、日本防衛学会、慶應SFC学会、人工知能学会、日本安全保障貿易学会。
京都先端科学大学 准教授
土屋 貴裕
1.はじめに:中国の経済と国防の一体化戦略
中国の経済と国防の一体化戦略は、中国の経済的、軍事的な発展における重要な要素の一つとして位置づけられている。これは、中国が自らを世界的な経済大国として発展させると同時に軍事的な力を強化して国際的な影響力を拡大しようとする戦略的アプローチであるⅰ。
中国は国防と産業を緊密に統合することで、軍事技術や軍事能力の向上を図ってきている。これは、軍事技術の民間転用(軍転民)や民生技術の軍事利用、軍事産業と民間企業の協力や参加(民参軍)などの「軍民融合」を通じて実現される。たとえば、中国の航空宇宙産業や通信技術産業は、軍事目的にも活用されており、国有企業および非国有企業との協力を通じて技術の革新や競争力の向上が図られている。
2000年代後半から進められてきた「軍民融合」に関する発展戦略は2015年3月に国家戦略に引き上げられ、さらに2017年10月に開催された中国共産党第19期全国代表大会(19大)において、習近平総書記が、経済発展と軍事強国化を同時に実現していく方法として「軍民融合」を基にした「軍民の一体化した国家戦略システムと能力」の構築に言及した。
しかし、2018年末以降、米中対立などを背景に「軍民融合」が表立って語られなくなり、2022年10月の20大でも直接的な言及がなされなかった。ただし、党規約では「軍民融合発展戦略」がなお国家戦略の一つとして明記されており、「軍民融合」が中国の経済成長戦略と国防戦略を説明する上で重要な概念であることは変わっていない。
現在、中国では、このような経済と国防の一体化戦略である「軍民融合発展戦略」の下でさまざまな取り組みが進められている。特に習近平政権下の中国における「軍民融合発展戦略」で特徴的なのは、地方における経済と国防を一体化した政策である。
たとえば、2023年5月10日には、内モンゴル自治区包頭市で、一体化した能力建設および先進技術成果の転化の促進を加速するためのビジネスマッチング会が「新技術の統合と新産業の活性化」をテーマに開催されている。このビジネスマッチング会は、国防科学技術産業と地域経済の質の高い発展を支援することを目的としている。
地方での「軍民融合」を意識したイベントが開催される背景には、軍事ガバナンスを強化し、経済建設と国防建設とを同時に発展させるためには、軍と地方との「融合」が重要であると習近平指導部が認識していることがある。実際、習近平は、以前から「経済建設を中心として堅持することは、国防建設のプロセスを遅らせることができるという意味ではない」、「強力な国防がなければ、平和な国際環境と安定した国内環境がなければ、経済建設を順調に進めることはできない」と述べてきたⅱ。
そのため、中国は、「軍民融合発展戦略」の一つとして、地方におけるさまざまな先進技術の成果を軍事転用(スピンオン)して軍の質の高い発展を促進し、軍事技術を民生用途に利用(スピンオフ)することで地方の経済発展につなげていくことを模索している。
このように、習近平政権下の中国では、経済と国防を一体化し、国家の資源を軍事目的に動員する「軍国主義的国際秩序」の構築や、国防教育を強化することによる「危機の社会化」を進め、ハロルド・ラズウェル(Harold D. Lasswell)が定義するところの「兵営国家」化を行うことで、国防・安全保障への増分を正当化している。
しかし、中国が経済と国防の一体化戦略を推進するには、軍民の情報の非対称性をはじめ、さまざまな障壁が存在する。中国は、そうした障壁を克服するために「軍民融合発展戦略」に改良を加え続けている。こうした取り組みが経済と国防の建設にどのように結びつき、どの程度成功しているかを把握し、評価していく必要がある。
2.中国のエコノミック・ステイトクラフト
一方、中国はエコノミック・ステイトクラフト(ES)の手法を通じて、経済的手段を用いた国家の戦略的目標の達成を試みている。ESとは、政府が産業政策や貿易政策、通貨政策などの手段を使って経済を誘導することを意味する。中国政府は、国内の産業の育成や技術の獲得を通じて経済成長を促進し、国際的な競争力を高めることに焦点を当てている。
中国は、経済的手段を用いることで他国への影響力を行使しようとしている。中国が他国に行使するESは、友好的なものと敵対的なものがあるⅲ。特に近年、米国をはじめとする諸外国によって対中規制や制裁が加えられるようになると、中国はそれに対抗するESを行うために、自らのナラティブを変更し、国内法の整備を進め、既存の国際法秩序の変更をも試みている。習近平指導部は、こうしたナラティブの変更と法制度を用いた対抗を「渉外法律闘争」として位置づけている。
中国はESを遂行するための国内法整備の一つとして、2020年10月17日に「輸出管理法」を制定している。「輸出管理法」は、中国の輸出管理の分野で最初の特別法であり、管理政策、管理リストと管理措置、監督管理、法的責任、および附則の全5章49条からなっている。また、同法は、規制品リストの整備や特定品目の輸出禁止に係るエンティティ・リストの導入、みなし輸出、再輸出規制導入、域外適用の原則、報復措置などを規定している。
中国は、こうした「輸出管理法」によって国内法の域外適用を模索する一方で、2021年1月9日には商務部が「外国と法律および措置の不当な域外適用を阻止する弁法」を公表、同日に施行し、中国政府が「不当な域外適用」と見なした場合、その当事者に対して損害賠償を請求できると規定している。また、2021年4月26日には、国家安全部が「反間諜(スパイ)安全防範工作規定」を制定し、技術や情報、知的財産権の保護を強化している。さらに、2021年6月10日には、「中華人民共和国反外国制裁法」が成立、同日施行され、中国の主張する権益を擁護・保護することを名目に、国内法に基づき他国に対して報復・対抗措置を講じることを可能にした。
このように、中国は、自国の国内法制度を整備し、「渉外法律闘争」という位置づけでESを遂行しようとしているが、加えて諸外国経済の対中依存度を高めることで中国への脆弱性を高めるというかたちでのESも展開している。たとえば、中国は、アジアインフラ投資銀行をはじめとする新たな金融機関を設立し、また外国直接投資(FDI)を積極的に展開しており、国際金融における存在感を高めている。そのため、中国マネーの主な受け手となっている新興国・発展途上国は中国経済に大きく依存するようになっており、国際場裏における中国の行動に対して同調的な態度を示さざるを得なくなっている。
このように中国は、諸外国の対中依存度を高める戦略を採用することでESを遂行する能力を高めようとしているが、一方で他国から中国に仕掛けられるESの被害を最小限に止めるため、経済の「自力更生」をかかげて他国への経済依存度を抑える戦略を描いている。たとえば、中国は、自国の企業に対する減税や融資、補助金などを拡大し、産業チェーンを強化することなどを目的とした経済政策を矢継ぎ早に打ち出し、経済の国内循環を主体とする経済発展戦略である「双循環」をかかげている。また、第1節で論じたように、経済と国防の一体化戦略を中国の経済・国防建設の最重要概念の一つとして位置づけ、補助金や税制優遇政策で民間企業や地方政府を支援することで生み出されたイノベーションを主体とした経済成長モデルを実現することによって、国防上重要な技術を諸外国から中国へのESの材料にさせないようにし、また軍民融合技術で中国が国際的な優位を保ち続けることで中国から諸外国へのESの材料の一つにしようとしている。
3.ESと「一帯一路」構想
中国の経済と国防の一体化戦略は「一帯一路」構想(BRI:The Belt and Road Initiative)とも結びついているⅳ。「一帯一路」構想は、インフラ整備や貿易の促進を通じて中国の影響力を拡大し、戦略的な利益を確保することを目指している。その意味では、「一帯一路」構想は他国に対する友好的なESであり、それを通じて国際社会での影響力を拡大し、地域および国際的な経済的結びつきを促進するための戦略的なアプローチであるⅴ。
また、中国はこの構想を通じて国防と産業を統合し、海洋進出や軍事基地の拡充などの戦略的目標を実現しようとしている。ダニエル・R・ラッセルとブレイク・バーガーは、「『兵器化』する一帯一路」と題する論考の中で、中国は「一帯一路」構想が経済開発を主眼とした平和的で他国を傷つける意図のない「ウィンウィン」の構想であると主張しているものの、周到に準備された軍事戦略面での機能性が深く埋め込まれているのは明らかであり、BRIプラットフォームを中心に据えたネットワークの強化を図ることで人民解放軍の戦力投射を直接支援する意図があると指摘しているⅵ。
特に近年、中国は、東シナ海や南シナ海といった領土的野心のある地域だけでなく、中国商船が使用するシーレーンの要衝や中国経済を支えるエネルギー・資源の補給地など、より広範な海外権益を有するようになっており、それらの海外権益を保護するために人民解放軍の活動範囲が急拡大している。そして、この海外権益と人民解放軍に求められる役割は、「一帯一路」構想によってさらに拡大している。たとえば、「一帯一路」構想の一部である中国=パキスタン経済回廊(CPEC)では、「一帯一路」構想関連の施設に対するテロ攻撃が頻発しており、現地に駐在する中国人が危険にさらされている。また、欧州と中国を往復する貨物や中東で購入した石油などの資源を運ぶタンカーがソマリア沖の海賊の脅威にさらされている。
さらには、兵站・後方支援(logistics)の側面でも、効率的かつ安定的な輸送システムとネットワークを構築することも企図されている。このように、人民解放軍の役割は、BRIで中国企業や中国人の活動範囲が広がるにつれて、それを保護する役割が拡大しており、BRIが軍事面と密接に関わるようになっている。そのため、一部のプロジェクトは、軍事的な側面も持っている。BRIのなかで中国マネーが用いられて整備された民生用途の港湾設備などのインフラが「軍民融合」のかたちで人民解放軍の遠方への戦力投射基地や戦略的な拠点としての性格を有するようになっている。
中国はBRIを純粋に経済的な目的で進めていると主張しており、軍事的な側面を強調することは避けているが、実際にはパキスタンやタイ、UAEなどのBRI沿線国に対して経済協力のみならず、軍事協力や武器輸出をも進めていることも、中国の経済と国防の一体化戦略に基づくものと見ることができよう。
また、シュエ・ゴン(Xue Gong)は、中国の「一帯一路」構想のみならず日米などによる「自由で開かれた太平洋」構想を東南アジア地域におけるESとして捉えているⅶ。ここでは、「一帯一路」構想と「自由で開かれた太平洋」構想が「包摂性」を標榜しつつ、ライバル関係にあり、まさに「トゥキュディデスの罠」状況に陥りつつあることが指摘されている。一方、中国は敵対的なESとして、経済的な圧力をかけて他国に政治的な妥協をさせたり、経済的な報復を行って他国の行動を変えたりすることを試みている。ただし、その成功は中国に対する経済的な依存度をはじめとする状況に依存するとみられているⅷ。
こうした中国の経済と国防の一体化戦略は、中国の国際的な経済的・軍事的な地位を強化し、国家の安全保障や戦略的利益を確保するための重要な手段として位置づけられている。習近平が2020年4月10日に中央財経委員会第7回会議で「設備などの分野で産業の質を高め、国際的な産業チェーンを我が国(中国)に依存させることは、人為的に供給を遮断することへの強力な対策と抑止力を形成する」と述べたように、中国は「一体化した国家戦略システムと能力」の構築を進めながら、今後もESの手法を用いるとともに、武力をも用いて自らの主権主張や「権益擁護」のために強制力を行使しようとするだろうⅸ。
- ⅰ 詳しくは、土屋貴裕「中国・軍民融合発展戦略の新展開:『一体化した国家戦略システムと能力』の構築」日本国際問題研究所、2024年1月19日、https://www.jiia.or.jp/research-report/economic-security-fy2023-03.htmlを参照されたい。
- ⅱ 「全面小康一個也不能少―習近平総書記在浙江的探索與実戦・協調編」浙江新聞網、2017年10月7日、https://zjnews.zjol.com.cn/gaoceng_developments/201710/t20171007_5277240.shtml、および、「習近平與“十三五”五大発展理念 協調」央広網、2015年11月2日、https://news.cnr.cn/native/gd/20151102/t20151102_520353051_5.shtml。
- ⅲ 詳しくは、土屋貴裕「中国のエコノミック・ステイトクラフトと法制度」土屋貴裕、西脇修編著『新時代の相互主義 国際政治の地殻変動と対抗措置』文眞堂、2023年、79-98頁を参照されたい。
- ⅳ 中国の「一帯一路」構想について、詳しくは、土屋貴裕「中国の『一帯一路』構想をめぐる現状と課題」佐藤史郎、石坂晋哉編『現代アジアをつかむ ― 社会・経済・政治・文化 35 のイシュー』第13章、明石書店、2022年、165-177頁、および Alfred Gerstl and Ute Wallenbock (eds) China’s Belt and Road Initiative: Strategic and Economic Impacts on Central Asia, Southeast Asia, and Central Eastern Europe, Routledge, 2021、などを参照されたい。
- ⅴ Luiza Kostecka-Tomaszewska, Monika Krukowska, China's Economic Statecraft: The Role of the Belt and Road Initiative, European Research Studies Journal, Volume XXIV, Issue 2, 2021, pp.1019-1036,https://ersj.eu/journal/2170/download/Chinas+Economic+Statecraft+The+Role+of+the+Belt+and+Road+Initiative.pdf.
- ⅵ ダニエル・R・ラッセル、ブレイク・バーガー「『兵器化』する一帯一路」アジア・ソサエティ政策研究所、2020年9月、https://asiasociety.org/sites/default/files/2021-07/WeaponizingBRI_report%20Japanese_rev.pdf。
- ⅶ Xue Gong, China’s Economic Statecraft: The Belt and Road in Southeast Asia and the Impact on the Indo-Pacific, Security Challenges, Vol. 16, No. 3, Special Issue: The Indo-Pacific: From Concept to Contest, 2020, pp.39-46, https://www.jstor.org/stable/26924338.
- ⅷ Matt Ferchen, Does China’s Coercive Economic Statecraft Actually Work?, United States Institute of Peace, March 1, 2023, https://www.usip.org/publications/2023/03/does-chinas-coercive-economic-statecraft-actually-work.
- ⅸ 習近平「国家中長期経済社会発展戦略若干重大問題」求是網、2020年10月31日、http://www.qstheory.cn/dukan/qs/2020-10/31/c_1126680390.htm。
執筆者プロフィール
土屋 貴裕 (つちや たかひろ)
京都先端技術大学経済経営学部経済学科准教授 安全保障学博士
慶應義塾大学環境情報学部環境情報学科卒業。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。防衛大学校総合安全保障研究科後期課程卒業。在香港日本国総領事館専門調査員などを経て現職。専門分野は、公共経済学、国際政治経済学、安全保障論、計量経済学、中国における新興産業の経営実践など。著書に、『現代中国の軍事制度:国防費・軍事費をめぐる党・政・軍関係』(単著、勁草書房、2015年)、『「技術」が変える戦争と平和』(共著、芙蓉書房出版、2018年)、『米中の経済安全保障戦略:新興技術をめぐる新たな競争』(共著、芙蓉書房出版、2021年)、『習近平の軍事戦略:「強軍の夢」は実現するか』(共著、芙蓉書房出版、2023年)ほか多数。所属学会は、International Studies Association (ISA)、日本国際政治学会、アジア政経学会、日本現代中国学会、国際安全保障学会、日本防衛法学会、日本防衛学会、慶應SFC学会、人工知能学会、日本安全保障貿易学会。