事業のカテゴリー: 中国から見た経済安保

中国研究会/識者の発表に基づく概要とりまとめ(5)いわゆる強制技術移転について―国際ルールの限界と諸国の対応ぶりの変化― 長崎県立大学 国際社会学部 国際社会学科 准教授 平見 健太 【2023/12/05】

中国研究会/識者の発表に基づく概要とりまとめ(5)
いわゆる強制技術移転について―国際ルールの限界と諸国の対応ぶりの変化―

研究会開催日:2023年 9月15日

長崎県立大学 国際社会学部 国際社会学科 准教授
平見 健太

1.はじめに
(1)問題の位置づけ
 中国の強制技術移転について国際社会でどう理解されているかを示す一つの事例として、今年5月に開催されたG7の広島首脳コミュニケでは、「我々は、世界経済を歪める中国の非市場的政策及び慣⾏がもたらす課題に対処することを追求する。我々は不当な技術移転やデータ開⽰などの悪意のある慣行に対抗する。我々は、経済的威圧に対する強靱性を促進する。我々はまた、国家安全保障を脅かすために使用され得る先端技術を、貿易及び投資を不当に制限することなく保護する必要性を認識する。」と述べており、主要先進国における問題の所在が理解されるとともに、その関心の高さを窺い知ることができる。
 中国の強制技術移転の最近の懸念事例としては、複合機等の政府調達に関する規格案(2022年7月発表、後に⼀部撤回)において、技術移転を事実上強要するような規格を策定しようとしたところ、様々な批判もあり今年7月に一部を撤回したとの報道がなされた他、化粧品ラベル管理弁法では化粧品の全成分を開示しなければならないとのルールを策定し、2024年1月に施行される予定との報道もなされている。技術の流出は、それを保有する企業にとって経済的ダメージとなり、また、その技術が機微なものであれば安全保障上の問題にもなり得ることから、当事者の意図に関わらず技術を獲得するという非市場経済慣行と、場合によっては経済安全保障の二つの課題領域に跨る問題であると位置づけることができる。
(2)技術移転問題の構図
 企業間で同意した自発的な技術移転は原則非難の対象にはならないが、安全保障上の観点から懸念が生じる場合には、当事者同士が同意した自発的な技術移転であっても規制される場合があることは当然想定される。
 一方、強制技術移転は、本来であれば企業間で自発的に行われなければならない技術移転に政府が介入することで発生する非自発的、市場歪曲的な技術移転を指している。当事者が意図しない、あるいは当事者の意図に反して行われる技術移転には技術流出の懸念を伴うため、自発的技術移転と異なり、深刻な問題として注目される。
 OECDがまとめた下図には、技術移転を発生させ得る各種措置が記載されており、図の右側に向かうほど当事者の意図しない、つまり強制技術移転が発生する可能性が高くなる措置の類型を示している。この図によれば、懸念度が高くなるものとしてソースコードの開示要求や機微技術の開示要求、データローカライゼーションの要求などが挙げられており、これらの措置を通じて強制的に技術開示を要求される可能性が高まる懸念があることが示されている
また、この技術移転の強制性を生み出す要素についても下記の通り分析されている。
  1. ① 技術移転と市場アクセス許与の関連性
  2. ② 差別待遇の存在(外国企業と国内企業間における待遇の差異)
  3. ③ 透明性の有無(行政上の許認可手続き等が不明瞭であること)
  4. ④ 技術移転に関して国家の果たす役割
 上記の4つの要素が、単独で、あるいはそれぞれの要素の相互組合せによって、個々の技術移転に関する強制性が発生することがあるとされており、また同じくOECDの報告書では、強制技術移転を客観的に評価する際にもこの4つの要素が指標になると述べられている。注意すべきは個々の措置のみならず、その国の政治環境に関しても問題になるという点であり、中国が抱えている問題は概ねこの4つの要素を全てカバーしている。

2. 強制技術移転に関する中国の措置類型と国際ルールの現状
 次に強制技術移転の懸念に対して国際ルールがどのように対応し得るのか、または対応できないのかという点につき、4つの措置類型と適用法規及び実際の対応について見ていく。尚、下記(1)~(4)の措置類型は、米国が中国の措置に対して行った通商法301条調査(2018年報告書公表)の類型に依拠している
(1)技術ライセンス契約に関する差別的措置について
 中国国内法(技術輸出入管理条例等)により、外国企業側が中国企業に対して特許等ライセンスを譲渡しなければ何らかの不利益が生じるため、結果として意図に反して技術を譲渡せざるを得ず、不利な契約を強いられる場合を指している。
 この措置類型に対する国際的適用法規としては、WTOルールであるTRIPS協定3条(内国民待遇)及び同28条(特許者に与えられる権利)という知財に関するルールに適用法規が定められており、米国およびEUはWTO紛争処理手続きを活用(DS542、DS549)して中国を提訴した経緯がある。このため、中国は提訴直後の2019年、関連する国内法の改正を行った。この措置により懸念は完全に解消されたとは言えないまでも、現状、米国、EUは紛争処理手続を中断している状況にある。

(2)行政上の許認可手続・要件等を用いた技術移転要求
 不透明・恣意的な行政上の許認可手続きや合弁事業要件などの手法を駆使し、外国企業に対して中国企業への技術移転を事実上強制している場合を指している。
 この措置類型に関連する国際ルールとしては、WTOルールの中に、中国がWTO加盟時に締結した中国のみが義務を負う中国加入議定書(7条3項)と、作業部会報告書中に関連するルール(49項および203項など)が存在する。これらのルールでは、許認可手続や要件等を通じた技術移転の要求は禁止されている。中国も当然その点は認識していると考えられることより、実際に技術移転要求をする際には口頭で伝達するなど、証拠が残らないような形での要求を行っているとの報告もなされている。
 本件に関するEUと米国の対応は異なったものとなっている。EUがWTO紛争処理手続の活用(DS549)を試み、その後中断したのに対し、米国はWTOの紛争処理手続きによる勝訴の可能性は低いと見たためか、国際ルールではなく、米国国内法である通商法301条に基づき対中制裁関税の発動に踏み切っている。
 米国の制裁関税発動はその後の米中の関税合戦の口火になったと言えるが、中国は対米報復措置を取りつつも、2020年には外商投資法を施行するなど、一定の譲歩を示したようにも見受けられる。また国際ルールという観点からは、2020年の米中合意の技術移転章でこのような類型の措置を行わないことを義務付けている。一方で、同年中国とEUの間で包括投資協定の大筋合意がなされており、本協定中にも強制技術移転を抑止するためのルールが策定されている。その後、経済安全保障の潮流の中で生じたEU側の対中関係見直しの一環として、現在本協定は凍結されているため、その実効性については目下のところ不明であるが、米中合意並びにEUとの包括協定の大筋合意を経て、中国側の対応はある程度進展しつつあるという声も聞かれる。

 (3)国家の指揮・支援に基づく海外企業買収(領域外での技術獲得の試み)
 中国の産業政策上重要な先端技術・知的財産の移転を⽬的として、政府の指揮・支援を受けた中国企業が、海外において先進国企業への投資・買収を組織的に行う措置である。日本も本措置類型の対象になっていると思料されるが、結論から言えば、現在の国際法あるいは国際経済法でこの事象を実効的に規律するルールは存在しないと言ってよい。各対象国では、国内法を整備して自衛するという方向に動いている。

(4)サイバー諜報による技術情報の窃取(領域外での技術獲得の試み)
 中国政府機関の支援を受けたアクターが、米国の商用コンピューターネットワークに不正侵⼊し、営業秘密や技術情報を窃取する場合を指している。現状、このような事象に対して適用できる国際ルールは存在せず、国際ルールで規律できない強制技術移転の類型と言えよう。
 上記(1)~(4)の4つの類型別事象が示す通り、現状では強制技術移転を規律する国際ルールは部分的・断片的にしか存在せず、また、国家の権利・義務を定めているルールがあったとしても、履行確保に関するルールが実効性を欠く場合が存在(後述)する。中国では2022年以降も複合機等の政府調達に関する規格案や、化粧品ラベル管理弁法といった強制技術移転を惹起しうる措置が考案されており、依然として強制技術移転に対する懸念を払拭することが難しい状況にあることがわかる。

3. 強制技術移転を規制する国際ルールの模索と限界
(1)国際ルール形成の動きと停滞
 では、これらの状況に対して国際社会はどのような対応を取ろうとしているのだろうか。2020年1月の日米欧三極貿易大臣会合では、強制技術移転に関して踏み込んだ内容を含む共同声明が出されている(以下、関連個所を抜粋)。
 「三閣僚は、第三国による強制技術移転措置を防ぐことを⽬的とした主要な規律のあり得る要素や、強制技術移転に対処する必要性に関し他のWTO加盟国にアウトリーチを行い、コンセンサスを構築する必要性、及び輸出管理や安全保障目的のための投資管理、それぞれのエンフォースメント手段、新たなルール作りを通じたものを含め、有害な強制技術移転政策及び措置を止めるための効果的な⽅法に対するコミットメントについて議論した。」
 その後、新型コロナの世界的流行の影響やその他の情勢変化の影響を受けたためか、このような声明は出されたものの、現状多国間で強制技術移転に関するルール形成を行うという動きは停滞しているように見える。本来であれば、中国を巻き込み、WTOフォーラムなどを通じての国際ルール策定が必要であることは言うまでもない。

(2) 条約上の履行確保制度につきまとう課題
 前章(2)で述べた通り、米中合意やEUとの包括投資協定を通じ、強制技術移転に関する新しいルールをバイで形成しようとの試みはあるが、しかし、たとえルールが整備されたとしても、履行確保制度が機能しなければ実効性はないに等しい。
 ひとたび強制技術移転が発生すると、技術取得者は多⼤な利益を得る一方、被害者(国)は強制技術移転により長期に亘って競争力を喪失し、また、場合によっては安全保障上の脅威に成り得る可能性もある。現在の通商協定に含まれる(WTO紛争処理などの)紛争処理手続の目的は、あくまでも違法措置を撤廃することであり、過去に生じた損害を払拭し、賠償を行うことを目的にはしていない。よって、強制技術移転が起きた場合、例えばWTO紛争処理を使って相手を訴え、違法措置を撤廃させたとしても、生じた被害は回復されず、結果として被害者(国)にとって意味ある救済を提供し得るのかという救済の実効性に疑問が残ることになる。
特に中国の場合、その統治システム自体が不透明であり、中国が行っていることを国家の措置として存在を立証すること自体が困難な場合があることから、強制技術移転の問題に関して的確に対応することが非常に難しくなる。救済の実効性とともに、この面も大きな課題であると言える。

4. 国内措置による対処への重心移動
 上記のように、強制技術移転に対応する国際ルールの限界を踏まえ、最近の潮流として国内措置による対処への重心移動が起きている。
  米国EU貿易技術評議会(TTC)によるピッツバーグ声明・付属書5(2021年9月29日)によれば、WTOの国際ルールを改正、更新することが必要であると述べている一方で、強制技術移転や国が支援する知財の剽窃等に対しては、国内措置(domestic measures)が通商政策や市場ベース経済に対して、あるいは法の支配を確保する上で、重要な役割を果たすことを認識するとしており、国内措置を改善し、実効性を高めるために協議・協調していくとの趣旨が述べられている。
 つまり、米国とEUは、WTOの国際ルールを改正、更新が大事だと表明しながらも、当面は国内措置を使って対処する、そのためにTTCを活用するとしており、国内法にその重心が移動していることがわかる。強制技術移転に関しては、輸出管理や対内直接投資の審査制度の厳格化、あるいは最近の米国による対外直接投資規制のような形で、技術流出を防ぐべく国内措置を拡充していると考えられる。
 その他にも、政府調達や研究分野で技術流出が起きることがないよう、多様な分野において国内規律の整備・強化が進んでいるが、これは国内措置への傾斜という文脈の中で展開している事象であると理解することが可能だろう。
 次に日本における措置であるが、「政府は、年内にまとめる経済安全保障の対処指針に、外国による貿易の制限や技術移転の要求といった『経済的威圧』への対応を盛り込む調整に入った」との報道がなされており、その措置の一環として「強制技術移転に関する行為への対処も盛り込む」としている。また、今後、政府が資金を投じて企業と開発する重点技術や産業基盤をめぐり、他国の脅威から守る姿勢を対外的に明示することや、日本が優位性を持つ技術を特定し、産業界と連携して流出対策を講じるとされており、この点からも、国際連携をにらみつつも、国内措置による自衛の強化を志向していくという方向性は明らかにされつつあると言える。
 このように、日本をはじめ主要先進国では、強制技術移転の対応策が国内措置へと傾斜しているのが現在の潮流と言えるが、今後、各国の立場から国内措置が採用されていく場合、措置自体が広範化・複雑化していく可能性が想定される。国際ルールが部分的・断片的にしか存在しない現状で、国内措置による対応は現実的であるとは言えるが、強制技術移転などの国際的規律が弱い領域においては、中長期的にみれば国際ルールによる規律付け必至であろう。
 例えば、ガバメント・データアクセス(GA)においては、一般的には政府が公益目的で企業や個人の商業データにアクセスし、それを用いて目的に叶う政策を実現するためにデータを活用するものである。しかし、このような正当性を持つガバメント・データアクセス(善きGA)がある一方、強制技術移転を行うために、政府が民間企業のデータに無許可でアクセスする行為(悪しきGA)も十分想定され、この悪しきGAを抑止し、本来政府が担うべき活動に支障を来さないようにするためにも、中長期的には何らかの国際ルールの策定が必要とされる所以である。

5.おわりに
 中国は引き続き、強制技術移転を惹起しうる政策・措置を展開する可能性がある。現状では、強制技術移転を規律する国際ルールは部分的・断片的にしか存在せず、多国間での国際ルール形成を目指す動きは見られるも、現在のところ停滞している。主要先進国では、国内措置による自衛に傾斜しているが、中長期的に見れば国際ルールによる規律は必要である。
 強制技術移転は中国問題としての性格が強いが、悪しきガバメント・データアクセスを抑制することなどを含め、より広い文脈でとらえる必要があるだろう。

以  上


【参考】
ⅰ“International Technology Transfer Policies” (OECD 2019.1.24)
https://www.oecd-ilibrary.org/trade/international-technology-transfer-policies_7103eabf-en?crawler=true&mimetype=application%2Fpdf
ⅱUSTRの調査報告書 "FINDINGS OF THE INVESTIGATION INTO CHINA’S ACTS, POLICIES, AND PRACTICES RELATED TO TECHNOLOGY TRANSFER,INTELLECTUAL PROPERTY, AND INNOVATION UNDER SECTION 301 OF THE TRADE ACT OF 1974" (2018.3.22) P5参照
https://ustr.gov/sites/default/files/Section%20301%20FINAL.PDF
ⅲ『貿易制限や外資排除など外国の経済的威圧に対応 政府、年内に指針 中国念頭』(日本経済新聞2023年9月9日)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO74311180Z00C23A9MM8000/

事業のカテゴリー: 中国から見た経済安保