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ロシア ウクライナ侵攻と今後の世界 (15) ウクライナ侵攻と中露関係 慶應義塾大学 教授 廣瀬 陽子 【2022/10/17】

ロシア ウクライナ侵攻と今後の世界

(15) ウクライナ侵攻と中露関係

掲載日:2022年10月17日

慶應義塾大学 教授
廣瀬 陽子

 ロシアのウクライナ侵攻がもたらした衝撃は極めて大きく、様々な影響、変化をもたらしている。それら変化の一つとして指摘したいのが、国際関係の構図にも大きな影響を与える中露関係の動きである。中露関係は元々単純なものではないが、本稿では中露関係の流れを概観し、特にウクライナ侵攻後の両国間の関係性の変化について検討する。


旧ソ連圏でのパワーバランスから見る中露関係

 ソ連解体はユーラシアの力の真空を生んだ。他方、欧米勢力は旧共産主義諸国の民主化・経済改革に乗り出し、旧共産圏を、欧州スタンダードを備えた国々に変革しようとしていた。しかし、それはロシアからはロシアの勢力圏を侵害する行為に思われた。そして、ロシアはユーラシアで欧米とパワーゲームを展開することとなり、EUやNATOへの加盟を目指す、ウクライナ、ジョージア、モルドヴァ(モルドヴァはNATO加盟の希望を表明したことはない)を牽制し、欧米側にいかないよう様々な手段(後述)を使ったのである。2000年半ばまでは反露的な性格が目立ったアゼルバイジャンも加わったGUAM(ジョージア、ウクライナ、アゼルバイジャン、モルドヴァというメンバー国の頭文字をとった地域機構。一時、ウズベキスタンもメンバー)に対しては、ロシアは警戒感を強めていた。

 こうして、旧ソ連解体後のユーラシアはロシアと欧米のパワーゲームが成立しているかに見えたが、2010年に入ると、経済力をバックに中国の世界における存在感が極めて大きくなっていった。その傾向はユーラシアでも顕著に見られるようになり、旧ソ連、特に中央アジア領域では、近年、ロシアと中国が勢力圏抗争を展開するような状況になった。

 ロシアにとって、中央アジアは特に重要な勢力圏であり、中国の進出は決して望ましいものではなかったが、中露は双方のルール、すなわちロシアは「政治、軍事」部門を、中国は「経済」部門をそれぞれ分業することにより、共存共栄ができるはずであった。そして、ロシアはユーラシア経済同盟、中国は一帯一路計画を成功に持って行けるはずであった。

 しかし、近年、中央アジアにおける中国の影響力は、政治、軍事部門にも及ぶようになり、ロシアは当然それを快く思ってはいなかった。それでも2014年のロシアのクリミア併合、ウクライナ東部の混乱への介入で、ロシアが欧米から数多くの制裁を発動され、国際的孤立が目立つようになると、中露関係は、史上最高レベルの戦略協力関係になったと称された。それでもなお、中露関係は「離婚なき便宜的結婚」ともいうべき微妙なものであった。すなわち、あくまでも戦略的に関係を深めるものの、双方ともに相手を心底信用せず、決して離れることはないが、軍事同盟の締結などには至らない関係である。具体的には、対米戦略では協調できるものの、お互いの「核心的利益」、例えばロシアのクリミア、中国の台湾、香港などには極力コミットしない、特に、戦闘が起きた場合には関与しないというような関係である。ただし、2022年に入り、ロシアの対中依存度がより顕著になり、ロシアの立場がかなり弱いものになると、ロシアは「一つの中国」への支援を表明するなど、中国の革新的な利益である台湾問題などにかなり踏み込んだ発言をするようになった。

 また、ロシアと中国は、BRICS (i) や上海協力機構(SCO) (ii) を主導しており、それらにおいても表面的には良好な関係に見えるが、実は各組織内でも勢力圏争いを続けてきたのである。

 つまり、2022年までの中露関係は、純粋な蜜月関係ではなく、対米関係では一致できるものの、勢力圏構想が交錯する地域、国際機構・グループなどではより強い影響力、ないし主導権をめぐって、中露のせめぎ合いがあったと言って良い (iii)


ロシアのウクライナ侵攻と中国

 中露関係は、ロシアのウクライナ侵攻で新たな局面に入ったと言えると考える。

 まず大前提として、中国はロシアのウクライナ侵攻を快く思っていなかった。特に、中国は2022年2月、3月に北京で冬季オリンピック・パラリンピックを自国開催していた。平和の祭典オリンピックの期間に戦争が起きることは特に避けたかったはずである。なお、2008年には北京で夏季オリンピック・パラリンピックが行われたが、まさにオリンピック開会式を狙ったかのように、ロシア・ジョージア戦争が勃発し、中国の面目が潰された記憶も鮮烈だったはずだ。

 そして、ロシアのプーチン大統領は、冬季北京オリンピックの開会式出席のために訪中し、その際に行われた習近平主席との首脳会談で、侵攻の意図を伝えたと考えられている。そして、当然ながら、オリンピック・パラリンピック期間の戦闘は行わないことが約束されたものと思われる。

 恐らく、習近平主席は、ロシアが行う侵攻は東部2州への限定的攻撃であり、短期で終わると想定していたと思われる。他方、ウラジーミル・プーチン大統領は、ウクライナ全土への攻撃を想定しつつも、3日ほどで首都・キーウを陥落させ、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領は逃げ去り、新ロシア的なウクライナを手中に収めることが容易にできると考えていたようである。そのため、ウクライナ侵攻が開始された2月24日は、まさに北京オリンピックとパラリンピックの端境期であったが、プーチン大統領はその端境期の3日ほどで自分の計画が達成できると考え、侵攻を開始したと思われる。習近平主席の面目を潰すつもりはなかったはずだ。だが、現実にはロシア側の目論みは全て崩れ、戦争は泥沼化した。そしてパラリンピック期間も世界の目はウクライナ侵攻に釘付けとなったのだ。

 中国としては、ロシアのウクライナ侵攻は許しがたかった。パラリンピックに泥を塗られただけでなく、中国にとってはウクライナとの関係も良好かつ重要だったからだ。中国はウクライナから空母や砕氷船を購入するなど、軍事的にかなり支えられてきたし、鉄鋼や小麦、穀物などの農産品も多く輸入していた。また、ウクライナの農地を借り入れ、中国人農民を大勢送り込んだりもしていた。

 そして、侵攻によって、中国のロシアとの付き合い方も難しくなった。中国にとってこのような侵攻を始めてしまったロシアは、もはや厄介な存在となったし、ロシアを支援することによって中国も欧米からの制裁対象にされることはなんとしても避けたかった。だが、米国と対抗していく図式の中ではロシアを突き放すこともできない、というジレンマに中国は苛まれることになった。そこで、中国は、明確にロシアを批判することもせず、しかし、軍事的には支援することもしないという姿勢を貫きつつ、経済的な支援もしないという消極的な政治的支援をしてゆくこととなる。そのため、たとえば国連における様々なロシア非難決議などでも、中国は「棄権」を貫いてきた。

 そして、ロシアにとって、中国の存在感はますます大きくなった。特に欧米が制裁によってロシアの天然資源(石炭、天然ガス、石油)の購入をやめてゆく中、そしてロシアも実質的に輸出を自ら止めていった局面において、中国(そしてインド)が、侵攻前よりも多いロシアの天然ガス、石油を購入してくれている現実は、ロシアにとっては極めて有難い状況であった。さらに、ロシアは制裁により欧米諸国からの「輸入」ができなくなってしまったが、その穴を埋めているのも中国だ。

 ロシアは中国に依存しなければ、国際的孤立に陥っている現状を乗り切ることができない状況だ。その状況は中露の関係性にも大きな影響を与えることになった。実は、両国関係は2018年頃から中国の方が優位に立つようになっており、ロシアは中国と対等な関係であるように繕ってきたものの、実際は両国間の格差を実感していたとみられている。しかし、ロシアが中国のジュニアパートナーであるという構図は、ウクライナ侵攻で生まれた新たな国際情勢の中で、より確固たるものとなったといえる。中国は、ロシアの天然資源を安く買い叩き、他方で、中国製品などを高く売りつけ、政治的姿勢もより強気になってきているといえるのである。


ウクライナ侵攻の間にも揺れる中露関係

 このように、ウクライナ侵攻によって、中露関係は新たな段階に移行したといえるが、危機の最中でも、侵攻開始から現在(脱稿時、10月初旬)までの間、中国は国際政治の動き、ロシアの出方によって、ロシアとの距離感を若干変えてきたといえる。

 中国はロシアの侵攻中、一貫して付かず離れずの姿勢を堅持しつつも、相対的にロシアにより接近した契機が2度あり、距離を取った契機が1度あった。

 前者については、まず、6月29日にNATOが新戦略概念を発表した際に見られた。新戦略概念とは、NATOの今後10年の大局的な指針を示すものであるが、ロシアを最も深刻な直接の脅威として位置づける一方、同文書としては初めて中国に初めて触れ、体制上の挑戦であるとした。このことは中国を刺激し、反米感情を高めたことから、反比例的にロシアへの接近につながった。そして、第二に、8月2日にナンシー・ペロシ下院議長が台湾を訪問した際に、中国が反米感情をあらわにし、軍事演習含め、中台関係が厳しい緊張下に置かれた際にも中露関係は相対的に接近したと思われる。この際に、ロシアが中国の情報戦を全面的に援護射撃したことも興味深い展開であった。

 他方、9月に入り、ウクライナの反転攻勢が顕著になり、ロシアが劣勢に置かれてくると、中国の対露姿勢は明らかに冷淡になった。9月1日~7日にロシア極東で行われた軍事演習「ボストーク2022」には中国軍もインド軍などと共に参加し、中露関係の強化を見せつける一方、政治レベルの対話では中露間の距離がより感じられる展開となった。

 まず、9月5~8日にロシアのウラジオストクで行われた東方経済フォーラムには、中国共産党序列第3位とされる栗戦書が出席し、コロナ禍で最高指導部が海外訪問を控えている中ではロシア重視の表れと見られた一方、この際に、栗がプーチン大統領に中国は、特に軍事面ではロシアを支援できないと、かなり厳しく釘を刺したとも言われている。

 さらに、9月15、16日にウズベキスタンで開催された上海協力機構サミットでは、中国が明白にロシアを軽んじる様子が窺え、さらに、ロシア側もその事実を如実に認識せざるを得ない状況があった。同サミットは、コロナ対応で外遊を控えてきた習近平主席のコロナ問題発生後の最初の外遊となったが、まず習が訪問したのはカザフスタンであり、さらにウズベキスタンに移動後も、ロシアに先んじて中央アジア諸国などと会談をしてからプーチン大統領との2月4日以来の対面での会談に臨むという展開となった。さらに、会談前に、プーチン大統領は「ウクライナ情勢に関する中国側の懸念は理解している」と述べるなど、中国が困るような依頼をしないと約束しているかのような異例の発言をした。同発言は、東方経済フォーラムの際に栗に釘を刺されたことへの返答にも見えた。

 さらに中国は、9月21日にロシアがウクライナ東部2州、南部2州の併合を宣言し、茶番の「住民投票」などを経て、30日に併合を宣言したことを特に重く見ており、ロシアから確実に距離を取っているようだ。これまでと同様に、国連の場などではロシアを批判することはなく、安保理決議も棄権したが、これまでとの温度差は歴然としている。


結びにかえて

 このように中露関係はウクライナ侵攻でも大きな影響を受けたといえるが、旧ソ連諸国が今回の侵攻でロシアが苦戦するのを見て、ロシアを軽視するようになったのも事実だ (iv) 。そのような中で、中国の存在感が高まるのは自明である。本侵攻は、中露関係だけでなく、ユーラシアのパワーバランスにも大きな影響を与えた。他方で、インドなどの存在感も高まっており、今後、ユーラシアのパワーバランスをより多角的に再検討する必要があろう。

(i) BRICSとは、ゴールドマン・サックスの2002年11月30日の投資家向けレポート『Building Better Global Economic BRICs』で、2000年代以降に成長の著しい四カ国として、ブラジル・ロシア・インド・中国がBRICsとして紹介されたものが前身で、のちに南アフリカが加盟してBRICSとなったもの。
(ii) 国際テロ・民族分離運動・宗教過激主義などへの対抗や経済面・文化面での協力を目的に、1996年4月に中露、カザフスタン、キルギス、タジキスタンが結成した「上海ファイブ」が前身。2001年にウズベキスタンが参加して、「上海協力機構(SCO)」へと発展した。2017年にはインドとパキスタンも加盟し、2022年にはイランの加盟も決まった。
(iii) 近年までの中露関係については、拙著『ロシアと中国 反米の戦略』ちくま新書、2018年を参照されたい。
(iv) 拙稿「ロシアと「近い外国」― ウクライナ危機で変わる関係性」『三田評論』7月号、2022年を参照されたい。


執筆者プロフィール
廣瀬 陽子(ひろせ ようこ)
慶應義塾大学 総合政策学部 教授
慶應義塾大学総合政策学部卒、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了、同博士課程単位取得退学。学位は博士(政策・メディア)(慶應義塾大学)。慶應義塾大学総合政策学部講師、東京外国語大学大学院地域文化研究科准教授、静岡県立大学国際関係学部准教授、等を経て現職。専門は国際政治、旧ソ連地域研究。2018-20年には国家安全保障局顧問に就任するなど政府の役職も多数。
主な著書に、『コーカサス 国際関係の十字路』集英社新書(2008年7月)【第21回「アジア・太平洋賞」特別賞受賞(2009年)】、『未承認国家と覇権なき世界』NHK出版(2014年8月)、『ハイブリッド戦争 ロシアの新しい国家戦略』講談社現代新書(2021年2月)など多数。




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