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ロシア ウクライナ侵攻と今後の世界 (14) 構造的変容を強いられる朝鮮半島 南山大学 教授 平岩 俊司 【2022/9/16】

ロシア ウクライナ侵攻と今後の世界

(14) 構造的変容を強いられる朝鮮半島

掲載日:2022年9月16日

南山大学 教授
平岩 俊司

 国際社会が衝撃を持って受け止めたロシアのウクライナ侵攻は、ヨーロッパのみならずアジアの国際関係にも多大な影響を及ぼすこととなった。朝鮮半島についても、従来の朝鮮半島を巡る対立構造に根本的な変容を迫る可能性すらありうる衝撃と言ってよかった。
 そもそも冷戦終焉後の朝鮮半島情勢を考える時、朝鮮半島の2つの政権にとっては中国との関係こそが死活的であった。

 冷戦終焉とともに朝鮮半島を巡る国際関係で孤立した北朝鮮にとってアメリカといかに向き合うかが最重要の課題となり、そのためにも中国は唯一の後ろ盾だったが、中国の影響力が大きくなりすぎることへの警戒感もあった。主体(チュチェ)―すなわち自主独立を国是とする北朝鮮が、中国との向き合うときの建国以来の課題だったのだ。

 一方、冷戦の終焉過程で中国と関係を正常化した韓国は、安全保障はアメリカに依拠し、経済は急成長する中国経済の勢いを利用し、さらに北朝鮮への影響力の大きい中国との関係を強化することで南北関係についても有利に立とうとした。ところが、その結果、中国への経済的依存度が高くなりすぎ、国際社会における中国の存在感が大きくなってしまった。米中競争が激しくなればなるほど韓国は板挟みになるという難しい構造に陥っている。

 このように朝鮮半島をめぐる国際関係には米中関係が大きく影響する構造となっていた。ところが、こうした状況で発生したロシアのウクライナ侵攻は、米中関係にくわえてロシアという新たな変数を意識させることとなり、朝鮮半島をめぐる国際関係に構造的な変容をもたらす可能性があり、そうした兆候はすでに出始めている。

 北朝鮮と中国のロシアによるウクライナ侵攻への対応は微妙に異なった。中国が、2022年2月25日に国連安保理でアメリカなどが提出したロシア非難決議案や、3月2日に開催された国連総会緊急特別会合でのロシアに対する軍事行動の即時停止を求める決議案に拒否権は使わず棄権との立場を取ったのに対して、北朝鮮は明確にロシア支持の立場を取った。

 2月28日、北朝鮮外務省報道官がロシア軍によるウクライナ侵攻について「他国に対する強権と専横に明け暮れている米国と西側の覇権主義政策に根源がある」と述べ、中国が棄権票を投じた国連総会緊急会合でも反対票を投じて明確にロシア支持の立場をとり、アメリカおよび西側諸国を批判したのである。北朝鮮にとってロシアは、国連などの場で中国とともに北朝鮮の立場を擁護してくれる存在であったが、ウクライナ侵攻について明確にロシアを支持し、なおかつアメリカを批判することで、ロシアとの関係をさらに強化することができる、との判断があったと言ってよい。

 もとより中国と北朝鮮では国際社会における立ち位置が全く異なるのでウクライナ情勢に対する対応の違いはむしろ当然と言ってよい。国連常任理事国の中国にとって、完全にロシアの側に立てば国際社会の分断を後押しすることになる。その一方で、ウクライナ情勢が落ち着けば次は中国が対象となるかも知れない、そうした懸念があるため、中国外務省の華春瑩報道局長の発言にあるように「各国が自制を保ち、事態が制御不能とならないよう求める。平和への扉を閉じず、対話と協議を継続することを希望する」との立場にならざるをえないだろう。

 一方の北朝鮮は、2020年1月の第8回朝鮮労働党大会で国防力強化の方針を決定し、その後国防五カ年計画に従って各種ミサイル発射実験を繰り返していた。とりわけ国防五カ年計画で目標とされている核兵器の多弾頭化や戦術核の開発のために必要とされる核の小型化、軽量化のためにも通算7回目となる核実験を行いたいはずだ。しかし、これには中国の反対があるといわれている。習近平総書記は2022年秋の第20回中国共産党大会で3期目続投を目指すことが確実視されており、北朝鮮のミサイル発射や核実験によって朝鮮半島情勢が不安定になることは習近平政権の続投に水を差すことになるからだ。とりわけ核実験を強行すれば中国の東北地方にも影響が出かねないため北朝鮮が核実験を強行することは難しいと思われていた。だからこそ、北朝鮮は2021年の年初から各種ミサイル発射をおこなって国防力強化を目指してきたにもかかわらず大陸間弾道弾(ICBM)発射や核実験については慎重な姿勢を取ってきたと言ってよい。

 こうした状況は、ロシアがウクライナに侵攻したことにより大きく変化し始める。ロシアは2月24日にウクライナ侵攻を開始したが、その3日後の27日に北朝鮮は弾道ミサイルを発射した。北朝鮮はこれを「偵察衛星開発」のための実験とし、3月5日にも「偵察衛星開発計画に従って再び重要試験」として弾道ミサイルを発射した。そして3月24日、ついに北朝鮮はICBM発射実験を行い、これを新型ICBM火星17の発射実験の成功と宣言したのである。さらに、2018年のアメリカ、韓国との一連の対話を前にして爆破閉鎖していた豊渓里の核実験場を再び稼働するための作業を進めているとの情報もあり、通算7度目となる核実験を強行するのではないか、として国際社会は警戒することとなる。北朝鮮のこうした強硬姿勢にロシアのウクライナ侵攻が関係していることは間違いない。

 冷戦期の中ソ対立が激しかった頃、北朝鮮は中国とソ連の間を振り子のように動き、中国、ソ連双方の北朝鮮に対する影響力が大きくなりすぎないようバランスを取ろうとした。中国に対してはソ連カードを、ソ連に対しては中国カードを交互に使い、ソ連と中国から安全保障や経済協力などの必要なものをもらい、社会主義超大国である中ソから適当な距離をとって政治的自由を得ていたのである。もちろん冷戦期のそれと今とでは状況が大きく異なり、北朝鮮にとっての中国の持つ意味はロシアのそれと比較にならない。しかし、アメリカとの対決姿勢を前提とすれば、アメリカと激しく対立するロシアは北朝鮮にとって利用価値がある。ロシアとの連携を前提にして北朝鮮は、これまでアメリカのみならず中国でさえ否定的だったICBM発射実験や核実験の封印を解くことができるようになったのである。

 北朝鮮がかりにICBM発射実験や核実験をおこなったとしても中国が擁護してくれるとの読みが北朝鮮にはあるだろうが、北朝鮮問題についてアメリカと協力可能、との立場をとる中国の反応は北朝鮮にとって読みづらい。それに比べてロシアは明確に北朝鮮擁護の立場を取ってくれるはず、との思いが北朝鮮にあったとしても不思議ではない。

 実際、5月26日、国連安保理は北朝鮮のICBM発射に対して制裁を強化する決議案を採決したが、中国とロシアの拒否権行使で否決されたのである。もとより、ロシアのウクライナ侵攻がなかったとしても北朝鮮への制裁緩和を主張していた中国は拒否権を発動しただろうが、ロシアとの関係強化が北朝鮮に確信を与えたことは間違いない。アメリカにとっての喫緊の課題がウクライナ問題となり、北朝鮮の行動に十分注意を払えないだろう、との判断があるとすれば、北朝鮮は今こそ国防力強化の好機と考えるかも知れないが、ロシアという変数が加わったことで朝鮮半島情勢はさらに複雑し、北朝鮮も核実験を含めたより思い切った行動に出る危険性が高まったと言わざるを得ない。

 一方、ロシアのウクライナ侵攻が始まった直後の3月9日に大統領選挙を迎えた韓国では、尹錫悦候補が当選し、5年ぶりの保守政権が誕生したが、対外関係の調整は韓国の新政権にとって重要な課題であった。リベラル政権であった文在寅政権の対外関係は、徴用工問題、慰安婦問題などで戦後最悪と言われた日韓関係のみならず、韓国外交の基軸であるはずの米国との関係も北朝鮮政策や中国との向き合い方をめぐって必ずしも完全に一定しているわけではなかった。だからこそ尹錫悦政権にとって日米との関係修復は最重要課題だったのだ。

 こうした状況下、日本、アメリカを軸に、中国の海洋進出、北朝鮮の核ミサイル問題など、東アジアの安全保障環境の変化に対抗すべく新たな展開を見せていた。自由や民主主義、法の支配といった基本的価値を共有する日本、アメリカ、オーストラリア、インドの4カ国の枠組みであるクアッド(Quad:日米豪印4カ国戦略対話:Quadrilateral Security Dialogue)、がそれである。

 また、経済についても、2022年5月のバイデン大統領の韓国、日本歴訪に際して、新たな経済連携「IPEF=インド太平洋経済枠組み」の立ち上げが宣言された。日本としてはトランプ政権、バイデン政権ともに否定的な姿勢を取るTPPへのアメリカの復帰に期待を残しながら、IPEFに肯定的姿勢を示しアメリカとの連携維持を強調した。それゆえ、政治、安全保障についてはクアッドを軸に、経済的にはIPEF—アメリカの姿勢変化があればTPPを軸にアジア・太平洋地域での経済連携を強めていく、そうした流れができている。

 こうした構想の中で尹錫悦政権も積極的に対応しようとしている。クアッドへの参加に消極的だった前文在寅政権に比べ、尹錫悦大統領は米紙ウォール・ストリート・ジャーナルのインタビューに、クアッドへの参加を要請された場合「積極的に参加を検討する」と発言しているし、TPPへの参加に意欲を見せていた韓国はIPEFについても積極的姿勢を示している。尹錫悦政権が、日米との協力関係の回復を目指していることは間違いない。

 しかし、その一方で、ロシアのウクライナ侵攻による国際関係の激変が韓国にとって悩ましいことは間違いない。日米との関係回復を目指す尹錫悦政権が日米とともにロシアに厳しい姿勢で望もうとしていることは間違いないが、ロシアは、自国に非友好的な国家に対して半導体製造に必要な希ガス(ネオン、アルゴン、ヘリウムなどを含む非活性気体)の輸出制限を始めたという。多くの電子製品の製造に使われるこの希ガスの供給不足が予想され、サムソンなどの企業を有する韓国にとって厳しい状況になる、との分析もある。ロシアの姿勢如何では韓国にとっての経済的打撃はきわめて大きなものになる可能性もある。

 既述の通り、尹錫悦政権は日米との関係修復を目指しているが、依然として韓国国会で与小野大(小さな与党に大きな野党)の状況を強いられており、大胆な方針転換が難しい状況が続いている。さらに、徴用工問題、慰安婦問題など日本との個別の問題も解決が難しい状況にある。日韓関係を含め国際関係の調整が難しい状況が続けば、尹錫悦政権にとってロシアとの関係は選択肢のひとつとなるかも知れない。既述のような構造でロシアが北朝鮮への影響力を持つことになれば韓国にとっては経済のみならず南北関係の文脈でもロシアとの関係は重要になる。

 尹錫悦政権の外交・安保スタッフは李明博政権のスタッフが多く含まれているが、その李明博政権はロシアとの関係を強化しようとした。2015年までにロシア極東地域の天然ガスを北朝鮮経由のパイプラインを建設して韓国まで輸送する計画を進めることで合意していたのである。しかし、これには北朝鮮が合意するとの条件が必要だったが、その後の展開から実現には至っていない。

 もとより、韓国が日米ではなく、中国、ロシアを選択することはありえないが、日韓関係が思うように回復できず、北朝鮮との関係で難しい状況が続けば、北朝鮮に対する影響力を回復しつつあるロシアとの関係を念頭に、日米と韓国の立ち位置に微妙な違いが生まれる可能性は完全には否定できないのである。

 国際的な対立を利用して自らの行動範囲を広げようとする北朝鮮、国際的な対立に巻き込まれて苦悩する韓国、いずれにせよ今後もウクライナ情勢は朝鮮半島情勢に影響を与え続けるであろう。ただ、かりに、アメリカと北朝鮮の関係が進展すれば、北朝鮮にとってアメリカと対立する中国、ロシアとの関係は負担になるし、韓国が日本との関係を回復することができ、同時に米朝関係が進展すれば韓国の葛藤も解消されるだろう。そのためには日韓の地道な働きかけが必要とされる。そして、なによりも米朝関係の進展が不可欠だが、それが北朝鮮主導ではなく国際社会が望むような形での米朝関係の進展でなければならないのは改めて指摘するまでもない。


執筆者プロフィール
平岩 俊司(ひらいわ しゅんじ)
南山大学 総合政策学部 教授
1960年生まれ。東京外国語大学外国語学部朝鮮語学科卒、慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程単位取得退学、慶應義塾大学より博士(法学)。この間韓国延世大学本大学院政治学科博士課程に留学。松阪大学政治経済学部助教授、日本国駐中華人民共和国大使館専門調査員、静岡県立大学大学院国際関係学研究科教授、関西学院大学国際学部教授を経て南山大学アジア・太平洋研究センター長/総合政策学部教授。専門は現代韓国朝鮮論。主な著書に『朝鮮民主主義人民共和国と中華人民共和国』(世織書房)、『北朝鮮-変貌を続ける独裁国家-』(中公新書)、『独裁国家・北朝鮮の実像―核・ミサイル・金正恩体制』(朝日新聞出版)(坂井隆との共著)、『北朝鮮はいま、何を考えているのか』(NHK出版新書)など。



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