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ロシア ウクライナ侵攻と今後の世界 (9) 中国の目指す国際秩序と不測の事態 ―米中対立・新型肺炎・ウクライナ戦争― 東京大学大学院 総合文化研究科 教授 川島 真 【2022/7/21】

ロシア ウクライナ侵攻と今後の世界

(9) 中国の目指す国際秩序と不測の事態
―米中対立・新型肺炎・ウクライナ戦争―

掲載日:2022年7月21日

東京大学大学院 総合文化研究科 教授
川島 真

習近平政権が想定した世界像

 2017年秋、習近平は第19回党大会において3時間半にわたる演説をおこない、「中華民族の偉大なる復興の夢」を掲げた。これは2049年の中華人民共和国の100周年に、アメリカに追いつき、追い越すことを事実上示していた。台湾の「解放」、すなわち台湾を併合、統一することもそこに含まれていた。そして、中間目標地点として2035年という年が設定されていた。これにより、当面はアメリカと中国という二大国がともに競いあう時代が想定されることになった。経済面では2030年前後にはGDPでアメリカに追いつくことは明らかであったが、軍事面、あるいは政治的な面などでは、依然30数年の時間が必要だと考えられていたのである。

 この党大会に先立つ2014年の中国共産党中央外事工作会議で習近平政権としての対外政策がおよそ示されたようである。その内容は、2015年から16年にかけて次第に明らかになった。中国としては、世界が多極化に向かっている中で、アメリカと中国が二大極として競争していき、中国が最終的にはアメリカに追いつくことを想定しつつも、中国としてはアメリカと正面衝突しないように、諸問題を適切に処理し、相互に核心的利益を尊重し合う「新型大国関係」をアメリカとの間に築くことを企図していた。しかし、中国としてはアメリカを中心とする世界秩序に対しては挑戦していくことを明確にしていた。それによれば、アメリカの世界秩序は三つの要素に支えられており、それは第一に国際連合と国際法、第二にアメリカを中心にした安保ネットワーク、第三に民主主義や自由などの西洋の価値観だという。中国は、そのうち第二と第三の要素に反対し、第一の要素については賛成するという姿勢である。従って、日米安保にも、NATO にも反対することになるし、西側の民主主義は受け入れないということになる。中国としては先進国が主導する秩序では、もはや世界の諸問題に対処できないとし、中国が新興国や開発途上国を代表して世界の多数派の側に立って、もはや少数派となり旧勢力となった先進国に対峙するというイメージを有しているのだろう。ただ、それは決して陣営対立的なものではなく、中国は先進国とも経済面での相互依存を維持しつつ、アメリカに追いついていくということなのであろう。

 具体的には、中国は国連憲章を重視し、その趣旨を体現するものとしての新型国際関係を提起した。これは経済に基づくウィンウィンな関係、それに基づくパートナーシップを基礎とし、それが運命共同体に至るというものであり、デモクラティックピースならぬエコノミックピースとでも言える秩序観であった。その新型国際関係が体現する世界を、中国は国際秩序と呼んでいる。アメリカや先進国の描く世界秩序とは異なる、ということを意味したのだろう。一帯一路は、その新型国際関係の実験場と位置付けられていた。

 中国は実際に世界第二位へと躍進した経済の力を利用して世界との結びつきを強め、すでに世界のほとんど全ての国や地域が、中国を第一、第二、第三の貿易パートナーとしている。ブラジルなども中国を第一の貿易相手としている。この経済関係を軸にして、中国は具体的な、そして明文化されたパートナーシップ関係を世界各国と築いた。ただ、このパートナーシップには階層性があり、最も高位にあるのがロシアやパキスタンである。ただ、中国は1980年代初頭以来、独立自主の外交方針をとっているので同盟国は有していない。


米中対立という蹉跌

 2012年に発足した習近平政権は、当初、オバマ政権との間で「新型大国関係」を築いていくかに見えた。しかし、オバマ政権末期に至り、中国が占領した南シナ海の南沙諸島の島々について軍事化はしないとか、政府に対するサイバー攻撃はしないとかいった中国との約束が、習近平政権によって破られたことなどを背景にして次第に米中関係は悪化していった。そして、2017年にトランプ政権が成立すると、中国との関税問題などが取り上げられ、米中関係は緊張した。そして、2017年秋の党大会で習近平が明確にアメリカへの挑戦を掲げ、2018年3月に中国政府が憲法を改正して国家主席の任期を撤廃すると、アメリカがそれまで採用していたエンゲージメント政策の見直しが進んだ。トランプ政権の厳しい対中政策は包括的であり、貿易問題に限らず、軍事安全保障、技術、民主主義などの価値など多岐に亘り、超党派的であり、かつ法律など制度化されていった。

 米中対立が先鋭化する中で、中国でも「新型大国関係」という言葉は次第に使われなくなっていった。2020年から世界に拡大した新型肺炎の下で米中間の対立は一層精鋭化し、感染源をめぐる問題や、香港や新疆ウイグル自治区をめぐる人権問題、台湾問題などが次第に深刻化していった。2021年にバイデン政権が成立すると、米中間の貿易問題は後退したものの、そのほかの問題は継承された。中国は、オバマ政権で副大統領であったバイデンに「新型大国関係」の復活を期待したが、それは実現しなかった。アメリカは中国とは「衝突しない」とし、「新型大国関係」と多少重なりのある言葉を用いながらも、「競争」を米中関係の基調とするとし、他方で「協力」も行うとしたのだった。軍事安全保障問題、先端技術をめぐる問題、民主主義や自由などの価値をめぐる問題、そして台湾問題などが米中間の「競争」の焦点となった。他方で、気候変動問題や一部の地域的な問題(北朝鮮問題、イラン問題など)は協力の対象となった。

 いずれにせよ、習近平政権が想定したアメリカとは新型大国関係を構築して2049年を目指すという政策は、アメリカからの厳しい対中政策に直面することになったのである。これは習近平政権の対外政策上、大きな「蹉跌」となったのである。


新型肺炎という課題/機会

 2019年末に武漢で感染が拡大した新型肺炎は、習近平政権にとっては予想外の問題であっただろう。第一に、中国は一面で国内の感染撲滅、感染拡大防止に努めつつ、さらにそれにより受けた経済ダメージからの回復が必要となった。中国はいわゆる「第一波」に対しては武漢の封鎖などにより成果をあげ、世界に先駆けて感染を抑え込むことに成功し、一旦は世界経済回復の牽引役として注目された。中国は、「成功者」として先進国のウィズコロナを批判し、自らのゼロコロナ政策こそ有効だとした。しかし、2022年の感染が沿岸部で再拡大すると、自らが肯定した「ゼロコロナ」を遂行しようとして社会から強い反発を受け、また経済的にも大きな打撃を受けた。

 第二に、中国がそれまで展開していた対外政策が大きな制限を受けたことである。新型肺炎は、ヒト・モノ・カネ・情報のグローバル化のうち、特にヒトの移動を強く抑制することになった。これは、一帯一路によるインフラ建設に大きな影響を与え、数多くのプロジェクトが軌道修正を迫られた。だが、新型肺炎によってデジタル社会の重要性がさらに認知され、中国としてはデジタル・シルクロード建設を強く意識するようになった。

 第三に、国際社会から厳しい視線が向けられるようになったということである。アメリカからは発生源として疑義を呈され、また途上国を含め世界の多くの国や地域における対中感情が悪化した。これに対して中国はアメリカに反駁しつつ、マスク外交、ワクチン外交を展開するなどして対中感情の改善に努めた。だが、世界の多くの地域で「投資してくれる存在」であった中国が一定程度「脅威」として認識されたことは中国の以後の対外政策にとっては大きな足枷になる。しかし、そうであっても中国の投資が以前世界にとって重要だということは言うまでもない。

 第四に、新型肺炎への対処を中国国内では「抗疫」などと位置付け、民兵などを動員して戦時動員のような形で対処しようとした。習近平体制下では都市の末端の社区に至るまで管理統制体制が築かれてきたが、それが功を奏したとも言える。こうした緊張感の下、中国の辺防軍などの国境周辺の軍隊や、海軍、海警などもまた警戒度をあげ、活発な活動を展開した。自国が非常時に直面すると、外敵がそれを利用すると考える面もあろう。結果としてインド国境では戦闘が発生し、台湾海峡の緊張度が高まった。それがアメリカや日本などからの警戒を強め、台湾では中国からの台湾人の撤収をめぐるトラブルもあって対中感情が極めて悪化した。

 第五に、中国国内で社会への管理統制が強まる中で、従前以上に「国家の安全」が重視されるようになった。2020年6月には香港で国家安全維持法が成立、施行されることになったが、これも西側先進国カラー革命が香港に迫っているとの認識に基づいていた。また、新型肺炎以前から行われていた新疆ウイグル自治区での「教育」についても、テロなどの「三股」への警戒心に基づいていた。国内における警戒心の高まりが、こうした政策を推し進めた面があるが、こうした政策はアメリカをはじめとする先進国からは人権問題として非難され、新たな対立を生むことにもなったのである。

 第六に、経済安保への意識が世界的に高まり、サプライチェーンの強靭化であるとか、先端産業のデカップリング、医療衛生面の産業等で国際分業の抑制などが進められた。これは西側先進国から技術移転を進め、また相互依存を強めていた中国にとっては新たな課題となっている。

 このほかにも様々な現象が見られたが、新型肺炎は中国にとっては機会となった面もあるものの、対外関係から見れば大きな課題を突きつけられることになったと言えるだろう。


ウクライナ戦争という契機

 2021年8月、アメリカ軍がアフガニスタンからの撤退を完了した。このアフガニスタン情勢の変容に対して中国は比較的慎重に対処した。ロシアへの配慮もあったであろう。中国は、タリバン政権との関係性を維持し、カブールの大使館も継続的に機能させ、他方でアフガニスタン周辺国の外務大臣対話の枠組みを作るなど、外交的な努力を続けた。

 2022年2月4日、北京オリンピックに合わせて訪中したプーチン大統領と習近平国家主席は首脳会談を実施した。そこで習近平は、ロシアの欧州における安全保障政策に支持を与えた。中国としてもNATOの東方拡大には反対であった。最大のパートナー国であるロシアを支持することは、既存の政策を継承したものでもある。以後、数度にわたり両首脳は会談を重ねるが、ロシアに寄り添う姿勢を中国は変えていない。しかし、中国には三つの大きな問題があった。第一に、2022年の秋にある第20回党大会を控え、習近平政権はこれまでの政策を否定したり、新たな政策を行って失敗したりすることができず、政策の選択範囲が限定されることである。第二に、先進国が中露を一枚岩と見なして、安全保障などの面で従前よりも厳しい姿勢を中国に取るようになったことである。中国は経済制裁の対象にならないように、必ずしもロシアとは同盟国にはなく、主権尊重は中国の伝統的な政策であることなどを主張して、ロシアと一致しているわけではないという姿勢を示しているが、先進国からの圧力は強まっている。第三に、他の新興国や開発途上国もまたロシアの主権侵害には反対しており、開発途上国の代表を自認する中国としてはいかにして世界の多数派を味方につけるか、という課題に直面していることである。中国としては、経済制裁への反対、サプライチェーンの維持、自由貿易の支持などといった点を掲げ、また資源や食糧価格を釣り上げるような先進国の「分断」的な行為に反対するなどして他の新興国や開発途上国における多数派工作を進めている。

 ウクライナ戦争が長期化の様相を見せる中で、中国は次第に戦争の衝撃から脱し、次第に戦争以前の元の軌道に態勢を戻そうとしている。それは、米中間の「競争」という基調であり、中国が新興国・開発途上国などの世界の多数派を代表して先進国に対峙するという構図である。そのためには、ロシアとの協調は維持しつつも、先進国と中露という「対立」の構図をいかに崩すのかが課題になる。だが、少なくとも2022年の秋までは慎重で、地道な外交を展開していくことになろう。そのためにはBRICsやG20などといった場が特に大切になる。そうした場で、多数派工作をしながら、先進国に揺さぶりをかけようとするであろう。


執筆者プロフィール
川島 真(かわしま しん)
東京大学 大学院 総合文化研究科 教授
博士(文学、東京大学)。北海道大学法学部助教授、東京大学大学院総合文化研究科准教授を経て、2015年4月より現職。中曽根康弘世界平和研究所研究本部長代行、日本国際フォーラム上席研究員、日本学術会議連携会員、外務省外交記録公開推進委員会委員、内閣府公文書管理委員会委員などを兼任。専門は中国・台湾の政治外交史、国際関係史。
著書:『よくわかる 現代中国政治』(編著、ミネルヴァ書房、2020年)、『UP plusアフターコロナ時代の米中関係と世界秩序』(編著、東京大学出版会、2020年)、『中国のフロンティア』(岩波書店、2017年)、『21世紀の「中華」』(中央公論新社、2016年)他、多数。




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