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ロシア ウクライナ侵攻と今後の世界 (6) ウクライナ侵攻と今後のエネルギー政策を考える 国際環境経済研究所 理事・主席研究員 竹内 純子【2022/6/9】

ロシア ウクライナ侵攻と今後の世界

(6) ウクライナ侵攻と今後のエネルギー政策を考える

掲載日:2022年6月9日

国際環境経済研究所 理事・主席研究員
竹内 純子

エネルギー政策の要諦

 エネルギー政策は、どのような国においても政府の重要政策とされ、実際にエネルギー事業を担うのは国営企業であることも多い。米国およびわが国において、電力事業は民間事業として発展してきたが、これは世界的に見れば異質な発展形態と言えよう。エネルギー政策の要諦は、S(Safety)+3E(Energy Security ,Efficiency , Environment)の重心を定めることにあるとされ、戦後の電力政策の歴史を見れば、軸足が時代と共に変遷してきたことがわかる。

 終戦直後は量の確保が最重要視された。太平洋戦争の原因がそもそも石油の確保にあったと言われる通りわが国は資源に乏しく、戦後は頻発する停電に「電力よこせ運動」が起きた。戦後復興のためにはエネルギー確保が最優先とされ、水力発電の開発が進んだのがこの頃だ。石油の国際流通が安定的に行われるようになると、わが国でも沿岸部に石油火力発電が多く建設されるようになり、1970年代のオイルショック当時、発電の7割が石油に依存していた。オイルショックはエネルギー安全保障の重要性を認識させ、「脱石油・脱中東」がエネルギー政策の標語となった。脱石油のために、LNGの導入に世界で初めて取り組み、同時に、原子力開発を加速させた。また、脱中東を進めるため、石油の調達先多様化に取り組んだのだ。しかしオイルショックの衝撃も落ち着くと、エネルギーコストに関心が移る。エネルギーの「内外価格差」に対して産業界の強い問題意識が示され、欧米が規制改革(自由化)を進めていたこともあり、わが国でも1995年、発電事業の自由化がスタートした。

 その後2000年代に入ると、環境性が関心を集めるようになる。安倍(第一次)、福田、麻生と自民党でも政権交代のたびに温暖化目標が引き上げられ、民主党の鳩山政権では実現可能性に乏しい野心的な目標が掲げられた。この目標に整合的な計画として、当時は原子力発電を10年で9基、20年で14基新設することを政府は求めていたのである。再生可能エネルギー(以下、再エネ)の普及も目指すとしていたが、当時は今よりも再エネのコストが相当高かったので、原子力の新増設を進める方針だったのだ。そこに起きたのが福島第一原子力発電所事故である。経済性や環境性を損なうことは政策的に認められず、むしろ温暖化の目標はさらに高めて2050年のカーボンニュートラルを掲げたものの、手段としての原子力発電を否定したので、現実的な移行策が描きづらくなっていた。加えて再エネ拡大により、火力発電所の廃止・休止が続き、供給余力が低下して毎冬供給危機に直面する事態となっている。これがウクライナ危機発生前夜の日本の状況である。(図表1)

図表1「わが国のエネルギー政策 重心の変遷」
図表1「わが国のエネルギー政策 重心の変遷」

ウクライナ侵攻により明らかになったエネルギー危機

 わが国だけでなく、各国は近年、エネルギー政策の重心を気候変動対策に置き過ぎた感がある。パリ協定の成立に伴い、特に先進国は2030年、50年に向かって相当野心的な目標を設定したが、2030年までわずか8年、50年までも30年弱しか残されていない。30年弱という時間は、エネルギーインフラの転換には十分ではないが、多様な危機が発生しうる。ロシアによるウクライナ侵攻は「想定外の事態」であったかもしれないが、人類は数年から数十年ごとにこうした争いごとを起こすものであり、2000年代以降も、イラクやシリア、アフガニスタン、ミャンマーなど複数の国や地域で紛争や内戦など地政学的リスクが発生してきた。気候変動対策を国際社会の最重要課題として掲げたこと自体は間違っていなかったとしても、移行に必要な時間の長さとその間に起こりえる多様な危機への備えが不十分であったことは否めない。パリ協定が採択された2015年12月12日、COP21の会場は、地鳴りのような歓声と興奮の渦に包まれており、筆者は「後から『あの時世界は変わった』と思う瞬間」を過ごしているという感慨と同時に、こうした熱気の中でエネルギー政策が議論されることへの懸念も抱いていた。その懸念が現実のものとなってしまったのは残念というほかない。

 ロシアのウクライナ侵攻の当初欧州各国の反応が鈍かったのは、ロシアの資源への依存度が高かったことが理由にあるとされる。特にドイツは、石油、石炭、天然ガスのいずれも輸入量におけるロシアの割合が1位を占めている。これまで気候変動対策においては世界のリーダー的存在を自認してきたドイツが、本年3月に開催されたG7エネルギー大臣会合において、「我々はエネルギー政策において、歴史的な間違いを犯した(historically mistaken)」とまで発言したとされている (※1)。ドイツは積極的な再エネ普及政策を採ったが、自然変動性を持つ太陽光や風力が増加すれば調整力の高い天然ガス火力発電の重要性が高まる。そもそも暖房需要やドイツの主力産業の一つである化学工業の原材料として天然ガスを利用していることもあり、ロシアへの依存度が高い状態になっていたのである。

 欧州委員会は2022年3月8日に、エネルギー価格の高騰及び需給ひっ迫への対応・緊急事態への備えと、ロシア化石燃料依存からの脱却の2つを柱とするアクションプランを公表した。具体的には2022年末までにEUのロシア産ガスの需要を3分の2削減し、2030年までにロシアへの化石燃料依存を段階的に脱却することを目指すという内容だ。ロシア以外からの調達として、LNG輸入はカタール、米国、エジプト、西アフリカ等から3,680万t、パイプラインガス輸入はアゼルバイジャン、アルジェリア、ノルウェーから740万t (※2) 調達し、バイオメタン生産を260万t (※3) を増加させることを目標としている。しかしLNGやパイプラインガスの世界の供給余力を、JOGMEC(独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構)が分析した結果とは全く桁が合わないことが指摘されている。これほどの供給力の増加が見込めるかどうかは疑問視されており、5月中に計画の詳細が明らかになるとされているものの本稿執筆時点においてはまだ続報が無い。

 3月にはドイツのロバート・ハーベック経済大臣がドーハを訪問し、天然ガスの長期契約の締結に向けた交渉を開始するなど政府も外交努力を重ねていたが、その交渉が難航しているとも報じられている。5月10日のReutersは、ドイツは、2040年までに二酸化炭素排出量を88%削減するという目標があるため、カタールが求める「少なくとも20年間の契約」に難色を示していると報じている。いずれにしても来冬にロシア以外からの調達を十分確保することは難しく、数か月後に欧州が試練を迎えることは必至である。


温暖化対策・エネルギー安全供給との相克

 ロシアのウクライナ侵攻以前からエネルギー価格の高騰は始まっていた。各国がコロナからの経済復興に向けて経済活動を活発化させたにもかかわらず、2015年頃から原油価格下落の局面にあったため、上流開発投資が不足していたことが主原因だと考えられるが、加えて懸念されるのが気候変動対策との相克である。莫大な投資を必要とする資源開発は、長期安定的な売却先の確保がプロジェクト成立のカギとなる。しかし、上述したドイツとカタールの交渉難航が示す通り、化石燃料は“当面”必要であるが、カーボンニュートラル社会を実現するのであれば急速にその利用は減少していくこととなる。

 こうした問題意識を端的に紹介した記事が本年4月25日にブルームバーグに掲載されている。“Russia’s War Is Turbocharging the World’s Addiction to Coal - Bloomberg
と題する記事は、気候変動対策によって過去の遺物となりつつあった石炭が、いま奪い合いになっている現状を整理したものだ。記事中に紹介される関係者のコメントとして、例えばブルームバーグNEFの米州調査部長イーサン・ジンドラー氏は「長期的には需要がないが、短期的には増やしてほしいというのは、サプライチェーンに求めるものが大きすぎる」と指摘し、市場調査会社の副社長は「脱炭素とエネルギー安全保障のバランスを取ろうとしたとき、どちらが優先かは明らか。灯りを消すことはできない」としている。

 気候変動対策の長期目標を引き下げるようなことは政治的なハードルが高く、選択肢として考えづらいが、将来の需要縮小を前提とするなら、上流投資に対する国のコミットメント強化が必要だ。化石燃料への投資がこれまで以上にリスクマネー化し、資本コストが上がれば、結局それはエネルギーコストの上昇を招きインフレリスクとなるからだ。そして同時に、ネガティブエミッションと呼ばれるCCS、CCUS等の技術開発に取り組むことが求められる。


わが国が採るべき策

 欧州の危機はわが国にとっても全く対岸の火事ではない。わが国の石油、天然ガス、石炭におけるロシアへの依存度はそれぞれ4%、9%、11%とそれほど大きなものではない。しかし国際的な資源市場は当面需給がタイトになると予測され、数%程度と言えどその代替を確保するのは容易ではない。

 省エネ、再エネ、原子力など総力戦が必要であるが、政府の対応がより強く求められることについて2点に絞って整理したい。

 1点目が化石燃料の長期契約確保だ。日本政府は「国が前面に出る」として資源外交への注力を掲げているが、売買の主体となる事業者が、長期の契約を締結したり、安定的な支払いができる裏付けが必要である。そのネックとなっているのが、一つには政府が昨年示したエネルギー基本計画と長期エネルギー需給見通しであり、もう一つが自由化の進展である。前者の、長期エネルギー需給見通しによれば、2030年には天然ガスの利用は現在の半分程度となる見通しが示されており、この想定の下では事業者は長期契約を締結することは難しい。加えて自由化の進展により、各発電事業者は自社の販売量が見通せなくなり、わが国の天然ガス長期契約は減少の一途をたどっている。自由化して市場原理を導入したはずのエネルギー事業に、国家の強力な関与が求められるのは皮肉な話だが、安定供給・安全保障の価値を確保するために制度設計の大幅な修正が求められている。

 2点目が原子力政策の見直しだ。これはステップを追って考えたい。まず必要性だ。そもそも脱炭素化を掲げた以上、安価で安定的な脱炭素電源が大量に必要になる。脱炭素と脱原発の二兎を追うことは不可能であり、原子力発電の必要性はウクライナ危機以前から明らかである。次に、実際に必要だとして現状わが国の原子力産業はその要請に応えられるのだろうか。これは若干答えづらい。莫大な安全対策投資を行っているにもかかわらず、全国のほとんどの原子力発電所は稼働しておらず、電力各社の財務状況はひっ迫している。大手電力会社の中には、投資適格等級の中で最も低い「BBB」まで下落しているところもある。電力会社だけでなく、サプライチェーンも弱体化している。福島第一原子力発電所事故以前、原子力発電所の国産化率は95%以上を誇っていたが、長期間の新設の途絶や福島原子力発電所事故後の政策の不透明性が、サプライチェーンを著しく脆弱にしてしまった。

 では、このような状況から原子力政策をどのように見直せばよいのか。やらなければならないことは多岐にわたるが、政策、行政、立地地域との関係の観点から3つに絞って指摘したい。

 政策としてはまず、国にとっての原子力技術の位置づけを再度確認し、必要に応じて原子力基本法等の見直しを行うことだ。原子力基本法が掲げる第1条の目的は現在も「原子力の研究、開発及び 利用(以下「原子力利用」という。)を推進することによつて、将来におけるエネルギー資源を確保し、学術の進歩と産業の振興とを図り、もつて人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与することを目的とする。」(下線筆者)とある。原発への依存度を低減するという方針はこの基本法と整合的なのだろうか。

 原子力規制は、国民の安全を守る上で非常に重要であり、事業の健全な発展を大きく左右する。福島第一原子力発電所事故後、わが国は政治的独立性の高い原子力規制委員会を設置し安全規制のあり方を抜本的に見直したが、その規制活動は、効率性の原則が無く、審査期間の長期化など多くの課題が指摘もされている。行政機関として満たすべき予見性ある規制活動が行われるようなガバナンスが求められる。原子炉等規制法の改正や国会や原子力委員会の関与の在り方も検討が必要だろう。

 原子力事業の難しさは、国にとって必要であっても立地地域にとっては産業の一つでしかないということだ。これほど安定的な雇用を生む産業は育成するのは難しいとはいえ、周辺地域が負うリスクは福島第一原子力発電所事故で明らかになっており、裨益とリスクの適正なバランス確保が難しい。ロシア軍がウクライナ侵攻に当たり、原子力関連施設を攻撃したこともあり、拙速な原子力復活論は立地地域の方たちの不安を高めることになるだろう。原子力防災や賠償制度など、万一の事態に政府がどのように備えているのかを丁寧に伝える必要がある。

 冒頭述べた通り、エネルギーというライフラインを確保することは国家の最重要使命の一つだ。エネルギー政策は票にならないと言われるが、国民生活・経済を左右する問題として政治が覚悟を持って取り組むことを期待したい。


執筆者プロフィール
竹内 純子(たけうち・すみこ)
国際環境経済研究所 理事・主席研究員/U3イノベーションズLLC共同代表/東北大学特任教授 (客員)
1994年東京電力入社。主に環境部門を経験後、2012年より現職。独立の研究者として地球温暖化対策とエネルギー政策の研究・提言、理解活動に携わり、政府委員も多数務めると共に、サステナブルなエネルギーを潤沢に得られる社会への変革を目指し、U3イノベーションズLLPを立ち上げ。政策とビジネス両面から持続可能な社会への転換を目指す。
「みんなの自然をみんなで守る20のヒント」(山と渓谷社)、「誤解だらけの電力問題」(WEDGE出版)、「エネルギー産業の2050年 Utility3.0へのゲームチェンジ」(日本経済新聞出版社)、「エネルギー産業2030への戦略」(日本経済新聞出版社)など著書多数


※1 第5回 産業構造審議会 産業技術環境分科会 グリーントランスフォーメーション推進小委員会/総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会 2050年カーボンニュートラルを見据えた次世代エネルギー需給構造検討小委員会 合同会合 議事録P63
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/sangyo_gijutsu/green_transformation/pdf/005_gijiroku.pdf
※2 LNG換算での数字
※3 LNG換算での数字




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