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ニューノーマルと社会~拡大するフロンティア (10) コロナ禍で世界一となった2020年の中国の対内直接投資 名古屋外国語大学 外国語学部 教授 真家 陽一 【2021/4/16】

「ニューノーマルと社会」~拡大するフロンティア

(10) コロナ禍で世界一となった2020年の中国の対内直接投資

掲載日:2021年4月16日

名古屋外国語大学 外国語学部 教授
真家 陽一

世界の対内直接投資は4割減、中国は微増

 新型コロナウイルス(以下、新型コロナ)が、世界のマネーの動きにも大きな影響を及ぼしている。国連貿易開発会議(UNCTAD)が今年1月24日に公表した「Global Investment Trend Monitor,No.38」によると、2020年の世界の対内直接投資は前年比42%減の8,590億ドルとなり、2009年のリーマン・ショック時から3割以上落ち込んだ (※1)

 投資減少の主因としては、先進国・地域向けの対内直接投資が69%減の2,290億ドルと激減したことが大きい。特に、米国向けは49%減の1,340億ドルと、ほぼ半減となった。開発途上国・地域向けも、12%減の6,160億ドルに減少したが、先進国・地域向けと比較して減少幅が小さかったことから、世界全体に占める割合は72%となり、過去最高を記録した。

 こうした中、中国の対内直接投資は前年比4%増の1,630億ドルとなり、米国を抜いて初めて世界トップの直接投資受け入れ国となった。UNCTADはGDPのプラスの成長(2.3%増)への転換と政府が目標とした投資促進プログラムが、早期のロックダウン後の投資の安定に寄与したと分析している。ハイテク産業向けの投資が11%増となったほか、ICT(情報通信技術)や医薬品産業を中心に、対中M&Aが54%増加した。UNCTADは注目すべき案件として、米製薬大手アムジェンによる中国のバイオテクノロジー企業「百済神州」の買収(49億ドル)を挙げている。

 中国は2020年の対内・対外直接投資について、国・地域別、業種別等の統計を現時点で公表していない。詳細については、今年後半に公表される中国外資統計公報および中国対外直接投資統計公報が待たれるところである。かかる制約もあることから、本稿は2020年に公表された前記の中国政府の報告書を基に、2019年までの対内・対外直接投資の傾向を概観した上で、中国政府がこれまで公表した公開情報から2020年の動向を確認する。また、財務省の国際収支統計を基に、2020年の日本の対中直接投資の動向についても検証する。

 加えて、国家外貨管理局が公表した国際収支統計を基に、2020年の対外・対内直接投資も含めたマネーの動きも概観することで、コロナ禍での中国における対内・対外直接投資の動向を包括的に考察することを目的とする。

1. 中国の対内直接投資総額は過去最高を更新

 (1)2019年までの対内直接投資動向
 まず、商務部が2020年11月に公表した「中国外資統計公報2020」を基に、2019年までの中国の対内直接投資の動向を概観しておこう (※2)。公報によれば、中国に設立された外資系企業数は2019年末現在、累計で100万1,635社と100万社を超え、投資総額は2兆2,905億ドルに達している。

 2019年の対内直接投資額は2.1%増の1,412億ドルと初めて1,400億ドルを超え、過去最高となった。国・地域別に見ると、香港が963億ドルと、最大の投資国・地域となり、全体に占めるシェアは68.2%と約7割に達した。ただし、香港からの対内直接投資は香港企業のみならず、様々な外資系企業が香港経由で行う投資も含まれていることには留意する必要がある。

 業種別に見ると、「製造業」が最も多く、354億ドルと25.0%のシェアを占めた。次いで、「不動産業」(シェア16.6%)、「リース・ビジネスサービス業」(同15.6%)、「情報通信、ソフトウェア・ITサービス業」(同10.4%)が10%以上のシェアを占めている。

(2)2020年の対内直接投資動向
 商務部によれば、2020年の対内直接投資は前年比6.2%増の9,999億8,000万元(ドルベースでは4.5%増の1,443億7,000万ドル)となり、過去最高を再び更新した。

 1月29日に開催された記者会見において、商務部の銭克明副部長は「世界最大の対内直接投資国となったとともに、投資総額、増加幅、世界に占める割合の『3つの向上』を実現した」と強調 (※3)。その上で銭副部長は「大型プロジェクトが加速しており、1億ドル以上の新規または増資契約は12.5%増の938件となった。BMW、ダイムラー、シーメンス、トヨタ自動車、LG、エクソンモービル、BASF等のリーディングカンパニーが中国で増資による生産拡大を行った」と指摘した (※4)

2. 日本企業の対中直接投資はコロナ禍でもシェア拡大

 コロナ禍においても、2020年の中国の対内直接投資は堅調に推移しているが、日本企業の対中直接投資はどうだろうか。財務省が4月8日に公表した国際収支統計を基に確認してみよう。2020年の日本の対外直接投資は50.0%減の12兆3,541億円と大幅に減少した (※5)。国・地域別に見ると、第1位は米国で、20.6%減の3兆7,943億円となったものの、減少幅が全体より小さかったことから、シェアは30.7%と、11.4ポイント上昇した。

 中国は21.1%減の1兆1,046億円で、第6位と1つ順位を下げたものの、シェアは8.9%となり、3.2ポイント上昇した。業種別に見ると、第1位は「卸売・小売業」で、63.8%増の3,179億円と顕著に増加し、シェアも28.8%と3割弱に上昇した。具体的な投資案件としては、ローソンが2020年10月、湖北省武漢市での店舗オープンにより、中国における店舗数が3,000店を突破したと発表 (※6)。中国本土における日系コンビニエンスストアの中で店舗数が最大規模となった。

 また、エイチ・ツー・オーリテイリングは、同社初の海外店舗として、浙江省寧波市に商業施設「寧波阪急」を登記投資総額30億元(約504億円)で開業すべく準備中。新型コロナの影響で遅れたものの、2021年4月16日に開業する (※7)。新型コロナの感染拡大で、国内はインバウンド(訪日外国人)需要が大幅に減少し、厳しい経営環境が続く百貨店業界だが、いち早く新型コロナが収束した中国市場に活路を見出す。

 第2位は「輸送機械器具」で22.4%減となったものの、3,123億円と3千億円を超え、シェアは28.3%を占めた。トヨタ自動車は2020年6月5日、中国における水素社会の実現に向け、6社連合で商用車用の燃料電池システムの研究開発会社を北京に設立すると発表した。総投資額は約50億1,900万円 (※8)。また、本田技研工業(ホンダ)は2020年6月10日、中国IT大手の東軟集団(ニューソフト)のグループ会社と合弁会社「ハイネックス・モビリティ・サービス」を設立すると発表した。次世代コネクテッドサービス事業の戦略を立案するとともに、それに伴う開発・提供を実施する。資本金は3億元(約50億円) (※9)

 第3位は「金融・保険業」で、43.2%増の1,540億円と大幅に増加し、13.9%のシェアを占めた。三菱UFJ銀行は2020年7月31日、全額出資子会社であるMUFGバンク(中国)が中国における顧客の環境保全に資する資金調達を支援することを目的に、総額50億元(約840億円)の「グリーンクレジットファンド」を設立したと発表した (※10)

 これら3業種の対中直接投資額はいずれも1,000億円を超え、そのシェアは合わせて71.0%と約7割を占めた。米中摩擦の中でも、その影響が比較的少ない内需向けを中心に、日本企業は中国をグローバルビジネスにおける重要なターゲットと捉え、巨大市場の開拓を推進しようとしていることが推察される。

3. 2017年以降減少が続く中国の対外直接投資

 中国の対内直接投資は、コロナ禍でも比較的堅調に推移していることがうかがわれるが、対外直接投資はどうであろうか。商務部、国家統計局、国家外貨管理局が2020年9月に公表した「2019年度中国対外直接投資統計公報」を基に、2019年までの動向を概観してみよう (※11)

 2000年代以降、中国は「走出去(海外進出)戦略」や「一帯一路」などの政策を展開し、中国企業の海外進出やM&Aを後押ししてきており、対外直接投資は右肩上がりで増加してきた。公報によれば、中国は2019年末現在、累計で188ヵ国・地域に2兆1,989億ドルと、対内直接投資に匹敵する対外直接投資を行っており、2002年比で73.5倍に増加している。

 しかし、中国政府の政策転換を背景に、対外直接投資総額は2016年をピークに減少に転じている。中国政府は資本流出と人民元安に歯止めをかけるべく、2016年11月から1件500万ドルを超える(それまでは5千万ドル超)海外企業の買収や海外送金などに事前審査を義務付けており、高い技術を持つ製造業以外の買収が認められにくくなっている。加えて、中国を念頭に日欧米政府が外資による投資規制を強化したことで、中国企業による海外企業の買収が難しくなっていることも対外直接投資の減少に拍車をかけている。

 2019年の対外直接投資は前年比4.3%減の1,369億ドルとなり、2017年以降、3年連続で減少した。そのうち、M&Aは53.8%減の343億ドルに激減した(このうち、直接投資が172億ドルとM&Aの50.2%、対外直接投資総額の12.6%を占めた (※12)。他方、海外融資が171億ドルでM&Aの49.8%を占めた)。

 国・地域別に見ると、第1位は香港で、前年比4.2%増の906億ドルとなり、シェアは66.1%を占めた。なお、香港向け投資は、同地域に設立した現地法人を経由して第三国に投資を行う、いわゆる「通過型投資」が多いことには留意する必要がある。米国は第5位だが、49.1%減の38億ドルと激減した。ピークの2016年(170億ドル)と比較すると77.6%減と、8割近い大幅な減少となっている。他方、一帯一路沿線諸国向け対外直接投資は4.5%増の187億ドルに増加し、投資総額に占めるシェアは13.7%に上昇した。

 業種別に見ると、第1位は「リース・ビジネスサービス業」で、17.6%減の419億ドルに減少したものの30.6%のシェアを占めた。以下、「製造業」(シェア14.8%)、「金融業」(14.6%)、「卸・小売業」(14.2%)の順となっており、この4業種で74.2%のシェアを占めた。

 海外M&Aを対象に業種別に見ると、「製造業」が143億ドルと最も多く、シェアは41.6%に達した。次いで、「情報通信、ソフトウェア・ITサービス業」、「電力、熱、ガス、水道業」となっており、この3業種で76.1%のシェアを占めた。中国政府は2016年11月以降、不動産、スポーツクラブ、娯楽、映画、ホテルの5分野を対象に海外M&Aに対する監視を強化しており、これらの業種のシェアは極めて低いのが現状となっている。

(2)対外直接投資は2020年も減少が継続

 2020年の対外直接投資総額について、商務部は1月29日に開催した記者会見において、非金融類の対外直接投資額が0.4%減の7,597億7,000万元(1,101億5,000万ドル)と微減、海外M&Aは397件、1,624億元と、件数・取引額とも減少したことを明らかにしており、2016年をピークとした減少が続いている (※13)。こうした中、一帯一路沿線諸国向けは18.3%増と増加傾向にある。

4. 国際収支統計から見たマネーの動き

 ここまで、中国の対内・対外直接投資について、中国政府の報告書を基に、2019年までの傾向を概観した上で、商務部が公表した公開情報を踏まえて2020年の動向を確認してきた。
 ここでは、国家外貨管理局が3月26日に公表した国際収支統計を基に、2020年の対外・対内直接投資の動向も含めたマネーの動きを概観する (※14)

中国の国際收支の推移

 2020年の経常収支は、前年比2.7倍の2,740億ドルと倍増し、2年連続で増加した。第1四半期は405億ドルの赤字だったが、第2四半期以降、貿易収支が大幅に増加したほか、渡航制限に伴い、海外旅行の赤字が1,000億ドル以上縮小したことで、サービス収支の赤字も改善したことが寄与した。

 他方、資本・金融収支は263億ドルの黒字から1,058億ドルの赤字に転じた。「その他投資」(直接投資、証券投資、金融派生商品および外貨準備資産に該当しない全ての資本取引。貿易信用、貸付・借入、現預金等を含む)の赤字が2.6倍増の2,562億ドルとなったことが主因だ。国家外貨管理局は「金融緩和を背景に、銀行の対外貸付が増加したことに加えて、輸出の増加に伴い、企業の貿易貸付資産も増加した」と説明している。

 直接投資の黒字は2.0倍の1,026億ドルとなった。対内直接投資に相当する「負債」は13.5%増の2,125億ドルに増加した。四半期ベースで見ると、第3四半期以降、対内直接投資の流入が増加していることが見て取れる。他方、対外直接投資に相当する「資産」は2016年以降、減少傾向が続いており、2020年は19.7%減の1,099億ドルと2年連続で減少した。

5. 今後も中国の対内直接投資は増加の見込み

 新型コロナの感染拡大前から、中国の対内直接投資は拡大を続けてきた。新型コロナの影響を受け、中国の第1四半期(1~3月)の実質GDP成長率は前年同期比6.8%減となり、四半期ベースでは統計を遡れる1992年以降では初のマイナス成長となるなど、大幅な落ち込みを見せた。しかし、想像を絶する厳しい防疫体制により、新規感染者数が2月中旬をピークに減少傾向を続けたことで、主要経済指標も第2四半期以降は回復傾向が鮮明になった。通年の成長率は前年比2.3%増と、主要国の中では唯一プラス成長を達成。主要国際機関の予測によれば、2021年は8%前後のV字回復を遂げると見る向きが多い。

 こうした背景もあり、2020年の世界の対内直接投資が大幅に減少する中でも、中国は増加を維持し、UNCTADによれば、米国を抜いて初めて世界トップの直接投資受け入れ国となった。中国政府は2021年3月に開催された全国人民代表大会(全人代、国会に相当)において、第14次5ヵ年計画(2021~2025年)を採択。同計画の中で強大な国内市場の形成に向けた政策を推進していく方針を打ち出した。米中摩擦の激化という不確定要素はあるものの、巨大市場という魅力もあり、中国の対内直接投資は内需向けを中心に、今後も増加基調が続くことが見込まれる。

 他方、2000年代以降、急拡大を続けてきた対外直接投資は、中国政府の政策転換や日欧米政府の外資規制強化を背景に、2016年をピークに減少に転じており、こうした傾向はコロナ禍でも大きな変化は見られない。一帯一路沿線諸国向けは増えているものの、同政策に対しては国内外からのさまざまな批判もあり、中国政府は「質の高い」一帯一路に転換しつつある。従って、かつてのように経済合理性に欠けるプロジェクトでも積極的に推進するという状況にはなく、その押し上げ効果は限定的とみられることから、当面は低位安定で推移することが予想される。

(2021年4月8日記)

※1 UNCTAD「Global Investment Trend Monitor, No.38」2021年1月24日
※2 同公報は商務部のウェブサイトで閲覧可能。
※3 商務部ウェブサイト
※4 商務部ウェブサイト
※5 財務省ウェブサイト。なお、上記の計数は、関連会社から親会社への投資を、親会社による投資の回収として計上(親子関係原則)。したがって、「国際収支状況」等において公表している直接投資(関連会社から親会社への投資を、親会社による投資の回収として計上せず、グロスで集計(資産負債原則))とは一致しない。
※6 ローソン「ニュースリリース」2020年10月26日
※7 エイチ・ツー・オー リテイリング「ニュースリリース」2021年3月17日
※8 トヨタ自動車「ニュースリリース」2020年6月5日
※9 本田技研工業「ニュースリリース」2020年6月10日
※10 三菱UFJ銀行「ニュースリリース」2020年7月31日
※11 同公報は商務部のウェブサイトで閲覧可能。
※12 ここでいう直接投資とは、M&Aの資金源が国内投資家の自己資金または国内銀行からの融資によるものを指す(国内投資家の保証による海外融資を含まない)。
※13 商務部ウェブサイト
※14 国際収支統計は、国家外貨管理局のウェブサイトよりエクセルファイルでダウンロード可能


執筆者プロフィール
真家 陽一(まいえ よういち)
名古屋外国語大学 外国語学部 教授

1985年、青山学院大学経営学部卒業。銀行系シンクタンク等を経て、2001年、日本貿易振興会(ジェトロ、現・日本貿易振興機構)入会。海外調査部中国北アジア課上席課長代理を経て、2004年4月、北京事務所次長(調査担当)。2009年1月、海外調査部中国北アジア課長。2014年4月より再度、調査担当次長として北京事務所に勤務。2016年9月より現職。 現在は、日立製作所のシンクタンクである日立総合計画研究所のリサーチフェロー、日本経済新聞社のシンクタンクである日本経済研究センターの中国研究会メンバーも務めている。 専門は中国のマクロ経済および産業政策、日本企業の対中ビジネス戦略。



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