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コロナの先の世界(23) コロナの先の欧州-推進力を得る欧州グリーン・ディール 株式会社ニッセイ基礎研究所 経済研究部 研究理事 伊藤 さゆり 【2020/07/31】

コロナの先の世界

(23) コロナの先の欧州-推進力を得る欧州グリーン・ディール

掲載日:2020年7月31日

株式会社ニッセイ基礎研究所 経済研究部 研究理事
伊藤 さゆり

 7月21日、足かけ5日にわたる協議の末に、欧州連合 (EU) は7,500億ユーロの復興基金「次世代EU」の創設を決めた。

 協議の過程では、本連載コラムの第10回で刀祢館氏が論じている通り、EU内での財政規律を巡る南北の温度差、価値観を巡る東西の断層が浮き彫りとなった。統合を推進してきた独仏の二大国が共同歩調をとっても、27カ国に拡大したEUにおける全会一致の合意形成は多大な困難を伴うことが明らかになった。

復興基金での妥協をどう見るか

 復興基金は妥協の産物だ。財政規律を重んじるオランダ、オーストリア、スウェーデン、デンマークの北部の「倹約4カ国」に配慮し、基金の総額は維持しつつ、返済負担のない補助金の割合を、当初提案の5,000億ユーロから3,900億ユーロに減らし、融資を2,500億ユーロから3,600億ユーロに増やした。補助金の利用にあたり、復興計画の閣僚理事会による特定多数決の承認を求めるプロセスや、補助金の利用に計画からの重大な逸脱が認められる場合には、首脳会議で協議する規定も加わった。

 全会一致という要件を満たすためには妥協は欠かせない。これまでの欧州統合に関わる意思決定を振り返っても、規模の縮小や利用に関わる制約の強化は十分想定できることだった。そもそも復興基金の7,500億ユーロという規模は、EUの21~27年の財政枠組みの7年間で1兆743億ユーロとの比較では極めて大きいのだが、加盟国間の政策対応力の格差を十分に埋めることはできない。当然のことながら、復興基金の創設で、コロナ禍が引き起こすすべての問題が解決できる訳ではない。

 こうした結果からEUが円滑に機能していないと評することは簡単だ。加盟国間に複数の対立軸があり、この先も合意形成には時間を要するだろう。単一通貨ユーロは、財政統合を欠く限り、存続は困難との見方も根強い。「復興基金は財政統合への布石」との見方もあるが、直結はしないと見るべきだ。復興基金は、コロナ危機という非常時に対応する一回限りの枠組みとして、ユーロ未導入国も含めて創設する。将来の類似する規模の危機に直面した場合の対応の雛形となる可能性はあるという評価に留まるものだ。

 それでも、コロナの先の世界を見通す時、欧州統合始まって以来の難局にあって、たとえ議論の過程で鋭い対立があっても、協議を通じて妥協点を見出し、新たな枠組みを作り出すことができるEUの強靭さを軽視すべきではない。

国際的な規範形成に影響力を発揮するEU

 日本におけるEUに対する関心は米国や中国に比べて低い。対立を深める二大国の一方は日本にとって唯一の同盟国、一方は日本の隣国。ともに日本だけでなく世界経済に強い影響力を持つ。他方、EUは、日本から地理的にも遠く、世界金融危機に続いて、ユーロ危機に陥り、長期不況が続いたため、経済パフォーマンスも、米中両大国に大きく見劣りする。そもそも、欧州の統合の複雑な構造は域外からは理解は難しい。日本では、危機を繰り返し、圏内では見解が対立し、ポピュリストの攻撃対象となるEU、財政統合を欠く不安定なユーロというイメージが定着しているように思う。

 しかし、英国が抜けて加盟国が減ったとは言え、なお27カ国の集合体であるEUには国際的な規範の形成に影響を与える力がある。最近では、2018年1月に施行された第二次金融商品市場指令 (MiFID2) は日本の金融機関にも直接的、間接的に影響を及ぼし、同年5月に施行されたデータ保護規則 (GDPR) はEU圏内に拠点を設けていない企業でも、EU圏内の個人情報を取得している企業には適応を求めた。

 コロナの先のEUは、気候変動対策での規範形成に一段と力を入れることが予想され、直接的、間接的に日本企業が影響を受ける範囲は拡大しそうだ。

推進力を得る欧州グリーン・ディール

 「欧州グリーン・ディール」は「2050 年の温室効果ガスの排出量実質ゼロ」を拘束力のある目標とし、EUを「資源効率的で競争力のある公正で繁栄した社会」に変えるEUの新たな成長戦略だ。欧州グリーン・ディールは、気候中立化、循環型社会の構築で先手を打ち、国際的な規範形成で影響力を行使し、圏内の雇用の創出と持続可能な成長の実現に結び付けるという壮大な構想でもある。

 その成功に対しては懐疑的な見方もある。EUの欧州委員会は、フォン・デア・ライエン委員長率いる新体制発足直後の19年12月に政策文書と行動計画、1月には投資計画の公表と、スピード感をもって戦略を推進しようとした矢先、コロナ禍への緊急対応が必要になり、出鼻を挫かれた。

 過去のEUの成長戦略の成果も振るわない。2000年にスタートした「リスボン戦略」では、欧州社会モデルの現代化を目指したが、就業率とR&D投資比率の数値目標は達成できず、世界金融危機による混乱やユーロ危機を未然に防止出来なかった。2010年からの「欧州2020」では「賢く持続可能で包括的な成長」を目指したが、デジタル化では米中に遅れをとり、包括的成長の面でも、2,000万人の削減を目指した貧困人口が、失業の解消が遅れたイタリア、スペインでは増加するなど、十分な成果が挙がらなかった。

 欧州グリーン・ディールにも、底上げの失敗という過去の戦略と同じ轍を踏むリスクがある反面、コロナ禍がもたらした様々な変化が、過去の成長戦略にはなかった推進力として働く可能性がある。21年からのEUの財政枠組みに7,500億ユーロの復興基金が加わることで、EUの戦略推進、気候変動対策実現のための原資は拡大した。コロナ禍で従来の経済成長の限界や矛盾が露呈したことで、人々の持続可能な成長への意識が高まるのではないか。金融市場では、コロナの先を見据えた投資のテーマとしてESG重視の傾向が強まっている。収益も見込めるようになったことで、グリーン化投資への民間資金導入の環境も、むしろ改善する可能性がある。

 EUを取り巻く環境の変化も推進力となり得る。コロナ禍を経て、米国は一層自国第一主義に傾斜し、国家資本主義の傾向を強める中国との対立が先鋭化している。EUと米国との関係は、大統領選挙の結果に大きく依存する面はあるものの、少なくともトランプ政権の米国との関係は緊張を帯びたものとなっている。中国に対しては、市場として重視し、対話する姿勢は変わりがないが、国家資本主義への不信は根強く、コロナ禍で警戒感は強まっているように思われる。

 EUは、今後も国際的な規範形成力を発揮するために、自らの成長戦略で成果を挙げる必要に迫られている。

EUへの関心、理解も重要に

 日本はEUと19年2月1日に発効した経済連携協定 (EPA) とともに、戦略的パートナーシップ協定 (SPA) を締結している。SPAは、民主主義、法の支配、人権及び基本的自由という価値及び原則を共有する日本とEU及びEU構成国が、幅広い分野における地球的規模の課題を含む共通の関心事項に関する協力を促進し、将来にわたる相互の戦略的なパートナーシップを強化していくための法的基礎だ。

 米中対立の時代にあって、EUにとって基本的価値観を共有し、多国間主義を重んじるパートナーとしての日本の重要性は増している。日本が、EUの国際的な規範形成での影響力の行使に同調するという関係ではなく、日本からもSPAを有効に活用すべく、働きかけたい。

 そのためには、リスクとしてのEUという表面的な捉え方に留まらず、コロナの先の新たな経済・社会のあり方の実現に動くチャンスとしてのEUにも関心を持ち、互恵的な協力が出来るよう理解を深めることが必要だ。


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