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コロナの先の世界(9) 新型コロナ危機と懸念される中東の国家主導体制の強化 一般財団法人 国際開発センター 研究顧問 畑中 美樹 【2020/06/01】

コロナの先の世界

(9) 新型コロナ危機と懸念される中東の国家主導体制の強化

掲載日:2020年6月1日

一般財団法人 国際開発センター 研究顧問
畑中 美樹

はじめに

 新型コロナウイルスの感染の拡大は、アラブ諸国のみならず、イランやトルコなどの非アラブ諸国も含めた中東地域に大きな影響を与えている。本稿執筆時点(5月30日)での、北アフリカも含めた中東諸国の新型コロナウイルス感染状況を見ると、感染者数は67万6,192人、死者数は1万7,436人と、それぞれ世界の4.4%、10.3%を占めている。(出所:"Coronavirus COVID-19 Global Cases by Johns Hopkins CSSE"、制作:米国ジョンズ・ホプキンズ大学のシステム科学工学センター《CSSE》)。

 中東諸国の中で感染者数が最も多いのはトルコ(16万2,120人)で、イラン(14万6,668人)、サウジアラビア(以下サウジと略す。8万1,766人)、カタール(5万2,907人)、アラブ首長国連邦(UAE、3万3,170人)がこれに続く。また、死者数が最も多いのはイラン(7,677人)で、以下トルコ(4,489人)、エジプト(1,317人)、アルジェリア(638人)、サウジ(458人)となっている。中東地域では、感染者と死者の発生が、人口の多い国々(エジプト、イラン、トルコ、アルジェリア)と湾岸アラブ産油国(サウジ、カタール、UAE)に集中している様子が窺われる。

 イランが感染者数、死者数が共に多いのは、今回の新型コロナウイルスの発生国とされる中国と親密な関係にあり、両国民の往来も盛んなためと見られている。因みに、中東で新型コロナウイルスによる死者が最初に明らかにされたのはイランで、本年2月19日のことであった。中東で新型コロナウイルスの感染が始まったのはその頃からで、当初は、イランと同じイスラム教シーア派教徒を抱えるバハレーンやイラク、サウジ東部、クウェイトなどからのイラン詣でが発端であった。

 新型コロナウイルスの感染は、産油国・非産油国を問わず中東諸国の実体経済に極めて大きな打撃を与えた。中東産油国の経済が石油収入に大きく依存しているのみならず、非産油諸国の経済も産油国で働く自国民からの送金収入や産油国からの援助収入に大きく頼っているためである。

 以下では、まず、中東諸国が間接的、或いは非間接的に依存する石油への新型コロナウイルスの感染の影響と、今後の課題から見ることとしたい。

原油価格を急落させた新型コロナウイルス

 周知のように、ニューヨーク商業取引所の国際的指標となるウェスト・テキサス・インターミディエイト(WTI)原油先物・期近5月物の清算値は、本年4月20日、前日比1バレル当たり55.90ドル安の▲37.63ドルと、1983年にWTI原油が先物に上場してから史上初のマイナス価格を記録した。期近5月物の取引期限が翌日の4月21日であることから、貯蔵保管料のかかる原油を抱えたくない投機筋や生産業者などが、買い手がいない中での原油引き取りを回避しようと、損失計上を分かった上で投げ売りを行った結果であった。

 その要因となったのが新型コロナウイルス感染の拡大である。具体的には、「新型コロナウイルスの感染の世界的な拡大」→「世界各国での感染防止に向けた移動・外出規制の布告」→「世界各国の経済活動の停滞」→「自動車・航空機移動の減少・停止、企業・個人の経済活動の縮小・停滞」等々→「エネルギー・原油需要の急減」→「供給過剰懸念の高まり」→「在庫の積み上がり」という流れが生んだものである。但し、注目されるのは、WTI先物でも6月物の4月20日時点での清算値が前日比で1バレル当たり4.60ドル安の20.43ドルに留まり、また12月物の清算値も、前日比1.41ドル安の32.41ドルとなっていた点である。これは、投機筋や生産者がその時点で、2020年後半には原油需要が回復すると見ていたことを意味する。その後、油価はこの見立てに沿った動きをしており、WTI先物価格は概ね1バレル32ドルから35ドル弱の範囲で推移している。

 ここに来て油価が上昇に転じているのは、供給面と需要面での幾つかの要因が重なったためである。第一に、供給面で、石油輸出国機構(OPEC)にロシアなどの一部の非OPEC産油国を加えた「OPECプラス」が、4月12日に合意した970万B/D(一日あたりのバーレル数)の減産を厳守していることである。第二に、やはり供給面で、6月以降、サウジが100万B/D、UAEが10万B/D、クウェイトが8万B/D、従って3ヵ国合計で118万B/Dの追加減産を明らかにしたことである。第三に、さらに供給面で、米国のシェール産油量も減少し始めていることであり、第四に、需要面で、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い導入された制限措置、特に都市封鎖(ロックダウン)措置の緩和が世界的に広がり、原油需要回復の期待が高まっていることである。因みに、国際エネルギー機関(IEA)の4月月報は本年の世界石油需要が昨年に比べて▲930万B/Dと予測していたが、5月月報ではそれを▲860万B/Dへと70万B/D上方修正している。

 今後の国際石油情勢については、需要の底が比較的長期間になる「U字型回復」と見る向きが多いが、封鎖の解除後に新型コロナウイルス感染の第二波が襲来し、需要が再び減少に転じることを懸念する声も根強い。将来を展望する上で忘れてはならないのは、石油関係者の中にも世界の石油需要が二度と以前の水準に戻らない「L字型回復」になるので、「石油時代は終焉」すると予測する向きもいることである。

 実際、新型コロナウイルスの感染拡大による一時的な外出禁止状態の誕生は、テレワークやオンライン授業といった新たな勤務・勉学システムに道を開いた。仮に、ポスト・コロナの世界でこうしたスタイルが世界的に定着すれば、石油需要の伸びは相当抑えられることになる。それは、既に新型コロナウイルス禍による経済苦境に見舞われている中東諸国にとっては、ソブリン・リスクの高まりを意味する。特に、歳入の多くを石油収入に依存する中東産油国では、新型コロナウイルスの感染拡大による経済不振への対応で導入された、歳出削減や歳入強化策によって国民の重荷は既に増している。それだけに、脱石油時代の到来ともなれば、一層の負担を強いられる国民が反発することでの社会不安の高まりが懸念される。

深刻な経済へのマイナス影響と打ち出された対応策

<サウジ:恩典崩壊で予想される国民の政治参加の要求>

 新型コロナウイルスの感染拡大の中東諸国への影響では、産油国ではサウジを、非産油国ではトルコ、エジプトを見ることとしたい。サウジ通貨庁(SAMA)は本年4月28日、外貨準備額が3月中に月間としては過去20年で最大となる270億ドル取り崩されたため、残高が4640億ドルに低下したことを発表した。この引き出しは、油価急落と新型コロナウイルス感染拡大による経済活動の停滞に対処するために、サウジ政府が緊急に資金を必要としていたことを示すものである。さらに、サウジ財務省は翌4月29日、本年第1四半期(1~3月)の財政実績を発表し、歳入の約3分の2を占める石油収入が1284億サウジ・リアル(以下SRと略す。342億ドル)と前年同期比34%もの減少を記録したことから、財政収支が341億SR(90.6億ドル)の大幅な赤字となったことを明らかにした。

 こうした新型コロナウイルスの感染の拡大による「石油需要の後退→油価の急落+石油輸出の急減→石油収入の著減→財政赤字の拡大」に苦慮するサウジ財務省は、5月11日、以下のような大胆な緊縮政策の実施を明らかにした。

• 7月1日からの付加価値税(VAT)の現行5%から15%への引き上げ
• 6月1日からの生活費引当金の撤廃
• 経常・資本支出の一部費目、及び「サウジビジョン2030」計画の一部配分削減(合計1000億SR=約267億ドル、2兆8600億円弱)
• 全公務員の財政的恩恵の見直しを検討する委員会の発足(30日後に結果発表)

 因みに、ジャダーン財務相はこれらの措置導入の背景について次のように説明した。

1) これらは油価低迷と新型コロナウイルス禍で打ち砕かれた国家財政の補強に必要な措置である。我々は歳出を大幅に削減する必要がある。
2) 政府は、一部の政府機関の支出を取り消し乃至延期し、経済多角化を目的に始めた「ビジョン2030」で導入された事業支出を削減する。
3) 政府は油価が年初から三分の一まで低下したことから、歳入の約3分の2を占める石油収入が本年は半減すると見ている。
4) 我が国は財政赤字の補填のために本年約600億ドルの借り入れを行う。

 今回の一連の緊縮財政の導入で極めて興味深いのは、VATの3倍引き上げなどで国民の不満が高まることを懸念するサウジ政府が、例えば自国紙アラブ・ニューズを使い専門家に必要性や有効性を説明させている点である。本年5月12日付けの同紙は「税の専門家が、VAT引き上げが何故投資増になるかを説明している」との題名の記事を掲載し、アーンスト・アンド・ヤング(EY)の税専門家サンジーヴ・フェルナンデズ氏の次のような説明を紹介した。

 即ち、1)VAT税率の引き上げは、潜在的に、政府投資、特に油価が低水準である時には政府投資を継続的に促進する助けとなろう、2)VAT税率の引き上げは、中長期的にプラスの動きとなる。(理由は、)政府財政を均衡させる動きがビジネスマンに自信を与え、投資増・成長加速につながるからだ、3)税率15%は当面据え置かれよう。同率はVAT税率を引き上げるべきとのIMFのGCC諸国への呼掛けと一致するものである、と。

 また、同日付の同紙は「支出習慣の変更をサウジ国民に呼掛ける専門家」との題名に記事も掲載し、専門家に無駄な支出を見直すべきと説かせている。イマーム・モハメド・ビン・サウド・イスラム大学のイブラヒム・アル・ジビン社会学教授・博士は次のように説いていた。1)国民は支出姿勢を変えねばならない、2)この世に変わらないものはなく、状況は常にプラス、或いはマイナスの方向に変化する、3)我々は給与が固定したものでないことを理解し、生活に対して戦略を立て、再度の優先付けを行い、財政を管理する必要がある、と。

 従来、サウジでは、議会選挙もなく国民の政治参加の道も限られている。見返りに、所得税はなく、電力・ガス・水道料金やガソリン価格も補助金で安価に維持されるという経済的恩恵が付与されていた。だが今般発表された一連の緊縮政策は、これらの恩典を剥がすことになる。それ故、今後国民がそれならばと政治参加などの要求をしてくることが懸念される。ムハンマド皇太子は、懸念を先取りするように4月下旬、慰撫策と受け取れる新たな政策を相次いで打ち出している。その第一が、4月25日付けのアラブ・ニューズ紙の報じた「むち打ち刑の廃止」で、第二が、サウジ人権委員会(HRC)委員長が4月26日の声明で明らかにした「未成年者の死刑の廃止」である。果たして、これらの政策だけで痛みの増す国民の不満を抑えきれるのか注視する必要があろう。


 同じ中東産油国のイランについて若干言及すれば、ハメネイ最高指導者が国会の再開日に当たる5月27日、今国会では経済問題、とりわけ貧しい国民の生活の改善を最優先課題として取り組むことを望む、とのメッセージを送っている。イランでは2019年11月中・下旬にガソリン価格の引き上げを発端に大規模な反政府抗議デモが発生したほか、2020年1月中旬にもウクライナ旅客機の誤射を隠そうとした政府に抗議するデモが起きている。イラン専門家の多くは、米制裁で経済悪化が続いているため、きっかけさえあれば、デモはいつでも再燃すると見ている。そうしたなかでの、新型コロナウイルス禍による経済悪化で苦しむ国民の反発を意識した、最高指導者の発言だけに注目される。

<トルコ、エジプト:経済苦のなか、懸念される大統領への権力の一層の集中>

 次に、中東非産油国のトルコでも、新型コロナウイルス禍による経済不振と、それによる資金不足が鮮明となっている。例えば、トルコ通貨リラ(TL)の対米ドル為替レートは5月7日、外国為替市場で「リラ・ショック」と呼ばれた2018年夏のTL急落時を下回る、1ドル=7.2690 TLまで下落した。因みに、TLレートは、2020年初には1ドル=ほぼ6.00 TLであった。その後やや強含んだものの、2月初旬に6.00 TLへと再び低下し、3月下旬には6.50 TLまで下落した。その後TL安の動きは止まらず、1ドル=7.00 TLに向けて突き進み、5月初旬以降は7.00 TL台から7.50 TLを目指す流れとなっていった。結局、2020年初から5月7日まででは、TLは対米ドルで約18%安を記録している。TLの対米ドル下落は、その後、トルコ金融当局が、BNPパリバ、シティバンク、UBSの3行によるTL取引の禁止を発表したことから下げ止まりやや戻すこととなった。しかし、それでも年初からは10%程度低い水準となっている。

 さらに、同国政府高官が5月14日、匿名を条件に、通貨危機に備えて数カ国と通貨スワップ協定の打診を始めたことを明らかにしている。具体的には、財務省及び中央銀行の高官が、日本及び英国の財務・中央銀行の当局者と二国間通貨スワップ枠の設定について協議したほか、カタール及び中国と既存のスワップ枠の拡大について話し合ったことを説明した。同日には、与党・公正発展党(AKP)のユルマズ外務委員会副委員長も、米国以外の数カ国の中央銀行とスワップ協定を交渉中と発言している。それから約2週間後の5月27日には、アルバイラク財務相が、通貨スワップ協定について話し合いを行っている国として、米国、中国、日本、韓国、マレーシア、インドの名前を列挙した。尚、カタールについては、その時点では既に交渉を終え、それまでの通貨スワップ協定枠50億ドルを3倍増の150億ドルとすることに成功している。

 トルコではエルドアン大統領の就任以降、大統領に権力の集中する形での統治・運営が顕著となっている。現在、トルコの民間銀行は巨額の借り入れを抱え身動きが出来ない状態にある。それだけに、主要国との通貨スワップ協定の交渉を契機に、経済面でも政府主導体制が益々鮮明となることが懸念される。

 新型コロナウイルス禍により、観光業の停滞、海外資本逃避の加速、在外エジプト人労働者からの送金収入の減少という「三重苦」に見舞われたエジプトでは、内閣が5月20日、本年7月1日からの12ヶ月間、国民の給与から1%を「新型コロナウイルス税」として控除する案を承認した。内閣は同税について、1%課税は公的部門・民間部門の勤労者のうち、純月額給与が2000ポンド(約127ドル)超の者が対象者と説明している

 実は、エジプトは2001年から連続19年間、財政赤字を続けている。IMFの資料から過去3年間の財政赤字額、及び同額の対国内生産(GDP)に対する比率を見ると、2017年が▲3618.8億エジプト・ポンド(以下、ポンドと略す。約▲203.5億ドル)、▲10.4%、2018年が▲4175.8億ポンド(約▲235.0億ドル)、▲9.4%、2019年が▲4054.9億ポンド(約▲238.5億ドル)、▲7.6%となる。資金不足に悩むエジプトは、今春からの新型コロナウイルスの発生と合わせるように、既に国際通貨基金(IMF)から約28億ドルの緊急支援を受けたほか、スタンドバイ・クレジットの供与についても協議中である。

 そのエジプトで気になるのは、トルコ同様シシ大統領就任後、大統領への権力集中が図られるなか、批判勢力への取り締まりが強化されていることである。最近でも5月17日、独立系調査報道サイト「マダマスル」の編集長が、首都カイロでのインタビュー中に拘束される事件が起きている。エジプトでは本年3月にも、新型コロナウイルス感染に関する報道を巡って、英国・ガーディアン紙の駐在記者が資格を取り消され国外退去処分される事件も起きている。それだけに、経済的苦境から目をそらすことを目的とするジャーナリストや反政府勢力への取り締まりの厳格化が懸念される。


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