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コロナの先の世界(5) アメリカの混乱とポスト・コロナの世界 一般財団法人 国際経済連携推進センター 評議員、東京大学大学院 法学政治学研究科 教授 久保 文明 【2020/05/21】

コロナの先の世界

(5) アメリカの混乱とポスト・コロナの世界

掲載日:2020年5月21日

一般財団法人 国際経済連携推進センター 評議員
東京大学大学院 法学政治学研究科 教授
久保 文明

 新型コロナウイルス感染症蔓延のニュースが最初に中国で報じられた頃、これがアメリカでここまで猛威を振るうと予想した人は、アメリカ人も含めてごく僅かであっただろう。現在、アメリカでは感染者数は154万人、死者数は9万3千人を越えた。
 本稿では、アメリカの状況に焦点を置きながら、今回の新型肺炎問題が世界秩序にどのような問題を提起するかについて、やや中長期的な視点も交えて考察する。

コロナ危機へのトランプ政権の対応

 トランプ政権による新型肺炎への対応がきわめて不十分であったことは明らかである。厚生長官が公衆衛生上の緊急事態を発令し、中国人(及び最近中国へ渡航した履歴のある外国人)の入国禁止措置を実施したのは2020年2月2日と比較的早かったものの、その後緩慢な対応が続いた。トランプ大統領は、この感染症を深刻視して強い対応を求める意見を、民主党や政権に批判的なメディアによる政権批判キャンペーンと解釈し、この感染症は4月になれば魔法のように消えてなくなると述べていた。極めつけは、消毒剤を体内に注射してはどうかとの4月23日の記者会見での発言であった。政権関係者や消毒剤の製造企業は、それをしないように懸命に広報活動を展開せざるをえなかった。トランプ大統領においては、何より専門家に対する敬意の欠如が顕著であった。

 トランプ大統領は4月16日、経済活動再開に向けて、3段階の道筋を示した。感染者が14日間減少するなどの基準を満たした州や地域では、フェーズ1として、社会的距離をとることを前提に、レストランや映画館を再開できる。フェーズ2では学校の再開や最大50人の集会が可能になる。そしてフェーズ3では職場で制限なく業務ができる。ところが、いくつかの州は、ここで示された基準を満たしていないにも関わらず、経済活動に対する制限を解除し始め、しかもトランプ大統領はその動きを支持する発言をした。

 感染の拡大を抑制することと同時に、経済活動をいかに早く復活させるかが争点となりつつある。早急な経済活動再開を求める動きは、次のような人々や団体によって支持されている。まず、職や収入を失った労働者や中小の経営者。第二に、盲目的なトランプ大統領支持者。その周辺には多数の共和党支持者が連なる。彼らも、公衆衛生の専門家に対する敬意は薄い。第三に、可能な限り限定的な政府を求めるリバタリアンと呼ばれる人々。これらの抗議運動は保守派の政治活動組織コンヴェンション・オヴ・ステーツやリバタリアン系のフリーダム・ワークスなどが背後にいて、運動の手法等について助言している。抗議の対象になっているのは、しばしば民主党州知事である。さながら、2009年から数年間猛威を振るった茶会党運動の再現のようである。

 もし11月の大統領選挙がトランプ政権の感染症対策の是非で争われるのであれば、すでに多くの世論調査で示されているようにトランプ大統領にとって分の悪い戦いとなろう。ハリケーン・カトリーナへの対応を誤って支持率が30%台すら割り込んだジョージ・W.ブッシュ大統領の例も記憶に新しい。しかし、仮に選挙がより全面的な経済封鎖解除の是非をめぐるレフェレンダムになるとすれば、勝敗の行方は混沌としてくる(5月21日までにすべての州が経済封鎖を少なくとも部分的に解除した)。むろん、性急な経済活動の再開が、感染者数・死亡者数増加の第二波・第三波を招来してしまう可能性は少なくない。

アメリカの動向と国際秩序の将来

 本年の選挙結果はさておき、トランプ政権の間、アメリカが感染症対策で国際的な指導力を発揮する可能性は小さいであろう。トランプ政権は国際連合や世界保健機関(WHO)に対してきわめて否定的な態度をとっており、その他の国際協力についても、米中関係を含めて展望は明るくない。

 その最大の原因は、トランプ大統領が結局のところ、今回の感染症を深刻視していないことにある。その結果、国内対策が遅れただけでなく、国際的協力の必要性も感じていない。トランプ大統領はそもそも国際関係を損得勘定で評価する傾向があり、自国が損を出す支援は忌避しようとする。国際組織に対しては、共和党全体としてその役割を否定的に評価する傾向が強い。

 第二次世界大戦終了後、冷戦という文脈においてではあったが、アメリカはトルーマン・ドクトリンを発し、さらにマーシャル・プランを実施して、安全保障と経済支援双方で西ヨーロッパ諸国を中心に多数の国を支えた。トランプ政権下のアメリカにこのようなリーダーシップは望むべくもない。

 最大の理由は、財政事情である。今回の新型肺炎対策でアメリカ政府はすでに過去最大の3兆ドル弱の財政出動を実施している。追加支出もほぼ必然であろう。懸念材料は未曽有の規模になる財政赤字である。トランプ政権に入ってから財政規律は緩む一方であったが、それにコロナ危機が加わった。超党派の調査機関「責任ある連邦政府予算委員会」は2020年度の財政赤字を3.8兆ドルと試算してきたが、さらに4800億ドル超の歳出増が決まり、赤字額は前年度比4倍の4兆ドルに達する可能性がある。GDP比では25%前後となり、この水準は財政赤字のピークだった第2次世界大戦中と並ぶ(日本経済新聞電子版4月24日付「米、コロナ対策3兆ドル迫る 財政赤字も「戦時」並みに」)。

 今後、新型肺炎は医療制度が脆弱な第三世界で猛威を振るっていく可能性が大きいが、アメリカをはじめ多数の裕福な国々が、国内対策で巨額の財政赤字を生み出してしまったため、大規模な支援を打ち出せる可能性は小さい。ヨーロッパでも財政的に破綻する政府が登場するかもしれない。もしそれがある程度の経済規模の国であれば、世界経済に与える影響は甚大であるが、支援できる国や国際機関はあるだろうか。しかもこの危険は短期間で消え去るものではない。

 問題は財政状況だけではなく、政治的意思にも存在する。2008年のリーマン危機後の財政赤字のさなか、アメリカ議会は国防費も含んだ強制的かつ強硬な歳出削減策を超党派で可決した。このような事態の再現はないであろうか。

 さらに、アメリカで近年強く見られる国際主義的エリートないしエスタブリッシュメントを嫌悪する傾向も心配される。2016年のトランプ氏の当選はまさにその兆候といってよいであろう。アメリカが国際社会で指導力を発揮することについて、そして海外援助についても、消極的な世論が目立つ。そしてトランプ大統領はむしろ率先してそのような考え方を押し出しているともいえよう。

中長期的な懸念

 より中長期的視点から見た場合に懸念されるのは、アメリカの二大政党がともに保護貿易主義と孤立主義の政党になってしまう可能性である。民主党は2016年より前から、議員集団としては保護貿易主義的な政党となっていたが、これにトランプ候補も加わった。民主党大統領候補ヒラリー・クリントン(元国務長官)もトランプ氏も同年の大統領選挙をTPP反対で戦ったことは記憶に新しい。

 トランプ候補は選挙戦でさらに、「NATOは時代遅れだ」「日本と韓国は核武装してもよいから自分で守れ。アメリカにはもはや守ってあげる余裕はない」等々と語り、共和党主流の立場である国際主義と異なる外交思想を抱いていることを明らかにした。それにもかかわらずトランプ候補は共和党大統領候補の指名を勝ち取り、なおかつ本選挙でも勝利した。日本については、安倍首相と何回も会談を行った後の2019年6月になっても、日米同盟の破棄を側近に示唆している(Bloomberg電子版2019年6月25日付「トランプ大統領、日米安保破棄の考え側近に漏らしていた-関係者」)。クリントン元国務長官は民主党の中では外交・安全保障政策でややタカ派の方であり、孤立主義者ではない。しかし、近年の民主党は、オバマ政権の外交にも見られる通り、国際秩序維持のための強い意欲に欠ける面を無しとしない。これはジョー・バイデン前副大統領が2021年から大統領に就任しても、同様に見られる傾向かも知れない。

 むろん、今回の新型肺炎の問題だけでなく、軍事力の台頭、企業秘密の盗取などさまざまな問題を理由として、アメリカ政界全体において、すなわち超党派的な形で、中国観は厳しさを増している。バイデン政権であっても、あるいは2025年以降に成立する民主党政権であっても、かつてより強硬な対中政策を採用する可能性は高い。ただし、問題はその程度と手法であろう。南シナ海や東シナ海での海洋覇権、宇宙、サイバー、核ミサイル開発、5G開発等の争点領域で正面から対抗しようとするであろうか。それとも、民主党にとって重要な政策となっている地球温暖化問題での協力を求めつつ、腰が引けた形で人権問題や通商で主としてレトリックのみの「強い」姿勢を示すであろうか。ちなみに、オバマ政権の対中政策は、元来のややナイーブな国際政治観に加えて、中国に地球温暖化政策を推進してもらうための配慮から、より一層、そしておそらくは必要以上に、協調的になったと考えられる。

 南シナ海と東シナ海、そして台湾周辺における中国による海洋活動が、ここ数か月で活発かつ強硬になっている(日本経済新聞電子版5月12付「中国、海洋支配へ再び強硬 「コロナ後」の対米にらむ」)。トランプ大統領の言動には揺れが見られるが、政権幹部と軍の中国に対する対決姿勢は強い。しかし、短期的には米軍すら空母セオドア・ローズヴェルトの乗組員が多数新型肺炎に感染したし、中長期的には前述したような国防費削減に見舞われるかもしれない。それがなくとも、宇宙やサイバーを中心とした中国の凄まじい軍事的台頭はアメリカを脅かし、国際的な秩序を変動させる可能性は十分存在する。

 アメリカの世論は中長期的に、このような軍事大国としてのアメリカを支え続けるであろうか。そしてアメリカでは、その必要性を国民に訴え続ける説得力をもったエリートを継続的に再生産できるであろうか。日本も、このような問題意識をもって将来についての選択を行っていく必要がある。


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