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コロナの先の世界(4) COVID-19後の新デジタル経済における10の「ニューノーマル」 工学博士・元京都大学客員教授(市場・組織情報論)、OECD経済産業諮問委員会デジタル経済共同委員長 横澤 誠 【2020/05/13】

コロナの先の世界

(4) COVID-19後の新デジタル経済における10の「ニューノーマル」

掲載日:2020年5月13日

工学博士・元京都大学客員教授(市場・組織情報論)
OECD経済産業諮問委員会デジタル経済共同委員長
新エネルギー・産業技術総合開発機構技術戦略研究センターフェロー
横澤 誠

要旨
 「未曽有」という言葉がよくつかわれるようになった。何もかもが新しい基準で生活やビジネスの刹那においても考え直さなければならない状況である。「ニューノーマル」はパンデミック後の新しい通念が形成され、多くの「常識」が塗り替えられる見通しを示した言葉である。これまでの社会経済のデジタル化、デジタル変革は徐々にペースを上げていたところであるが、これもこれまでの延長線上のみの議論とはならないはずだ。この稿では10の例を挙げて、今後の社会経済を考えるうえでの変化の方向性について、あくまで現時点での観測を元に概観し提示することで、こうした「変化」を見通す議論が一桁も二桁も活性化することを期待したい。

全ての人の共通経験「デジタルパンデミック」
 よく言われるように、「戦争」に匹敵する経験を誰もが強いられている。これまでの常識であれば何年かかっても遅々として進まなかったいくつもの出来事が、望むと望まざるとにかかわらず瞬く間に変わってしまった。東日本大震災の被災は幸いにして地域的に限定されていたことが唯一の救いであったが、今回はその悲惨さが世界全体に広がり、時空に広く覆いかぶさって出口が見えない状況である。
 今回の出来事は2002年に端を発するSARS(重症急性呼吸器症候群)とは、規模も質も異なる「デジタルパンデミック」である。デジタルと感染拡大には双方向の関係性がある。パンデミックに至った原因の一つには、初期の感染情報共有が国家統制下にあるデジタルネットワークの中で抑制されていたことがあげられている。デジタル社会が旧来以上に依存していたデジタルコミュニケーションの機能が政治的な意図により阻害されたことが一因となった感染拡大、これが「デジタルパンデミック」と称する第一の理由であり、国家間訴訟にまで発展しているのは報道の通りである。
 一方でそうした「国家統制」の主張は世界中で長引く「都市封鎖」、「国境封鎖」や「緊急事態宣言」の下でやむを得ないことながら一側面では正当化されつつある。昨年まではデジタル技術やインターネット利用の普及により、一つの流れを形成していた新自由主義、市場経済原則、民主主義、グローバル経済の進行が滞りはじめている。一部の国・地域においては、国家による経済活動の抑制が過度に正当化され、政治的意図による必要以上の統制思想がパンデミック現象のように浸透しかねない。これがもう一つの「デジタルパンデミック」の意味となる。

桁違いの変化が招く「新デジタル経済」
 JR旅客6社によると本年の大型連休期間中、新幹線等の輸送量は前年同期間比で95%減となった。IATA(国際航空運送協会)によると、4月上旬の時点で世界各地で運航された航空便の本数は昨年に比べておよそ80%減となっている。各都市の移動指標を示す民間データも4月1日以降東京での移動が1月初旬ピーク時の10%以下の日が継続している。米国では2000万人程度の雇用減が見込まれるが、これはリーマンショック時の25倍もの悪化幅となる。全世界の人々が未曾有の変化にさらされているのは間違いなく、全ての社会構造が変化と無縁ではいられない。今思うと比較的緩慢な議論が続いていた「デジタル経済」についても例外ではない。
 「デジタル変革」の必要性と中長期的な展望は昨年12月までは希望的消極的な賛意として概ね共有されていたにすぎないが、今は現実の必要として語られ、新たな局面を形成している。対面、接触、緊密、共感、組織の一体感、帰属意識、終身雇用、紙の書類と印鑑等は、特に日本において色濃く残され、限定的ながら良さも兼ね備えた「アナログ」文化であったが、感染拡大防止の名のもとに大部分が見直し議論の対象となり、部分的に非接触・遠隔のデジタルへの置き換えに成功しつつあるように見える。社会経済規模で見ても、グローバルなサプライチェーンは再構築されつつあるだけでなく、在庫調整の行き過ぎた部分最適化への反省、多品種少量生産の効率低下への対応、消費地生産へのシフト、生産・サービスの無人化(AIとロボット)など多くの構造改革が加速しつつある。一方ではそうした過渡期にありがちな課題もあちこちにおいて噴出しつつあるのが現状である。
 マスクやエタノール消毒剤は長引く品不足に悩まされている家庭も多いが、これも原料調達、加工設備、在庫管理、流通経路の最適化が不適切に定着してしまっていたことが原因の一つである。過去の需要変動の少ない狭い範囲において、流通過程それぞれが表面的なデジタル化により、個別に最適化されていた古典的な経済モデルから脱し切れていなかった。一部の過剰な買占め・転売や扇動された過剰消費行動、医療機関への優先供給などが要因として積み重なり、「ブルウィップ効果(需要供給バランスの変動が上流へ増幅遡及する現象)」としてデジタル経済の中で潜在的な危険性が議論されていたリスクが現実のものとなった。「デジタル経済」の不完全な実装により引き起こされた部分最適化の弊害ともいえる。
 「新デジタル経済」においては、広い範囲の変動に耐えうる全体最適によりグローバルに安定した流通と製品提供が持続することが求められるようになるだろう。サプライチェーンは低コスト化が追求され、デフレ不況とも言われる長期需要低迷が広く消費行動において部分最適化されていたのであるが、その代償に内面において脆弱性が蓄積されていたことに気づくものは少なかった。

「ニューノーマル」と新地政学
 多くの人が実質的な自宅軟禁ともいえる状況下にある異常事態の中で、遠隔会議の場でよく語られるようになった言葉が「ニューノーマル」(パンデミック後の新しい通念)である。この原稿の時点で1日の新規感染者数(世界)を見ると、ようやく一方的な増加傾向を終えてほぼ横ばいの傾向が定着したように見える。依然として油断はならないが、直面している悲惨な状況に加えて、「次」を考えることが求められてくるのも当然だろう。「出口戦略」と呼ぶ向きも多いが、その出口は決して2019年12月以前の状態に戻ることではなく、COVID-19ウィルスと共存しつつ新たな社会規範が形成されるはずだ。既にいくつか「ニューノーマル」に含まれるべき要素の提示が行われつつあり、感染のリスクを減らすための社会的距離の確保や、接触追跡システムの利用など、これまでの通念(2019年以前の「ノーマル」)であれば「過剰な強制」とも受け止められる項目が、今となっては違和感がなくあげられている。
 以前の「ノーマル」に戻ることはもうできない。どうやらこれは既定の事実の様である。特に若年者はそのことの意味が受け入れられず、「早く元の日常生活に戻りたい」というのが正直なところであろうが、おそらくそれは意図通りには叶わないだろう。もし以前とは別の「ノーマル」を考え出さねばならないとしたら、それは今この現在において設計構想に着手するべきである。それは国際社会の議論でも同様である。
 今回の感染拡大の端緒と目される中国は、結果として昨年の米中貿易戦争のチキンレース状況を覆し,自ら痛手を負い内部のジレンマを拡大しながらも仕切り直しを模索しつつあるように見える。既に都市封鎖を解除し、経済再生に向けての再スタートを誇示しているが、デジタル経済にまで及ぶ一帯一路構想は批判を受けながらも再び拡大を続けるようになる。地政学的な対抗勢力である米国、欧州は本格的な経済再スタートには、まだ時間がかかる。欧米中の3極が異なるデジタル経済の原理をめぐり、壮大な地政学的な綱引きを演じてきていた。日本はというと、その大きな三角形の狭間にあり、特徴のある政策主張を示し、存在感を維持しようとしてきた。DFFT(Data Free Flow with Trust、 信頼ある自由なデータ流通)、AI(人工知能)原則はその典型であるがそれ以外にも、サイバーセキュリティ、個人情報保護、ブロックチェーン、5G通信、データ共有アクセスとポータビリティ(事業者間の引継ぎ)、インターネットガバナンス(管理と運用)など個別のデジタル経済議論では徐々に欧米中大三角形のどの頂点にも接近しすぎない特徴のある将来像を考えていた。
 しかしそれは2019年までの「ノーマル」をめぐる調整であり、既に本年度のOECDやG20で開始しているのはパンデミック後の「ニューノーマル」の論点にどう取り組むかであり、パンデミックの影響をどう取り込むかについての積極的な意見交換が始まっている。見通しが効かない中で、これまで通り大三角形の中の等距離戦略を維持するとすれば、これまで以上の状況理解のための労力と戦略的な洞察力が求められるようになるだろう。

新デジタル経済と「ニューノーマル」10項目
 デジタルパンデミック後のデジタル経済とはどのようなものになるのか。第二波第三波の感染拡大も懸念され、日本においては来年に延期された東京五輪や2025年大阪万博といった主要イベントの確実な実現と成功にも依存するので、最大の不確定性を想定しながらも大胆に予測をしてみたい。私案であり、現状の限られた観測に基づいている。項目により対象とする抽象度もまちまちである。漏れや重複、表現の未熟は認識の上とご了解いただきたい。

表 新デジタル経済と「ニューノーマル」10項目-1表 新デジタル経済と「ニューノーマル」10項目-2

 新たな変革への機会としてとらえられるもの、反対にこれまで積み重ねてきた多くの努力が一時的にリセットされ、停滞すると考えざるを得ないものの両面から「ニューノーマル」を予測してみたわけであるが、「ノーマル」とは規範(norm)から派生した言葉であり、「ニューノーマル」は新たな規範を目指した言葉と考えることができる。

 一方で、規範と並ぶガバナンス要素として、新シカゴ学派を中心にあげられるのは法、市場原理、アーキテクチャの3つで、合わせて4つの社会の形を保つ要素と考えられている。言い換えれば、「ニューノーマル」は他の3要素と組み合わさり、初めて機能するもので、単独での意味は限定される。
 民主主義下にあっては、多様な方向の変化を相互の尊重の上で調整し、時間をかけて変化の方向性を見出すのが原則であるため、急速な社会経済的変化は起こりにくい。今、ほぼ全ての人が共通の経験をしている状況は、不幸な側面が多いものの、人々の考える変化の方向性が以前よりそろったものとなる可能性を示している。
 ここにあげたものではない別の角度から大きな変化が起こり、むしろそれが新しい機会、新たな責任感、新たな国際協力関係に結び付くこともありうるだろう。「次の変化」を真剣に考えつつ、「密」を避けて冷静に新たな社会経済について多くの考えを交換する時期ではないだろうか。我が国においてもそのような議論をリードするグループが一つでも二つでも立ち上がり、明治維新や戦後復興に匹敵する社会経済のグランドデザインを示すべきだろう。

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