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コロナの先の世界(3) パンデミックが照らし出した風景 放送大学 名誉教授 先端技術安全保障研究所(GIEST)会長 高橋 和夫 【2020/05/08】

コロナの先の世界

(3) パンデミックが照らし出した風景

掲載日:2020年5月8日

放送大学 名誉教授
先端技術安全保障研究所(GIEST)会長
高橋 和夫

 新型コロナウイルス後の世界は新型コロナウイルス前の世界に似ているだろう。このパンデミックが、まぶしすぎるほど強い光で照らしているのは、国際政治の現実であり、各国が抱える国内格差の構造である。

 国際政治の面では、既に始まっていた米国と中国の競争関係を浮き彫りにして見せた。米国も中国も何年か後には、このウイルスの災難から立ち直るだろう。そして感染の始まる前と、そして現在と同じように、ライバル関係を繰り広げるだろう。現在、両者が争っているテクノロジーの面での覇権争いに、ウイルスのワクチンや治療薬の開発競争が加わるだろう。

 次に国内の格差に目を向けよう。その現実が最も鮮明に見えるのは、米国だろうか。それは、被害が甚大だからだ。また、報道が多いからでもある。まずウイルスが広がり、それを追いかけるように、失業が広がった。ウイルスの余波が失業であった。3月中旬からの1か月で少なくとも2200万が失業した。前例のない雇用の崩壊である。米のメディアによれば、1920年代末からの大恐慌の時期の5倍のスピードで失業者が増えている。カリフォルニア大学バークレー校のロバート・ライシュ教授は、米の労働者の四人に一人が結局は失業するだろうと予想している。ライシュ教授は、ビル・クリントン大統領期の労働長官である。

 そして感染の犠牲になる割合は、アフリカ系やラテン・アメリカ系の方が、はるかに白人より高い。たとえばシカゴ市では黒人の人口比は3割だが感染者に占める割合は倍の6割である。ニューヨークなどの他の都市でも状況は類似している。なぜマイノリティーをコロナウイルスが襲うのか。理由は幾つもある。そもそも、通常から少数派の人々の方が高血圧や心臓疾患などに苦しんでいる率が高い。健康保険によって守られていない人々が多いので、病気になっても十分な医療が受けにくい。既に病んでいる人々にウイルスが止めを刺す構図だ。平均寿命からして白人より短い。住んでいる環境も違う。空気や水が汚れている場合が多いし、公園などのスペースも少ない。住居も狭い。ウイルス対策で「社会的な距離」をと言われても実行できない。

 しかも自宅からのテレワークとかリモート・ワークとかが可能な職種に就いていない。現場にいなければ仕事にならない職種でのマイノリティーの比率が高い。郵便配達人、スーパーの販売員、運転手などである。しかも職場へは公共交通機関を利用して通っている場合も多い。社会の根幹を担いながらも、必ずしも普段は評価されない人々の感染のリスクが高いわけだ。貧しい人々の多く住む地域で感染者が多く死者が多い。郵便番号が人生を決める。つまり、どこに住んでいるかで、人生が決まるという格差の構造に新型コロナウイルスが光を当てた。

 こうした例は米国に限られない。当初はウイルス対策が成功していると見られていたシンガポールでも、急速に感染が拡大した。4月末で感染者が15000名を超えた。その大半は、シンガポールで建設工事に携わる移民労働者である。密集した住環境に置かれている人々である。一般の市民への感染率は高くないところに、この国での格差の構図が見える。政府が全ての感染者の治療の費用を負担すると公表している。救われる思いである。

 アラビア半島の産油国でも、外国人が建設労働を担っている。しかもシンガポール以上に劣悪な住環境で生活している。ここでも、同じような感染の拡大が始まっている。

 こうした格差の構図は日本にもある。風俗業など濃厚接触を避けようがない職種もある。貧しさゆえに厚化粧の下に大きな苦しみや悲しみを隠して働く人々が高い感染のリスクにさらされている。立教大学の金子勝氏の表現を借りれば「コロナ・ウイルス」は格差病だ。新型コロナウイルスは旧来の格差を照らし出している。パンデミックは、目を背けていたかった現実を我々の眼前に突き付けている。

 米国に話を戻すと、このパンデミックが、ドナルド・トランプを大統領の座から引きずり下ろすかもしれない。確かに、感染が拡大し始めた段階ではトランプ大統領の支持率が上昇した。危機の際に指導者の下に結集しようとする心理は普遍的であり条件反射的ですらある。しかし、危機が長引くにつれ、トランプへの支持率は元の水準にまで低下した。背景にあるのは、危機の悪化と、トランプ政権の対応の遅れである。昨年の11月段階でCIA(米中央情報局)は、中国で新しいウイルスが広がっているとホワイトハウスに警告を発していたとメディアは伝えている。警告を受けながら、トランプは動かなかった。その結果が現在の惨状である。

 そして、この危機が引き起こした失業の増加と株価の下落が、トランプの再選を脅かしている。トランプが再選のために実績として打ち出してきたのが経済の繁栄だった。給与の格差の問題はあるにしろ、失業率は歴史的な低さであったし、株価は上昇していた。その両方をパンデミックが吹き飛ばしてしまった。株価は若干ながら戻しているが、経済成長がマイナスになった以上、現在の株価が長く維持できると信じているエコノミストは多くない。
 その結果が、トランプの再選戦略の変更である。感染の拡大と経済の崩壊の責任を転嫁する必要がある。まず中国以外に、その候補はいない。そして中国の影響下にあるとされるWHO(世界保健機構)が、トランプによる攻撃の対象となってきた。もっと早期に中国が十分な情報を開示していたならば、今回の惨事は避けられただろう。そしてWHOの対応も決して迅速ではなかった。米国による中国叩きとWHOへの資金供与の停止は、こうしたトランプの再選戦略の反映である。その成否は来たる11月の大統領選挙が示すだろう。

 仮にトランプが再選されれば、この中国叩きは、米中関係に苦い後味を残すだろう。逆にトランプが、もし敗れるとすれば、その原因は新型コロナウイルスという事になるだろう。

 だが民主党の候補者指名が確実視されるジョー・バイデン前副大統領が勝利を収めた場合でも、中国に対する厳しい態度が予想される。人権を外交理念に掲げ、香港の民主主義の弾圧やウイグル人の抑圧をバイデンは批判している。米中の摩擦は高熱を発し続けるだろう。

 新型コロナウイルス後の世界においても、現在と同じように各国は米中間での難しい外交の舵取りを迫られるだろう。国際政治の基本的な構図は変わらない。

 各国にできるのは、国内の格差に、どう立ち向かうかである。この格差を拡大させた大きな要因は、グローバル化である。これが、米国ではラスト・ベルトと大量の失業者を創り出した。日本ではシャッター通り商店街を各地に生みだした。このグローバル化という魔物と、どう向き合うのか。今一度、考え直す必要があるだろう。

 新型コロナウイルス後の世界の課題は、今回のパンデミックが照らし出した構造的な問題点の是正に、どれだけ各国の為政者と国民が務めるかであろう。まず社会を底辺から支える人々への感謝と敬意の念を物質的にも示す必要がある。その中には当然ながら外国出身者も含まれるべきである。たとえば、シンガポールでは既に移民労働者の待遇の改善を求める声が上がっている。もし、こうした声が政策に反映されるならば、本稿の書き出しを改める必要が出てくる。新型コロナウイルス後の世界は、それ以前よりも素晴らしくなるだろう。


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