令和元年度 第3回 国際情勢研究会 報告/「習近平政権の内憂外患―2019年夏」 東京大学大学院 法学政治学研究科 教授 高原 明生 (たかはら あきお)【2019/9/2】

講演日時:2019年9月2日

令和元年度 第3回 国際情勢研究会
報告/「習近平政権の内憂外患―2019年夏」


東京大学大学院 法学政治学研究科 教授
高原 明生 (たかはら あきおき)

1. 香港の抗議活動
 香港の抗議活動は現在、習近平国家主席を悩ませている大きな問題の1つだ。その発端は逃亡犯条例の改正で、香港で逮捕された人を台湾や大陸に送ることができるようにする提案を香港当局が行った。しかし、これに対して非常に強い反発が起きた。そしてほぼ毎週のようにデモやストが行われてきた。香港では今日から学期が始まるということだが、今日もストが呼びかけられ、中学生約1万人が学校を休んだのではないかと報道されている。
 デモの映像を見ると過激化している人々もいるが、ごく普通の学生や若者が急ごしらえで過激派になり、戦っているという印象だ。香港人のどこにこのような抵抗のパワーがあったのかと思わせるような情景が、我々の眼前で展開されている。中でも突出していたのは、7月21日のデモだ。デモを行う側は皆、黒いTシャツとズボン姿だが、そこへ白シャツの人々が出てきて、彼らは香港の暴力団だといわれているが、黒シャツ側に殴りかかるようなことまで起き、大混乱に陥った。一部の過激化した学生たちは、空港のターミナルに押し寄せ、道路や列車の通行をサボタージュしようとして、相当混乱が生じた。ただ、色々な情報が飛び交い、何を信じれば良いのかわからないところもある。
 デモを行う人々の要求には様々なものがあるが、「五大要求」は以下のようなものだ。
 第1に、逃亡犯条例改正案を完全に撤廃すること。第2に、香港当局は衝突を「暴動」と認定したが、これを取り消すこと。第3に、数百人のデモ参加者が拘束されたため、これらの人々を釈放すること。第4に、警察の暴力行為を検証する独立調査委員会の設置。そして第5に、自由選挙による行政長官の選出。これは2014年の「雨傘運動」でも要求して認められなかったことだ。デモ隊からは他にも、キャリー・ラム行政長官の辞任を求める声や、大陸にも運動を波及させたいといった声も聞かれる。
 一方、ラム行政長官は改正案提出について「失敗だった」と率直に認め、その審議を無期限に延期した。しかし、デモ隊はこれに満足せず、「完全撤回」を求めている。これについては、北京から「完全撤回とは言うな」という司令があるので、こういう言い方をしているのではないかという理解がある。また数日前、ロイターが特ダネとして報じたが、実は6月から8月7日の間のどこかで、香港当局が北京の中央政府に対するレポートを書き、その中に妥協案を含めていたといわれる。そこでは五大要求のうち、改正案の「完全撤回」と警察の暴力に対する調査という2つは受け入れても良いのではないかとしていたという。報道によれば、香港当局はこれら2つの要求を受け入れることは、デモ隊のうち少なくとも穏健派の鎮静化に有用ではないかとレポートに書いたが、北京は「すべての要求を拒否せよ」という指示を出したという。
 ちなみに、8月7日は深圳で、北京にある国務院の港澳事務弁公室と香港に駐在する中央駐香港聯絡弁公室の合同会議が開催された日だ。その際、張暁明という港澳弁主任が記者会見で、香港のデモ隊の行動について「一国二制度という原則のボトムラインへの深刻な挑戦である」と述べた。張氏はまた、「事件は既に変質し、明らかにカラー革命の特徴を帯びている」と語った。カラー革命とは旧ソ連や中東の国々で権威主義的な体制が転覆した革命を指す。さらに張氏は、習近平国家主席が2017年7月1日に香港で演説した際に語った言葉を引用している。それは、「国家主権の安全に危害を加え、中央権力と香港特別行政区基本法の権威に挑戦し、香港を利用して内地に対し、破壊的な活動を浸透させることを進めようとすることは、皆、ボトムラインを越える行為であり、すべて絶対に許すことはできない」というものだ。そこから、習近平国家主席がこの問題にかかわっており、それが彼のメンツの問題になっているとわかる。習近平国家主席にとって今年、一番重要な行事は10月1日の国慶節、つまり中華人民共和国建国70周年を祝う軍事パレードで、そこに影を落とすような状況になるのは困る。このため、「9月中の事態収拾を強く望んでいるのではないか」というのが、多くの人々の見方だ。
 比較的多くの人が信頼できると考えている『明報』によると、習近平指導部は北戴河の会議で香港の混乱をカラー革命と断定したという。この記事ではまた、まずは香港警察で対処させるが、対応できず、香港から支援の要請があれば、大陸から武装警察を出動させて鎮圧するということも、北戴河の会議で決められたとしている。その直後の8月9日ごろから、武装警察が深?に大量に集まり、12日には中国メディアがこれを大々的に報道した。その数日前には人民解放軍の装甲車がどんどん香港にやってきた。これは鎮圧のためではなく、定期的な部隊の交代だというが、このようなタイミングだったため、これも威嚇行為ととる向きがある。
 当局の対応では他に、企業への圧力もある。香港では企業や公務員、学校の先生などもデモに参加しているが、キャセイパシフィック航空ではCEOが解任された。また、KPMGやPwCのようなコンサルティング系の会社は1国2制度に対する支持を表明し、デモに参加しないよう職員に命じた。一方、中国メディアでは前述の8月7日の記者会見以降、「米国が黒幕だ」という大きな記事も掲載されるようになった。

2. 中国経済の減速、米中対立
 香港の市民がなぜこれほど頑張るのかは、私にもよくわからない。新聞などでよく書かれているのは、香港の自治が失われることに対する強い危機感があり、多くの若者が「ここで負けるとすべて駄目になる」と感じていることだ。これにはおそらく、中国大陸で起きている状況も影響していると思う。例えば、ウィグル自治区では大変な人権弾圧があり、習近平国家主席の下で非常に厳しい社会統制がなされている。香港の人々はそういうことをよく知っており、そこから未来への絶望感が生じている可能性がある。
 もう1つ、2014年の「雨傘運動」では、メインイシューは行政長官の選挙の問題だったが、今回は身体を大陸に差し出されてしまうという、まさに身の安全にかかわる話だ。したがって、切羽詰まった問題として捉えられている部分があるだろう。また、香港の若者たちの間には、経済的な不満もある。家賃だけでなく、家の価格も上昇しており、どんなに働いてもまともな家に住めないといった絶望感や怒りがある。その原因の1つとして当然、大陸から流れ込むチャイナ・マネーがあり、「失うものは何もない」という感覚も多くの若者の間で共有されている。
 一方、北京がどう出るかということには、中国社会の安定性がかかわっており、これに直結している問題は中国経済だと思う。中国の成長率は低下傾向にあり、今年1~3月には6.4%、4~6月には6.2%まで落ちている。財政へのしわ寄せも目に見えてきており、上半期には全国一般公共予算収入の増加が3.4%だったのに対し、支出は10.7%増になった。今後は財政赤字の拡大が、中長期的に中国経済の大きな問題になることは間違いないだろう。中国の政府では社会の安定に問題が生じると、国民の不満をかわすような対外政策に打って出ようという誘惑が強まる。8月下旬の政治局会議では、ようやく四中全会の開催が発表され、国慶節後の10月中に行われることになった。今回は中国の特色ある社会主義制度と国家ガバナンスが主な議題となるそうだ。しかし、昨年秋には重要な経済発展のプログラムや政策が打ち出される場となるはずだった中央委員会総会が開かれなかった。これについては、経済では「習近平のやり方は間違っている」という評判が、かなり強まっているためだという見方がある。
 このような状況で、米中対立が泣きっ面に蜂のような感じで襲い掛かっている。中国では2019年4月まで対米低姿勢が基本姿勢となっており、「妥協せざるをえない」というような雰囲気があったが、4月末から5月初めには強硬姿勢に方針を転換した。昨年12月のアルゼンチンにおけるG20の際、習近平・トランプ会談が行われた。その直前だと思われるが、中国では「対抗せず、冷戦を戦わず、歩みに即して開放し、国家の核心利益は譲らない」という「対米21文字方針」ができたとされる。そして4月までは「対抗せず、冷戦を戦わず、歩みに即して開放」という部分に重点が置かれていたが、5月に入ると最後のフレーズ、「国家の核心利益は譲らない」に重点が移ったようだ。なぜ、重点が移ったのかと様々な人に聞くと、米国の要求が行き過ぎで耐えられないものだったからだという。
 中国は非常に多くの法律の書き換えを求められ、なおかつ書き換え後の政策の執行状況について米国が一方的な審査をするといった要求を受けた。劉鶴副首相は当初、それを受け入れようとした。だが反発が強かったため、150頁あった合意書をかなり削り、100数頁に削って返したのが5月上旬だったといわれる。話をややこしくしているのは、台湾が絡んできて、米国が盛んに台湾に対する好意的な政策や姿勢をとったことだ。例えば武器輸出だが、ハイレベルなものの売却を立て続けに決定し、蔡英文総統の米国トランジットに関しても、米国はこれまでにない待遇を与えた。これについて習近平側は相当、苛立っているはずだ。他にも、米国は「航行の自由作戦」で台湾海峡に艦船を通したり、その頻度を増やしたりしている印象がある。

3. 習近平の権威と権力
 米中対立や香港問題、台湾問題、経済に関する問題はいずれも、習近平国家主席の権威に関わる深刻な問題だ。習近平国家主席が独裁を強めれば強めるほど、彼が一切の事態の責任を負う必要が生じる。他方で現在の米中対立では、トランプ米大統領が習近平国家主席を批判する国内の声を弱めることに貢献しているようなところもある。中国の政権内部では、「米国と対決する事態に至ったからには、仕方がない、習近平を立てて皆で一致団結し、対抗する以外にない」といった雰囲気が一部では生まれているようだ。その1つの表れとして中国では、習近平国家主席に対する「人民の領袖」という言い方が再び出てきた。これは元々、毛沢東について使われた言葉で、こうした言い方がまた出てくるということは、習近平国家主席が毛沢東のような存在になったことを示す。昨年、習近平国家主席の仲間である栗戦書が全人代の常務委員長になったが、栗戦書が習近平国家主席を「人民の領袖」と言って持ち上げた。これに対し、中国では強い反発が起き、習近平国家主席の肖像画に墨汁をかける人が出たり、長老たちが手紙を書いて「個人崇拝はすべきでない」と伝えたりするなどした。しかし、現在は形勢が逆転し、習近平国家主席は再び、人民の領袖と呼ばれるようになっている状況だ。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:国際経済連携推進センター)


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