令和元年度 第2回 国際情勢研究会 報告/「トランプ政権の対中政策について」 東京大学大学院 法学政治学研究科 教授 久保 文明 (くぼ ふみあき)【2019/7/1】

講演日時:2019年7月1日

令和元年度 第2回 国際情勢研究会
報告/「トランプ政権の対中政策について」


東京大学大学院 法学政治学研究科 教授
久保 文明 (くぼ ふみあき)

1. トランプ政権の「二元的大統領制」
 2016年の米国の大統領選挙を振り返ると、今後の国際秩序を考える際にやや気がかりな点がある。第1に、トランプ大統領のような政治経験も軍歴も全くない人が共和党の公認候補になったのは、米国の戦後の歴史上、二大政党では初めてだ。1940年には、ウェンデル・ウィルキーという人が共和党の指名を獲得し、この人はこれに該当する。トランプ大統領の例から言えるのは、やはりプロの政治家、あるいは職業政治家に対する不信感が強く、皆、それ以外の人を求めたがる傾向があるということだ。それが、1つの不安材料かと思う。第2に、共和党には1945年以降、単独行動主義的な傾向が強い人もいたが、基本的には、国際社会の中で米国が積極的な役割を果たすという人ばかりを公認候補にしてきた。しかし、トランプ大統領は公約に関する限り、「北大西洋条約機構(NATO)はもういらない」、「日本や韓国は、自分で国を守れ」と言うなど、「孤立主義」で走ってきた。これで共和党の公認を取れたということは、共和党を考える際、かなり不安な点だという気がする。第3に、2016年の大統領選では、ヒラリー・クリントンとトランプの両候補が、いずれも保護主義的な主張をしていた。従来は例えば、ビル・クリントンは北米自由貿易協定(NAFTA)推進の立場で、共和党はさらに強く自由貿易主義を前面に出して選挙戦を戦っていた。このような変化は、米国政治で自由貿易主義、あるいは自由貿易協定(FTA)をさらに拡大していく政策が難しくなっていることを示唆しているのではないか。
 また、これはトランプ大統領の対中政策や北朝鮮政策を考える際にも重要な点だが、2018年9月には『ニューヨーク・タイムズ』に、通常ならあり得ないコラムが掲載された。書いた人はトランプ政権の閣僚級ということで、異例なことにコラムは匿名で掲載された。その内容はトランプ大統領を激しく批判するもので、具体的には「非常にモラリティに問題がある」、「衝動に基づいて決定している」、「1分前に決めた重要な決定も覆るかもしれず、やっていられない」といったものだった。その一方で、「ホワイトハウスにはアダルトがいて、大統領が間違ったことをしようとしても、自分たちが一生懸命直している」とアピールしている。トランプ大統領は当然ながら激怒し、誰が書いたのかと犯人探しをしているが、まだ見つかっていないようだ。ただ、トランプ政権を考える際には、衝動的な大統領と少し下でしっかり考えている人という二階建ての「二元的大統領制(two-track Presidency)」という視点を持たなければ理解できない部分がある。
 トランプ大統領の口癖は、「2016年に公約したことは全部、実現する」というもので、これまでのところ、かなり忠実にそれらを実行している。公約では、まず「アメリカ第一主義」を掲げていた。これには2つの意味があり、安全保障政策では一種の孤立主義、通商政策では一種の保護主義、経済ナショナリズムを意味すると思う。一方、トランプ大統領は選挙戦で、「力による平和」という別のスローガンも使っていた。これはかつてレーガン大統領が用いたスローガンで、伝統的な共和党の「力の外交」を意味する。この原則は先に挙げた孤立主義とは相いれないが、トランプ大統領の無限に広い心の中では両立するようだ。このようなトランプ外交について、米国務省政策企画室のカイロン・スキナーは、①国家主権への回帰、②相互性、③負担の分かち合い、④新たな地域的パートナーシップという4つの柱があると説明している。

2. 全面的な米中対立
 日米同盟についてトランプ大統領は選挙戦での言を翻し、評価する方向に変化したが、経済では制裁がかかり、日本は苦労している。一方、米中関係では、中国はおそらく当初、「ヒラリー・クリントンが当選する方が厄介だ」と考えていたようだ。これは彼女の方が賢く、中国の本質もわかっていて、特に人権などに関して相当厳しく攻めてくるという予想があったからで、トランプ大統領の方が利用しやすいと考えていたと思う。トランプ政権発足後の米中関係は当初、それほど厳しくなかったが、状況は次第に変化した。米国は「航行の自由作戦」を着実に実施し、人権問題に関する批判も始めた。さらに、知的財産の侵害などで攻勢に出る。中国に対する制裁は段階的に進められてきたが、その背景には米国が貿易赤字だけでなく、技術覇権の問題や、特許で中国企業が占めるシェアが著しく高くなっている点などに対し、非常に神経質になっていることがある。安全保障では中国の全般的な軍事力増強もあるが、かつてのソ連と異なり、米国とはかなり非対称的な形で中国が優位をつかもうとしていることへの懸念もある。その例としては、宇宙やサイバーが挙げられる。また、人権に関しても米国のペンス副大統領やポンペオ国務長官らが厳しい発言をしている。昨年10月のペンス副大統領の演説は、おそらく今の米国政府の対中観をかなり体系的に表したもので、非常に包括的な中国批判のリストと言って良いかと思う。
 米国では現在、連邦政府のほぼすべての官庁だけでなく、議会も行政部の強硬な対中政策をかなり後押ししている。昨年末に成立した「アジア再保証イニシアチブ法」や、同年8月に成立した「国防授権法」は、中国をかなり意識した内容だといえる。例えば、中国による米国企業の買収に対する審査強化などを通じ、中国への監視を強める形になっている。共和党だけでなく、民主党もかなり一緒になって、対中政策の厳しい方向への変化を後押ししている。大統領選挙に出馬する民主党員はそれとは異なり、まだ中国についてほとんど話していないが、これについてもいつまで続くかわからない部分がある。
 トランプ政権は2017年末、「国家安全保障戦略」を提示しており、ここでは中国とロシアを主たるライバルと規定した。これは中東にのめり込み過ぎた米国外交の方針を基本的に変えるための努力だったと思うが、歴史的に振り返ると興味深い。米国はニクソン大統領の登場以来、基本的に中国に対しては温かい姿勢をとってきた。レーガン政権の初期、天安門事件後はやや例外だったが、それ以外は比較的、中国に温かい目を向けていた。一方、ソ連に対しては、ずっと厳しい姿勢をとっていたが、ソ連崩壊後の1990年代は「民主化するのではないか」という期待があり、比較的温かかった。そういう意味で、中国とソ連の双方に対して米国が厳しい態度をとるのは、1960年代以来のことかもしれない。
 今後についてはどうなるかわからないが、トランプ政権の対中政策の1つの特徴は、大統領だけが厳しいわけではなく、基本的に全部門に近い形で中国に厳しい姿勢をとっていることだと思う。そして、もう1つの特徴は、民主党と共和党の混合的な性格があるかと思う。現在は中国に厳しく接しようとする勢力と、わりと優しい勢力を、民主党と共和党といういずれの政党も抱えている。現在、トランプ政権が進めている通商面における中国への攻め立ては、基本的に民主党が重視している側面だ。同時に、安全保障や人権問題、宗教問題などでも攻め立てており、これらは民主党と共和党のそれぞれの厳しい部分を組み合わせた形だ。これは米国政府の対中政策としては、かなり珍しいパターンだと思われる。

3. 今後の米中関係、トランプ大統領再選の見込み
 米国の外交に関しては専門家の間でも、かなり大きな考え方の違いがみられる。例えば、ネオコン的な人々は、米国は圧倒的にパワフルだとし、トランプ政権の国家安全保障政策にあるように、中国とロシアのどちらも敵視し、ライバルと見なす。そして、米国にはこのどちらとも対抗する力が十分あると考える。このように考える傾向は、レーガン主義的な人たちに多い。一方、共和党系でもニクソン、キッシンジャー系の人たちは「頑張り過ぎるのは良くない」、「米国の力にも限界があり、なるべく国力、資源を節約しながら外交を展開すべきだ」と考える。すると一番手強い敵は中国となり、衰退しつつあるエンパイアともいえるロシアはむしろ、手懐けた方が良いという発想になる。
 今回の米中首脳会談では、トランプ政権側が第4弾の関税発動を一応、抑え、やや譲歩したという印象だ。一時は中国政府が相当、降りてくるという気配もあったが、国内的な抵抗があって、そういうわけにもいかず、しばらく膠着状態が続くかもしれない。米国の産業界では基本的に、ほとんどがトランプ大統領による関税や制裁に反対していると思う。通常の共和党政権であれば、ビジネス界の意見はかなり聴くはずだが、トランプ政権は異なる。多くの共和党関係者は、「この大統領には何を言っても、全く聞いてくれない」と言っている。そういう意味では、大統領自身の固い決意のようなものがあり、これは2016年の選挙戦で彼が提起した問題で、とにかく「貿易赤字そのものが悪だ」ということになっている。また、現在の米国の外交専門家は通常、日本と中国を同じカテゴリーに入れることはあまりない。日本は同盟国であり、中国はある意味、一番のライバルということだ。しかし、トランプ大統領の頭の中では、日本と中国、メキシコ、ロシアがすべて同じカテゴリーに入ったりする。その発想というのは、特に日本、中国に関しては貿易赤字の問題があり、「貿易赤字によって米国は損をして、職を奪われている」というものだ。
 トランプ大統領の様々な行動については「選挙目当てだ」といわれることが多く、このように説明すれば何となく皆、わかってしまうような気もするが、実際には選挙目当てだとすれば相当、非合理的なことをやっている。したがって、敢えて言えば、2016年の公約を忠実に達成しようとしているということだと思う。そして、「強力な中国政府と、自分は必死に戦っている」という構図、ジェスチャーを続けることが、再選にとって非常に重要と考えているのではないか。他方で中国には「あと1年4ヵ月持ちこたえれば大統領戦になるので、それまでは何とかなる」という、塹壕戦のような考えもあるかもしれない。しかし、1年4ヵ月はかなり長く、その間、持つかどうかはわからない。
 トランプ大統領の再選は、必ずしも確実ではない。オバマ、ジョージ・W・ブッシュ、ビル・クリントンという過去の大統領3人の再選を見ると、ビル・クリントンは大差で圧勝して再選されたが、ジョージ・W・ブッシュとオバマはかなりの接戦だった。これらの大統領でも接戦だったので、トランプ大統領の場合はもっと接戦になるかもしれず、ひょっとすると票が足りないかもしれない。したがって、再選は楽ではないだろうという気がする。この点に関しては、ひょっとすると中国による塹壕戦の読みが当たるかもしれない。ただ、そこまで中国の国内政治や経済の状態を保つことができるかどうかという問題もある。また、米国については、場合によっては、トランプ大統領が対中政策で簡単に妥協するというシナリオもありうるかと思う。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:国際経済連携推進センター)


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