令和元年度 第1回 国際情勢研究会 報告/「米中経済関係の現状と展望」 専修大学 経済学部 教授 大橋 英夫 (おおはし ひでお)【2019/5/21】

講演日時:2019年5月21日

令和元年度 第1回 国際情勢研究会
報告/「米中経済関係の現状と展望」


専修大学 経済学部 教授
大橋 英夫 (おおはし ひでお)

1. トランプ政権までの米中経済関係とその後の変化
 トランプ政権に至るまでの米中経済関係を見ると、ニクソン大統領の訪中から米中国交正常化までは、基本的に安全保障を中心に動いていた。レーガン政権も、ソ連に対峙する形で中国に対してのみ高度技術の移転を緩和するなど、かなり安全保障の切り口で進んでいた。また米国の国内法では、非市場経済諸国との貿易に際して、毎年最恵国待遇(MFN)を更新しなければならないという手続き上の問題があった。それが1990年代、特にクリントン政権時に米中間で重大な争点となり、結局、米国がMFNを恒久化することによって、中国の世界貿易機関(WTO)加盟が事実上決まった。そしてブッシュJr、オバマ政権の前半ごろまで、米中間の主たる争点は経済に関するものが中心となり、米中戦略対話(SED/S&ED)が続けられた。オバマ政権の末期になると、中国の「国家資本主義」をどう扱うかが重要な争点となった。もっとも、オバマ政権はどちらかというと環太平洋パートナーシップ(TPP)型の経済連携を模索していた。中国がTPPに入ることはすぐには無理であるにせよ、少なくともまず米中投資協定(BIT)交渉を続け、それが合意できれば、いずれ中国もTPPに入るというシナリオを描いていたようである。
 その後、米国でトランプ政権が発足し、「単独主義」、「アメリカ第一主義」という基本的な姿勢が打ち出された。そして、「トゥキュディデスの罠」といわれるような覇権国と挑戦国との対立関係の局面が、米中間でも見られるようになった。その主たる争点は、技術や知的財産の問題として現れている。最終的にどのように決着するかはわからないが、多角主義、あるいはWTOのような多国間体制が非常に弱体化する可能性がある。さらに、米中間に形成されたグローバル・バリューチェーンの再構築を目指さざるをえないのが現状であろう。
 トランプ政権の最初の「通商政策報告」は、多角的な国際経済政策に対して否定的であり、単独主義中心であることが、2017年春頃にはかなりはっきりしてきた。一方、中国の習近平国家主席は、ダボス会議において保守主義に反対すると主張するなど、自由貿易を強調する姿勢を打ち出しており、米国=保護主義と中国=自由貿易というやや逆転した構図が見られた。具体的に、トランプ大統領の主張が大きな支持を得られた1つの理由としては、中国からの輸入増加と米国内における製造業従業員数の減少が指摘できる。米国の製造業就業者数が減少した理由は、大きく分けて2つある。第1に、それまでの米国の製造業就業者の技術対応能力の問題がある。IT革命後、製造業において新たに求められる能力は従来とは大きく異なり、それに対応できない就業者が製造業を去ることになった。第2に、中国から安価な製品が大量に入ってきた。その影響もあって、米国の製造業就業者が長年勤めてきた工場が廃業に追い詰められたり、低賃金労働力を求めて中国やメキシコなどに移転したりした。
 ただし、米国の製造業の雇用調整については既に終わったという見方もできる。この点をうまく分析したのが、マサチューセッツ工科大学(MIT)の労働経済学者・デビッド・オーター(David Autor)らの研究グループである。オーターらの研究はCZ (commuting zone)という米国の人口センサスの地域単位を用いて、中国製品が大量に流入してきたことと、製造業就業者数の変化を徹底的に分析した。これによると、非常に大きな被害を被った地域は、「ラストベルト」といわれる地域よりもやや南に集中し、まだ労働集約的な製造業が残っていた地域が特に重大な打撃を受けた。オーターらはまた、中国からの輸入品の競合状態と選挙区の動向についても分析を行い、2016年の大統領選の激戦区において、中国製品の輸入の伸びが実際の半分程度に収まっていれば、おそらくヒラリー・クリントンが大統領になっていただろうという興味深い分析結果を提示している。

2. トランプ政権の対中制裁措置と中国の反論
 トランプ政権では、3つの大きな対中制裁措置が講じられた。第1に、2018年1月に実施されたセーフガードであり、もちろんこれは中国だけをターゲットにしているわけではない。ただ、対象になっている太陽光パネルと大型家庭用洗濯機は、ほぼ中国から輸入されているために、事実上中国製品に対する制裁となった。第2に、同年3月に発動された1962年通商拡大法232条に基づく安全保障措置としての鉄鋼・アルミニウム製品に対する輸入制限である。これが発動されたのはおそらく数十年ぶりである。第3に、同じく3月に報告書が発表され、6月に第1弾が発動された1974年通商法301条の制裁措置であり、強制的な技術・知財の移転・窃盗がその対象となっている。すでに第1~第3弾の制裁措置が発動されており、第4弾の計画も発表されている。中国はこれらの制裁措置に対して、報復措置を行ってきたが、そろそろタマが尽き始めている。
 米中間の争点も大きく変化している。第1に、既存の争点として、米国の対中貿易不均衡問題がある。米国の対中赤字と中国の対米黒字は非対称な形で推移しており、近年でも両者の間には約1000億ドルの差異がある。このような差異がなぜ生じるのかについては、米中合同商業貿易委員会がすでに2度にわたり共同研究を行っている。これによれば、まず貿易の取引条件(米国の輸出入はFOBとCIFではなく、FASとCVが用いられている)が異なっている。また統計の範囲を見ると、米国の通関統計ではプエルトリコ、米領バージン諸島が含まれるが、中国の海関統計ではこれらは別建てである。さらに通関時期、原産国、為替レートなど、かつて日米貿易摩擦の時に問題とされたような要因も挙げられている。それ以上に大きな差異をもたらしているのが、香港経由の中継貿易である。とくに中国の委託加工貿易が本格化してからは、中国で組立・加工された製品が保税措置のまま香港の港に運び込まれ、そのまま香港の港から輸出されるようになった。香港の税関を通っていないことから、中国を原産地とする香港経由の対米輸出は貿易額の把握さえ困難となった。
 第2に、人民元の過小評価と、それに伴う中国の対米輸出ドライブの問題がある。しかしながら、実質実効為替レートでみると、中国が人民元改革に着手した2005年7月から、中国発の世界同時株安・通貨安が指摘された2015年夏までに、人民元は実に50%増価している。2005年5月の国際通貨基金(IMF)との年次協議の段階で、IMF側は「人民元はもはや過小評価されていない」という評価を下しており、同年秋には人民元のSDR(特別引出権)構成通貨入りが決定した。
 第3に、米中間の貿易・経済関係のあり方も大きく変化している。たとえば、米国企業の米国にある本社と中国にある現地法人との間の企業内取引である。米国の中国からの輸入の少なくとも約4分の1は、この種の取引が占めている。また、今日の米国企業の中国ビジネスは、対中輸出ではなく、米国企業の中国子会社による現地生産・販売に姿を変えている。中国子会社の売上高は、すでに対中輸出額の4倍程度の規模に拡大している。
 さらに、今日の「グローバル・バリューチェーン」のもとでは、生産工程をバラバラに分解して、それぞれを最も合理的な場所で展開するフラグメンテーションが進んでいる。米中間のモノの取引の不均衡の一因は、フラグメンテーションの過程で発生した付加価値のすべてが集約された中国の最終財だけを対象にしているからである。したがって、付加価値貿易統計で米中貿易を見た場合、中国の対米黒字は海関統計の半分程度になる。
 2018年9月に中国が発表した白書・『中米経済・貿易摩擦の事実と中国の立場』では、中国の経常黒字は非常に小さくなったことを指摘したうえで、米中間の貿易関係はモノの取引だけでなく、サービスや現地法人の売上高を加算して考えるべきであるとしている。さらに根本的な要因として、以下の5点を挙げている。第1に、貿易不均衡は米国の低貯蓄に帰結する。第2に、米中貿易は比較優位に則っており、中国は米国に対して労働集約的な製品で黒字を出し、米国は技術集約的な製品と農産物で黒字を出しており、これも当然の結果である。第3に、米中間のサプライチェーンが複雑化しており、2017年の中国の対米黒字の約6割は中国に立地する外資企業によるものである。かつての日本や韓国の対米黒字を現在中国は引き受けている形となっている。第4に、中国に対する輸出規制を解除すれば、米中貿易不均衡は改善方向に向かう。第5に、米ドルは基軸通貨の役割を果たしているために、米国は国際的な決済通貨として貿易赤字を通して米ドルを全世界に供給している。
 このように、貿易不均衡に対する中国の反論は極めて的確である。しかし技術・知財を対象とする通商法301条の指摘に対しては十分な反論がなされていないのである。

3. 中国の産業政策・技術取得
 現在の中国経済の最大の懸案は、経済効率の悪化である。新たに投資を行い、すぐにリターンが得られるような産業分野はほぼなくなっているのが現実である。また、成長会計で見ると、労働投入の成長寄与はほぼなくなり、資本投入の寄与は引き続き大きいものの、もはや拡大の余地は限られており、肝心の技術進歩の成長寄与は大きな伸びをみせていない。現在の中国経済に関しては、「新常態」という言葉が用いられている。人口ボーナスは既になくなり、豊富で廉価な労働力も枯渇し始めた。ひたすら高い経済成長を追求するのではなく、さまざまな格差にも配慮した包括的な成長が求められている。また中国を取り巻く国際環境はといえば、世界貿易が停滞局面に入り、一次産品価格は低迷している。さらに金融面では、量的緩和の出口段階に差し掛かっている。
 中国はこのような状況を打開するために、イノベーションを意味する「自主創新」を打ち出している。その主要な産業政策としては、まず2005年の「国家中長期科学技術発展計画要綱」があり、そこでは外国の先進技術の導入をその出発点としている。中国は技術を導入、消化、吸収して、それに手を加えるというやり方を基本方針としており、米国通商代表部(USTR)は、この点を非常に重大な問題と見なしている。また2015年に打ち出された「中国製造2025」では、「2025年までに製造強国の仲間入りを果たす」、「2049年には総合力で世界の製造強国のトップクラスに立つ」ことを目標としており、これは米国への挑戦と受け取られている。
 特に問題視されているのは、中国による米国技術・知財の取得・窃盗の手口である。2015年の米中首脳会談では、経済的なスパイ活動を行わないこと、特にサイバー・スペースを通したスパイ活動は行わないことが合意されたにもかかわらず、中国側はこれを順守していないというのが米国側の不満である。具体的な手口としては、合弁や許認可などに際して、技術移転を中国市場への参入の条件としていることである。また最近、話題となっているのが「非伝統的な情報収集者」であり、研究者や留学生がその役割を果たしているとされる。中国が世界各国で設けている中国語学校・「孔子学院」も、技術窃盗のルートになっているというのがトランプ政権の指摘である。このほか、直接的な技術取得の方法として中国企業の対米投資がある。中国の対米投資は、2016年後半からの中国の資本移動の制限が本格化したことにより、2017年以後大きく減少している。その一方で、中国による米国ベンチャーキャピタルへの投資を通じた技術取得が確実に進行している。

4. 米中「新冷戦」の構図
 オバマ政権末期から、米国は中国の国家資本主義・市場歪曲的措置を問題としていた。米国がとりわけ懸念しているのは、中国企業の米国市場への参入は本当に商業的利益に基づいているのか、それとも国家利益を代表しているのではないかという点である。また、政府補助金や国有商業銀行からの融資を受けられる中国企業との間では、やはり公平な競争条件が存在しない。さらに、本来効率の悪い国有企業が米国市場に入ってくれば、米国経済に悪影響を及ぼすといった見方も一貫している。一方、米国内では、民主党の通商、労働組合、環境・人権派、共和党の安全保障タカ派、反共主義や宗教保守派が、超党派の対中強硬派を形成している。中国側から見ると、米中関係は非常に厳しい状況にある。
 現在の米中関係は「新冷戦」ともいわれている。特に南シナ海、「一帯一路」構想、「中国製造2025」、インターネット安全法(デジタル・レーニン主義)などが、その大きな争点である。2017年末の米国の「国家安全保障戦略」では、中国とロシアは現状を変更しようとする「修正主義勢力」と位置づけられ、その国家主導型の発展モデル、あるいは空前の規模でデータを集める権威主義体制の側面が強調されている。強烈な対中批判を展開した2018年10月のペンス副大統領の演説に見られるように、米中「新冷戦」が指摘されるに至っている。2018年末には米中通商協議の「3ヵ月休戦」が提起された。この時期に中国は「対抗せず、冷戦はせず、漸進的に開放し、国家の核心利益は譲歩せず」という対米方針を確定したと伝えられている。2019年5月にトランプ大統領が第3弾の制裁を発動し、第4弾の計画を発表すると、中国の報道やSNSでは極めて「愛国」・「強国」的な対応を求める声が強まった。中国の対米政策の基調が大きく変化したか否かは不明であるが、米中関係は非常に厄介な時期を迎えているといえよう。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:国際経済連携推進センター)


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