第184回 中央ユーラシア調査会 報告2/ 「ロシアの対中東外交 プーチン大統領のねらいは」 NHK解説委員 安間 英夫(あんま ひでお)【2019/11/26】

日時:2019年11月26日

第184回 中央ユーラシア調査会
報告2/ 「ロシアの対中東外交 プーチン大統領のねらいは」


NHK解説委員
安間 英夫 (あんま ひでお)

1. 転機となったロシア・トルコ首脳会談
 2019年10月22日にロシア南部のソチで行われたロシア・トルコ首脳会談は、ロシアのシリア情勢への関与における大きな転機だった。この会談は、6時間に及ぶ異例の長さとなり、10項目の覚書がまとめられた。この合意が意味するものは、(1)トルコがシリア侵攻という現状を維持することができたこと、(2)ロシアとトルコがシリア国境へそれぞれの軍の展開を容認することで合意し、事実上、シリアの国境を共同管理することで合意したことだ。
 シリアの内戦は2011年に始まり、ロシアはアサド政権の後ろ盾となり、関与してきた。節目としてあげられるのは、(1)2013年9月、米国のオバマ大統領がシリアに軍事介入しようとしたが、断念させたこと。(2)2015年9月にロシアがシリア内戦に軍事介入したこと。そして今回、(3)10月22日のロシア・トルコ首脳会談の3つだ。これらは、ロシアが中東で米欧など関係国の間隙を突き、実際の力よりも外交的な存在感を示した事例といえる。(1)では、オバマ大統領は軍事介入の理由として化学兵器の使用疑惑をあげたが、プーチン大統領は、「化学兵器は国際管理下で廃棄すれば良い」と提案し、アメリカの主張を骨抜きにした。(2)では、米軍が行ってきた反政府勢力の育成が失敗していることが露呈する中、ロシアが軍事介入に踏み切った。当時、国連安保理の議長国であり、正当政権であるアサド政権から要請を受け、国際法に違反しないと主張した。(3)は、かつて対立したトルコと勢力範囲を分け合うことで合意した点で転機と言える。
 ロシアの軍事介入の2か月後、2015年11月にはシリアとトルコの国境付近でトルコ軍がロシア軍機を撃墜する事件があった。ロシア軍機のパイロットがパラシュートでパイロットが脱出していたところ下から銃撃して撃たれるという映像まで公開され、プーチン大統領は、「対テロ作戦で協力すべき相手なのに、背後から刺した」と厳しく批判し、両国の関係は非常に悪化した。しかし、両国関係は、翌年トルコが事実上謝罪したことで徐々に改善し、今回の合意でシリア国境地帯の勢力範囲を分け合うようになった。危機的なまでに関係が悪化したのに、なぜ協力できるのかと考えてみると、「永遠の味方や敵があるのではなく、あるのは永遠の国益」ということで、双方の思惑が一致したからだと思う。
 なぜトルコにロシアと接近する余地があったかというと、米国とトルコの関係がぎくしゃくしていたことがあげられる。2016年にトルコでクーデターが起き、トルコのエルドアン政権は「米国が首謀者をかくまっている」として非難し、トルコと米国の関係は悪化した。
 一方、米国のトランプ大統領は2018年12月、シリアからの米軍撤退の方針を表明し、2019年10月7日には撤退開始を決定した。これまでのトルコにおける対IS掃討作戦で、米国はクルド人部隊と共に戦ってきたが、これを見捨てることになり、米国国内でも非難を浴びた。これはロシアにとって漁夫の利となる。米国が勢力を弱めて撤退したところにロシアが入り込む構図だ。

2. ロシアの対中東政策
 歴史を振り返ると、ロシアはイギリスとの間のグレートゲームで世界を分け合ってきた。そして東西冷戦の時代は米国とイスラエルが密接に結びつき、ソビエトはアラブ諸国との関係を強化した。しかし、1991年の湾岸戦争と2003年のイラク戦争の作戦は米国主導で行われ、イラクは米国の影響下に入り、中東におけるロシアの影響力が低下した。このうち、トルコは北大西洋条約機構(NATO)に加盟している、いわば敵国であり、戦術核も配備されている。ロシアにとっては、エネルギー面でもロシアを迂回するパイプラインなどで嫌がらせを受けてきた相手だ。また、サウジアラビアも原油価格下落に関し、ソビエト崩壊の要因の1つを作った国だ。さらに、チェチェンなどロシア国内のイスラム勢力を支援してきたということで、敵対する局面もあった。
 しかし、これらの状況は変化している。ロシアはなぜシリアなど中東で影響力を拡大しようとしているのだろうか。まずシリアについては、よくロシアの中東の拠点、空軍と海軍の基地があるので、その権益を守りたいといわれるが、一番大きなものは、米国による体制転換を起こさせたくないことではないかと思う。もう1つは、対テロ作戦でイスラム過激派のロシア、旧ソビエトへの影響力をそぐことだ。ここがイスラム過激派の巣になり、それらが旧ソビエトやロシアに帰還してくれば安全保障上の脅威になるからだ。最後に、ロシア軍基地の権益は守っておきたいと。こうしたことがトータルで自国の安全保障強化につながると考えていると思う、
 「アラブの春」で米国は、民主化支援ということで、強権的な体制を民衆の力で覆すことを歓迎する動きを見せてきた。しかし、これは混乱を招くだけで、中東の人々にとって果たして本当に良かったのかという疑問がある。イラク戦争後もやはり混乱が続き、社会、政治が崩壊して、逆にテロの温床を生み出した。これに対してロシアは、シリアなどにとってみれば、体制転換にかたくなに反対する姿勢をとってくれる。それらの国々には、ロシアも含め、結局、「自分のところも政権転覆させられてしまうのではないか」という内政干渉への過剰なまでの警戒感があると思う。ロシアからすれば、セルビアやコソボ、リビアなどでは欧米の無責任な介入によって体制転換が行われたと映っている。ただし、ソビエト圏については、ロシアはダブルスタンダードであり、ジョージアやウクライナは自国の権益だからロシアに優先的な権利があるとし、欧米の介入は容認しない姿勢をとってきた。
 こうした姿勢がどのような影響を与えているかというと、中東の各政権には安心できる材料となる。つまり、米国のように「言うことを聞かなければ体制転覆も辞さない」というのではなく、「ロシアは、体制転換はしない」ということが1つの安心材料になっている。ロシアはこれまで反アサド勢力を支援してきたトルコやサウジアラビアだけでなく、これらと敵対するイラン、イスラエル、対立する中東各国の勢力と満遍なく、軍事やエネルギーで関係強化をはかっている。その手段の一つが武器輸出で、対空ミサイルシステムはほぼ敵、味方を問わず売っている。ロシアは中東の各国と良好な関係を築いて武器も売り、しかも対話の窓口を作ることで、イスラム過激派が旧ソビエトやロシアに入ってこない大きな緩衝地帯を作っているのではないだろうか。かつ対立するイランとイスラエル、あるいはサウジアラビアとイランなどの国々の間で、双方にパイプを持つことになり、外交的なカード、メリットとなる。朝鮮半島でもロシアは中国や米国とはやや異なる立ち位置で、北朝鮮と韓国の双方にパイプを持ち、等距離で話ができるような関係をうまい具合に使い、外交的なプレゼンスを発揮している。中東に対しても、そういう役割で絡んでいくのではないか。大事なのは、クルド人勢力への米国の対応とは異なり、「ロシアは見捨てない」という安心感を与えていることだと思う。
 米国が中東から手を引き、ロシアがそこに関与を強めていくと、相応の責任を持つことになる。内戦終結、和平実現への道筋が見えない中、今後、アフガニスタンのように泥沼化した場合、責任を追わなければいけない局面があるかもしれない。
 こうした中、10月22日のエルドアン大統領とプーチン大統領による首脳会談後、23、24日には同じソチでアフリカ54ヵ国の代表を集めて、ロシアで初めてアフリカ首脳会議が開催された。中東だけでなく、アフリカについても、これまでの欧米や中国、日本のアフリカ開発会議(TICAD)などの関与が頭打ちとなったところに入り、動き出したと言えるのではないか。
 今後ロシアがどこまで中東に関わっていくのかだが、ロシアにとって一番重要なのは影響圏と位置付ける旧ソビエト諸国、貿易の大部分を占める欧州、戦略的パートナーシップと位置付ける中国、そして対抗していかなければならない米国だろう。ロシアが中東に入っていく主な原因はやはり、米国の弱体化だ。ロシアは独自に中東戦略を持つ訳ではなく、米国の出方を見ながら采配していくということだろう。ロシアは日本などのように中東にエネルギーで頼らなければいけない訳ではなく、むしろ地政学的な面のほうが重要だ。
 世界は、ここ1年ほど、米国のトランプ大統領の外交方針に振り回されてきた印象がある。気まぐれなトランプ大統領の外交政策に比べれば、プーチン大統領の外交は予測可能性がある。プーチン大統領にとってみれば、今後は、来年の大統領選挙をにらみながら、トランプ大統領の動きをどうマネージしていくかだ。前回の米大統領選挙ではロシア疑惑が尾を引き、ウクライナ疑惑が大きな動きとなる中、トランプ大統領が再選するかどうかも含めてプーチン大統領は見ていくことになるだろう。

3. おわりに
 プーチン大統領にとって1つ大きな動きとなり得るのが、12月9日のウクライナでの和平4ヵ国会議だ。ここでは、新しくウクライナの大統領に就任したゼレンスキー大統領と初めて会談する。独仏首脳も参加し、4か国の首脳が顔を合わせる場となる。ウクライナのポロシェンコ前大統領は、クリミア問題の対立でロシアと対話できる状態になかった。ゼレンスキー大統領との間では、昨年拿捕されたウクライナの艦船引き渡しや正常化に向けた動きがあり、1つの転機になるかもしれない。ただ、ウクライナ側には、妥協によってクリミアを諦めるのではないかと受け止められかねない厳しい国内事情もある。ロシアは2014年から5年間、クリミアを併合したことで欧米から厳しい制裁を科せられ、国際社会で孤立している状況を打開できていないが、何らかの形で合意できるのか、全くできないのかという点で、1つの重要な局面になるだろう。
 同じパリでは今日、東京オリンピックにロシアが再び、ロシアとして出場できないことが決まるかもしれない。
 中東では外交的な存在感を高めているが、それ以外では今後、厳しい局面が控えている。プーチン大統領がどのように臨むのかが、今後の1つの見所だろう。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:国際経済連携推進センター)

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