第179回 中央ユーラシア調査会 報告/ 「カザフスタンにおける権力移行と日本カザフスタン協力」 前駐カザフスタン特命全権大使 川端 一郎(かわばた いちろう)【2019/05/30】

日時:2019年5月30日

第179回 中央ユーラシア調査会
報告 「カザフスタンにおける権力移行と日本カザフスタン協力」


前駐カザフスタン特命全権大使
川端 一郎 (かわばた いちろう)

1. ナザルバエフの大統領辞任と「院政」
 カザフスタンでは、29年8ヵ月26日にわたってトップの座を占めていたナザルバエフ大統領が辞任し、権力移行のプロセスが始まった。昨年秋以降は原油価格が下がり、社会が次第に停滞して閉塞感が出てきた。このような中、閉塞感を打ち破るために大統領が前倒しで選挙を行い、6選を目指すのではないかという雰囲気が強かった。しかし、2月5日にナザルバエフ大統領が、憲法裁判所に相当する「憲法会議」に大統領の任期に関する照会を行った。カザフスタン大統領の任期は5年で、ナザルバエフ大統領は2020年4月29日に任期満了の予定であった。一方、憲法では、大統領選挙は「12月の第1日曜日」に行う、また大統領の権限が終了するのは後任の大統領が就任する時とされているところ、次期大統領選挙は2019年12月第1日曜日に行われるのか、2020年12月第1日曜日に行われるのか定かでない状況にあった。また、憲法第44条3項は、大統領の権限が停止するのは、任期満了前に解任された(「職から自由になった」)場合や死亡した場合としている。ナザルバエフ大統領は、この規定は遺漏なき規定なのか公式解釈を憲法会議に求めたのである。これに対し憲法会議が、「大統領は自由になる(辞任する)権利を持つ」と回答したことから、にわかにナザルバエフ大統領の辞任、引退が注目されることになった。
 これまでもあったが、ナザルバエフ大統領は人の意表を突くのが好きなようで、2月21日には政府改造を断行、マミン第一副首相を首相に昇格させ閣僚も交代させた。さらに3月13日には、アラブ首長国連邦(UAE)のアブダビを実務訪問するなど活発に活動したため、多くの人が「ナザルバエフ大統領はやる気満々で、まだ辞任はしないだろう」と考えるようになった。ところが、1週間後の3月19日には突然辞意を表明し、同時にトカエフ上院議長を大統領に推薦し、人々を驚かせた。上院議長は憲法上、大統領が執務不能になった場合の代行順位第1位にある。翌日、ナザルバエフ大統領が辞任し、トカエフ上院議長が2020年4月29日まで大統領を務めることが決定した。しかし、約3週間後の4月9日にはトカエフ新大統領が、6月9日に大統領選挙を行う旨公示した。これについては、暫定大統領のままでは正統性に欠けて重みが低下し、権力闘争のせめぎ合いが生じる恐れもあるので、早めに選挙を行い、正統な大統領に就任するという考えがあったものと推測される。
 実際、これと前後して当局に反対するような動きも起きていた。首都アスタナでは、2月に火災で貧しい子どもたちが犠牲になったことを契機に、社会に広がる格差を背景に、政府を批判するデモが発生した。また、3月には首都アスタナ市の名称をヌルスルタン(ナザルバエフの名前)市に変えることに反対するデモがあったほか、4月にアルマティで行われた国際マラソンでは、若者が自由抑圧に抗議する横断幕を掲げて逮捕される事件も起きた。さらに5月1日には、インターネットでの呼びかけに応じ、いくつかの都市で抗議行動が行われた。このように、ナザルバエフ大統領の辞任後、タガが緩んだような状況があり、これを早く食い止めたいとの思いもあったと思われる。
 そして4月23日には与党「ヌル・オタン」党が、トカエフ大統領を大統領選挙の候補者に推薦した。ちなみに、ナザルバエフ前大統領の長女、ダリガ・ナザルバエワ上院議員は、3月20日トカエフ大統領に推薦されて上院議長に就任した。このことは、憲法上、トカエフ大統領が執務不能になった場合は、ナザルバエワ上院議長が大統領に就任することを可能にするという点で、今後大きな意味を持つ。一部には、ナザルバエフ前大統領は長女ダリガを後継者にすべく、今回早くも大統領候補に推薦するのではないかとの憶測もあったが、果たしてナザルバエフはヌル・オタン党総裁として、自ら大会で演説を行い、トカエフ大統領を候補者に推薦している。また、辞任後も、内政・外交面で活発に活動を継続しており、辞任しても引退はせず、「院政」を敷いていると言うことが出来る。
 実は、ナザルバエフ前大統領は「5枚の鎧」を着ており、それらが院政の基盤にもなっている。第1に、初代大統領として「国民の指導者」という地位にある。2000年に「初代大統領法」が採択され、10年後に改正されたが、これはナザルバエフ大統領が引退した時のために特別に作られた法律だ。そこでは初代大統領は、「国家への裏切り」のような犯罪を除き、過去のすべての政策決定に関する責任を問われず、不可侵権を有し、自身や家族の身の安全や生活、さらには政治活動や尊厳も保証されるとしている。第2の鎧は、国家機関として実質的に内外政、安保等全ての重要問題に決定権を有する安全保障会議の終身議長、第3はカザフスタン民族会議の終身総裁、そして、第4に憲法裁判所に相当する憲法会議の終身委員、第5に与党ヌル・オタン党の総裁である。ヌル・オタン党は議会で90%近い議席を占め、ほぼ一党独裁の政党だ。これだけ盤石な法的基盤を有しているため、ナザルバエフは何時でも「院政」に移行することが出来る点については衆目の一致するところであったが、今このタイミングで決断した点については意外であった。

2. 6月の大統領選挙と管理された権力移行
 6月9日の大統領選挙については、トカエフ大統領の「出来レース」になるだろう。なぜ、そのようなレースが可能かというと、憲法と選挙法によって、「よそ者」を排除するシステムが出来ているからである。大統領選挙への立候補は、団体・組織の推薦を受けなければならない他、立候補するためには、第1に40歳以上、第2に生誕時からカザフ国籍、第3にカザフ語が堪能、第4に直近15年間カザフスタンに居住している、第5に大学卒、でなければならない。ここまでは憲法に書かれているが、さらに選挙法で、5年以上、公務員職か議員職の経験を有すること、更に、健康診断書を提出しなければならないと規定されている。健康診断書を見て、「大統領の職務が果たせるかどうか」を判断するのは選挙管理委員会である。
 今回は9人が立候補して、7人が登録された。7人の中には、与党ヌル・オタン党が推薦するトカエフ大統領のほか、社会団体「大ステップの鷲」が推薦するトゥゲル民族馬術競技連盟副会長や、アク・ジョル党推薦のエスパエワ下院議員がいる。同議員はアク・ジョル党代表の女性で、政府に厳しい発言も行っている。他には、アウル党推薦のラヒムベコフ国立農学研究教育センター総裁や、カザフスタン共産国民党推薦のアフメトベコフ下院議員らがいる。このように、女性、政治家、社会団体の代表という、多様な代表が立候補する状況になっている。
 今、カザフスタンで最も重視されているのは、「安定」だ。従って、次の大統領は、ナザルバエフ初代大統領の内外路線を継承すると同時に、国を動かすエリート層の権利や利権も擁護していく人であることが重要なのである。因みに、カザフスタンのエリート層は、ナザルバエフ初代大統領の家族や親戚、大統領府関係者、政府首脳、閣僚、国家機関幹部、上下両院議員、地方知事、文化、芸術関係の幹部、国営企業幹部らから成り、そこに企業や金融機関などが繋がっている。このエリート層に入れば、ナザルバエフ初代大統領の監督の下、適材適所ということで、国営企業幹部が大臣に任命されたり、大臣が地方知事になるなど、種々の縦横人事が行われているが、そのような機会を享受することが出来る。そして、裏切りや余程の失敗がない限り、エリート層からは外れることはない。しかし、エリート層に入るのはとても難しい。ナザルバエフ、あるいは側近を中心とした縁故や個人的つながり、権力者とのパトロン、クライアント、親分子分の関係を作る必要がある。エリート層に関係のない人々の不満は大きく、カザフスタンの社会的格差は広がっており、機会の不平等も今後、社会問題になっていくと思う。
 ナザルバエフ初代大統領の辞任によって「管理された権力移行」が始まったが、ナザルバエフは引き続き、院政により最大限権力を行使しており、その意味で「ポスト・ナザルバエフ」の問題はまだ根本的に解決していない。
 ナザルバエフ初代大統領が、このタイミングで大統領職から退き、「管理された権力移行」に着手した背景には、全く不明である健康問題を別にすれば、「在位30年にしてカリモフの轍を踏まず」という考えがあるのではないかと思う。ウズベキスタンにおいては、カリモフ大統領が生前にしっかり一族の安全を確保しておらず、後継者も決めていなかった。そのためカリモフ大統領の死後、跡継ぎとみられていた長女が汚職で捕まり、財産もオープンにさせられて憂き目を被った。理想的には、今後、個人としてではなく、機関としての大統領による統治を実現すべく後継者を育成することが課題であろう。カザフスタンで注目されている人物としては、トカエフ大統領のほか、ナザルバエフの長女であるダリガ・ナザルバエワ上院議長や、甥のアビシ国家保安委員会第一副議長、次女の夫であるクリバエフ国家企業家会議所会頭などがいる。他に、タスマガムベトフ駐露大使は気骨あるカザフ人で、民衆に人気がある。しかし、今後、新たな人材が彗星の如く現れ、指導者になるという可能性も排除できないだろう。ロシアのプーチン大統領がそうだったように。

3. 国家戦略目標、日本との関係
 カザフスタンは今後もナザルバエフ路線を継続し、その基本政策は不変というのが現時点の結論だ。その国家戦略目標は、2050年までに世界のトップ30に入ること。内政では近代化のための諸改革を進め、カザフスタン人のアイデンティティを作り、精神的にも前進できる人づくりをすることを掲げている。経済では、「中所得国の罠」から脱出し、石油や天然資源に依存しない多角化を進めて、イノベーションを達成するとともに、製造業を育成し輸出を伸ばすとする。外交に関しては、第1に全方位バランス外交、第2に問題をいたずらに政治化せず、経済的利益で解決するという現実主義(プラグマティズム)、第3に国際協調主義という三本柱がある。今後は投資誘致と輸出拡大を旨とする経済外交が大きな柱となる見込みで外務省に対する圧力が高まっている。そのため昨年末に外務大臣が交代し経済畑出身のアタムクロフ大臣が就任した。同大臣は、日本での企業研修の経験を持つ親日家である。
 対日外交でもナザルバエフ路線は引き継がれることとなり、日本は優先国の一つである。対日外交の目標は、貿易経済関係の発展と先端技術導入とされている。さらに国際舞台でも協力し、日本は核軍縮分野における特別なパートナーと見做されている。日本としては、トカエフ新大統領との関係を深めていくと同時に、今後とも強大な影響力を持つナザルバエフ初代大統領と良好な関係を保つことが重要になるだろう。特に、新しい指導部には、前述の親日的な外相がいるほか、日本専門家が外務次官級の特別大使に就任している。トカエフ新大統領体制が発足したばかりの4月2日には有力政治家であるマシモフ国家保安委員会議長が来日し、安倍晋三総理と会談している。日本側には、このようなカザフスタンの対日外交環境を大切にして関係発展に努めて頂きたいと願っている。
 経済関係については、日本側は大企業が中心で、「カザフスタンの市場は小さく、広大な内陸国で輸送コストが重荷、ものづくり文化も脆弱、一部の天然資源を除き貿易はうまく進まない」、「投資環境は改善しているとはいえ、まだ不安定な部分が多い」と考えている。これに対し、カザフスタン側は、「国際スタンダードに則り、有利な投資環境の整備に努めているので、日本から、他国に負けないように大企業がどんどん来て、高度技術と資本を投下してほしい」と主張するなど、ややミスマッチングな状態にあり、この状況を、具体的成功例を通じて、是正していくことが必要だと思う。また、文化面でも交流を深めていくことが重要だろう。カザフスタン人は親日的で、日本が過去27年間にわたり1150億円に上る政府開発援助(ODA)を供与し、独立直後から支援してきたことに感謝しており、そのことが、日本文化に対する憧れとともに、親日感情の土台になっている。これに対し、日本人はカザフスタンに無関心である。もっと関心を持って頂きたい。カザフスタンとのビジネスに関しても、ユーラシア経済同盟のロシアとパッケージという視点ではなく、中央アジアでモノを作り、別の場所に売るなど、様々な考え方ができると思う。いかに中央アジアを使うかということを、リスクも少し取って考えて頂きたい。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:国際経済連携推進センター)

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