平成30年度 第3回 国際情勢研究会 『米中関係の現状を評価する』 報告2/ 「中国――対米関係悪化とその内政、外交へのインパクト」 東京大学大学院 法学政治学研究科 教授 高原 明生 (たかはら あきお)【2018/09/06】

講演日時:2018年9月6日

平成30年度 第3回 国際情勢研究会
『米中関係の現状を評価する』
報告2/ 「中国――対米関係悪化とその内政、外交へのインパクト」


東京大学大学院 法学政治学研究科 教授
高原 明生 (たかはら あきお)

1. 中国指導者の「米国愛」
 米中関係の悪化によって中国では様々な影響が出ている。「自分たちは米国を愛しているのに、いじめられている」ということで、心理的に相当傷ついている面がある。中国には「米国愛」というものがあり、中華人民共和国だけを取ってみても、それは毛沢東のころから始まる。毛沢東は当初、中国を米国のような連邦制にしようと考えていた。もちろんソ連も連邦制で、毛沢東にはソ連のイメージもいくらかはあっただろう。しかし彼が「連邦制をやる」と言ったのは、米国を念頭に置いて「中国もああいう国になったら良いのではないか」という意味だった。彼が英語を勉強していたことはよく知られており、青年の頃から亡くなる寸前まで勉強し続けたということは、米国に対するある種の憧れがあったことの証左であろう。
 鄧小平にも、そのような米国愛があったかどうかはわからない。しかし、1979年1月の国交正常化の際、トップリーダーは華国鋒で外交を担当していたのが鄧小平だった。当時、実際に米国へ行ったのは鄧小平で、彼が中心的な役割を果たした。その後は1989年に「六四事件」が起き、「米国の和平演変の試みだ」ということになった。これは要するに、米国が平和的な手段で中国の政権を転覆しようとしたということで、中央共産党はそのような宣伝を盛んに行い、鄧小平自身もそう言うようになった。しかし、同時に彼は「闘而不破」と述べており、いわば遺訓として江沢民たちに残す対米政策の要諦がこの言葉だった。これは「戦っても、完全に関係を絶ってはならない」という意味の言葉だ。このような遺訓を対米政策について残し、また、有名な「韜光養晦」という言葉も強調されるようになった。
 その後、指導者として中国を率いた江沢民は米国好きで、ゲティスバーグのリンカーンによる演説を暗唱した。1997年に9日間、米国を訪ねた際、途中でハワイに寄って真珠湾を訪問したのは記憶に新しい。彼はハワイアンギターを弾き、映画「タイタニック」が好きで、「これは米国の良きヒューマニズムの表れだ」と言い、他の政治局メンバーらにも勧めていた。さらに現在の習近平国家主席も1980年代、河北省の県書記を務めていたころに訪米し、アイオワ州の農家に2日間、ホームステイした。その後、副主席になってから、その家を再訪した。また、娘はハーバード大学に留学した。
 中国ではこのように、様々な指導者が米国との関わりや特別な思いを持ってきた。また、中国ではよく「対米関係の安定こそが、中国のすべての安定の基礎」といわれる。これについては、やや理解しにくい。中国に限らず多くの国にとって、対外関係では米国との関係が最重要であることは間違いない。米国は安全保障上、最大の力を持っているため意地悪をされたら困り、経済に関しても同様だ。そういう話ならわかりやすいのだが、中国では多くの幹部が、対米関係を安定させることが内政上の安定の基礎だと考えている節がある。これについて、私なりの解釈も混ぜて説明を試みると、要するに中国の共産党幹部は皆、自分たちの政権の正統性が弱いとわかっている。習近平国家主席による昨今の社会統制強化を見ても明らかだが、常に強迫観念に駆られており、「いつかカラー革命が起きるのではないか」、「自分たちの政権に対する国民の支持が失われるのではないか」という強い懸念を持っていると感じる。そして中国で政治的な問題を起こす不満分子たちは皆、結局、最後は米国に行っているというわけだ。米国はいわゆる民主化運動、和平演変、チベットの背後にも存在する。これに関しては、実際にそのような面があるかもしれないが、ややススキに幽霊の影を見ているところもあるように思う。

2. 「米国第一主義」と「ユーラシア第一主義」、対米関係悪化と朝鮮政策の急転回
 習近平国家主席は当初、米国のオバマ前大統領に対し、「『新型大国関係』を築こう」と呼び掛けていた。そして衝突せず、対抗せず、核心利益を相互尊重し、ウィンウィン、協力の関係を作ろうと言っていたが、その後、米中は様々な場面でぶつかり、オバマ政権はこの言葉を使わなくなった。中国も現在は諦め、トランプ政権になってからはこの言葉を使っていない。
 中国の外交パターンとして、米国との関係がうまく行かないときは、日本とドイツを向くところがある。このようなパターンは過去からずっとあり、今回もそれが踏襲され、2013~2014年以降は「一帯一路」が外交の最重点政策として明示されるようになった。これはいわば、ユーラシア第一主義だ。この一帯一路という政策は、様々な事情で出てきた。1つは当時、米国が旗を振って環太平洋パートナーシップ協定(TPP)を進めようとしていた。そこで、これに対し、西の方へ新たな秩序作りの第一歩を踏み出そうと考えた人たちが一部にいたことは間違いない。
 一方、2008年の世界金融危機以降、中国は大規模な内需拡大に取り組み、いち早く、危機を脱した。しかし、現在は国内市場が飽和状態にあり、過剰生産能力、建設能力の捌け口を見出さなければならない。そのような経済的な事情もあった。しかし、やってみると、華々しく花火を打ち上げたのは良いが、なかなか実行が追い付かず、国内外で不評だ。国内での不評に関しては、もう1つ、アフリカとの協力会議絡みで、「中国国内にまだまだ多くの問題があるのに、なぜそんなに多くの金を外国で使うのか」という不満がある。海外では「新植民地主義」という批判も出ている。これは中国にとって、頭の痛いことだ。
 新型大国関係が駄目になってからの対米関係では、中国はトランプ政権の発足を1つの機会として、また対米関係構築をやり直そうとした。台湾を巡る問題もあったが、トランプ大統領はフレンドリーで、中国もディールは下手ではないのでウィンウィンの形でやれれば良いという方針だった。その際、中国がカードの1つとして認識したのは、北朝鮮問題だった。当時、米国にとって国際関係上の最大の関心事は北朝鮮問題で、北朝鮮への強い梃子を持つ中国は、これを使おうとした。内政的には、2017年は党大会の年でもあり、米国との関係を安定化させる必要があった。そこで国連では米国と協力して制裁決議に賛成し、それをきちんと執行することで、米国との良好な関係を保とうとした。その結果として、中朝関係は著しく悪化した。
 しかし、2017年末の米国の安全保障戦略報告を受けて、中国は「こんなに頑張っているのにどうなっているのか」と思い始めた。この報告で中国は、ロシアと共に「修正主義国家」とされている。米国は自分たちの秩序にあらゆる場面で中国が挑戦していると感じはじめた。これに続いて米国で出されたのが国防戦略報告で、そこでは様々な対米脅威を並べたリストの一番トップに中国が挙げられていた。これらを経て、米中関係には亀裂が走った。これをチャンスだと思ったのは、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)委員長だ。米国と中国がぴったり息を合わせて自分たちに向かってくれば、北朝鮮はどうしようもない。しかし、米中間に裂け目ができたので、その裂け目を突いた。助けてくれたのは韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領で、平昌オリンピックをうまく活用した。北朝鮮は米国に接近すると同時に中国の胸に飛びつき、中国もそれを受け止めた。

3. 習近平政権の動揺
 最近の米中関係悪化は、中国に様々な影響を及ぼしている。これがきっかけとなり、習近平政権に動揺が走っているようだ。中国では今年7月ごろ、長老らが習近平国家主席に手紙を書き、「やり過ぎだ」、「個人崇拝はやめろ」と伝えたといわれており、これは事実のようだ。また7月上旬には、上海に飾られていた習近平国家主席の肖像画に墨がかけられる事件も起きた。さらに清華大学のある教授が習近平批判の論文を公表したほか、過去に『学習時報』という中央党校の新聞が掲載した「華国鋒は過ちを認めた」という記事を新華社が配信し、これも習近平批判として受け止められた。
 北京や中国のまちには、スローガンなど様々な横断幕が張られているが、私が先日、北京へ行った際に観察したところでは「習近平」という3文字はなく、彼の肖像画もなかった。中国では7月前半ごろ、「肖像画を外せ」という指示の文書が出回ったという話があり、これはおそらく本当なのだと思う。しかし、同時に習近平に対する尊重については、「一層高めるよう」という指示も出ている。これに関しては、彼の権威にやや揺らぎが見えるため、逆にねじを巻こうという力も働いているのだと思う。
 習近平に対する批判が表面化した原因については、宣伝の面でやり過ぎたこともあると思うが、もう1つ、よりベーシックな問題は経済だと思う。中国では経済の先行きに対する不安や、現状に対する不満がかなり増大している。株価の下落や家計債務の急増、そして米中貿易摩擦、あるいは貿易戦争ともいえる事態への対策が十分ではないという見方も広がっている。さらに、景気が悪化しているのに税金の取り立てが厳しいと考えられている。中国の経済成長率は現在、6.6~7%程度だが、歳入の伸び率は10%を超えている。このため、民間のプライベート・アントレプレナーの間では、税金の取り立てが厳しくなっていて不愉快だという思いが広がっているという話がある。
 このような中、米国との関係をどうすれば良いかということについて、意見が割れている状況だという。強気な人たちは、「向こうが強く出てきたら、こちらも強く打ち返さなければならない」と考えている。このため、これらの人たちからすれば、習近平国家主席は弱腰に見える。他方で、「習近平国家主席はやり過ぎた」、「韜光養晦に戻らなければ、結局、損になる」という逆の立場からの批判もある。
 6月下旬の中央外事工作会議の中身などを見ると、習近平政権のレトリックはややトーンダウンし、協調的な外交姿勢に変えようとしているという気配がある。しかし、今後についてはまだわからない。中国では現在、各地でデモが起きている。経済がさらに減速し、より社会矛盾が表面化することになれば、どのような判断が示されるのか。これが今後の問題となる。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:国際経済連携推進センター)


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