平成30年度 第3回 国際情勢研究会 『米中関係の現状を評価する』 報告1/ 「トランプの対中政策」vs.「アメリカの対中政策」 東京大学大学院 法学政治学研究科 教授 久保 文明 (くぼ ふみあき)【2018/09/06】

講演日時:2018年9月6日

平成30年度 第3回 国際情勢研究会
『米中関係の現状を評価する』
報告2/ 「トランプの対中政策」vs.「アメリカの対中政策」


東京大学大学院 法学政治学研究科 教授
久保 文明 (くぼ ふみあき)

1. 周辺とは異なるトランプ大統領の言動
 トランプ政権の性格を考える際、非常に難しいのは、トランプ大統領の言動と、部下や閣僚、補佐官たち、あるいは議会のようなトランプ大統領以外が示す言動に、かなりの乖離があることだ。このような米国の政権は、滅多にない。また、トランプ大統領自身も言うことが頻繁に変わる。米国では最近、ジャーナリスト ボブ・ウッドワードによるトランプ大統領を批判した著、Fear: Trump in the White House(:「恐怖の男 トランプ政権の真実」)が、発売前から話題になっている。同時に、『ニューヨーク・タイムズ』では閣僚クラスか閣僚よりやや下に位置すると思われる人物が、匿名でトランプ大統領を批判するコラムを書いている。そこでは“The root of the problem is the president’s amorality”という非常に厳しい言い方で、トランプ大統領を批判している。これによると、トランプ政権は閣僚らがしっかり支えている部分もあるが、大統領がその時々の気分で色々なことを言ってしまい、空中分解しているような状態だという。トランプ大統領の行動について、  私は元々、「3つのI」に基づいて政策を決める傾向があると言ってきた。それは、impulse(衝動)、intuition(直観)、ignorance(無知)という3つである。ウッドワードの著書などはこれを裏付けているような気がする。
 米国の対中関係に関しては、トランプ大統領が中国をどう見ているのかという問題と、米国政治の世界全体で中国が今、どう見られているかという問題を分けて考える必要があると思う。同様のことは、米国のロシア外交にも当てはまる。トランプ大統領個人の対ロシア観と、米国政治の世界全体のロシアに対する見方は大きく乖離している。トランプ大統領はプーチン大統領が好きなようで、ロシアに好意的な見方だが、政権ではまだロシアに制裁をかけており、共和党全体としてはプーチン政権に非常にきつい見方だ。トランプ政権は昨年12月に安全保障戦略を、今年1月には国防戦略を発表しているが、これらの政府の公式文書では中国やロシアに対して非常に厳しい見方をしている。
 しかし、トランプ大統領自身はプーチン大統領に対し、特別好意的な想いを抱いているようだ。それが劇的に表れたのは、誰も側近を入れずに通訳者だけでトランプ・プーチンの会談が行われたことだ。連邦捜査局(FBI)や中央情報局(CIA)のような米国の捜査機関が、「ロシアの選挙介入があった」と100%断定する中、トランプ大統領だけが「ロシアはやっていない。自分はそれを信じる」と述べている。これはつまり、トランプ大統領の忠誠心が自国の捜査機関ではなく、プーチン大統領の方に向いているということで前代未聞だ。これについては、さすがに発言後に修正したが、そういったところが多々ある。
 トランプ大統領の貿易問題に対するこだわりは強く、同盟国も敵も全く区別がないが、米国の貿易赤字で最大の相手国は中国だ。中国に対しては軍事、安全保障上の懸念もあり、台湾にかなりコミットメントしているほか、南シナ海では「航行の自由作戦」をオバマ政権のころより着実にやっている。しかし、トランプ大統領の通商問題へのこだわりは強く、ここまでやるのかと思われるほど戦線が拡大している。

2. 安全保障でも通商でも厳しい米国の対中政策
 中国に対しては最近、米国の世論もかなり厳しくなっている。これについてはトランプ大統領が引っ張っている部分もないわけではないが、米国社会全体の傾向とトランプ大統領個人のファクターは分けて押さえておくべきだ。政府の公式な安全保障関係の文書は、ロシアと中国の双方に対して厳しく、これにはトランプ政権のアジアへのリバランスという面があるかと思う。つまり、中東の重要性を強調する傾向はかなり薄れており、現在の米国外交で注意しなければならない主要な相手は中国とロシアになっている。そして、どちらかと言うと、中国の方に相当アクセントが置かれているという印象だ。
 まず、米国が中国とロシアに対して同時に厳しいのは、かなり久しぶりのことだと思う。冷戦終結後の1990年代、エリツィン大統領のころには、米国はロシアに対してあまり厳しい態度を採っておらず、中国に対しても、まだかなり期待を持っていた。米国はニクソン大統領以来、中国を、ソ連を潰すための準同盟国と見ていた部分があり、そこまで遡っても中国とソ連に対して同時に厳しかったわけではない。1960年代末にニクソン大統領が登場する前までは、中国とソ連に対して同時に厳しかったが、現在はそれ以来、久しぶりに中国とロシアに対して同時に厳しい外交、否定的な態度を採っている。そういうことを率直に書いてきたのが、安全保障戦略や国防戦略だ。
 共和党でエスタブリッシュメントの外交安全保障の人たちが現在、考えているのは、米国にとって最も警戒しなければならない潜在的な敵は、テロや中東よりも中国とロシアということだ。これをもう一歩進めて2つの国と同時に戦い、同時に封じ込めようとしているのかというと、中国の方が本丸で手ごわいので、ロシアはもう少し引き寄せて米国の方へなびいてもらおうという発想を持つ人もいる。この点については、今後どういう形で出てくるか見ていく必要があるが、トランプ大統領を除く米国の、特に外交安全保障専門家の中国観は、この5年ぐらいで顕著に厳しくなっている。共和党タカ派には元々、厳しいことを言う人たちがいたが、現在は民主党で東アジア外交を担う中核の人たちも相当、厳しいことを言うようになった。
 そしてトランプ外交の全体的な特徴は、対中外交が安全保障でも通商でも厳しいということかと思う。この両方で厳しかったことは、これまであまりなかったのではないか。クリントン政権のときは通商でかなり厳しかったが、安全保障ではあまりそうではなかった。安全保障戦略などで中国に強い警戒感を示し、同時に通商問題でもここまで中国を追い込むという政策を採ったのは、米国の対中政策では1950年代に遡ることで、最近はないと思う。
 これが今、例えば米国内でどのような政治的影響を及ぼしているかだが、興味深いのは民主党の反応だ。民主党は通商問題では元々、中国に対して厳しい態度を採る人が多く、労働組合系の民主党支持者はトランプ大統領に対し、拍手喝采の部分があるかと思う。例えば、鉄鋼やアルミに対する関税については、民主党の政治家にもやってほしいと思っていたが、誰もやってくれなかった。それをついに、トランプ大統領がやってくれたという面がある。これはブルーカラーの工場労働者にとって、かなりインパクトがあっただろう。ただ、野党の精神からすると「トランプ大統領は偉い」とは言いにくい。本当は民主党にもう少し、トランプ大統領のオルターナティブで行ってもらい、共和党が保護貿易主義で行くなら、民主党は自由貿易で行きたいと言ってほしいと思っている人もいる。ただ、民主党の今の体質としては保護主義が好きで、なかなかトランプ大統領に正面からこの問題で切り込むことはできない。
 もう1つ、共和党に対する影響のようなものがある。1週間ほど前、『ウォールストリート・ジャーナル』の一面から始まる記事で、「トランプ大統領は共和党を作り変えているのではないか」というものがあった。トランプ大統領は現在、中間選挙で地方へかなり遊説に行っているが、一度応援に行っただけで、共和党の中の予備選挙で劣勢だった人が浮かび上がり、当選したこともある。トランプ大統領の支持率は現在、平均すると40%台前半で、高いものでは47~48%、低いものでは36%程度となっているが、共和党員の間では9割近くの支持がある。民主党ではその代わり、1桁の支持になっており、非常に分極化している。

3. 保護主義への批判が少ない米国の政界
 日本にとっての懸念は現在、トランプ的な保護主義が、これまで自由貿易支持だった共和党の上院議員や下院議員に微妙な影響与える可能性があることだ。本来は彼らも自由貿易の信念からすると、トランプ大統領の保護主義に対して原則から批判する必要があるが、かなり黙っている。様々な世論調査でも出ているが、実は現在、共和党の方がrank-and-fileの支持者で言うと保護主義になってしまった。2008~2009年ごろは、民主党と共和党でほぼ同じだったが、その後、共和党はベースの支持者が保護主義になり、民主党のベースの支持者はグローバリスト、自由貿易支持者となっている。民主党ではrank-and-fileの党員はかなり自由貿易を支持しながら、選挙の洗礼を経るほど保護主義になる傾向がある。これは強い信念を持った人が選挙で影響力を与える、という原則の一部でもある。労働組合や環境保護団体が予備選挙などで強い影響力を持つため、民主党議員はレベルが上がるほど保護主義になる。今後はどうなるのかわからないが、場合によっては民主党も共和党も保護主義の政党となり、日本にとってもかなりまずい事態になるかもしれない。その前兆は2016年時点でも十分あり、ヒラリー・クリントンもトランプも「TPP反対」で選挙を戦っていた。これが今後、定常的な姿になってしまう可能性もある。
 トランプ大統領は相当、乱暴なことをしているが、これが中国にどの程度の影響を与えているのかはわからない。また、この貿易戦争は中国より米国に多くのダメージを与える可能性もないわけではない。民主的なプロセスでは、不満はすぐに表に出る。例えば、米国では現在、大豆に報復関税がかかっており、大豆関係の農民が不満を持っているという報道もある。他方でトランプ政権は補償金を即座に配ったので、そうではないという見方もある。また、保護主義で守られたアルミや鉄鋼関税の方は皆、万々歳なのであまり響いていないかもしれない。共和党も民主党も、この保護主義を強烈に批判していない面がある。
 北大西洋条約機構(NATO)の国々や欧州連合(EU)に対する貿易戦争も含め、米国の国内総生産(GDP)に対する損失がどの程度なのかという計算が、様々なシンクタンクによってなされているが、   -0.1%程度という試算が多いようだ。自動車業界は比較的、高めに見積もっており、-0.5%程度ではないかとみられているが、米国の場合、年2.5~3%程度は成長するので-0.1%程度ならやってしまえという発想もあるかもしれない。そういう意味で、意外に米国国内では、ネガティブな反動は小さいかもしれない。米国ではトランプ大統領の人気はそこそこあり、2020年の再選の可能性は、半分程度はあるかと思う。米国の景気は現在、相当良いので、それもかなり大きな支えになっているようだ。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:国際経済連携推進センター)


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担当:総務部